8月26日から9月17日までインドとネパールに引きこもります。
ヒッキーです。
うっしっし。
今日、金を振り込んだので確実にこの日程です。
デリート、アグラとガヤとバラナシ、ポカラ、カトマンズは行くと思う。
あとは知らん。
ああ、サルナートとかもいこっかな。
インドの初日は飛行機が23時30分につく。
荷物受け取ったりしたら24時30とかだろうな。
それから野宿です。
宿は取りません。
面白そう。
ってか、噂によると、牛とか浮浪者みたいな人が道にねっころがっているらしい。
さらに、暑く、くさい。
タクシーの運ちゃんに変な事務所に連れて行かれそうになるらしい。
初日はむっちゃテンパリそう。
初日に日本帰りたいーーーー。
って思うだろう。
なんとも面白そうな話です。
ワクワクです。
インド・ネパールで欲しいものあったら教えて頂戴。
買ってきますよ。
インド・ネパール直輸入パーティでもやります?
参加者募集中。
参加したい人はメールかコメントちょうだい。
自分のある性格に気づくということは、それについての能力(特徴、性格)はたいしたことなくなったという証拠
相変わらず、まっすぐに物事を考えられない性格です。
なんか、これは生まれ持った性格らしいです。
確実に幼稚園のころにはそうだったみたいです。
自己分析とか流行です。
占いというか、診断系、IQ、EQ,PQも流行です。
これらによって、自分の性格について、
知らなかった部分が分かるかもしれません。
それで、その強みを活かせるようになるかもしれない。
これはこれでいい。
でも、なんか自分の性格というか、
特徴で気づいていなかったが、
それが他人にはその人の強みに見えた。
これを、他人から言われる。
でも、これだけで自分の心のそこか、その通りだと気づくことはすくない。
で、その後も普段の生活を送る。
そして、はっと気づく。
友達から言われた、自分の気づいていなかった特長に。
ああ、俺って今まで言われても実感してなかったかもしれないけど、
本当に言われたような性格かも、と。
実は僕がこれが好きじゃない。
というよりも、怖い。
なぜかって、この感情分かる人います?
いなさそう、、、
なぜかって、気づいた時点で、その性格的強みが強みでなくなる気がするから。
僕が思うに、
その人の強みはその人が気づいていないから本当のその人の強みなんです。
経験則的に、本当に暴走している人は自分が暴走していると思っていない。
暴走していると思っている人は、大して暴走し切れてない。
本当にオカシナ人って、自分がおかしいと思っていない。
おかしいと思ったら、おかしな行動できないというか。
自分の性格に気づくと、思う存分出来ないというか、
俺ってこういう性格なんだという認識によるフィルターが行動の前に入る気がする。
まあ、これは単純な性格ではなく、
簡単に伸ばすことが出来るような性格、知識、能力、行動パターンについての話ではなく、
人間が生まれ持った特徴、性質について当てはなることなのかもしれない。
孫正義
柳井正
堀義人
なんか、マジな経営者っていると思う。
テレビとかでしか見たことない人もいるが、
なんか伝わってくる人がいる。
マスコミに作られた虚像にだまされているだけかもしれないが。
何がそう思わせるのか?
それぞれがやっている、ビジネスへの思いの違いによるのかな?
ビジネスというか、それを達成したときに本当に社会が良くなるとか、
何というか。
その自分の考えを信じて、突き進んでいるからかな。
僕は人と話して考えるタイプ。アイデアが出てくるタイプ。
人と話すことによって考える。
書くことによって考える。
考える物についてひたすら考える。
いろいろなパターンがいると思う。
僕は面白いアイデアが出てくるときは、人と話しているとき。
なんの関連もなくというか、論理的に思いついたわけではないが、
いきなり面白いアイデアが思いつくことが多い。
まあ、このブログも思いつきで書いているわけですが。。。
世界遺産という番組がある。
前から、ひたすらいいといい続けている。
これの前にやる情熱大陸も、最強。
かなり小さいときからコレラらの番組は見ている。
今日、世界遺産を見ていてふと思った。
この番組最近、質が格段に上がった。
多分、世界遺産のウェブが、
現在のデザインになった回、
すなわち400回ぐらいからだと思う。
映像が美しくなった。
カメラワークが良くなった気がするし。
夕日とか、月とか、構図が良くなった。
どこに何があって、大きさがどれぐらいで、色はどんな感じでとか、
構図ってカナリ重要。
これが良くなったと思う。
ぜひ一度見てください。
個人的に、自然遺産が好きです。
先日、茂木さんの日記で一枚の写真を見た。
その写真はすごかった。
美しかった。
それは、無駄がない美しさだったのかもしれない。

その写真を生で見たいと思い、
調べると原美術館で開催されている「飛ぶ夢を見た」という写真展。
23日に知って、最後の日が25日。
24日は無理だったのでいけるのは25日だけ。
明日はテスト2つある。
とはいっても簡単なテストだから、正直どうにでもなる奴です 笑
そして、さっき行ってきた。
非常にに良かった。
原美術館の立地、建物の大きさ、庭、流れる音楽、部屋のつくり。
どれをとってもすばらしい。
疲れたときは、ここでぼーっとしてみたい。
これからもちょくちょく来たい。
で、写真も非常に良かった。
やはり、ここにはっつけてある写真が一番良かったが、
展示の仕方が天才的に良かった。
写真禁止だったので取れなかったが、
個室に写真が2つ並んでいる。
廊下から見ると2枚の写真が見える。
その部屋には扉、窓とかがない。
壁は白色。
こんな感じです。
2枚あった写真は1枚は上の写真。
もう一枚は、微妙に違う。
それは、小さく写っているロケットの位置が違う。
そんな2枚だった。
これは、目の前で見るよりも、
少し離れて、廊下から見ると最高です。
一人で、ボーっと見てました。
ほんとうに美しい。
2枚あること、この配置、この部屋。
この明り、この空気。
何が欠けてもいけない。
何も余分でない。
そんな感じだった。
非常に良かった。
以前エントリーした「芸術はしゃべることだ」で書いた本、「千住博の美術の授業 絵を描く悦び」を思い出した。
この本の初めのあたりに、「りんご二個を描くとは、りんご二個の「あき」を描くこと」という章がありました。ここでは、メインと思われがちな「りんご」だけでなく、そこにある余白、さらにはりんご二つの関係が重要である。と書かれていた。これを実感。
「飛ぶ夢を見た」という写真1枚よりも、ロケットの位置が微妙に違うもう一枚の写真、これがあり、2枚が配置される。それによって新たな意味が生まれていた感じがした。
結局どうのこうの言うよりも、2枚一緒に並べてある方がきれいというか美しいというか、なんていうんだろうな、その空間にマッチしていたというのかな。オーラが出ていたというか、すっきりとした空間が生み出されていた感じがした。無駄がなかった。自然だった、あるがままの姿だった。あるべきものがあるべき場所にあるというか。違和感がなかった。飾ってあるという感じがなかった。あたかも地球が出来た初めからそこにあったかのような感じ。表現できないのが悔しいですけど、なんとか感じを掴み取ってください。
複数になることにより価値が生まれる。
もともと価値があったものは別の価値が。価値というか別のよさ、面白さ、意味が生まれる。
それは、単純に片方にあったものと、もう片方にあったものが合わさった良さではない。
全く新しいよさが生まれる。
これはすごい面白い。
1+1じゃなくて、1×1か割るか、累乗かしらないけど、足し算では想像できない、ものが生まれる。
もっと言えば、掛けるでも割るでも違う。
論理的に考えては生まれてこないような面白さ、よさが生まれる。
これ面白い。
これは価値のあるもの、意味のあるものが複数の場合だが、
価値や意味のないようなものが複数集まっても非常に面白い。
これは、人間の細胞→人間、とか酸素→空気とか、分子→本、パソコンなど。
情報に関してもいえることだ。2chもその一つかな。
単語(あ、い、う)→単語→文章ってな感じで。
意味のないものに意味が生まれる。
タダ集まっただけで。
これって面白い。
だって、なんか話とかしていて、それ意味ないじゃんとか言った人がいたら、
たくさん集めてみればおもしろいかもよってことが言える。
でも、論理的にどうしてかとはいいずらい。
まあ、とりあえず引っかき集めるってのも一つの方法です。
そう感じました。
これと関連して、根拠のない明確な根拠。
これがある。
理由はないんだけど、そこに理由がある。
論理的ではないけど、確信に満ちたものがあるときがある。
これっていったいなんだろう。
それに、これが当たっていることが多い。
僕はこういう感がケッコウ鋭い方だと思う。
なんか、こうなるだろうなとか、感じる。
そのプロセスは自分の意思で論理的に考えいたったものではない。
ふと、思うもの。
これってなんだろう。
昔からこのことについては考えているけど、いまいちピンと来ない。
まあ、論理的なプロセスによって生まれたものではないから、
冷静に論理的に考えても答えはでないのかも。
でも、空想にふけるのは好きなので暇なときに考えよ。
まあ、そんな感じです。
この写真展始まったのが僕の誕生日。終わったのが今年(2004年)の7月25日。
両方とも意義深い日ですね。
なんていうんですかね、偶然なんだけど必然性を感じました。
さらに、この写真を見て「人生はロケットだ」と思いました。
これは、長くなりそうなので別エントリーします。
ただ一つ、今回の写真展で残念なことが。
それは感動を共有できなかったこと。
人間は他人と何か同じことがある、体験、思い、趣味、
共通点に喜びを感じる。
それに、感動を共有したがる。
するとワクワクうれしい。
今回は一人で行ったのでそれを共有できなかった。
まあ、美術館とかは一人で行ったほうが自分のペースで見れるからいいんですけど。
でも、僕が紹介して他の人が見に行って、
この写真展について話せたら面白かっただろうなと思う。
でも、もう今日で終わりなので無理です。
ともうと、ネットってすごいな、
感動を共有できるツールとしては。
トラックバックとかも感動共有ツールとしては最適だ。
アクオスのCMの時もこれを感じた。
次、またいい情報があったら流します。
ぜひその時は思いを共有したいものです。
ハードディスクのバックアップが必要と知っていて、
バックアップを取らない、自分についての分析から、
このような答えを導きだした、茂木健一郎さんの脳の構造が好きだ。
実に面白いし、このような発想が大好きだ。
発想ではなく、人間が論理的に考えた結果なのかも知れないが。
私と言う現象自体が、
そもそも脳という極めてフラジャイルなテクノロジーによって
支えられているから、その究極の状況の下で、世界の中で私に
関するもの全ては、フラジャイルにならざるを得ないのだ、
それで仕方がないのだ
「不可能」とは、自らの力で世界を切り開くことを放棄した、臆病者の言葉だ。「不可能」とは、現状に甘んじるための言い訳に過ぎない。「不可能」とは、事実ですらなく、単なる先入観だ。「不可能」とは、誰かに決め付けられることではない。「不可能」とは、通過点だ。「不可能」とは、可能性だ。「不可能」なんて、ありえない。
IMPOSSIBLE IS NOTHING
ちょっとまえのアディダスの広告です。
モハメドアリがのってる奴。
信用、信頼は重要です。
ミスをすることはあります。
でも、出来るだけしない方がいいよな。
当たり前。
一度失った信用を取り戻すのは大変だ。
さらに、信用を失い、サービスがストップしたら、お客さんも逃げていく。
競合企業もそのときをチャンスと見て攻勢をかける。
ミスをしても最低限の被害に抑える。
リスクヘッジが重要だ。
でも、大企業は金があって人がたくさんいて、
リスクヘッジできるかもしれないけど、
ベンチャーは金も人も足りない。
そんな状況でいかに、ミスを減らすか、
リスクヘッジをするか。
重要です。
まあ、リスクヘッジをしないからこそ生まれる、
文化、があるかもしれない。
それがベンチャーっぽさを出すのかもしれない。
リスクヘッジしないから生まれるサービスがあるかもしれない、
これは可能性としては小さいと思うけどね。
リスクヘッジを資金的、人的にしにくいベンチャーが、
いかにこのハードルを乗り越えて、成長するか。
大きな問題です。
でも、だからこそ面白い。
そう思います。
これは、某社のブログで感じました。
やっぱり、自分の目で見る、自ら体験するって重要ですね。
何かフィルターが入ると、良くないです。
自分で確信をもてない、
不安になる。
自分で見るってのは重要です。
当たり前なんですけど、最近感じたので書いておきます。
情報に関しても、いかにして当事者やそれに近いところから情報を得るか、
ソースの信頼度の高いとこから情報を得るか、
そして、どう見極めるか。
難しいですけどね。
だからといって、無理ではないので。
そうします。
夏休みのキーワードは熟成と孤高。そして一人で、邪魔なもの情報から逃れまったり考える。
熟成させよう。
自分をね。
自分の考えをね。
今日ブログの感想として、
なんに関しても熟成期間を設けよう
というアドバイスを伝え聞いた。
考えをちょっと放置しておいて、
また時間が経ったらゆっくり考えよう。
本を読んだら、その倍の時間考え、
人と話したら、その倍の時間考え、
新しいことをしたり、衝撃を受けることがあったらその倍の時間考える。
この精神です。
前々から、人と話した後とか、
人とよく群れた後は、
自分の時間、一人の時間をとる必要があると思って、
自分に言い聞かせてきた。
人と群れていたりすると、
自分を見失う。
自分で考えることを忘れてしまう。
これは一番怖いことだ。
実は、今年になって少し経ってから、考えていた。
自分ひとりの時間を作って、
自分ひとりで考える。
特定の何についてとか、
そういうことではなく。
でも、5月ぐらいに思ったときから、
またいろいろなことが起きた。
それを通して学んだが、
やはり自分の時間というものを取れていない。
普段の生活では、
Eメールに携帯に、ウェブに実際に会ったりと。
もちろん、時計(時間)やテレビ、雑誌なんかも邪魔だったりする。
このように自分の時間をとることは必要だが、
普段の生活では難しい。
ということで、夏休みはちょっと出かけます。
そこに行けば、何か答えがあるわけではない。
そこに行けば、何か考えられるわけではない。
そこに行けば、答えが見つかるわけではない。
そこに行けば、考えられる時間が取れるわけではないかもしれない。
それは分かっている。
でも、行きます。
邪魔なものがない、
そんなところに行きたい。
夏休みのキーワードは孤高ですね。
さらなる飛躍のためには、
こういう時間が必要です。
高く飛ぶ前には助走が必要なように、
僕にとってこの夏休みは助走期間です。
で、夏休み後に吾人の任務を書きます。
これは非公開にしよっかな。
見たい人はあらかじめメールください。
とある人とは吾人の任務を見せ合う事としましたが。
メキシコ検事局、職員にICチップを埋め込む
[ Nikkei Net ]
○ニュース&レビュー海外編
(NIKKEI NET ITニュースメール 6/22/2004掲載)
今回は、160人以上ものメキシコの検察職員が腕にICチップを埋め込んでいたという衝撃的なニュースを取り上げた。米国でも以前、チップを埋め込んだ家族のことが話題になっていたが、今回は自分の意思ではなく入退室管理のために組織的に導入されたという点で大きく異なっている。今後、GPS機能とともに個人の追跡システムが当たり前になる時代が来るのだろうか。その他、減少しつつあると思われていたファイル共有ソフトによる違法ダウンロードが、実際には増加しているというニュース、IT業界と映画業界が協力して導入を図る新たなコンテンツ管理技術、性犯罪者にGPSブレスレットをつけて監視するシステムの実証実験について取り上げた。(長野弘子/ITジャーナリスト)
おお、驚いた。
今年の夏8月26日から9月17日までインドとネパールに行く。
今からかなりワクワクしている。
で、どうせ行くならオモシロイコトをやってきた方がいい。
向こうで何かやって、日本にすぐ情報を送るのもいいし。
ブログとかね。
向こうでいろいろ買ってきたりとか、
向こうでしかないもの、向こうでしかできないことをしてきて、
日本でそれを売ったり、それを持ち帰り、使ってなんかしたり。
音をとってきて売るってのは面白そう。
インドのデリー駅の雑踏の音とか、
デジタルだったら、減らないからイイよね。
写真はたくさん出回ってるけど、音ってないでしょ。
これは、友達に教えてもらったことなんだけど。
なんか面白い案とかあったらください。
基本的に、何でもやります。
どうでもいいけど、ストッパもってこ。
こんなんで、腹痛が治ると思わないけど、
水梨で飲めるのが最強。
腹痛になっているのに、インドの水で薬を飲んでさらに腹痛になったらネタなので。
水がいらないのはいいです。
意識的に無意識でいる。これは人間にとって非常に重要であると。
意識的に無意識でいる。
精神統一って言うんですかね。
イメージ的には無の状態です。
ただボーっとしているのとは違う。
自らの意思で、無意識状態、何も考えない、状態を作る。
僕は、普段、気になることばかりだ。
町を歩いていても、あれって何だとか思ったり、
以前も書いたが、小学生のときに本とかなにも持っていなくて、暇なとき、
このときに、どうするかってので、「生きる」ってなにかなどについて考えれば、
答えはないから、いくらでも考えられ時間が過ぎると思って依頼、
生きるってこと以外にもなんか暇なときは、空想にふけっている。
だから、脳が無の状態でいることが少ないと思う。
でも、これだけでは良くない。
脳を休ませる意味や、普段の思考とは一つ飛び越えた、
ブレークスルー的なことを発想を求めるには、
意識的に無意識状態を作る必要がある。
それに、精神を統一したり、
この忙しい社会で、落ち着きを保つためにも必要だ。
昔から、風呂に電気を消して真っ暗にして入ることがある。
すると、ケッコウ落ち着く。
何も考えずに。
これって意識的に無意識でいることは難しい。
しかし、こういった時間もとっていこうと思う。
eクルーザーってのが始まったみたいだ。
これには友達も大きく絡んでいて、面白そう。
とりあえず、僕はダウンロードしますた。
ちょいと使ってみて思うことを、ちょこちょこと書いてみます。
・他との違いは?何かな。
・ディスプレイの最も手前に常にある、だから後ろが隠れるからどこにおくかが問題。透過するといいかも。
・自分の好きなブログを追加できない?
・クリックするとウェブに飛ぶか、eクルーザーで追加的情報を表示するの2つが選択できるといいかも。
http://www.redcruise.com/index.php
こうやって、ブログを使って紹介するのって効果あるのよね。
特にブログを使っている人が、好きそうなものを紹介すると。
トラックバックでつながったりとかして。
ああ、うちの合宿.comもブログを使って宣伝するんだった。
気だ。何がモチベーションだ。「気」に見習え。モチベーションとか言って、西洋にだまされているだけ。
もっと奥深い「気」というものを忘れたのか!
ぼくはこれについて深く知らないからなんともいえないが、
日本の宗教的というか、古くからある、
こういった文化をもっと調べれば、
最近モチベーションとか言っている人たちが、
将来どんなことを言うかなんて分かりそう。
かなりレベルの高いことを昔の人は考えていたと思う。
「気」というものをキーワードにいろいろ調べるのも面白そうだ。
とりあえず、メモです。
思ったことを、つらつらと。
話が飛びまくるのでご注意を。
・昔はよく言葉を作ったなぁ
のめのめしい、なよなよしいなどなど言葉を良く作った。
何で作っていたかは不明だけど、自然にその言葉を使っていた。
で、社会一般に使われていない、地方独特の言葉でもないと知り、自分が作ったのだと。
あのころの方が、発想豊だったな。
幼稚園のころの自分を見てみたいです。
もちろん、空の上から眺める感じで。
その後、脳の中身も見てみたいです。
そういえば、脳の中身を見てみたいと、巷で使われるけど、
これは、その人の立場にたって、今までの経験を知り、その上で思考回路をたどってみたい。
ってことですよね。
ふと、頭の中を見てみたいってどういうことをさすのかなと思って。
・暑い暑いって言うけど、さほど暑くない
心頭滅却すれば火もまた涼し
って。でも、周りが言うほど暑くないと思う。
・夏が好きだ
これは冬には夏がすきといい、夏には冬が好きというだろうと、言われることがあるので今書き残す。 40度を越えた地域もある今日、書き残す。夏が好きだ!
夏が好きだ!
カマキリリュウジ知ってますか?
夏だぜ、暑いぜ、カマキリリュウジ。
・じつは、googleの採用方法と同じ方法をとっていた。笑
googleと同じレベル。
ってのも、僕たちの名前を検索すると会社の広告が出るようにアドセンスでやっ
てます。
CNETの記事と同じだ
自社の検索広告サービスを使って、人材を集める方法も実施しており、たとえばAmazon.comの検索技術部門「A9」を率いるUdi Manberの名前を検索すると、Googelの人材募集広告が表示される。
・QRL.jp 先にやっとけば良かったね。
これからは作ることができるんだったら、外国のパクリでも先にやっちゃった方がいいかも。
実際、なんともいえないですけど。
・パラドックス野郎
一見矛盾することを、論理的に証明するのがうまいといわれた。
いつも、天邪鬼っぽいからそう見えるのか?
でも、あえて天邪鬼っぽくした記憶はない
心のそこからそう思ったから言っているだけなんだけど。
・G-mail便利かも。
友達から、ちょいと前にgmailにメール送ったけど見た?と、
テラタウンに届いた、その友達からの別件メールに書いてあった。
おお、見ていない!と思い。gmailをチェック。
teratownに届くメールをgmailに転送しているので、メールが埋もれてしまうのです。。。
でも、gmailはその点便利。
ヤフーメールだと探すのはひと苦労だが、gメールでは一瞬であった。
検索が便利便利。
ただ、なんか全然関係ないメールに対する返信と認識してしまってるのが問題。
でも、ヤフーのアドレス長からもインポートできるようになったみたいだし、
今後の進化に期待です。
月の満ち欠けを見て日にちが経つのに気がつく日々もいいもんです.
http://www.japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20069765,00.htm
グーグル、謎の人材募集広告--シリコンバレーのビルボードに
Stefanie Olsen (CNET News.com)
2004/07/12 08:40 Trackback (8)
先週、シリコンバレーの中心を走るハイウェー101沿いのビルボードに、複雑な数学の問題を載せた広告が現れた。これを目にする通勤客の多くは、Googleを使って調べないとこの答えが分からないだろう。
真っ白な背景に黒い文字で書かれたこの匿名の広告は、そもそもGoogleで検索しなくてもこの答えが分かるような、数学に関心ある人々を集めるための同社の求人広告だった。
この広告は、数学者Paul Erdosの「数学者はコーヒーを定理に変える機械だ("A mathematician is a device for turning coffee into theorems.")」という有名な言葉に掛けたものであるのは間違いない。
この広告には、「{eの値中の、最初の連続する10桁の素数}.com」と書かれている。この答えの「7427466391.com」にアクセスすると、そのウェブページにはさらに別の問題が用意されているが、ここにもGoogleが関与していることを示すものは全くない。
この問題を解くと、Googleの研究開発部門「Google Labs」へのページに辿りつく。このページには、「Googleの構築を通して我々が学んだことの1つに、自分が何かを探しているとき、向こうも自分を探している場合のほうが見つかりやすいということがある。我々が探しているのは、世界最高のエンジニアであり、あなたこそその人なのだ」と書かれている。
「ご想像の通り、我々のもとには連日実に多数の履歴書が届く。そこで我々は『SN比を上げる』ために、このちょっとしたプロセスを開発した」
Googleの人材募集のやり方は実に入念なものだ。3月31日時点で1907人の従業員を抱える同社は、創立初日から厳格な採用方法をとり続けている。GoogleがまだPalo Altoのガレージで事業を行なっていた頃に採用された初期の従業員の話によると、同社の共同設立者Sergey BrinとLarry Pageは、面接中に人材雇用に関するハウツー本を近くの机の上に少なくとも8冊置いていたという。同社に採用された他の人々も、多数の面接と、時には数学やビジネス戦略に関するテストなどに耐えた末、ようやく採用通知が来たと述べている。
また、Googleはここ2年ほど、才能のある人物を発掘する方法として、プログラミングコンテストを実施している。しかしながら、同社に採用された人々によると、同社のコンピュータ科学者の多くはスタンフォード大学コンピュータ科学科出身者だという。さらに同社は、自社の検索広告サービスを使って、人材を集める方法も実施しており、たとえばAmazon.comの検索技術部門「A9」を率いるUdi Manberの名前を検索すると、Googelの人材募集広告が表示される。
---インターネットをマーケティングに利用する人間が、自社サイトに大量のリンクが張られているように見せかけることでPageRankの仕組みを悪用しているため、一部のコンピュータ科学者はPageRankは破綻しているのではと疑っています。この点についてはどうでしょうか。PageRankは改良されたのでしょうか。それとも、あまり重要な役割を果たさなくなってきているのでしょうか。
PageRankが破綻しているという見方は、非常に固定的なものの見方です。PageRankは今後もページをランク付けする手法の1つであり続けます。しかし、ランク付けの新しいアイディアを思いついたら、既存のアイディアを修正したり、両者を組み合わせて新しい方法を考案したりするうちに、PageRankに限らず、現在使用している技術が果たす役割は当然変化していきます。
http://www.japan.cnet.com/interview/story/0,2000050154,20067323,00.htm
どんなものでも有名になると、それの一部だけ、ベースとなる部分だけの要素の対策を始める。
すると、それを修正しないと、もともと予期していた効果が発揮できなくなる。
AO入試。初めは面白い奴を取ろうとして、やり始めた。
自分をアピールするだとか、面接だとか。
でも、それ専用の対策塾ができる。
型にはまった奴、面白くない奴が合格し始める。
これは悪循環。
ここで、なんか変化を与えないといけない。
グーグルのページランクもそう。
はじめは、リンク数でぺ^地を評価する検索エンジンがなかったから、
非常に有益な方法だった。
しかし、それが広まることにより、リンクを増やす対策をはじめた。
だから、だめになった。
有名になったり、その価値が大きく認められると
対策が出てくる。
すると、価値が下がる。
そこで、いかに対応できるかが真の力の見せ所。
そう思う
グーグル、謎の人材募集広告--シリコンバレーのビルボードに
Stefanie Olsen (CNET News.com)
2004/07/12 08:40 Trackback (8)
先週、シリコンバレーの中心を走るハイウェー101沿いのビルボードに、複雑な数学の問題を載せた広告が現れた。これを目にする通勤客の多くは、Googleを使って調べないとこの答えが分からないだろう。
真っ白な背景に黒い文字で書かれたこの匿名の広告は、そもそもGoogleで検索しなくてもこの答えが分かるような、数学に関心ある人々を集めるための同社の求人広告だった。
この広告は、数学者Paul Erdosの「数学者はコーヒーを定理に変える機械だ("A mathematician is a device for turning coffee into theorems.")」という有名な言葉に掛けたものであるのは間違いない。
この広告には、「{eの値中の、最初の連続する10桁の素数}.com」と書かれている。この答えの「7427466391.com」にアクセスすると、そのウェブページにはさらに別の問題が用意されているが、ここにもGoogleが関与していることを示すものは全くない。
この問題を解くと、Googleの研究開発部門「Google Labs」へのページに辿りつく。このページには、「Googleの構築を通して我々が学んだことの1つに、自分が何かを探しているとき、向こうも自分を探している場合のほうが見つかりやすいということがある。我々が探しているのは、世界最高のエンジニアであり、あなたこそその人なのだ」と書かれている。
「ご想像の通り、我々のもとには連日実に多数の履歴書が届く。そこで我々は『SN比を上げる』ために、このちょっとしたプロセスを開発した」
Googleの人材募集のやり方は実に入念なものだ。3月31日時点で1907人の従業員を抱える同社は、創立初日から厳格な採用方法をとり続けている。GoogleがまだPalo Altoのガレージで事業を行なっていた頃に採用された初期の従業員の話によると、同社の共同設立者Sergey BrinとLarry Pageは、面接中に人材雇用に関するハウツー本を近くの机の上に少なくとも8冊置いていたという。同社に採用された他の人々も、多数の面接と、時には数学やビジネス戦略に関するテストなどに耐えた末、ようやく採用通知が来たと述べている。
また、Googleはここ2年ほど、才能のある人物を発掘する方法として、プログラミングコンテストを実施している。しかしながら、同社に採用された人々によると、同社のコンピュータ科学者の多くはスタンフォード大学コンピュータ科学科出身者だという。さらに同社は、自社の検索広告サービスを使って、人材を集める方法も実施しており、たとえばAmazon.comの検索技術部門「A9」を率いるUdi Manberの名前を検索すると、Googelの人材募集広告が表示される。
http://www.japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20069765,00.htm
やっぱ人だよ。
このグーグルの求人における相思相愛理論、見たいなのは面白い。
さすがグーグル。
勢いのある会社は人事が違う。
あと、前から思っていたのは調子に乗っている会社は広告が違う。
面白い。
あと、逆境から復活する会社の広告も明らかに変化することがある。
これは業績の前に変化する。
企業業績の先読みは広告ですな。
まあ、広告が良くなれば、イメージアップ、売り上げアップみたいな感じにもなりえるからでしょう。
まあ、こんなに単純には行かないが。
社長日記系(外部広報系)
有名人・アイドル系(ブログ屋の客集め系、個人系)
日記系(日々の出来事系、思ったことぶっちゃけ系、メモ系、趣味)
モブログ系(モブログオンリー系、+コメント系)
最新情報&分析、情報発信系
授業系
コミュニティ系(何人かで集まって書いている、プロジェクト用)
広報系
企業のウェブ
僕は、何も知らない。
生きていく楽しさ、つらさ、苦しさ。
表面的なものではなく、本当の生きるつらさ、喜びを知らない。
自分ががむしゃらにならないとそれを感じることはできないだろう。
そう思う。
でも、世の中の心が締め付けられるまでのつらさを味わわなければいけないのだろうか?
将来つらいことがあるかもしれない。
大人になってからそれを始めて経験すると、
取り乱すというか、
ショックが大きすぎるから、
予防接種みたいな感じで、免疫を作っておく。
そういって、若いころの苦労は買ってでもしろと。
でも、人間そんなにつらいことなんて味わいたくない。
一生死ぬまでつらさから逃げられるなら、逃げ続けてもいいのではないか。
いや、逃げ続ける人がいてもいい。
その人を批判すべきではない。
そう思います。
僕は、若いうちにそんな経験をすべきかどうなのか、まだ判断がつきません。
でも、いつもなんでもやろう!
とか、どんなことでもやりたい、
どんなことでもやる。といってきた。
ビビリだから、怖い物だらけなのだけれど。
こういってこれたのは、本当の辛さ、怖さ、悲しさを知らなかったからなのかもしれない。
でも、話で聞くよりも、
自分の目で見るほうが衝撃は少なかった。普通は逆だ。
これ(間接衝撃と、直接衝撃)に関する、ブログは以前も書いた。
なぜなのだろう。
直接、目の当たりにした方が安らぎを感じた。
なんか、ありのままの姿を感じた。
それが、自然なのかもしれない。
自然なことに人間は、美しさを覚える。
美しさというか、自然の中に自然(の流れ)を感じる。
これには違和感がないのだろう。
明日は明日の風が吹く。
日本には日本の風が吹く、
チリにはチリの風が吹く
スペインにはスペインの風が吹く
インドには生暖かい風が吹く。
自分の感性にあった人ってのが感覚的にわかるようになってきたかも。
それは実際に話したことがなくても。
たとえば有名人で行くと、
茂木健一郎さん。この人と話したい。
この人の完成と僕は近いと思う。
ってかなり恐れ多いことを言ってしまいました。
彼は、脳科学でも、認知科学でも、哲学でもない中間領域に興味を持っている。
この表現がすごい。
ってか、この領域は今までなかった。
でもすごく気になる領域。
これをといているのは彼ぐらいでは?
あと、山口智子さん。
最近テレビに出ていないけど、
スマスマに出ていた。
で、ネットで検索すると、http://www.letters.co.jp/
こんな番組をやっていた。
トルコ→スペイン・ポルトガルの順に旅行している。
笑った。
世界の車窓と、テロの時と同じ感覚だった。
さらに、トークのテンポとか話し方、話す内容がなんか僕の感性にあっていた。
そんな感じがした。
あつかましくてすいません。
で、男のブログにはあまり面白いものがない。
単に批判するわけではないが、社長日記と題するものが多い。
これは、会社のトップとして、顔として、
外に向けて情報発信する意味では価値のあることだ。
でも、そこに書いてある文章は面白くない。
だって、誰にでも公開できるレベルの話だからだ。
表面的過ぎる。
その人の心のそこからの文章でない。
だから、嫌いだ。
あと、新しい製品情報とかのページもあまり。
情報収集のみの価値しかない。
まあ、それを目的に作っているわけだから、問題ないのだが。
個人的にすきなのが、
自己満足のブログ、
思ったことをがぁーーと書いてある。
こっちにも伝わってくる。
考えるきっかけにもなる。
面白い。
女は豆に日記を書くと前何かにあったが、それが真実かどうかはしらない。
でも、僕は比較的続いている。
女っぽい性格なのか?
いや、そうじゃない気がする。
NHKのマンガ?アニメ?そんな感じのやつ。
アガサクリスティがどうのこうのっていう、
日曜日7:30ぐらいからの番組
その、番組で気になったこと、
一人暮らしで重要なこと
何が在ろうと、食事を取る
未来をあきらめないこと
一人でいると、つらいときもある。
未来をあきらめない、これ重要。
それに、体が資本。
食事もしっかり。
食事を取れば力もわいてくる。
自然ってすごい。
美しいです。
自然の自然のままの姿が美しい。
山にしろ、海にしろ、草原にしろ、空にしろ。
なんにしてもです。
朝日とか、夕日、夜の星、月なんてのもたまりません。
なんで僕(人)が自然を美しいと思うのだろう?
人の作り出すものは、自然を越えられるのか?
そもそも、比較すべきものなのだろうか?
比較可能なのだろうか?
人が作り出すものでも「自然」はあるのだろうか?
自然が一番美しいとすれば、
人間も自然のままが一番いいのではないか。
外見的なメンも、内面的な部分においても。
それにしても、自然が作り上げるものは壮大である。
人間が作ろうとしたら、いくら人を動員しても、
いくら金をかけても、いくら知恵を絞っても、
できないようなことを、
自然は作り上げる。
もちろん、人間が作り出すもので、
自然が作れないものもたくさんあるわけだ。
これは、ないものへの憧れか?
人間が作れない、自然が作り出した自然、
これにあこがれる。
よくわかんないけど、自然は偉大です。
キリマンジャロ行ってみたいです。
唯一素人でもいける、5000m以上の山らしいです。
2015年には雪が解けてしまうらしいので、
行くなら早くしないと。
ああ、ネパールではヒマラヤ山脈をしっかり見てこよう。
太陽が昇るヒマラヤとか、
月が昇るヒマラヤ。
すげーだろうな。
世の中どうなるかわかんないんだから好きなように生きればイイと深く思った
もちろん、周りに迷惑、悲しみをあたえないという条件付で。
新幹線とローカル、さらに言えば車、自転車、徒歩
ローカル電車で帰るのと新幹線で岐阜へ帰る
なんか重みが違う。
ローカルで帰ると帰ってきたぁという実感がある。
帰ったことに意味があると一人で感じている。
でも、新幹線だと、1時間30分で名古屋に着く。
なんか一瞬だ。
楽といえば楽。
でも、物足りない。
帰ったという実感がわかない。
これは、時間が長いからそう思うのか?
列車の速度が遅いからか?
たくさんの駅に止まるからか?
実家のある岐阜だからか?
海外旅行で行った感じを味わうなら、
船ですべて行けばいいわけだし。
でも、何か違うね。
そう思うから18きっぷを使うんだし。
あのポスターの言葉をかみしめるわけだし。
まあ、なんか精神的に大きな違いがあります。
ライブドアとかジュゲムとかでブログを書いている人は、
最近よくテンプレを変える。
テンプレによって全然伝わってくるイメージも違うしね。
見るたびにデザインが変わっている人も多い。
そのときの気分を表したりするツールにもなるのかな。
それとか、最新エントリーにあわせてテンプレを変えてみたりとか。
新しい、映画とかのプロモーションのテンプレ作って、
それで映画会社が広告代払ってライブドアとかに、
テンプレ追加してもらってるんでしょうな。
お茶とかのプロモーションテンプレとかも面白そう。
昔ながらのラムネをイメージしたテンプレとか。
じゃあ、純粋にMT用の広告テンプレとか作る商売ないの?
広告とってきてテンプレ作って、配給するって感じかね。
僕も純粋に面白いテンプレで金ももらえるなら使います。
MT使っているおいらとしては、
テンプレを気楽に変えられるのはうらやましい。
ってことです。
こんなにも簡単にデザインを変えられる。
これがもっと日常化すると何か面白いことができそう。
洋服を変える感覚でデザインを変える。
なんかテンプレの新たな文化ができそうです。
SFCのウェブが3パターン切り替え可能になったように、
ブログもガンガンテンプレを変えてデザインが変わる。
xoopsなんかもデザインをユーザー側で切り替え可能。
なんかこれが進むと、どうなるか気になります。
どうでもいいけど、ブログのデザインテンプレを変えると、
ブログを書き込みするページのデザインを連動して変わるとか。
なんかテンションあがってというか、
そのときの気分に合わせてエントリーできませんかね?
それとか、同じテンプレ使っている人同士のブログが
リンクされたりとか。
なんかアイデアはもっとたくさん出てきそうです。
聞きたかったら直接聞いてください。
書いちゃったけど、もしこのアイデアを使う場合はメール(takeshiあっとまーくteratown.com)ください。
まだどこもやってないですよね?
インターネットだけにとらわれないで、その周辺にも目を向ける。思ったけど、このブログって自分に言い聞かせてますね。 コメントと書きづらいだろうなって、長くて改行むちゃくちゃで読みにくくて。 まあ、基本は自分のために書いているので気にしない。
パソコン市場での新戦略として、
世界最大のパソコン通信網であるインターネットの事業を拡大すると発表した。
って、95年の新聞に書いてありました。
インターネットってのが一般的に知られていなくて、
新聞での説明書きは「世界最大のパソコン通信網」だったんですね。
今はそんな説明は絶対かかれない。
9年前はそうだったんだと実感。
最近一般紙にブログやSNSって登場して解説があったのと一緒だな。
まあ、これらの言葉はインターネットとはまた意味合いが違うんだけどね。
それはいいとして、
95年の新聞って、何で今さら?という話なんですが、
小学校のときから、日経を読んでいました。
そして、なぜか気になる記事を毎日毎日切り取って、
ストックしていたわけです。
もう、膨大な量です。
それを、なんか再び見てみたというわけです。
それにしても、不思議なのは
うちの家族はもともと誰もパソコンを使っていませんでした。
もちろん、家にパソコンなんてない。
さらに、小学校でパソコンを習ったり、触ったわけでもないのに、
なぜか、パソコン関係の記事が多い。
小学生のとき、何でパソコンに興味を持ったんだろうか?
それに、中学に入るときにどうしても欲しくなって買ったりと。
今考えても不思議です。
それは、いいとして。
95年新聞シリーズでもう一つ。
ビルゲイツが当時、日経に「ビル・ゲイツからの電子メール」
なる月2回程度の連載をしていました。
これ、小学6年生かな。
これも切り抜いてあったので目を通していました。
気になった内容を1つ。
チャンスは「周辺」にインターネットのゴールドラッシュが起き、何千もの人や会社が名乗りを上げている。インターネットは何かとてつもなく重要なことの始まりだから、金があることは間違いない。でもほとんどの金は深く、みんなが考えもつかない場所に埋まっているに違いない。
1849年、カリフォルニア州で金を探しに集まった何千人のうち実際に成功した人はいないに等しい。すぐに掘り出せる金はあっという間になくなってしまった。このときに財を成した人の多くは金を当て込んでいたわけではなく、すぐに成功したのでもなかった。
ゴールドラッシュが始まって3年後、サンフランシスコで一人のドイツ移民が金を探しに来た人向けに洋服の生地を売り始めた。20年後、このリーバイスストラウスはリベットつきのデニムパンツ、つまりブルージーンズで財産を作る。
インターネットや他の双方向ネットワークを巡るラッシュでも、財産を得る人は出てくるだろう、ストラウスのように周辺の機会を生かした勝利者も多く現れる。
中略
大きな現象が起きているときも、どこに大きな機会があるかがはっきりしているとは限らない。
金とインターネットは特性が全然違うということは考慮に入れないといけないが、
インターネットとかにどっぷりつかると、近視眼的になり、周りが見えなくなる。
それに、最新のサービスや技術にだけ目が行く。
そうすると、ユーザーの視点からも外れるし、
多くの新しいことを始めたい人と同じような視点でしか考えられない。
すると、ありきたりのつまんないことしか考え付かない。
今回この記事を読み直して、
ちょいと視野が狭くなっていたなと気づいた。
インターネットにはまだまだ可能性がある。
もちろん、その周辺にも。
とりあえず、今日自分の汚点に気づいたことは良いことであった。
あとは、実際にネットのブームの周辺や、全く違ったことにも目を向ける、
これを実践するってことですなぁ。
ビビリはビビリでない。 度胸アル奴はビビリ
僕はビビリです。
そこで思う、
ビビリな人のほうがリスクをとった行動をする。
自分がビビリでなくなるためであったり、自分を強く見せたかったりするから。
それに、リスクをとると怖いから面白いってな理由で。
逆にビビリじゃない人(自分でそう思っている、いろいろな経験をしていないからかも)は、
全然怖くないと口で言う。
そんなことヨユウで、できるよってな感じで。
でも、それは自分で思っているだけで、
やったことない場合も多い。
ヨユウと思い込んでいるから、やろうともしない。
最終的な行動で見れば、
ビビリじゃないと思っている人のほうがアクションを起こさずにビビリに見え、
ビビリのほうがアクションを起こすので度胸があるように見える。
なんかこんな考え方もあるのでは。
意識のないものが多く集まることにより、 まったくあらたな意識が生まれ、 新たな社会(流れ)が作られていく。
よく分からないんですけど、
思ったこと。
社会(仕組み・考え方のベース・ライフスタイル)の根本から変わる。
このことだと思うのです。パラダイムシフトとは。
で、このパラダイムシフトを起こしているのは一人一人の市民なわけです。
でも、彼らはその変化に気づかない、
気づいたとしても遅い。
実際に彼らは社会を変えているまさにその原動力になっているにもかかわらず、
そのときには気づいていない。
自分の意識の外の行動で、
社会が変わっていっている。
だから、気づかない。
で、変わりきったころとか、
変化に対応するにはおそくなりすぎてから、
その変化に気づく。
不思議なことだ。
じゃあ、この変化を一番最初に引き起こしたのは何か?
新たな技術を持ってきたり、それを使った何か(サービス)などを始めた人。
ブームを作る人に似ているかもしれません。
でも、彼らにも明確な未来社会は見えていないかも知れない。
信じている人はいると思うけど。
すると、誰もその変化を分からないのか?
というとそれも違う。
早く変化に気づき、それを利用したり、その流れを踏まえ、
新たな流れを作る人がいるわけだ。
このような人は、新たなことが起こることに敏感だったりするわけだ。
ということは、未来がどうなるかははっきりとはすべての人が分からない、
だけれども、自分なりにいろいろな変化を感じ、調べ、考え、
それにあったことをする、さらにその変化を踏まえて新たなことをする。
これしかないのではないか。
もちろん、これは判断を誤って失敗することも多いにある。
なぜなら、最終的に未来を作り上げていくのは、
そのような新たな変化に気づいていない一人一人の人間だからだ。
変化に気づいて、新たなことをした人が
未来を作るわけではない。
このマジョリティの流れが最終的に社会を作るからだ。
じゃあ、このマジョリティにどうしたら新たなものサービスをうまく広められるか。
そこが重要になる。
しかし、彼らに根本的な変化を察知されたらいけない。
察知されれば、彼らは自ら行動を起こし、
その根本的な変化に対応したことを始めるからだ。
すると、変化を早く察知して新たな行動を起こした人が描いた未来像とは、違った社会が生まれると思う。
だから、多くの人に察知されたらまずい(変化に早く気づいて新たなことを始める人の立場)
となると、成功するには変化を自ら見極め、
それを踏まえたこと(サービスなど)をする。
しかし、多くの人にはその変化を感じ取られないようにする。
これか?
なんか、あんまり面白い文書にならなかった。
言いたかったのは、変化などに対して鈍感な人がたくさん集まることによって、
実は大きな変化が生まれている。
もちろん変えていることは、気づいていない。
変化が終わるころに気づく。
これって不思議。
カブも一緒なきがする。
みんながあがると思っていても下がったりとか、
多くの人の意思に反して動くときがアル。
ってか、それの方が多い。
じゃあ、最終的には何が決定要因なんだろう。
意識のないものが多く集まることにより、
まったくあらたな意識が生まれ、
新たな社会(流れ)が作られていく。
これ不思議。
じゃあ、これからの社会を作り上げていく我々は
何を見て、何を感じて、何をどう判断すれば良いのだろうか。
そして、その判断に基づいて何かを始める場合はどのように行うべきなのだろうか。
難しい問題だ。
意識のないものの集団化による新たな意識・流れをつかむのか?!
なんか、田坂さんが昔いっていた、
複雑なものに生命が宿るという言葉を思い出した。
あと、僕がいつも言う
権利とか何とかで守られた組織とかでは変化が一気に起こる。
というか、外部に対して既存の支配した物を使って一気にアピールするから、
大きな変化に見える。
でも、規制のない社会とかでは毎日変化が起こり続けている。
こっちの積み重ねは徐々に起こる変化だから気づきにくい。
でもちりも積もれば山となるで、最終的にはこっちの変化の方が大きいって話。
それを昔の僕のブログから引用
確か、地上はデジタルが始まった日のテレビを見て思ったことです。
全局いっせいに、カウントダウンをやっている会場からの中継を流して、
総理大臣とか総務大臣も着てカウントダウンしていた。
それを見て、違うだろ!と思って書いた文章です。
以下引用
January 28, 2004
見えないからこそ、大きな変化
前も書いたかもしれないけど、また書きます。変化っていうのは見分けるのが難しい。
そもそも、変化しているのかどうか、また良いほうへ変化しているのか、悪いほうなのか?そのスピードも分かりにくい。
まして、内部にいると分かりやすいように感じるんだけど、実は見えないことが多い。
だから、常に外部に視点を置くことが重要であると。でね、ネットとかみたいにみんなが自由にいろいろ手を加えていけるものは日々変化している。新しいことが起こり、機能が付け加わり、徐々にそれが浸透していく。ある、スパンで見ればかなりの変化が起こっている。でも、毎日起こっているので、日々その変化に気づくことはない。気づきにくい。大きな変化だとは感じにくい。
しかし、規制で縛られているものはみんなが自由に手を加えることができない。権限を持っているものだけが、システムや仕組み、規則を変えることができる。ちょこちょこ変えればユーザーにとってはウザイ。だから、一気に変える。大きなチェンジをさせる。だから、一般人はとても驚き、変化がおきたー、と思う。でもじつは規制のないもののほうが大きな変化が起こってるんだよね。
そんでもって、これも思い出した。楽天の田中さんの話から
田中氏は、ブログで何ができるか?という議論の盛り上がりを、90年代にインターネットが登場したときの議論と対比した上で、ブログの「新しさ」として3つのポイントを挙げた。1つは、単純なことだが「Web作成が簡単になったこと」。eBayや楽天が、オークションやショッピングモールという、従来から存在していたサービスを簡素化しただけでインターネットの世界を変えたように、特定の機能を「簡単にする」ということが時に非連続なインパクトをもたらすと述べた。
ほんの少しの変化、一見すれば何もたいしたようなことではないこと。
これ、ほんの少し便利になるだけで、大きな変化が起こる。
うんうん、これを見極めれたら最強です。
前にも書いた気がする、
読んだことアル人がいるかも。
ホントのこと言うと絶対書いたと思うんだけど、
探してもなかったのでメモ程度に書きます。
・具体的な職業ではなく、面白い奴と働きたい。これも理由だ。
・リクナビになってエントリー増大、学歴で切る
・具体的な職業ではなく、面白い奴と働きたい。これも理由だ。
世の中では、医者とかケーキ屋とかそういう具体的な職業につきたいというと、
明確な目標があっていいと言われる。
それに、なんかそれっぽい理由もつけやすい。
でも、そういう、具体的な職業じゃなくても
面白い奴や互いに尊敬できる奴と働きたいってのも、
十分職業を選択するメインの理由になると思うんですが。
これを言うと、それで具体的に何がやりたいのとかいわれそう。
そういう、具体的じゃないけど、明確な理由でも十分な志望理由だと思うんですが。
・リクナビになってエントリー増大、学歴で切る
昔は、手書きで履歴書を書いて会社に出していた。
しかし、今はネットで送る。
性別とかを選択して、志望理由をコピペ、
それで、行きたくもない会社でもとりあえずエントリー。
みんな簡単にエントリーできるので、
有名な会社にはエントリーの山。
そんなもの一つ一つ読めるはずもない。
となると、大学名とかで一気に切り捨てる。
まあ、仕方のないことです。
でも、こうなると学歴を重要視しないって言われている時代の流れとは逆ですね、
それも、自らその現象を作り出している学生たちなんです。
小学生の時に、将来の夢って題で、
小さな像を作った。
将来なりたい職業を表す自分を像にするみたい。
そのときおいらが作ったのは、
大きな椅子に座ったスーツを着た男?
何だと思いきや、社長らしい。
へんな小学生だな。
先日の日曜日に参議院議員選挙がありました。
行った人も、行かなかった人も今回は投票しましょう!
って、ちょっとした投票(アンケート)をやります。
選挙権は、このブログを見た人全員です。
こちらからアンケートに投票できます。
http://teratown.com/enq/enq.cgi
クリック一つで投票できるのでぜひ。
って、昼飯を友達と3人で食べていて、アンケートをとろうという話になりました。
アンケートに答えないと、結果が見れません。
って、ここが性格悪いですか?!笑
まあ、適当に答えてください。
反応が良かったら、ブログのトップにミニアンケートをつけるかも。
いつもエントリーが長いということで、今回からエントリーの要点を書きます。
アドワーズは検索ツールだ!以上。
意味不明な書き出しはこれぐらいにしておいて、
アドワーズのようなページの内容を読み込んで、
それを元に関連する広告を示すものと、
検索って微妙に似ているかも。
ってのも、ブログがあるから、アドワーズを検索ツールとして使えるのです。
意味不明かもしれませんが、こういうことです。
僕は自分のブログにアドワーズ広告を貼ってます(アドセンス)
さっき書いたように、これはHP(ブログ)の単語を拾ってきて、
それに関連した広告を表示します。
ということは、エントリーが簡単なブログ(HPの作成が簡単)で特定のことについて書く。
たとえば、インドについて。
「インドに行きたい、安い航空券はどこで買えばいいのかな?
インド行きの格安航空券情報あったら、教えて頂戴!」
こんな感じで。
すると、インドや格安航空券の広告が表示されます。
僕は、ブログで友達やブログを見ている人に問いかけをしながら、
グーグルの広告(アドセンス、アドワーズ)からも答えをもらっているのです。
って、これは検索してるのと一緒ジャン。
ダブルで(友達からのアドバイスと、グーグル君の吐き出した答え)アドバイスというか答えをもらえる。
自ら気になることをエントリーして、
アドワーズを通して結果をもらう。
変わった検索方法。
この広告は普通に検索するのと違う結果が表示されることも、もちろんあるのです。
ってことは、検索では上位に来なかった(SEO対策していない)よいサイトにも簡単に出会えるかも。
アドワーズを使っているところは、ある程度ネットとかについてもしってそうなところだろうし。
ケッコウ、使えるかも。
するとなると、ネット広告と検索は今後どんな関係になるのかな。
なんかもっと面白いことができたり、
変わっていくんだろうな。
ブログを書く人にとっては本質的に、
どちらも結果が表示されるという点では検索なんですよね。
まあ、片方はそれを広告という形で表されるんですけど。
広告と検索、片方はタダ、片方は金が動く。
同じようなことなのに、違うように見える。
なんかできそうな感じがするなぁ。
はてなみたいに、キーワードに反応してその商品とかのサイトに飛ぶってのはどっかで聞いたことあるけど、もっと違った広告と検索の関係ができそう。
よくわかんないけど、なんとなく思ったので書いてみました。
詳しい人は、また検索とか広告について教えてください。
それを踏まえて、またいろいろと考えてみたいです。
あと、上と全く関係ないネタです。
インターネットで公開した時点で、
世の中にいるすべての人が見ることができる。
当たり前。
でも、これを生々しく実感している人は少ないと思いますよ。
こうなったら、誰でもいいから見てくれ。
誰でもいいからドンドン見てくれ。
プライバシーなんて言葉は知りません。
僕の思ったことを書き表して、
正面からすべてをぶつけて、
勝負して行きます。
完全なるオープン。
まあ、エントリーが長すぎて
みなさん、読むのがめんどくさいと
ご指摘をよくいただきます。
よし、じゃあ、
タイトル以外に今日の一言
見たいな感じでエントリーを、
今後2行ぐらいで要約します。
覚えていたらですけど・・・
あと、BBSをつけようかなと思ってます。
ブログがあるのに今さらか?
というかもしれませんが、
ブログと全く関係ない内容だとか、
まあ、なんか無駄なことで盛り上がれるBBSが
あってもいいかなって。
あと、僕の名前で検索してトップに来るようにするかも。
そっちの方がいろいろと楽だから。
まあ、これもテストが終わって時間ができてからの話です。
HPリニューアルの意見あったらください。