2008/8/29 金曜日

晴れ男と晴れ女

Filed under: diary, , 思うこと, 人生 — teratown @ 0:07:05

晴れ男とか晴れ女とか言う。
僕は晴れ男だと、ずっと言ってきた。

ふと、思う。
晴れ男っていっても、天気を操れる訳もなく、たとえ晴れたとしても別に偶然だし。
そもそも、「雨の日」と「雨じゃない日」を比べたら「雨じゃない日」の方が多い。
そのこと自体に、なんの根拠もない。

でも、思った。
晴れ男とか、晴れ女って自分のことを言う人が好きだ。

何の根拠もないけど、なんか良いように物事を捉える。
同じ物事でも、捉え方に寄って印象が違う。

天気というコントロールできないことだから、誰にとっても同じ天気。
でも、そんな天気でも、俺がいると晴れるとか、私がいると晴れる。
そんなノー天気とも取れるように、物事を捉える人が好きだなと思った。

どうせ、同じ物事を捉えるなら、楽しく捉えた方がいい。
天気に限らず、日常でも晴れ男や晴れ女は物事を良いように捉えるんだろうな。

(あまりにも全てのことをポジティブに捉える人もいて、ちょっと引く時もありますが。。。)


[天気のよい初日の出。それだけでうれしい。@和歌山](PENTAX K10D SIGMA APO 70-300mm ISO: 400 露出: 1/1000 sec 絞り: f/7.1 焦点距離: 70mm)

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2008/8/28 木曜日

変わること@アクアスロン

Filed under: diary, , 運動 — teratown @ 0:08:10

第10回小金井アクアスロン大会に出てきた。

スイム400メートル、ラン3キロというかなり短いレース。
とりあえず、アクアスロンとかトライアスロンに出てみたかったので、出場した。
これぐらいなら、楽勝だろうと思っていた。

大会前日、数年ぶりにプールへ行き泳いだ。
400メートルなら、問題なかった。

当日、朝は8時30分集合となかなか早い。
雨が降る中、武蔵小金井駅で4人集合。
駅から学芸大学へタクシーで向かう。

受付をすますと、209番のゼッケンをもらい、肩に油性マジックで大きく「209」と書かれた。
おお、トライアスロンっぽい。これ、イメージしてたトライアスロンだ。っと、テンションがあがる。

更衣室で着替え、トランジッッションエリアに荷物を置く。
トランジッッションエリアは水泳を終えて、走る準備をする所。
ここには靴とか上着とかを置いておく。

市長やらトライアスロン連盟会長やら、色々な人の長い話を聞く開会式。
雨も降ってるし、寒いし、こっちは海パン一丁だから、早く終わってくれという悲痛な叫び。

実際に泳ぎ始めたのは10時30分か11時ぐらいだった。
まずは、スイムから。
20人か30人ぐらいが50メートルプールに入る。

スタートのラッパとともに、いっせいに泳ぎ始める。
人とぶつかるし、波はザッブン、ズッブン。
波に飲み込まれないように気をつけながら、クロール、クロール。

壁にタッチしてターンはせず、プール全体を使いぐるぐる回って400メートルを泳ぐ。
ターンをしないので、壁を足で蹴って推進力をつけれない。
だから、なかなか疲れてくる。

前日に25メートルプールで泳いだのとはまるで違う。
100メートル、200メートル、250メートル、350メートルと、どんどん体力を失っていく。
情けないことに、途中で少し平泳ぎをしてしまった。
でも、平泳ぎもクロールもスピードが変わらない。
悲しい限り。
ただ、最後の50メートルはクロールでダッシュした。

プールサイドにあがると、左肩に書かれた「209」の番号を係員の人に読み上げられた。
プールから上がった瞬間の膝が笑った感じは、今でも忘れない。
太古の昔、魚類が陸地に住処を求めた時のように、おぼつかなかった。
泳ぎ終わって、すぐ走り始めるのは、なかなか感覚がつかめない。

トランジッッションエリアで服を着て、クツをはく。
一緒に行った4人の中では一位で泳ぎ終わり、服を着始めたのだが、シャツがクルクル巻きになって、上手く着れない。
あー、シャツがーー。と思って服を直していると、ゼッケンの安全ピンが取れて、体に刺さる。イタタタタ。
そんなことしていたら、一緒に大会に出た仲間が追いつき、追い越して走り出してしまった。
なんとも、情けない。
靴下をはいて、靴を履いてすぐに飛び出した。

普段からちょくちょく走っている。
だいたい10キロ程度。
だから、今回の3キロなんて楽勝だと思い込んでいた。
ところが、走り始めてから、なんだか上手く走れない。
想像以上にしんどい。

スイムで使う筋肉とランで使う筋肉は違う。
ランを初めてすぐは、その筋肉の使い方の切り替えができていない。
だから、上手くリズムにのって走れなかったのだろう。

ただ、一緒に大会に出た仲間をすぐに抜いて、仲間の中では1位を走った。
イマイチな走りの感覚ながらも、走り終えた。
想像以上にしんどかった。
ゴール後に頭痛が襲ったのも驚きだった。

短距離なので回復も早かったが、こんなにもアクアスロンは辛いもんだと知った。
特に、スイムとランが合わさっている。
この2種目の変わり目、ここがポイントだと思う。
複数競技を続けてやる大変さ。

どれも、レース前には想像しなかった。
やっぱり、やってみるといろいろなことが起こるな。

200808241228000.jpg

変わることには絶対に境目がある。
はっきりした境界もあれば、限りなく曖昧なものもある。
突き詰めれば突き詰めるほど境界はわからない、だから面白い。
同じ物事が続くのではなく、変わること。
ここには、色々なことが詰まっているんだろう。
奥深い。

関連エントリー(昔から変化するポイントには興味がある)
http://www.teratown.com/blog/archives/001034.html


[変わること。境界。変化の境目とは実に興味深い。長野の湿原の中の境界](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 100 露出: 1/15 sec 絞り: f/9.0 焦点距離: 16mm )

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2008/8/27 水曜日

女は夜道で電話する

Filed under: diary, 思うこと — teratown @ 0:59:26

女は夜道で電話する。
男は夜道でメールする。

いや、違う。
女は夜道で電話する。
男は夜道でネットする。

うーん、なんかしっくりこない。
女は夜道で電話する。
男は夜道でゲームする。

というような、ゴロの良いようなことはない。
女は夜道で電話する。
コレは実際かなり多いが、男はメールやゲームをしているという訳ではないと思う。
ついつい、のりで語呂合わせのように書いてしまった。

よく日付が変わるぐらいの時間に走っている。
家の近くの川沿いを。

家から川沿いのマラソンコースへ行く道が、駅からまっすぐ続く道なので、家路につく人が多い。
サラリーマンやOLさん、バイト帰りの人、酔っぱらいなどなど。

そんな人たちを走りながら見かける。
すると女の人は歩きながら電話をしている人が多い気がする。

なんでか考えてみると、夜道が怖いから人と話していたいのかと思う。
→人の声を聞くと安心する。
→何かあっても電話先の人には何かおこったことが伝わり、助けられる可能性があがる。

他にも、
・一日の会社の愚痴などのはけ口となっている。
・友達や彼氏と電話できる時間が帰り道の時間ぐらいしかない。
・そもそも電話が好きでいつでも電話している。

いろいろと理由はあるが、やはり、不安感があり電話をしているんだろう。
人間の行動って、集団(ある程度のかたまり)で見た場合に何らかの傾向があって面白いなー。


[真っ暗な島で光を放つ蛍の幼虫@新城島](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 1600 露出: 1/8 sec 絞り: f/4.0 焦点距離: 45mm)

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2008/8/26 火曜日

オーロラ予報

Filed under: , テクノロジー — teratown @ 8:02:17

オーロラはどうしても見たい。
見る場所はアラスカと決めている。

太陽の黒点の増減の周期が11年で、これにあわせてオーロラのピークもくる。
11年に一度のオーロラピークは2011年。
ぜひとも見に行きたい。

そんなオーロラ。
オーロラの予報なるものがあるのだ。
偶然見つけたので、メモ。
メモ。メモ。

オーロラ予報
http://www.gedds.alaska.edu/auroraforecast/


[オーロラじゃないけど、岐阜の夕陽。長良川の堤防から西を眺める](PENTAX K10D DA18-55mm ISO: 100 露出: 1/160 sec 絞り: f/9.0 焦点距離: 18mm)


[こちらもオーロラとは全く関係ないが、朝日を背に活動を始める鳥](PENTAX K10D DA18-55mm ISO: 100 露出: 1/750 sec 絞り: f/5.6 焦点距離: 55mm)

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2008/8/25 月曜日

大切なこと

Filed under: diary, , 思うこと, 人生 — teratown @ 1:45:57

夏休みに九州を旅していた。
中津のバス停で待っていたら、おばあさんが話しかけてきた。
「どこへ行くの?」「どこから来た?」「何日ぐらい?」など旅をしていると良く聞かれること。

その後に、「こんなに好きに旅をさせてくれる両親を大切にしなさい」と言われた。
何度も。何度も。
ちょっとほかの話になっても、また「両親はどこにいるの?」という話から、両親を大切にしろと。
たぶん、20回は言われたと思う。

失礼だが、途中でボケているのかなとも思った。
さらに、それはもう分かっている、なんて思って聞き流そうとした。

そんな時、ふと思い出した。
池澤夏樹さんが、星野道夫さんについて書いている文章で、星野さんは大切なことは何度も何度も繰り返した。
そんな風に書かれていた。
ああ、そうか。
別に繰り返すことはボケているとか、そんな話ではなく、本当に本当に大切なことなんだなと。

年配の方は長い間生きてきて、色々な経験をして、いろいろなことを感じて、考えてきた。
その結果として、本当に大切な物事ってそんなに多くなくて、おじいさんやおばあさんは、その本当に大切なことが身にしみて分かっているから、大切なことは繰り返すんだ。
長い間生きて分かった結晶のようなもの。
そんな大切なことに気づくように、何度も何度も伝えてくれている。
そんな風に思えた。

おじいさんやおばあさんが何度も繰り返すことは、心に常にとどめておこうと思う。


[積み上げられた石。こんなにバランスがいいのは稀なこと。接着剤でつけてあるのか?笑@高千穂 天安河原](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 400 露出: 1/60 sec 絞り: f/5.6 焦点距離: 45mm)

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