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March 29, 2005

花粉症で発見、鼻たれ小僧は天才だった!!

昔よくいたとされる鼻たれ小僧は天才だったと思います。
鼻たれ小僧って、鼻水が出てくると洋服の袖で拭くじゃないですか。
そんなイメージ。

彼らは経験からすごいことを学んでいたんです。彼らは鼻水を服でふき取るだけで、鼻をかんでいないのです。ここが大きなポイント。

鼻をかむと、連鎖的に鼻水が出てきて、永遠に鼻水が止まらないような状況に陥ることがほとんどです。鼻の奥を刺激して、鼻水がどんどん出てくるのでしょうか?まあ、鼻をかむと連続的に鼻水が出てくるというのは、この私の体で実証済みです。

で、鼻をかまずにがまんしたり、ふき取る程度にすると、鼻水がだらだら出て困るということはありません。鼻たれ小僧はこれを経験的に知っていて、鼻を拭いていたのかも。

花粉症が気合で治る理論はこれと通じるものがある。外に出ていると、常に鼻をかんでばかりいるわけにはいかない。だから、鼻をあまりかめない。音を立てて鼻をかめない状況だと鼻を拭く程度。すると、鼻水がだらだらはあまりない。しかし、家に帰ると、鼻をかみ放題だから、悪循環で鼻水だらだら。で、気合がどう絡んでくるかというと、外部にいるときは気が引き締まっている、すなわち気合が入っている状況にある。で、外にいるときは花粉が多いはずなのに、家にいるときに比べ鼻水だらだら度が低いから気合で止まっているのかなと思っていた。しかし、まあ、これは鼻たれ小僧理論だったわけだ。やはり気合ではなかったのか。

やっぱり空はきれいだった

やっぱり空はきれいだった。

あの青と、雲の透明感。

ヤフーのトップページからとんだら、こんなページがあった。くもの種類とか書いてあると小学生のときに理科の授業で覚えたことを思い出す。まあ、ほとんど記憶に残っていないのだが、今改めてみるのもいいもんだ。
http://event.yahoo.co.jp/eco2005/sky/index.html

ここに私が取った、日本や世界の「いろんな顔した空」があります。


P8270038
Originally uploaded by teratown.



栗田工業なる会社はやっぱりいい。
以前にもこの会社のCMに関してエントリーしたことがあるが、今回のウェブもいい。aqualoginって言うらしい。

こうやって、会社名を入れるとその会社の広報部の人は未来検索とかで見ているのかな?

小学生時の学びスタイルが人生決める(曖昧記憶法)

ふと思った。思い出した。

俺って、何かを良く記憶するときは曖昧記憶法を利用していた。記憶したいと思って熱心に繰り返し書いたりしても意外と忘れてしまう。しかし、なんとなく読むと覚えていることが多い。なんとなく記憶法ともいう。昔の勉強を思い出しても、公式とかを暗記した記憶がない。はじめは、その公式の意味をおおざっぱに理解する。そのあと、公式をさらっと眺めて終わり。公式を語呂合わせとかして覚えたことはほとんどない。なんとなーく、さらっとよんだほうが覚えている。明確に覚えているとはいえないのだが、ぼんやりと覚えている。ぼんやりとしぶとく覚えているのだ。なぜだろう。でも、これは事実でこっちのほうが記憶しやすかったから、なんとなく記憶法をよく利用していた。昔から、なんとなく記憶法をやっていたので感覚で物事をとらえるようになったのだろうか。

って、考えていたら、これの起源は小学生にさかのぼると思う。それも、学ぶスタイルに起因している気がするのだ。特に小学校の学びスタイル。教育ママとか小学生のときから塾に言っている人は除くが、普通の小学生は学校での学びスタイルによって人生変わる。人生変わるってのは、その時の学びスタイルが、その人の思考方法そのものになってきて人生が定義付けられるようになるのだ。今思い出せば、私は自分勝手な勉強していた。自由ノートなるものがあって、何を学んでも良かった。鳥のことを学んだと思えば、飛行機のこと、魚のこと、農業のこと、算数、自分でやりたいと思ったことをやっていた。この勉強方法はそうとう影響ある。今のなんでも興味がある正確はここから来ているのだろう。あと、制約をあまり踏まえない自分勝手なくらい自由な発想は。それに、日経とか小学生のころから読んでいたから、ニュースとかは今でも好きだし、そんなこと話すの好きなんだろう。前も、小学生のときに人生の大半が決まって、小学生までの生活を見ればその人の将来の大枠は分かると書いた記憶があるが、そんな気がする。


あるようでないもの、ないようであるもの

世の中には「あるようでないもの、ないようであるもの」が多い気がします。

あると思い込んでいただけで、実はなかった。
ないだろうとなんとなく思っていたのに、よーく考えると実際はあるもの。

じゃあ、具体的に何かって、前者は「意識」に関するものが多そう。すなわち、夢とか、何かの理由、とか。

後者は、物質的なもので日常に使わないもの。

まあ、それ以外にもあるんだけど。それ以外のものの方が重要なわけで。何で重要かって、何か今思い浮かばないから重要なんです。「あるようでないもの、ないようであるもの」なんだから、どっちにしろ自分では明確に認識していないんですからね。

思うとか、感じるの中間の意味を表すような言葉ってないですか?
これでは現せない領域があるんですけど。