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April 17, 2006

海の驚異

TbSの世界遺産が革命的に良かった。
今迄で見た中で一番だった。
圧倒的だった。

ベストオブ世界遺産 掘.好撻轡礇
海の驚異

母なる海に抱かれます。

と高倉健さんが言った時はもう、極みだった。
海のことが好きだからかもしれない。
海が美しいからかもしれない。
海が神秘的過ぎるからかもしれない。

母なる海に抱かれたくなった。
大いなる大海原の中へ潜りたくなった。

April 16, 2006

表現できない感情が湧き上がった

うれしいのだろうか。
共感したのだろうか。
つらさを感じられたのだろうか。
寂しいのだろうか。
自分の小ささを知ったのだろうか。
人間の偉大さを知ったのだろうか。
自然の偉大さを再認識したのだろうか。

全身にサブいぼがでたのだけは事実だ。

あれは半年前ぐらい。
昨年の9月だった。
ボリビアの首都ラパスで、同じ宿に泊まったチャリダー3人がいた。
チャリダーとは自転車で世界を旅する人のこと。
今までの旅ではチャリダーとこんなに会うことはなかったし、あんなに語り合ったこともなかった。

ラパスにはあまりいる予定はなかったが、彼らがいたので僕は自然と長居した。みんな南米の最南端まで行くことを目指していた。一人は僕より1,2歳上でエクアドルから自転車で来ていた。かれは1,2ヶ月前に見事に走りきった。もう一人はユーラシア大陸をヒッチで旅し、オーストラリアを自転車でまわり、南米を自転車で旅していた人。彼はアルゼンチンで襲われて、帰国している。そして、最後の一人が今回アメリカ大陸最南端ラパタイアへゴールした。アラスカから南米の最南端ラパタイアまで、日数980日、走行距離28,640kmだったようだ。旅の終わりは旅の始まり。と。最終目的の日本を目指すために、彼はまた旅に出るようだ。

僕よりも年は10歳ちょっと上。人間的にも尊敬できる。さらに天才系のオーラが出ていた。話していても経験に基づいたいろいろな話。さらに、深い考えがあり、個人的に心踊る人だった。そんな方だ。ラパスでは一緒に飯に連れてってもらったり、ボリビア飯について旨いまずいを話したりと。
僕がラパスから飛行機で帰る日、宿を夜中の4時過ぎに出ないといけなかった。すると、さりげなくチャリダー3人は僕が宿を後にするまで話しながら付き合ってくれた。本当にうれしかったし、最後に握手をして別れたときのことは死ぬまで忘れないと思う。その時、衛星で流れていたNHKでは野口健が話していた。みんな、見入っていた。

あの時のことが思い出される。あの時、同じ場所にいて何日間か過ごした。そんな時を共有した人が、こういったことをしたと知ると何か特別な感情を抱く。もし、ラパスで出会っていなければ、この出来事を知ったとしてもこの感情にはならなかったことだけは事実だろう。


チャリで世界を旅するということは、電車やバスを使うたびとは全く違う。東京から名古屋まで歩いた時に感じたが、その大変さは普通のたびの比ではない。それを3年にわたってやり遂げた。それも、アラスカから南米最南端ラパタイアだ。バスで行くにしても、電車で行くにしても、飛行機で行くにしたってかなりの時間がかかる。それを自らの力のみで。あの時、見せてもらった写真や、旅の話。そして周りの人がいて旅が出来るといっていた。助けられていると。本当にそうだろう。でも、やりきったのは本人であることもまた事実だ。

日本には目立たなくても、こんな男が何人もいるのだ。
これが侍ってやつなのかもしれない。


本当にいろいろな人に出会った。旅を通してもだし、それ以外でも。
大雑把に言ってしまえば人と出会うことは偶然である。
そんな出会った人には特別な感情を抱く。

生きていて心のそこから幸せを感じる時やワクワクする時は「偶然と人」が常にそこにある気がする。

アメリカ大陸縦断ほんとうにおめでとうございます。

April 09, 2006

青い海

このままだと、中国の旅行記がデジタルで残ることはなさそうだ。
確かに、めんどくさいのだ。

でも、旅行中に思うことと、旅行後に思うことは違うので残したい。
ああ、どうしよう。
ネット環境がしっかりしていれば書いただろうな。
工事は3週間後しか無理とかいうし。。。

で、今日は池袋まで歩いた。
といっても、20分ぐらい。

マリンダイビングフェアなるものがやっていたから。
昨年ダイビングのライセンスを取ってから、
あの感覚が忘れられない。

青い海の中で青い空の下で、イキイキとした魚に囲まれる。
たまらんです。
2,3月も潜りたかったが、行った地域が中国、それもチベットとウイグルがメインでは無理だった。

で、今日見てきたが、世界中ダイビングスポットはたくさんあるなと思った。
それに、日本からも手軽にいける国もけっこうあったし。
国内でも、沖縄だけでなく、伊豆とかも。

パンフレットをもらってきたのでにらめっこしよう。
誰かダイビングやってないですかね?
周りに2人しかいない。
僕が知らないだけで、ダイビングやってるという人いたらメールください。
takeshi@teratown.comですので。


5月は新緑の季節。
2年連続で山に登っているので、今年も奥多摩の山にでもまた登ってみたい。
あの緑は美しいんだなー。

March 21, 2006

このために帰ってきた

帰国しました。
中国というには違いすぎる、チベットやウイグルも印象的。
トラックヒッチも印象的、砂漠に寝て星を見ながら語ったことも印象的。
いろいろと面白い旅だった。

気が向いたら旅行記アップしようかなと思ってます。
しかし、アップしない可能性大。
見たい方がいたら、メールください。
それによってアップするかも。

旅の写真です
http://teratown.com/files/china/catalog.html

で、WBC。
見たのは決勝のみ。
でも、良かった。
かぶりつき。

いいね。イチロー。他の選手も。
若い選手とか、すんげーいい経験になっただろうし。
いい仲間と楽しかったんだろうな。

・イチローの言葉

最大の屈辱を味わって 最高の瞬間も味わって 素晴らしい仲間と一緒に 素晴らしいプレーが出来て言うことないですね。

こんな様なことをいっていた。
確かにと思った。

おれもこんな人生を送って生きたい。

それにしても、いい試合だった。
日本代表、野球世界一やった!

旅の写真です
http://teratown.com/files/china/catalog.html

March 15, 2006

成都より

成都にいます。
人口1000万人とあってかなりの都市。

別にココに来る気はなかったけど、陳マーボウ豆腐がまずい、辛いだけという噂を聞き言ってみたくなる。そんなにまずいのかと。

で、行ったわけです。結論から言うとまずくはない。そこまで辛くない。抜群にうまいとも思わないけど、まあまあかな。たぶん、始めの期待がでかいからマズイという表現になるのかも。

人で溢れるきゅうさいこうとか興味ないので、この都市ともさようならして、上海へ電車で37時間。

上海から日本に帰ります。

岐阜にいったん戻って、卒業式とやらに出るために東京へって感じです。

最近周りの人がなぜかよく旅行に行く、鹿児島にちょいといってまた東京に戻ってきます。
まあ、家も探さないとな。引越しも。

March 05, 2006

the Greatest desert in Dun huang(Tonkou)

I have been to some deserts in the world.
I went to the best desert yesterday. I have never seen such a desert.

Last evening I went to the desert by car with One Japanese guy.
There is not famous, so no people in there without us.

And it is very big and sand is like powder.What a great desert.
Moreover sunset is very beautiful. After sunset There are countless stars.

Very exciting experience for me.

February 25, 2006

チベット自治区州都ラサ

シーニンという以前エントリーした町から、48時間程度移動しっぱなしでチベット自治区の州都ラサに着きましたとさ。

シーニンから夜行電車でゴルムドへ15時間。それから33時間ほど1200kmを移動。標高6000メートル弱を通るので高山病になる。寝ると症状がさらに重くなるからということで徹夜。

標高が高くて冬で空気が澄んでいる、かつ周囲数百キロに灯りはまったく無い。ってことで、星が輝いていました。あんなに澄んだ色のした無数を見たのは初めてで、感動しっぱなし。星の輝きの透明度が違った気がする。本当に輝く色が済んでいてきれい。それと、周囲に何も無いので360度パノラマ。オリオン座が移動するのがわかった。星の数はガラパゴスの次ぐらいな気がした。

ラサはあまりおもろくないので、西を目指します。
しかし、高度に慣らすため、ラサ(富士山ぐらいの高さ)で高度順応してから、とりあえずエベレストベースキャンプを攻めます。エベレストなんか上れるはず無いけど、そこからはチョモランマが見えるらしい。

冬のチョモランマは美しいようだ。

February 02, 2006

アイスランド

人口30万人ぐらいらしいが、地熱とか水力とか風力とかすべて自然エネルギーでまかなっているらしい。驚き。もうちょっと調査してみたい対象だ。


でも、物価が高いようだ。金を持ったら遊びに行きたいところだな。
自然も豊かだし。

北欧ではサーモンとパンを食えば安くすむと教えられたことがあったなぁ。
懐かしい。

January 29, 2006

新・世界の七不思議

新・世界の七不思議の最終候補21が発表された。
日本からは清水寺。「えっ」って感じなんですけど。
清水寺が創られた経緯に何か不思議でもありますかね。
イマイチ候補に挙がった理由が分からない。

あと電話投票のみみたいです。世界中から電話投票できるみたい。

日本からは安藤忠雄さんが審査員かなんかで参加しているみたい。

こんなんがあるんだなぁと思ったので、ただ単にメモ

新・世界の七不思議の最終候補21
(1)アテネのアクロポリス(ギリシャ)
(2)グラナダのアルハンブラ宮殿(スペイン)
(3)アンコール(カンボジア)
(4)ユカタン半島のチチェンイツァ(メキシコ)
(5)リオデジャネイロのキリスト像(ブラジル)
(6)ローマのコロッセオ(イタリア)
(7)イースター島のモアイ像(チリ)
(8)パリのエッフェル塔(フランス)
(9)万里の長城(中国)
(10)イスタンブールのアヤソフィア聖堂(トルコ)
(11)京都の清水寺(日本)
(12)モスクワのクレムリン宮殿(ロシア)
(13)マチュピチュ(ペルー)
(14)ヒュッセンのノイシュバンシュタイン城(ドイツ)
(15)ぺトラ(ヨルダン)
(16)ギザのピラミッド(エジプト)
(17)ニューヨークの自由の女神像(米国)
(18)ストーンヘンジ(英国)
(19)シドニーのオペラハウス(オーストラリア)
(20)アグラのタージマハル(インド)
(21)トンブクトゥ(マリ)

http://www.n7w.com/

世界の七不思議は以下の7つらしい。しかし、一般に言われている7つとフィロンって人の7つは一つ違っているみたい。

wikipediaより

ギザの大ピラミッド
バビロンの空中庭園
ロードス島の巨像
オリンピアのゼウス像
エフェソスのアルテミス神殿
ハリカルナッソスのマウソロス霊廟
アレクサンドリアの大灯台(フィロンが選んだ七不思議には入っていない)
バビロンの城壁(一般的に言われている七不思議には入っていないが、フィロンが選んだ七不思議には入っている)

January 15, 2006

この世界は美しい

この世界は美しい

結果的に時間がかかっているということ

広川泰士さんの「惑星の音 〜SOUNDS FROM THE PLANET 〜」ってのが抜群にいい。

TIMESCAPESも抜群。特に惑星の音が好きかな。

2005年12月20日(火)〜2006年2月5日(日)
10:00〜20:00(最終日は17:00閉場) 会期中無休・入場無料
http://www.meridien-grandpacific.com/facilities/gallery.html

惑星(ホシ)の音―広川泰士写真集
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January 13, 2006

卒業旅行とか

大学の友達となんか卒業旅行の話になった。彼はブラジルに行くかもといっていた。Bricsのうち、インド、中国に彼はいっているので次はブラジルを見てくるみたいだ。面白そう。ブラジルの行きたいところレンソイスとかエマス国立公園とか。

で、俺は中国にやっぱ行きたい。今の中国を見ときたい。それで、北京インで上海アウトで行こうと思う。でも、まだ詳細を決めていないのでそろそろ決めよう。チベットはもちろん行く予定。チベットがメインだけど。

それはいいのだが、卒業旅行ってなんだという話になった。

1・友達と何人かで行く。
2・学生最後の海外旅行
3・メジャーな場所かつリッチっぽい国

じゃあ、俺が上海はどうかと言ったら、3番はクリアーしているという結論に。北京はギリギリセーフ。まあ、すなわち、我々は卒業旅行とはいえないようだ。でも、卒業旅行って響きもいいよなーって思ったけど。卒業旅行は旅自体を楽しむというよりは友達との思い出作りってことなんだろうな。

そういえば、ab-roadのページが更新されてたりした。旅に出る前は大量にウェブサイトを見まくるわけだ。チケットを探したり、行く場所を探すために。もちろん、徹底的に最安値を狙う。だから、相当チケットサイトは知っている。結果的に最安値よりも、オープンジョーとかで少し高くてもコストパフォーマンスが良いものを選ぶのだけど。

旅の途中の楽しさとは違ったワクワク感が、調べるという行為にはある。

みなさん、それぞれの旅から帰ったら話とか写真とか見せてください。

January 11, 2006

NEUTRAL 水こそすべて 下巻 ―水と地球―

有楽町で降りてアップルストアに行く途中、交通会館一階の本屋のガラスに目がいった。この写真はなんだと思った。雑誌がガラス張りの壁にディスプレイしてあった。その表紙はニュートラルのものだった。
おおっと思い、店内へ。時間がなかったのでぱらぱらとしか見れなかったがすばらしい。かなり写真がすばらしい。氷河の写真、ウユニの雨季の写真、アフガンの写真、チベットの写真、ナミブ砂漠などなど。

水の音のCDつき。

ウェブが新しいデザインになっていた。
NEUTRAL 水こそすべて 下巻 ―水と地球―

以前のニュートラルのエントリ

第5号(水と人間篇)に続き、待望の下巻が登場。
今号は“水と地球”との関係を焦点にして、世界中を旅しました。
ノルウェーの氷河に見た本当の水の色、
今なお津波の爪痕を残すスリランカの現在。
マリ、ニジェール川の悠々なる流れ、
アフガニスタンの厳しい自然の中にある美しき湖……。
地球には水があります。この特集を読めば、
このありふれた事柄が奇跡に感じるはずです。
「水こそすべて」―それ以上でも以下でもない。
地球と水が織り成す奇跡を感じてください。

ニュートラル(6) NEUTRAL
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January 10, 2006

おんたけさん?みたけさん?

昨日は御岳山(みたけさん)に登った。

今までは同じ友達としか山に登ったことがなかったが、初めて違う友達と登る。

連絡があって、御岳山に登ろうとメールが来てたので御嶽山(おんたけさん)だと思っていた。けっこう大変だよなって思っていた。で、調べたら御岳山(みたけさん)。低い山でスイスイでした。

登ったルートの地面が舗装されていたのが問題。でも、久しぶりの山で気持ちよかった。そういえば、12月14日に高尾山に登ってました。

ということで、山登ったっていうメモ。

January 08, 2006

星空指数

星空指数なるものがあるらしい。初めて知った。まあ、天気予報をする段階で自然に分かるものだろうから、対して指数を出すのにコストはかかってなさそう。

他にもヤフー天気予報を見ていたらこんなのがあった。どれもコストをかけずに、出してそう。でも、こうやって出てるとなんか面白い。今までやっていたことにほんの少しの手間をかけるだけで新たな価値を生んで、それがお茶目だったり、笑えたり、実際に新たなものが生まれたことによって思いもつかないことを
発見したりする。こんなの好きだな。

指数情報
-通年-
 洗濯  紫外線
 傘 星空
-冬季-
 風邪ひき  鍋物
 肌荒れ

January 05, 2006

地球が美しすぎる問題

ニッシンのカップヌードルのCMがある。「NO BORDER」ってやつ。

世界から国境はなくならないと思うし、あんまりなくす必要もないと思うのですが。確かに、無理やり引かれた国境や問題が起こっているところはあると思います。しかし、国境がなくなたからといって解決する問題でもないと思う。人間は人それぞれ違うし、文化や習慣が違う。だから面白いし、その土地にあわせて生き抜いてこれた。異なるものがより近くなった時代だから衝突が起こるのは自然なことなのだと思う。人間はそれを乗り越えるために言葉を身につけ、それを通してたくさんの問題を乗り越えてきたという。でもさ、怒るでしょ、むかつくでしょ。それがまさに衝突の原因だと思う。じゃあ、怒ることやむかつかなければ良いのではと言うかもしれないが、怒るとか喜ぶとか人間の感情がなくなったら生きている楽しみの99%がなくなるということなんだよね。そんなこと書きながら、血を見るのが嫌いだったり、闘争心もあまりない人間なので、みんな仲良くしましょって思うんだけど。まあ、心のボーダーをなくそうといっているんだと思うのですけどね。まあ、それはどおでもいいです。

このCMで宇宙空間から地球を取った映像がゆっくりと流れ続けている。これが限りなく美しい。美しすぎて問題だと思う。地球って地表すぐ上で見ているものと、宇宙から見るのでは全く異なって見える。まあ、どんなものでも視点の距離を変えれば違って見えるんだけど。

おれが、50才とかになったころは安く宇宙に行けるようになっていそうだから、是非行こうと思う。

http://cupnoodle.jp/cm/view_cm15_hi60.html

December 28, 2005

冬の京都には寒さがあう

去年の今頃も京都にいただろう。六波羅蜜時に行ったはずだ。

今年の京都も寒かった。寒かった。肌を刺すようなという表現がそのまま当てはまるような。あられも降ってきた。

この時期(年末ギリギリ。31日以外)はどこへ行ってもすいている。人がいない。そんな京都の寺をめぐった。静けさを持った寺は心を澄みきったものにしてくれる。静寂の中の寺には厳しい寒さがあう。張り詰めたような空気が存在する。そんな空間が京都の寺には似合う。

冬の京都はいいもんだ。

天龍寺 二条城のようなつくりが目に入ってきた。そして、中へ。ここは庭がなんていっても美しい。何か特別なものがあるわけではないのだ、大きいとかそういった特徴もない。しかし、何か美しい。シャープな美しさって言うのか、なんか分からないけど庭がいい。

二尊院 ここは参道というのか、門から本道へ行くまでのまっすぐの道がきれい。バランスが取れていて、左右の木とかも最高。紅葉の馬場というらしいが、ここがとりあえず最高。

常寂光寺 ここにあった2重の塔かな、ここの土台のところが鏡餅みたいにでっかくて白くて丸い土台みたいなのがあった。これを見たときにカトマンズのスワヤンブナートなどに似ていた感じ。そんなのを思い出した。

あだしの念仏寺 石で囲ってある中に、小さな石(お墓)が1000ぐらい?あった。この囲いの中に入ると不思議な力と言うか、なんか普段味わうことのない空間にいる気がした。

愛宕念仏寺 ここの石像千二百羅漢はすごい。すべての石像の顔が違う。それに素人さんが石を掘ったらしい。どれもいい顔をしている。実にいい。数も半端なく多い。俺も石像とか作りたくなった。

清涼寺 実に大きな寺。法然さんの青年時代の像とかあった。こういった本堂とか門がでかいお寺もスカッとしてかなり気分がいいもんだ。

December 19, 2005

OpenSky

Open Sky
─a Project to make the Personal Jet Glider─
〜個人的に飛行装置を作ってみるプロジェクト〜

先日、青山ブックセンターに行ったらこんなポストカードが。
日本は飛行機を作っていない。ホンダジェットも試験飛行のニュースを聞いてから、その後は分からないし。

で、「実際に乗れる一人乗り飛行装置」を開発・試作してみるプロジェクトと言うのが最高。面白くてかっこいいコンセプト。実際やるのは半端ないぐらい大変だけど、半端ないぐらい面白いことだと思う。

2006年には試験飛行実験も行うようである。その時は、ぜひ生で飛ぶ姿を見てみたい。

飛行機といえば、二宮忠八を思い出す。日本人で飛行機開発を行っていた。彼は世界一は焼く飛行機模型を飛ばした男。カラスの飛ぶ姿からヒントを得たはず。そんな彼は、開発も終盤に差し掛かった時、ライト兄弟の成功を知ったという。「玉虫飛んだ」という本を小学生のころ読んだ、その記憶。表紙は黄色だったな。たしか。

http://www.petworks.co.jp/~hachiya/opensky/index.html

ホンダジェットHondaJetのムービー
http://www.honda.co.jp/HDTV/HondaJet/200408long/

December 16, 2005

植村冒険館

植村さんが東京に住んでいたときに板橋区に住んでいたらしい。その地に">植村冒険館が建っている。駅で言えば蓮根駅だ。まあ、少し前から行ってみたいと思っていた植村冒険館に行って来た。ネットで調べたらそこまで大きくないので、たいして時間はかからないと思っていたが、大間違いだった。昼過ぎに行ってから閉館の18時までずっと居座った。

小さいところだし、蓮根駅と立地もよくない。そこで、すぐ帰るんだろうなと思っていた。しかし、そんなことはなかった。実際に使われたアイゼンやピッケルの展示やDVDの上映もやっていた。さらに、一階の図書館はかなり充実。

階段には年表と写真があった。どの写真も迫力が違う。特に良かったのは、DVD上映「冒険家 植村直己の世界 NAOMI UEMURA」。70分ぐらいのもの。ついつい見入ってしまった。これはスゴイ。本当にすごい。彼の肉声をはじめて聞いた。北極圏1万2千キロゴールする時の映像なんかはもう、涙物です。特に、コッツビューに着く瞬間の植村さんの声が本当に、今までのたびすべてが詰まっている感じがする。さらに、アラスカで消息不明になる直前のキャンプでのインタビューや、最後の交信の音声。70分丸々見た。基本的に客はいないので、見入った。一回り見てからも、離れることが出来ず、1万2千キロの映像が終わるまでは2回見た。

さらに、一階の図書館には植村さんの写真集、7000円もするんだけど。ここに載っている写真は抜群だ。いや、圧倒的な力を感じる。自然の厳しさの中にある極限の美しさ。すばらしい。さらに、徹子の部屋に出た時のビデオも見た。

また、行ってみたいところ。

植村直己記念館
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December 15, 2005

旅は終わってからも続いている

旅から帰り、日常の生活に戻る。
1日が過ぎ、1週間が過ぎ、いつの間にか1年が過ぎている。
帰国してすぐは、旅の感覚が抜けない。
いろいろなことが手につかなかったりする。
旅先について

そんな日常でふと、旅の風景や出来事が頭をよぎる。その時、脳は日本にいながら旅先にいる。
そんなことがあると心が落ち着く。がんばる気になったり、ワクワクしてきたり。

旅は終わってからも続いているんだな。

December 12, 2005

空からの風景

シルクロードを飛ぶ NHKの番組がやっていた。
NHKスペシャル 「赤い翼・シルクロードを飛ぶ」無人の大砂漠と天空のサファイア▽世界初挑戦

モーターパラグライダーでシルクロードの砂漠や菜の花花畑、青い湖、青い空、夕日の大地を飛ぶ。それをカメラで撮影していた。これは、すっごいなー。こんな大地を空から見てみたい。

半端なく美しい景色であった。シルクロードを陸路で行くのもいいけど、上空から見るほうが美しいだろうなと思った。モーターパラグライダーで見たら最高に美しい世界が広がっているんだろう。

矢野健夫さんと言う方が撮影しているみたい。モーターパラグライダー空撮のプロフェッショナルのようだ。

http://www.nhk.or.jp/silkroad/special.html

December 07, 2005

歌は思い出を運んできてくれる

光る海、光る大空、光る大地って歌をSMAPが歌っているNTTかなんかのCMが最近良く耳に入ってくる。けっこう前にもやっていたと思うのだが、最近また多いような気がする。

で、あの歌を聴くと無人島の日々を思い出す。友達と二人でなんか知らないけどこの歌を歌っていた。まさに光る海、光る大空だったから、自然と口から出てきたのだろうか。

やっぱ、歌は思い出を運んできてくれるんだなと思った。

December 05, 2005

旅と音楽

さっきの、エントリーでも書いたチャリダーさんの旅行記が一気に更新されていて読みふけっていた。ちょくちょくチェックするのだが、ぜんぜん更新されていなかった。でも今日見たらスゴイ量が更新されていた。
それで、ついつい読み続けていた。すると、印象に残ったのは南米の空の青。真っ青。俺が見たのと同じ青。そんな写真たち。それと、音楽に関する文章が異様に多かった。

そういえば、今回のタイとカンボジアは音楽を持っていった。今までは持っていったことがなかった。理由なんて特になく、荷物が増えるぐらい。あと、現地の風邪を空気をより感じるため。とかいうのも少しある。で、今回は音楽をセレクトしてもらったので持っていった。

CDをあまり買えない、と言う人がいる。それは以前にも書いたと思うが、曲を聴くとその時の思い出がよみがえってくるからと

しかし、チャリダーさん曰く
音楽を聴きながら旅をすると、帰国後この曲を聴く度に、
「あぁ、この曲はあの国でああだったなぁ」と感じる事ができるのでいいかも。
逆にこうやって捉える人もいる。

確かにそう思う。写真とか音楽とかあったほうが、その時のことはリアルによみがえってくる。それに、旅のお供におんがくがあるってのもいいもんだ。途中で、現地の音楽を追加していったら、さらに面白いと思う。

その方がミスチル「終わりなき旅」サザン「旅姿六人衆」の曲をお勧めしていた。「終わりなき旅」は一番辛かった時に聞いた曲で、そのとき励まされ、今聴くと「あの苦難を乗り越えてきたんだ、また乗り越えられるさ。」と。「翼をください」「上を向いて歩こう」は青い空を見上げ走りながら口ずさんだようだ。次旅に行く時はこれらの曲も持っていってみようか。

リアルタイム旅日記

なんだろう、昨日かなんかも植村さんの本を読んで旅日記は旅の途中に書いたものが面白いと書いた。まさに、今日もそう思った。南米で会ったチャリダー(サイクリスト)さんの中の一人の方の日記を見た。このチャリダーの方は天才系の人だと思う。勝手に思っているだけだが、発言と行動からそう感じる。

彼がボリビア飯がいかにまずいかってのと、俺がいかにうまいかをひたすら話していた気がする。そして、最後ラパスを出発する日、朝四時まで一緒に待っていてくれた3人のチャリダーの一人だ。なんと言うんだろうか、自然に対して自らの体だけで向かい合っている人はどの人もやさしい気がする。やさしいという言葉が安っぽい気がする。なんだろう、自然と向かい合ったからこそ、本当の厳しさを体で味わったからこそ、生まれてくる自然な感情なんだろう。

友達とか会ったことのある人の文章や写真だとさらになんかワクワクする。それも、現地で旅の途中にアップした文章や写真だとなおさら。いやー、いいね。自分が旅していなくても旅している気分になる。
以前書いた、自分の分身が旅をしてくれるというバーチャルのサービス。これとか
これ。こんなんでも、面白かったのに、それが実際に知っている人となれば面白いに決まっている。

以前のエントリーで書いた「友達の写真は身近に感じる」ってのも、まさにそんな感じだ。

それにしても、南米の空は青いな。青すぎる。さらに、おれが行ったところも行ったらしく、その写真を見るとたまらなく興奮する。

旅って、偶然と言うかハプニングと言うかそんなものの連続で、いろいろな出会いがあって、いろいろな驚きがあって、自然のでっかさとか、人間の温かみとか、いろんなものがごちゃ混ぜなんだよなぁ。だからやめらんね。

関係ないが、旅は一人でもいいが、飯のときは人と一緒がいい。いろいろなものが食べれるし、一人じゃ入れない店もあるし、何といっても話しながら食べたほうがうまい。旅の鉄則なのかな。

チャリの旅を成功させて欲しいな。
ブエンビアッヘ

December 04, 2005

タイとカンボジアを旅して

今回のたびで印象的だったのはダイビングと帰りの飛行機から見た日の出。そして、「北極圏1万二千キロ」という植村直己さんの本。

まあ、適当にさくっと書きます。それにしても「北極圏1万二千キロ」を読んでいると体がびりびりしびれるぐらいの感じ。これを読んで旅行記はその場で書いてあるものの方が魂が伝わってくると実感。こんなことを言ったら大変失礼なんですけど、たぶん、「北極圏1万二千キロ」を読んでも面白くないという人が大半だと思う。だって、知らない地名の連続。で、短い日々のメモみたいなのがひたすら続く。それも、犬が逃げた、橇がうまく走らないと同じようなことの繰り返しだから。そんなことを言いながら俺は何でこんなにも、まるで自分のことのように興奮したかといえば、東京から名古屋まで歩いた時の自分の気持ちと重なる部分がけっこうあったから。植村さんの「北極圏1万二千キロ」と俺は比較にならないんだけど、動力を使わないで一人で旅すると同じような気持ちになるんだってことがわかって、歩いた時のことを思い出しつつどんどんほんの中に入り込んだ。

成田→バンコク→アランヤプラテート→ポイペト(カンボジア)→シェムリアップ→アンコールワット→バンコク→チュンポン→タオ島→チュンポン→バンコク→アユタヤ→バンコク

成田→シンガポール→バンコク
これで、3回目のシンガポールエアー。いつも快適です。シンガポールのチャンギ空港のすごさにもいつも感心する。今まで、飛行機の中で映画を最後まで見ることはなかった。でも今回はなぜか映画を良く見た。電車男音声日本語、英語字幕。皇帝ペンギンフランス語音声、英語字幕、四日間の奇跡、日本語音声、英語字幕。これらを見た。あと、FTを読んでいたら世界の尊敬されるべき企業100社かなんかがのっていた。トヨタは3位。日本は車屋さんばっかだったな。すぐ、シンガポールに着く。こうやって比較すると南米は時間かかってるのかな。それで、タイのバンコクへ。タイのバンコクへは、成田行きバンコク経由の便。いま、成田からシンガポールに着いたのに、成田行きの飛行機に乗るのは変な気分。バンコクに夜着。しばし、空港で待機。

バンコク→アランヤプラテート→ポイペト(カンボジア)→シェムリアップ
夜の2時30分にモーチットマイ(北バスターミナル)へ。すると、人がごろごろ寝ていた。空港でアランヤプラテート行きの始発バスを聞いたら6時とかいっていたが、4時と言ううわさもあったのでとりあえず行ってみたのだ。すると、3時30分発があったので、乗ることに。バスで爆睡だったことは言うまでもない。7時30に起こされた。するともうアランヤプラテートに到着していた。そして、国境までバイクタクシーで移動した。すると大問題。国境で出国スタンプをもらう列が長い。長すぎる。それに何分待てども進まない。さらに暑い。暑すぎる。さっきまでいた日本は冬なのに。温度差がありすぎ。そんな炎天下のぎゅうぎゅうづめの列で待つ。待つ。ひたすら待つ。3時間30分後ぐらいにスタンプゲット。やれやれ。逆にタイに入国するほうはけっこうスムーズ。帰りは待たなくていいかなと期待したが。。。それからカンボジアの入国はすんなり終わる。そして、シェムリアップを目指す。トラックの荷台が面白いということだったので、適当に見つけて乗る。なまずとかフナとかみかん、白菜、木箱に入った荷物などなどの上に座る。そして、人数が集まるまでしばし待ってスタート。すると、横にいた人が日本人は辛いぞみたいなこといってくる。いやいや、これぐらいなら大丈夫だと思いますよと答える。さらにフードをかぶれとか、マスクをしろとか言ってくる。まあ、あれだ、道路は土だからほこりが舞って目や口に入るからと言うこと。さらに、でこぼこだから尻がいたい。そんでもって、途中でトラックを乗り換えさせられ、そのトラックが出発するのも1時間30分ぐらいまつ。まあ、良くあることさ。それよりも、2代目のトラックで若造たちがタバコを吸ったほうがいやだった。煙たいし、吸殻とかタバコが服についたら穴があくし。道中の景色は、一面草っぱら。なかなかの景色だった。あんな景色がカンボジアに広がっているとは思っていなかったから。

PB190016彼らと一緒に揺られること数時間。

PB190014
カンボジアの大地にしょんべんをかける。

シェムリアップ→アンコールワット

まあ、無事にシェムリアップに到着。それにしても、シェムリアップの近くになるとアスファルトのどー路になった。さらに、すっごい豪華なホテルが立ち並ぶ。建設ラッシュも続いている。ここもカンボジアなのだ。夕暮れ時の町を歩いていると、声をかけてくる。1泊3ドルだと。まあ、いいかと思い、とりあえず部屋を見させてくれといってバイクの後ろに乗ってゲストハウスへ。まあ、問題なさそうだったので泊まることに。そして、夕日を見にアンコールワットに。ちょっとした山みたいなところに登って見る。暗くなるし足場も悪いのに年を取った人も登っている。みなさんやりますねー。残念なことに、良い夕日は見れず。宿の近くの川沿いに屋台があったのでそこで食べた。アヒルの卵と豚肉を似た奴と、肉と野菜の炒めもの、ライス。けっこう、うまい。さらに、店で出される水を飲んでも全く問題なし。そして、明日の朝5時に日の出に行くためにバイクタクシーに5時に迎えに来てもらうことにして、ぐっすり寝た。と言いたいところだが、無私刺されがひどくあまり寝られなかった。

PB200017アンコールワットで力強い夕日。

アンコールワット

翌朝腕時計のアラーム音で目を覚ました。外はまだ真っ暗だった。なんで起きたかといえば日の出のため。バイクの兄ちゃんはゲストハウスの前にちゃんと着ていた。そして、アンコールワットに着くと人がぞろぞろいた。真っ暗な中を昨日の夕日の沈んだ位置を思い出し、日の出の場所を想像して場所取り。ふと空を見上げると満月が見えた。なかなかの月だった。そんな月を眺めていると東の空が明るくなってきた。徐々に明るくなっていく。するとアンコールワットの建物が浮かび上がるように見えてきた。そのうちに太陽が昇った。それから、タプロームとかバイオンとかいろいろ見て回った。それにしても大きい遺跡だな。壁の彫刻も細かいしあっぱれである。いったん町に戻って、夕方再びアンコールに。ぐるっと見て、第三回廊の階段を一人駆け上がる。そして、人気の少ない遺跡の石の上に腰を下ろして、ぼーっと景色を眺めながら夕日を待った。日の出は太陽が昇ってから、日の入りは太陽が沈む前が良いといつか聞いたことがあるが、まさにその時間をゆっくりと楽しんだ。そして、また宿に戻った。すると、オーストラリアに住んでいるというカンボジア人のおっさん盛り上がる。それから、一人カンボジアの町を歩く。少し離れた市場近くの屋台で食べる。オイスターソースの聞いた焼きそばみたいなのが出てきた。そして、この日も終わった。

PB200100アンコールワットで朝日を見る

シェムリアップ→バンコク

朝、6時には宿を出た。車でまた同じ道を戻る。5人乗りの車に、8人乗っているんだから狭いのは当たり前だ。それに、隣の変なおっさんが携帯でひたすら話す。電話かけるしかかってくる。4時間ぐらいの間で電話をしていない時間は10分なかったんじゃないかな。閉じられた空間での長電話は好ましいもんじゃないなぁ。と再認識。そして、国境。またまた待たされる。待たされる。タイを出国するイミグレで数時間ならんで待たされたわけだが、タイ入国のイミグレでも同様。4時間ぐらい待たされたかな。そこには、韓国人、アメリカ人、フランス人、カンボジア人、中国人、ベトナム人、ありとあらゆる国の人がいた。横は入りをする人、並んだ列から離れて座る人、横は入りする人にブチギレル人、イミグレの職員にキレル人、まあカオス状態。待つことすら出来ない。世界中の人が並んで待つという単純な行為をするのだけでも難しいんだなと思った。そりゃ、並ぶ文化の国の人もそうでない人もいるわけだし。世界は一つとか、戦争はイカンと言う。まあ、そりゃ戦争がなければそっちのほうがいい。でも、こんなことも出来ない現実があるわけだ。さらに、考え方によってはこうやってけんかが起こる。すなわち文化が違うってことだ。文化が違うから世界を旅すると面白いんだよなって思ったりもした。


バンコク→チュンポン

そんなこんなで、バンコクの北バスターミナルまで戻り、そこからバイクタクシーで南バスターミナルに。一路チュンポンを目指す。21時30分発ぐらいの夜行バス。それにしても、セブンイレブンが多い。多すぎるぐらい。町中どこにでもあるし、セブンの前にセブンなんてこともある。それから、チュンポンに朝の5時ぐらいに到着。今は海が荒れていてフェリーが一日一本とのこと。それで、6時ぐらいの高速フェリーでタオ島に向かう。それにしても波は荒かった。台風かと思うほど。船は揺れる。とりあえず、人生最大の揺れ。確か中学2年の時に乗った漁船で波の辛さを知った。それから、幾度となく船には乗った。ガラパゴスの船上4日間も相当ゆれた。ゆれた。そして今回もゆれた。船がぶっ壊れるかと思うぐらい、水が船にぶち当たって音がスゴイ。と思っていたら、前の扉が開いてしまった。そして船内に水が大量に入り込む。恐るべし。はじめ、西洋人は大はしゃぎ。いかにもこんなのが好きな西洋人って感じで。しかし、5分後にはみんな静かになった。そして10分後には酸味と共に、ゲー、、ゲー、おうぇ、ゲーって声が。。。みんなスゴイ。トイレに駆け込む人も。そこでやっちゃう人も。ビニル袋にやる人も。とりあえず、今までの人生で同時にこんなに多く吐く人をはじめて見た。船内の3分の2以上は確実に吐いた。俺も少し気分は悪かったが、そこまで酔わない方法を身につけているので吐くことはなかった。頭を固定するということさえすれば船酔いは防げる。ガラパゴス船上4日間で自然と身につけた技。人間体で覚えたことは忘れない。


タオ島

タオ島についた。天気ははっきりしないが雨は降っていなかった。とりあえず、一休みしてダイビング屋を探す。思っていたよりもずっと小さな島。メイン通りは15メートルぐらい。その道を外れると店はほとんどない。そんな島でダイビングスクールを探す。日本人のインストラクターがいるところを探すも、何軒もいないといわれた。オフシーズンだからいないようだ。そして見つけた店でも、昼間でいないから12時に来いといわれ、島中を歩いてみた。なんかのどかな感じ。俺の好きなサイズの町だ。タイのプーケットは今シーズンで人も多いみたい。しかし、なんか行く気にならなかった。人多そうだし、リゾートで有名でガヤガヤしすぎてそう、何でも高そう。日本人ばかり。ってことで、行く気になれなかった。リゾートは友達と金を持っていくところの気がする。だから、あえてオフシーズンのタオに。でも、それが正解だった。そこのダイビングスクールに決め、次の日から。一日目は自分でDVDとテキストで勉強、2日目、学科と限定水域(プール)、3日目、学科&テスト、海洋実習 4日目は海洋実習、こんな日程。まず、タオについた日は何もやることがない。だから、本を読んだり、日記を書いたり、ハガキを書いたり、砂浜でぼーっとしたり、考え事したり。日記は久しぶりに左手で書いた。初日から最後の日まで。出発の2日前ぐらいに飯を食っている時に約束したので、実行したのだ。左手で日記を書くと時間がけっこうかかるので、時間のあるタオ生活には良かった。そういえば宿は砂浜にあった。だから、扉を開ければすぐ海だ。その砂浜に机と椅子があったので、よくそこに座って海を眺めた。波の音を聞きながら寝るのは久しぶりだった。無人島の生活を少し思い出した。次の日は自分でDVDを見て、テキストで勉強して演習問題を解いた。自分のリズムで出来るので昼飯を食いに行ったりもしながら。そして、3日目学科をやりながらインストラクターといろいろ話す。そして、毎日違う店に連れて行ってもらって、島のうまいものを日々食べた。午後からはプールでの練習。初めてダイビングの機材をつけて水の中へ。一番初めは行った時は水の中で息が出来たことが不思議だった。はじめは少しぎこちなかったが、すぐに慣れた。そして、水の中での不思議な感じを楽しんだ。そして、翌日、学科テストをクリアし、海へ。雨もふっており波も風もあった。そんな中初ダイビング。はじめは体に力が入った。それに呼吸の仕方が難しかった。中性浮力といって、沈みも浮きも沈みもしない状態で保つには呼吸が重要なのだ。でも、しばらくすると慣れてきた。そして、魚が出迎えてくれた。カラフルな魚がたくさんいた。水中植物もたくさんいた。それに、自分が海の中にいるというのが不思議で仕方なかった。2本のダイビングを終え、島に戻った。そして、次の日もダイビング。この日は余裕があった。ほとんどファンダイビングと同じ。自分でほぼコントロールできるようになった。ダイビングを楽しむって事ができた。魚が自分の周りをぐるぐる泳いでいたときは、うぉー、すげーって感じ。水族館でしか見たことのないような光景。それを生で感じられる。たまらんね。水深16メートルにいる感覚は地球の一部という感じだった。そして、ウェットスーツだけを着て、海に大の字で浮かんだ時は地球の表面にいる感じ。この海に大の字で浮かぶのが個人的にはかなり心地よかった。何もかも体から抜けていく感じ。これが、一つの遊びとして確立してもいいと思うぐらい。みんなにもぜひやって欲しい。そんなこんなで、ダイビングは終わった。この日はタイの焼肉みたいなのを食べた。うまかったなー。

PB230069

チュンポン

次の日チュンポンにフェリーで。チュンポンで一日ふらついた。特に何をしたわけでもないが、町を歩いたり、スーパーがあることに驚き行ってみたり、屋台で飯食ったり、ネットしてたらスコール。なんてことも。

PB270125屋台で飯

アユタヤ
夜行列車に乗ってバンコクへ、そしてそのままアユタヤへ。暑かったな。適当に客引きに呼ばれたゲストハウスに決め、自転車をレンタルして町を走った。それにしても、ここは日本人ツアー祭り。学生の団体と退職した人のグループばかり。日本のツアー会社はアユタヤに集中投資しているような気がした。ツアー客の人たちはワイワイガヤガヤ騒ぐのがセンスない。まあ、たくさん人がいるのに常に静かだったら、逆に不気味かもしれないが、静かな方がいいところで騒がれるのは苦手なので、場所を移した。アユタヤの町をひたすら自転車で回った。それから市場なんかに行ったりしてから、また遺跡に。人が来ないはずれの遺跡で本を読んでいた。するとキレイな夕日が目の前に見えた。
PB280184アユタヤで夕日

バンコク
アユタヤからバンコクにまた戻った。そして、町をぶらぶら歩く。僕は世界中どこに行っても出来るだけ歩くことにしている。街中で道を聞くと、そんなところは遠すぎるから歩けないといわれるが、歩く。5キロぐらいなら普通だ。歩いて見るといろいろなものが見えてくる。人々の生活が目の前に広がっているからだ。なんといっても、自分の目で見て、肌で感じる。これじゃないと分からないことばかりだ。そして、いろんなお寺に行ってみたり、タイ名物のトゥクトゥクにも一応乗ってみたり、旅の始まりと言うカオサン通りも通って見た。カオサンは自分にはあっていなかったので、そのまま過ぎ去った。夜はソンブーンって店でうまい蟹カレーを食べた。そういえば、バンコクのスーパーには驚くほど日本の食品が。スーパーだけじゃなくて日本語の氾濫具合にも驚いた。そういえば、バンコクのセブンにTIMEとBusiness Weekがあったのでなんとなく読んでみる。その号には2005年の発明品とグーグルの話が。ひとりで、ワクワクしながら読んでいた。自分はこういうのもやっぱり好きなんだよなーと実感。そして、電車で空港へ。電車の中では、警察のおっちゃんがまたよくしてくれた。世界中どこでも、現地の人のやさしさに感謝する。それにしても、どこの人も僕に優しくしてくれる、ありがたい限りである。
PB290213聳え立つ三本の塔

バンコク→成田

今回はマイルチケット。ネットで予約して、席も指定した。帰りの便は夜飛ぶ便で朝日本着だったので、右側の席(東が見れる席)でかつ窓際。そんでもって一番後ろの座席。これはリクライニングを気兼ねなく出来るから。そんな席を選んだ。これはすべて朝日を見るため。しかし、星もきれいだった。夜はいつも外を見るようにしている。星がきれいだからだ。そして、今回は三日月も。うっすらと丸い輪郭が見える三日月は神秘的だった。これを小学生の時に見ていたら、月の満ち欠けの授業も納得して出来たんだろうな。って思った。そして、日の出だ。徐々に明るくなる空。そして、太陽が出る直前は火山噴火かと思う赤さ。いやー、良いもんだ。後方には星空、前方には日の出。美しい。そんな最高の自然を味わいながら日本に戻った。

PB300284

December 03, 2005

現地のマイアヒー

マイアヒー。マイアフーみたいな、歌があると思うのですが、世界中で流行ってるのがすごいよな。

南米で聞いた時は、南米の曲なのかと思った。そうしたら、日本に戻ると日本でもブーム。今回、タイとカンボジアに行ったが、そこの町でも流れていた。世界中でヒットするってこういうことなんだなと肌で実感した。

しかし、聴く国によって曲の感じ方が違う。それぞれの国に、現地のマイアヒーがあるような感じさえする。

December 01, 2005

とりあえず、帰国

帰ってまいりました。
タイとカンボジアから。それにしてもやはりアジアは近いですなー。
国内の旅行ぐらいの移動感覚ですな。
飛行機とはすごいものです。歩きとはレベルが違いますな。

マイルでネット予約だったんですけど、その時に帰りの便は夜発で朝着だったので東側が見える席をゲットしたのが正解でした。夜は星空が、朝は太陽が昇ってくるのがばっちり見えました。ああ、三日月も良かった。三日月なんだけど、うっすらと丸い輪郭が見えるのがなんかたまらんかった。

まあ、相変わらず元気に帰ってきました。
またそのうちに旅行記でも書こうと思います。

ここに写真があります。
http://www.flickr.com/photos/teratown/tags/thaicambodia/

November 30, 2005

眩しすぎて、こっちが恥ずかしくて、見てらんなくなるよ。

湧き上がってくるような、
力がみなぎるエネルギーを太陽から感じる。
凛々しく力強い。
まさに太いあかりだ。

太陽が昇り、空が白んでくると同時に月は隠れて見えなくなる。
太陽さん、あんたはパワフルすぎるよ。
出た。太陽が顔を出した。

眩しすぎて、こっちが恥ずかしくて、見てらんなくなるよ。
太陽は顔を出し始めると、一気に出てくるんだよ。
いつもより、まるでスピードアップしたかのようにね。
急いで出てくる。
去る時もそうさ。
そそくさと逃げるように去っていく。

それにしても、まぶしいよ。
四方八方にあふれんばかりの眩しさをばらまいて。
さあ、一日が始まる。

またこうして新しい一日が始まるんだな

美しいものはいつもすぐそこに転がっている。
気づか気づかないかはその時の自分の気持ち次第。

飛行機から窓をのぞくと後方には満天の星空
真横には丸い形がうっすらと見える神秘的な三日月
なんてきれいなのだろうか。
そして、前方の空は次第に赤く、黄色く、白くなってゆく。

なんて幻想的なのか、
どう表現していいのか。
心がウズウズして、
どうしていいのか分からなくなって、
カメラを取り出し、今その思いを書き留めている。

でも、機内では誰も見ていない。
みんな寝たり、映画を見たり。
後ろではスッチーが騒いでいる。
ほら、そこに美しい世界が広がっているのに。
でも、人それぞれ感じるものが違うんだよな。
そうなんだよな

またこうして新しい一日が始まるんだな。
太陽の自然の恵みよ、ありがとう。
今日も一日楽しませてもらうよ。

服を脱いだらアジアの風が

日本に帰り、部屋に戻って着替えた。
すると、アジアなにおいがした。
そうっか、服の中の空気はタイのままだったんだ。

そんなことを思った。
日本に戻ると寒く、もう葉は赤く色づいていた。

タイとカンボジアに行ってきます。

11月18日(金)の朝からタイとカンボジアに行ってきます。
今回はマイルで行ってきます。航空券代はタダ。まあ、空港税とかはあるんですけど。またシンガポール航空に乗れます!うれしい。あの航空会社は設備がいいし、好きなので。

タイではダイビングのオープンウォーターのライセンスを取りたいなと思っています。かなり楽しみ。昔から泳ぐのが好きで、海が好きで。ガラパゴスでシュノーケリングで泳いだ時よりも、ずっと深く潜れるのが、かなり楽しみです。ライセンスを取って、これからいろいろな海に潜りたいなぁと。水中カメラとかあったら良いんだけどね。notインスタントで。

それと、カンボジアのアンコールワットで日の出と夕日を見てきます。なんか相当きれいらしいので。日程が短いので、珍しく急ぎ足の旅になりそうなんで気をつけて行って来ます。

12月1日からは普通に日本で生活していると思います。

連絡はいつものメールアドレスにお願いします。転送してあるので、ネットカフェで見れます。
こちら「takeshiあとまぁーくteratown.com 」

November 17, 2005

月か星か

月が好きか星が好きか

昨日は満月。
この2,3日はしし座流星群のピーク。

ウユニ塩湖では満月に近くて星がたくさん見れなかった。でも、月もきれいだった。逆にガラパゴスでは月は見えず無数の星。

さあ、月が好きか星が好きか。難しい選択。両方好きだかれら。

今年の流れ星は夏に郡上で見た、目に焼きつくほどの光を放った流れ星、ガラパゴスで無数の星の隙間を縫うようにして流れた流れ星、三崎で見た流れ星。これぐらいかな。

November 15, 2005

カンボジアビザ

カンボジアビザを取りに行った。カンボジアビザってあんまりかっこよくないなぁと。それと、あと9年も使うパスポートなんだからビザで1ページ使われるのはもったいない。。。ってつぶやきたくなる。まあ、でも日本のパスポートは世界で一番いいパスポートなんで、文句は言いません。

それにしても、カンボジアビザを申請しに行った時は偶然だった。先週の中ごろ大学へ行った。その授業は仲のいい友達が取っている。彼が先にいたので、横に座る。それで、なんか俺が東京から名古屋まで歩いた話から、旅行の話になった。そんで、彼が今日カンボジアビザを取りに行くと言う。俺は友達がカンボジア行くなんて知らなかったから驚き。俺も今日行こうと思っていたと、パスポートを出すとさらに驚き。こんな偶然あるんだなぁと。それで、一緒に行ったとさ。ってことでした。

仲のいい友達とかの間に起こる偶然はある意味において必然である部分があるのかもしれない。何と言うのだろうか、偶然の確率が高いというか。考え方が似ていて、行動が似ていてということになるから。偶然にあることが同時に起こる可能性も高いんだろう。

なんか周りに外国に行く人、つい最近行って今も行っている最中の人が多い。上海、メキシコ、スペイン、北京、タイ、ベトナムなどなど。自分の周りの人が一気に外国に行くタイミングってある気がする。そんで俺もだし。みんな気をつけて、俺も気をつけて楽しんできます。

パスポートネタ
http://www.teratown.com/blog/archives/000832.html

(当時の)行きたい場所リストを見ると、この時思っていた行きたいところはかなり行ったなぁ。まあ、他にたくさん行きたいところは増え続けるわけですが。
http://www.teratown.com/blog/archives/000875.html

November 14, 2005

当たり前すぎることの延長の出来事は言葉では伝わらない

当たり前すぎることの延長の出来事は言葉ではあまり伝わらないんだな。まあ、当たり前なんだけど。当たり前のことだから、だれもが日常経験している。だから、だいたいどんなことか予想できる。しかし、その日常やっていることを何回も繰り返す。日常経験の何倍も同じことをし続ける。すると、全く異なったものになると思う。しかし、日常経験で分かったと思い、その先を想像することが出来ないんだろうな。

以前のエントリーとも少し関係するんだけどね。
なんでもないものがたくさん集まると新たな性質が生まれる
http://www.teratown.com/blog/archives/000986.html

通じる人には通じている感じがするんだけど、通じない人には全く通じていない感じがする。まあ、これに限ったことではなくどんなことでも通じていそうな人と通じていなさそうな人がいるんだけどね。

そもそも、相手のどんな言動から通じた通じていないって判断しているんだろう。顔の表情とか、言葉とか、間とかなんだろうけど。意識していなくても、脳が勝手に通じているとか通じていないとか判断しているのがすごいというか、なんとも不思議。生き物が生き残るのに必要な能力だから発達しているのだろうか。

November 09, 2005

音楽の影響力の大きさ

歩いていると、もう歩きたくないと思う。正直弱音を吐きたくなるときもある。そうすると、歩幅も短くなり、歩くスピードも遅くなる。すると、到着するまでの時間がかかり、さらに歩くのがいやになる。でも、前に進むしか答えはない。ただただ、耐え歩くだけだ。もう、苦行の状態だ。

となりにはすごいスピードで車は走り、新幹線は通り過ぎる。トラックの運ちゃんは乗せてやろうかといってくる。そんな状況がすぐそばにあるからこそ、歩く事がつらい。ただただ、一人で歩くだけ。途中でトラックに乗せてもらおうが、たいしたことではないかもしれない。しかし、自分がそのことを許せない。ただそれだけ。だから、余計つらい。耐えるしかないのだから。

何で歩いているのだろうか?とひたすら自問自答するし。いつまでたっても、着かないような気になってくる。

そんな時に救ってくれるのが音楽だった。音楽を聴くと気がまぎれる。本当に歩くスピードも全く違ってくるし、歩く姿勢も変わる。気分が良くなって元気が良くなってくる。音楽はほかの事をやりながらでも、聞くことが出来る。それがまたイイ。音楽がくれる無限のパワーを感じた。音楽を世界中のあらゆる人が愛し、いろいろな音楽が生まれ続けるのも納得だ。知らない間にこんなにパワーをもらってるんだからね。

まあ、あと乗り切ったのは、「無」になることが出来るようになったからかな。

はじめる時のパワーと慣性の力

何かを始めるにはタイミングとかきっかけとかあるかもしれない。

歩き始めると決めるのはどんな時かとこの前聞かれたが、特に覚えていない。お店で注文を決める時ぐらいの感覚だ。まあ、それよりも強烈なコレダッって感覚になる時もあるが。

そうした時に、実際にやるかやらないか。何かを始める時に必要なパワーと続けるのに必要なパワー。

一回はじめてしまえば、続けることのほうが容易だ。運動の法則で慣性の法則があるが、あれと同じで人間もひとつの事を始めたら、行動の慣性の法則があると思う。言い方は悪いが続けるのは惰性でも出来ないこともない。

まあ、とりあえずチャレンジしてみないとなと実感しました。

November 08, 2005

歩いているとこんな気持ちになる

めぐり合ったすべてが、いとおしく思える。そんな気持ちになります。なんか、全てのもの、人に対して感謝したくなって、支えてもらって生きていけているんだと感じます。

さらに生きれば生きるほど宝物が増えていく。日々生きているということは、宝物が増えていくということなんだなと思いました。


情熱大陸に出た角田光代さんの言葉。

今も死ぬまでの間の旅行をしている感じなんです。
ここで会う人たちって、ひょっとして明日会えないかもしれない。
旅先って、ご飯とかが美味しかったら、
お店の人に『美味しかった、ありがとう。』って
自然に出て来て、言うじゃないですか。
二度と会えないかもしれないから、
気持ちよく別れようとするじゃないですか。
日常生活もそんな印象を持ってるんですね。
今日会った人にもう会えないかもと思うから、
気持ちよく笑って通り過ごしたい。

http://mbs.jp/jyonetsu/2005/20050320/goroku.html

歩きながら流れた歌

「川の流れのように」この歌が頭の中を流れた。
この歌詞が歩いていた僕には実に心にしみたのだ。
かなり、オーバーラップするところがたまらない。
 
  知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道
  振り返れば 遥か遠く 故郷が見える
  でこぼこ道や 曲がりくねった道
  地図さえない それもまた人生
  
  ああ 川の流れのように ゆるやかに
  いくつも 時代は過ぎて
  ああ 川の流れのように とめどなく
  空が黄昏に 染まるだけ

  
  生きることは 旅すること 終わりのない この道
  愛する人 そばに連れて 夢 探しながら
  雨に降られて ぬかるんだ道でも
  いつかは また 晴れる日が来るから
  
  ああ 川の流れのように おだやかに
  この身を まかせていたい
  ああ 川の流れのように 移りゆく
  季節 雪どけを待ちながら

  ああ 川の流れのように おだやかに
  この身を まかせていたい
  ああ 川の流れのように いつまでも
  青いせせらぎを 聞きながら

好きなとき:一人でヒタスラ歩くとき

好きなとき:一人でヒタスラ歩くとき

こんなことを書いていた。。。3年ぐらい前の自己紹介みたいなもので。

読んでそんなこと書いたかな、と思ったが書いたには違いないのだろう。

「一人でヒタスラ歩くとき」って。ねえ。まあ、今回歩くのが好きとかではなく、歩いた。ひたすら。もう十分と言うぐらいにね。

特に意識することなく書いたことが、こうやって後の行動に影響を与えるというか、なんというか。根底では同じものが続いているというか。

歩き終わり、東京に戻る

しかし、医者に行かないといけないという。。。
足を酷使しすぎたから。まあ、これぐらいは想定内。

歩くという単純で普通の行為、その距離を長くするだけで「精神と肉体」の限界をそしてその関係を生々しく感じることが出来る。

今までの人生で一番印象的な出来事になった。


歩いている間ずっと考え続けたこと。目的地を岐阜にするかどうか。悩んだ結果、名古屋に変更。
別に名古屋という場所に大きな意味はないのだが。岐阜じゃないというところに意味があるわけです。

まあ、無事に東京に戻りました!ってことでした。

400キロの道のりと20センチの一歩

400キロの道のりと20センチの一歩

400kmは400,000mだ。20cmは0.2mとなる。

400,000m÷0.2m=2,000,000 200万歩ということになる。200万歩ってどれぐらいだろう。一日一万歩歩いたほうが良いととか言ってるから、普通はそれ以上歩かないのだろう。もし、毎日一万歩歩いたとしても200日分ぐらいになる歩数だ。気が狂うほどの歩数。それだけ歩かないと到達しない。

200万歩に対して1歩がどんな意味があるのだろう。

家を出る時のはじめの一歩ってどんな意味があるのだろう。コンビニへ行く時に家を出る一歩、大学へ行く時に家を出る一歩、海外へ行く時に家を出る一歩、名古屋まで歩くときに家を出る一歩。それぞれの一歩何が違うんだろう。

何で歩くのか?

歩きながら考えたこと。

感じたこと。

それはごくごく単純なことだった。

東京から歩いた道

とりあえず、時系列で事実だけをメモしておきます。思ったこととか考えたことは特に書いてありません。

10月28日

28日金曜日の6時30分に起床して7時に家を出た。前日は上野で久しぶりにみんなと話して楽しかった。いろいろ話したり、砂場で無邪気に暴れたり。そんな時に、明日の朝から歩くと言うと、「また苦行?」と笑って、友達に言われた。このときは、言葉ではその意味は分かっていた。しかし、実際に歩いている時に、あの言葉の本当の意味が分かった。

で、28日の7時に家を出た。バックパックには寝袋やシート、着替え、薬、洗面用具などを詰め込んで。服装はいつもの乾きやすいシャツにジーパン。ウィンドブレーカーというたびに行く時や山に登る時の基本的な服装。東京のど真ん中をこんな格好で歩くのは少し目立つ。だって、国道1号線沿いに行く予定なので、とりあえず日本橋に行くからね。そのあたりといったら、オフィス街。時間も時間だったし。

PA280014

まず、近くの99ショップでスニッカーズ2本、スポーツドリンク、クッキーを非常食として購入しバックパックにつめこむ。さらに、ノートや電池なども購入。上野公園をすり抜けて、9時に日本橋へ。ここは東海道などのスタート地点となるところ。そこから、国道一号線に沿って歩き始める。すると、三田に。自分の大学の横を通ったので、少し休憩。歩きながら常に水分を取り、歩き続けた。荷物がけっこう重く、足も疲れてきた。そんな時、神奈川県(川崎市)に入った。こういう分かりやすい変化というか、進み具合がわかるものがあると力が出る。昼の13時15分だった。

日本橋

17時ごろ、横浜にくる。しかし、標識には国道一号が2本ある。枝分かれする、右の道も左の道も国道一号。はて、どうしてだ?聞こうにも人がいない。まあ、小田原方面と書いてあったほうに進む。すると、そこは横浜新道らしく、人は歩けないという大問題。さて、どうすればいいのやら。地図もないので、どの道を行ってよいのやら。適当に歩いていると、住宅街に。その公園で人に聞いた。すると、かなり違う方向に来てしまっているみたいだった。暗くなって、迷って、一人でいるときは嫌なものだ。近くにあったガストで夕食をとり、どうしようかいろいろ悩んだ。悩んでいても仕方がないので、店を出ることに。その時、デリバリーをしているバイトの人に道を聞いた。するととても親切に教えてくれた上に、飲み物でも買ってくださいと餞別までくれた。泣きそうなくらいうれしかった。22時10分に西横浜駅まで着て、この日は歩くのを終えた。

まあ、はじめは道に迷うのが多かったりしたけど、こうやって、迷いながらいろいろ道路のつくりについて分かってきたし、感覚的にどちらへ進めばいいかがわかってきた。

PA280024

29日

5時に起きて、6時に出発。このリズムが歩き終わるまでずっと続いた。空が白んでくると同時に歩き始めるのだ。この日は天気があまりよくなかった。雨が降ったりやんだり。雨が少し降ったからといって歩かなければ、先へ進まない。何日あっても終わらない。だから、傘を差しながら一歩一歩前に進んだ。歩道がないため何度か国道一号からはずれ遠回り。標識は車に乗っている人用に作られているので、標識ばかり信じていくわけにも行かない。地図もないし、歩くには感とコツがいる。現代のマジョリティである車は楽だなと思い、マイノリティは常にパワーがいることも実感。

雨も降るし、疲れてくるし、歩く以外やることないし、まだ神奈川だし、いったいいつになったら到着するのか。。ということで、何で歩いているのだろう、もうやめたいと思い始める。しかし、耐える。ひたすら耐える。そして、重たい足を引きずるように一歩前に進めた。何度も休みながら、時には休んで寝たときもありながら、平塚まで来た。寝る場所を探すのが大変だった。野宿する場所の条件は、屋根がある、近くにコンビニ、24時間のファミレスなどがあること、人目につきにくいところというものだ。なかなか良いところを見つけ、平塚で寝た。

はじめのころは一日歩き終わると放心状態のようになっていた。

30日

5時50分起床、6時15分出発。夜中は人が来ないかとか気になる。そこで、ぐっすり眠ることが出来ず何度も起きた。野宿で熟睡は出来ない。

12時ごろに小田原宿についた。しっかりした建物が作ってあり、そこでお茶をもらって少し話した。あまり人とも話せないので、こういう機会はうれしい。唯一の救いはたまにみる美しい景色と音楽だ。それがなかったら歩くのが退屈すぎる。無になるということが一番楽なのだが、それが出来るようになるまで4,5日かかったな。ああ、これは本当に苦行だと思った。耐えるしかない。ひたすら。肉体と精神の限界を感じた。肉体と精神とのバランスは非常に重要なんだと。

小田原から箱根を目指した。旧箱根街道で山登り。けっこうな坂道だ。足が痛いのでけっこう負担がかかる。畑宿と言うところが箱根の山の中にある。そのあたりで暗くなりそうになったので、危険かなと思いこの日は終わり。山の中で一晩越すことに。寒かったなー。

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31日

朝起きるとあまりにも寒かった。体操をして体を温め、ホットの缶コーヒーを見つけ飲んだ。6時30分に出発。石にコケがあって、それが夜露でぬれていてすべる。こんな時間に誰も歩いているはずもなく、滑って怪我をしても助けてもらえないので気をつけて歩いた。元箱根につき、9時には静岡県にはいった。静岡に入ると気温が上がった。そう感じるぐらい暖かだった。さらに、風景も変わって畑が増えた。さらに、99ショップが消えた。それまではかなり見かけたのに。まあ、三島までは下り坂。歩きの場合は下りもつらい。自転車は下りはスーイスーイといけるからうらやましい。

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ちょっと遅れていたので、三島を通り越し富士まで行こうと思う。が、意外と遠い。一号線が上に走っていて、その下の草がボーボーにはえた道を歩く。真っ暗で、何も見えない。襲われたら終わりだなと思う。懐中電灯で照らしながら急ぎ足で歩いた。かなりの距離だったな。それで、富士に着いたかと思ったら、市街は遠い。。ので、野宿。

11月1日
5時30分に起きる。昨夜は蚊より少し大きい虫に顔をさされまくった。大量に虫に刺されるとこの上なく不愉快になる。そして、ローソンに行って朝食を買った。そして、ふと前を見上げると太陽の光を浴びて赤く染まった富士山がドカーンとあった。昨夜は真っ暗な中を歩いていたので富士山の存在すら気がつかなかった。それにしても、偉大だった。いきなりもらったご褒美。

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また、道に迷う。1号線が歩けないのだが、どこを歩いていいかわからない。こんな時間人もいない。コンビニで地図を見たり、いろいろ歩きながら道を探った。 2時間ぐらい迷ったのだろうか、やっとルートに乗れた。そしたらあとはただ歩くだけ。本当にただただ歩くだけ。それ以外何もすることはない。途中から旧道になり、由比の町に。この町はなかなか昔の町並みが残っていて良いものだ。そこを通り抜ける。バイパスと高速のすぐ横に自転車専用道路があるという。海がきれいかなと思い、そこを歩くことに。ところがどっこい、海があまり見えない。その代わり排気ガスだけはすごい。しかし、見つけた。怪しげな通路を。高速道路の下に薄暗くて水が滴り落ちるような通路があった。明らかに、一般人が通るところではないと思ったが、進入禁止とも書いてないので行ってみる。すると、海が迫ってきた。かなりのものだった。この日は暑かったし、太陽の日差しも強く、ザ海って感じでした。いやー、たまらなかった。しかし、ここは歩けないので、痛い足をかばいながらもどる。そして、一路静岡を目指す。
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静岡に着く直前で、今年の6月ぐらいに通った道を通る。ハッと思い出した。あの時はみんなでワイワイ話しながら楽しく通ったなと。今回は一人で、足が痛くて、夕暮れ時。なんと寂しいのかと思いながら、友達の大切さを再認識なんかしたりして、17時30分には静岡駅に到着。これ以上足に負担がかかるのを防ぐため膝と足首のサポーターを購入。

2日

5時に起きて、6時に出発。宇津ノ谷の道の駅に着いた。そこで、トラックの兄ちゃんとおっちゃんに道を教えてもらう。この先は歩道がなくなるから、迂回のルートを教えてもらう。その後、初めての長い(900メートルぐらい)トンネル。怖い。マジ怖い。音がうるさい、迫ってくる。まあ、そこを超えて、旧道に。岡部宿で団子を食べた。

大井川を渡った。この橋も長い。長い。大井川の水はけっこうきれいだったなー。掛川へ行こうと思っていたが、その前に峠があった。それも歩道なし。トラック通る。危険。夕方過ぎたので暗くなる。そんな時に、道が分からなかったので、金谷観光案内所みたいなところに行くとおっちゃんがいた。そこで聞くと、道を教えてくれて、ユースホステルがあるとも教えてくれた。みかんも3つくれた。峠の途中にポツーンとあるユースというか民家だった。ポルトガルで一回ユースに泊まったことがあったが、人生2回目のユース。それも日本では始めて。客は僕一人だったが、歩いてきたといったら、そこのおばちゃんがすごくやさしくしてくれた。また、すこし割り引いてくれた。
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久しぶりにシャワーも浴びた。筋肉痛で足が上がらなかったのに、シャワーを浴びたら足がかなり楽になった。風呂のパワーに驚き。

3日
昨日も寒かった。5時15分に起きて6時15分に出発した。415号を歩いた。その後は1号線の脇に歩道があったので、歩く。インターチェンジが近づくと道が分からなくなる。歩く時のポイントはここだ。このあたりをどう攻略するかで、歩く距離がぜんぜん違ってくる。標識もないので、長い距離を歩き経験に基づく感しかないのかもしれない。道の途中で、道を自転車のおっちゃんに尋ねると、そのおっちゃんは名古屋から自転車で来ていた。それもかなりの軽装備。寝袋も何もなし。そのおっちゃんはふらつくのが好きで、日本中自転車で走っているみたい。変わった人もいるんだな。で、その人に道を聞き、いろいろと話す。野宿の情報交換とか。風呂にどこで入るかとか。そんな話。その後、すき家があったので入る。一号線沿いは、牛丼やが多い。あと、町に近づくと自動車屋が異常に多い。で、そのすき家に入ると、隣のトラックのおっちゃんに声をかけられる。歩いて東京から来たというと、奥にいたサラリーマンも笑顔で話しに参加。そうしたら店員まで話に入り店中で盛り上がる。トラックの運ちゃんに乗せてやろうかといわれるが断った。どうしても歩かなければならないのか?と聞かれると答えようがない。何で歩くの?とも聞かれる。答えようがない。この質問にはいつも悩まされ、毎回考えるきっかけをくれた。店を出る時は、店員さんにがんばってくださいといわれ送り出された。がんばってくださいという人と気をつけてくださいという人がいる。大して考えた上での発言ではないんだろうけど、なんだろうこの違った感じは。

その後、また雨が降り出した。雨と野宿する場所を探すのはいやだ。でも、仕方ない。
天竜川の橋は長いのに歩道がない。トラックが通る。怖い。仕方ない。歩くしかない。なんか仕方ないってことばっかりなきがするが、そのほかの手段がないんだから仕方がない。浜松は遠くからでもアクトシティが見える。あれが目印になる。非常に便利。近づくと窓が見えてきたり、電気がついているのが見えたりと、歩く力をくれる。17時ごろに浜松駅帰着。健康ランドのようなところに行って疲れを取った。フロントで自転車かね?ときかれたので、東京から歩いてきたと言うと200円割引してくれた。

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4日
5時40分起床。6時出発。浜名湖を見ながら歩く。問題発生、イヤホンが壊れる。なぜか人間の声だけ聞こえなくなる。ボーカルの声だけない。。。歩いている時に音楽はかなりの気分転換になったのに。こんなところで壊れるとは。。12時過ぎて愛知に入った。愛知に入ったときはかなりうれしかった。ととうきたと。アイスなんかを買って、食べて自分のご褒美にした。豊川まで歩いた。

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5日
5時40分起床、6時出発。この日はひたすら歩き続けた。休んでいない。それもかなりのスピードで歩いた。9時に岡崎市内に入り、その後もハイペースで歩き続けた。そして、名古屋に夜到着。歩きながら考えて、目的地を名古屋にした。その目的地とした名古屋に到着。

いやー、疲れた。終わったと思ったら一気に歩けなくなった。最後交通整理のおっちゃんにコーヒーをおごってもらって、無理してもいいことはないでのー、それだけ出来れば怖いものはないは、そんなことした人が隣におるだけでもうれしいはといわれた。正直、心にしみた言葉だった。

かなり、きつかった。限界だった。歩くことがこんなにつらいとは思わなかった。毎日宿に泊まったり、一人じゃなければ全く違ったものだったんだろう。でも、一人でこの距離を歩いたことは自分にとって最大の財産かも知れない。言葉ではうまく表現できないが、この時期にやってよかった。それだけは確かにいえる。
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限りある永遠の中で

ただ歩く

ただ歩く
ただ歩く

ただ歩く
ただ歩く
ただ歩く

ただただ歩く

ただただ歩いた

歩ききった

ビデオテープの巻き戻しのように

新幹線で帰った

歩いて来た道の横も通った。その時の記憶や感情が立ち上がってくる前に新幹線はその場を過ぎ去った。歩いてきた記憶が全てリセットされた気持ちになった。

ビデオテープの巻き戻しのように

November 01, 2005

静岡駅

やっと静岡駅まで来た。一号線沿いに静岡駅があるんだと始めて知った。

場所に行くと、よみがえる記憶が何箇所かある。駅もそうだし、街中でも。あの時ここにきたと。

それと、今日の朝太陽を浴びた富士山はすばらしいものだった。@富士市

今日は海も眺めれたしよかった。まあ、朝1時間ちょっと道に迷いさまよったけど。

明日は掛川あたりを狙えたらと思う。

October 26, 2005

岐阜への旅

岐阜から東京に出てきて、3年半。岐阜に帰るときは毎回電車、バス、新幹線。そんなんだった。

どれだけの距離かも分からなかった。それに、一瞬で過ぎ去ってしまう土地を自らの目で見、肌で感じたかった。速さによって見えなくなったものは、いったいどんなものなのか。

一歩一歩踏みしめることによって、見えてくるものはあるのか、ないのか。

今年は無人島に行ってみたり、南米に続く旅かな。

ルートは中山道か太平洋側か迷っていたけど、太平洋側に。

「今、静岡の茶畑にいます」ってメールしようと思って。あ、携帯の電池が持たないかも。

10日から15日ぐらいを予定しています。東京、横浜、小田原、三島、富士、静岡、掛川、浜松、豊橋、刈谷、名古屋、岐阜こんなルートになるのかな。

October 21, 2005

星に近づいて

流れ星、あの一瞬の出来事に人間は魅了される。

流れ星といえば、
岐阜で昔に見た流れ星。自分の部屋のベランダから見た記憶がある。
郡上で見た、目に焼きつくような爆発と共に流れていった流れ星。
そして、ガラパゴスで見た、星の間をぬうようにして流れた流れ星。

星の思い出は
小学生の時にフェリーで九州に行った時に見た。世界にはこんなにも星があるんだと思った。
飛行機から見た無数の星。

そして今年も彼らはやってくる。 しし座流星群が。
11月17日午後5時が極大で16日から18日は大量に流れるらしい。ちょっとまて、俺は18日の夜飛行機に乗っている。ということは!流れ星が飛行機から見えるかもしれない。飛行機から見る星空の美しさといったらこの上ない。そんなところから流れ星が見えるかもしれないんだ。楽しみ。

どっかの大地に寝転がりながら、ひっそりとしたところで流れ星を見てみたいな。

国立天文台のページに行ったら火星が接近しているらしい。最近あの目立つオレンジ色の星は火星だったんだな。

October 20, 2005

水に戻る

山に登ることも好き、知らない土地を旅するのも好き、泳ぐのも好き。

空も飛んでみたいのだが、海にも潜りたい。幼稚園のころから中学卒業まで水泳をしていた。それもあってか、水の中でプカプカするのや、潜ったり、泳ぐのも好きだ。ガラパゴスで3回も泳ぎ、亀と一緒に泳ぎ、きれいな魚を見た。

そんなこともあってか、透き通った海に潜って魚を見たくなった。

今思うと、なんで大学時代にスキューバダイビングをやっていないのかの方が不思議な気がするぐらいだ。で、思い出した。タイではダイビングが盛んで、オープンウォーターのライセンスが取れるらしい。しかし4日かかる。日程的に厳しい可能性があるのだが。

まあ、時間があったらタイの島でオープンウォーター取ろうかな。忘れないようにメモでした。

October 19, 2005

旅サイト

旅行サイトはいくつもある。しかし、たいしたことない。

何でかって、旅行サイトは行きたいところを見つける。そして、行くまでの大まかな情報を得る。(ビザとかワクチンとか物価など)その情報は、現地へ行くまでの前菜として気分を高揚させてくれるツールである。

人の行ったところの写真や旅行記を見るだけで終わるサイトはいくらでもある。でも、それよりも俺が今ほしいのは、行きたいところを見つけるサイト。

たとえば、ウユニの写真を見て一瞬で行くと決めた、たびそらというサイトを見てネパールの子供に身震いがした。そんなサイトがほしい。自分のいったことがあり、好きな場所を入力するとお勧めの場所リストと共に写真がたくさん出てくるサイトがいい。それもかなりマニアックな情報がほしいな。秘境とか絶景といっても、たいしたところがのっていない。もっとマイナーでも良いからすさまじいところが見れるサイトがほしい。

そうなると、陸路で世界一周した人を監修としてつけないと厳しそうなぐらいね。

問題は、そんなにも簡単に一覧になっていて、簡単に見つかってしまうと偶然の出会いの喜びとかがなくなって、どうしても行きたいという気持ちにならないという大きな問題を抱えているかもしれないのだが。

タイとカンボジアに行きます

11月18日から2週間タイとカンボジアに行くことにしました。期限が切れそうなマイルを使って。

インドネシアかタイ&カンボジアで悩んでいたけど、タイ&カンボジアにしました。 決め手はアンコールワットで朝日と夕日が見たいから。それぐらいです。インドネシアは行きたいところが思いつかなかった。でも、チケット買ったらインドネシアのほうが高いからと思ったけど、まあ、行きたいところ優先です。

バンコクin outなのでカンボジアへは陸路で行くと思います。

学園祭なる期間はすべて海外にいるということになりました。まあ、どうせはじめから行かない予定だったからいいんだけど。

2年ぶりぐらいのシンガポール航空です。あそこの会社は良い機体を持っているから楽しみです。

カンボジアはビザがいるんだよな。確か。2年生の春にカンボジアに行こうとして、ビザ用の写真も撮って行けなかったという経緯があるので。

楽しみ楽しみ。

October 18, 2005

絶対性格悪くなっていると思う

大学1年の頃から約8,000枚か7,000枚ぐらい写真を撮っている。その写真の中には自分が映っているものもある。前は今よりも自分が映るのが嫌いだったので数は少ないが、多少はある。で、その頃の写真を見て思った、「この人、今よりも性格よさそう」=「今、この人性格悪そう」

今の自分の顔と比べると、まだ正確がよさそうと言うか、純粋そうと思った。まあ、いろいろな経験をして打たれ強くなったとかそういう表現だといいかもしれない。しかし、自分の写真なんだけど、他人と思ってぱっと見たら絶対この人の性格は、昔よりひん曲がったと、僕だったら思うだろう。まあ、一人暮らしをしていれば自分勝手になる傾向にあるし。

まあ、気をつけたいところだな。

October 17, 2005

なんかワクワクする

旅好きにしか分からないのだろうか。
旅に限らず、何かを好きな人が群れるのはその気持ちを感情の高ぶりを共有できる幸せがあるからだ。

未知の国へ友達が旅立つ。そんな話を聞いたり文章を読んだり、タダそれだけで自分が旅立つようなワクワク感が沸きあがってくる。旅行記を見ているだけでも楽しいんだよな。

4トラベルというサイトの個人ページへのアクセス数のメールが来るが想像以上に多い。3日ぐらいで900弱。すごいみんな読んでいるんだな。と驚く。

そういえば、友達が秘境に関する本を作っていて、その本に南米で取ってきたチチカカ湖の写真が本に使われるみたい。うれしいことです。

October 15, 2005

青空への質問

青空への質問とでも言おうか、青空との会話のほうがいいのだろうか。

青空を見ると、自然と口から言葉がこぼれ落ちる。

なぜだか分からない。

August 19, 2005

大地を見るために

星空を青空を青い海を、沈みゆく・空へと上る太陽や月を見るために、新しいめがねを買った。

昔のめがねよりも鮮明に見るために。

ああ、楽しみだなー。

フレームとレンズ込みで15000円と安かった。
ああ、あの有楽町の無印でね。

半分メモみたいなエントリー

August 17, 2005

小学校で旅の話

なんとなく小学校へ行きたくなって、小学校へ行った。僕はよく小学校へ行く。それは大学に入ってからのことだ。知っている先生がいるわけでも、友達と一緒に行くわけでもない。特に理由はないのだ。ただ、行くと自分の原点のような気がして。中学校と高校には自然と足は向かないのだ。

いつものように、小学校へ行った。校庭を歩き、平均台に座りぼーっとして、空を見上げていた。

松原辰夫さんなる用務員のそのおっさんは、64カ国に行ったことあるという旅好き。今でも、年に2,3回旅に出ているみたいだ。

そんなおっさんが、職員室の引き出しをあさり、どっかの景品でもらったような新品のボールペンとシャープペンのセットを開け、ボールペンは使うからとぼそっと言って、シャープペンをくれた。

そこで、そんな声をかけられた。「何か用ですか?」と。
僕は、「卒業した小学校で、ふらっと来ましたといった。」
そうしたら、おっさんに「何やってるの?」
僕は「東京で大学生を」
用務員のおっさん「18きっぷかね」
僕「そうです。」
おっさん「夏休み、長いんかね」
僕「8,9月です」
おっさん「アメリカでも行って来たら?」
僕「エクアドルとペルーとボリビアには日曜日から行きます」
おっさん「そうなんかね、ブラジルとアルゼンチンとチリなら行ったことあるがね」

August 15, 2005

帰る場所に集う仲間

東京に住む岐阜人は仲間なんだろうな。仲間と言う表現が一番ぴったり来る感じがする。なんか、みんな形状で言えば円なのだ。そして、そのふちはあいまいな部分を持ちつつ、シャープな線もある。そんな円が重なり合っている仲間なんだろうと思う。そんな仲間と、8月13,14日をフルに使って、関、美濃、郡上と回ってきた。13日朝9時に岐阜駅に集合して、関へ向かった。善光寺というお寺へ行き、戒壇巡りと言うのをやった。卍形のものはここだけらしい。真っ暗な地下の通路を歩くもの。途中鍵に触ると幸せになれるという。その後、隣の名前は忘れた俳人が晩年すんだという家に。すると、そこに昔の水うちわが。一同ビックリ。偶然な出会いの旅の始まりを予感させた。その後、関にあるうなぎ屋へ。うなぎ、鯉をのあらいを食べた。鯉は初めてかもしれない。骨がちょっと多かったが、うまかった。そんで、関はものミュージアムみたいなところに。そこには、関東と関西の分かれ目は関だという看板が。それも平成4年に決めたらしい。その強引さがたまらなくうけた。後、刀を見て刃物の切れ味のよさを目で見るだけで感じた。岐阜の関といえば刃物。世界三大刃物の町である。そこを見れたのが良かった。それから美濃和紙里の会館へ。ここは小学校低学年から知っている。資料集か何かで全国の伝統文化を紹介してあって、岐阜は美濃和紙だった。そこで、美濃和紙里の会館がのっていたんだとおもう。それをみて、僕はわしをどうやって作るのかという手紙を送った。そうしたら、丁寧に資料と返事をくれた。だから、一度行ってみたいなと思っていたのだ。なんか、ここは和紙で作ったものがたくさんおいてあった。それは、子供のおもちゃみたいなのが多かった。でも、小さい頃よりも無邪気に遊ぶ僕たちがいた。そこにはどんな背景があるのだろうか。天井から和紙の作品がいろいろ釣り下がっていた。将来は家から50メートルぐらい離れたところに、プライベート図書館と美術館、カフェ、何もない広い空間(アトリエっぽい感じ)がほしいと思っている。その夢がかなうなら、天井から美濃和紙でつくった作品をぶら下げたいと思った。

車で移動する最中も、いろいろ話した。いつもなのだが、こうやって話す何気ない会話が非常に何かのきっかけを与えてくれる。そうして、パブリックシステムへ。まずはワークショップを3つの班に分かれて行った。山と川の学校をやっているこの会社であるが、次は土地を約2年3万円で貸す事業が始まった。その戦略についてワークショップをした。それぞれの方の思いが伝わってきたもので面白かった。おなかも減りバーベキュー。郡上牛の肉とか、取れたてのおいしい野菜(トマト、きゅうり)や、明宝ハム、ビールとってもおいしかった。23時ごろかな郡上踊りへ行った。初めての郡上踊りだった。すごい人であふれかえっていた。どうやって踊るか分からなかったけど、見よう見まねで適当に踊った。周りとはだいぶ違っていたみたいだけど、一心不乱に踊った。力を入れすぎて疲れた。汗が滝のように流れ、目にしみた。でも、すごい気持ちよかった。リミッターを切って踊った感じだった。しかし、疲れるので休憩してお茶を飲んだりもした。本当に面白かったが、次の日もあるので2時に戻った。みんなシャワーを浴びていたが、3人で外で星を見ていた。僕は星とか空とか海とか太陽とかそんなものが大好きだ。永遠に近づくことができないものだからだろうか。で、12日が今年の流れ星のピークだということをネットで見ていた。そうして二人に言って3人で見ていた。すると、すぐに一つ目の流れ星が見えた。久しぶりだ。流れ星を見るのは。うれしかった。何で流れ星はうれしいのか。桜と同じはかなさなのだろうか。で、空を見上げつつけていると、途轍もない、目に焼きつくほどの大きな強い光を放った流れ星が流れた。正直何事かと思った。そして、3人で大きな声で発狂してしまったぐらいだ。死ぬまでで一番大きな流れ星だろう。それからみんなシャワーを浴びて寝た。が、僕はもう少し夜空の星と一緒にいたかったので外で寝ることにした。で、星を見ながらひと眠りしたが、危ないかなと思って、部屋に戻って寝た。翌朝、すぐ裏の川へ行った。太くて曲がったきゅうりをもらったので、3人で川できゅうりを洗って食べた。きれいな川が流れ、その水できゅうりを洗い、足を川に突っ込みながら、セミの鳴き声を聞きながら食べたきゅうりはうまかった。なんか、きゅうりのヘタをかじって、捨てるのが絵になる光景だ。喫茶店で朝食をとって、郡上町歩きをした。食品サンプルが有名だというのをはじめて知った。そして川遊びをすることに。橋から川へ飛び降りる有名なところだ。そんな時に今年から名古屋で働き始めた特攻隊長が車で到着した。夜中の3時まで仕事だったというのに、2日しか休みがないのに郡上まで来るあのパワーには脱帽だ。それから川に飛び込んだ。といっても三角岩から。三角岩は橋から飛び降りる練習の場所のようなものらしい。ここでも結構高い。傍からみているとたいして高そうではないのだが、実際に岩の上に上って、飛び込もうとすると高く感じる。恐怖と言うものが湧き上がってくる。やはり、見に迫ったもの、当事者にならないと気がつけないものがある。絶対に分からないものがあるんだと思った。口だけでえらそうなことを言っても価値がない。その経験が伴うことによってのみ重みが生まれると思う。で、飛び込んだ。飛び込んだ時に、カウントしてもらった。確かに飛びやすかった。でも、自分の意思で飛び込んでない感じもした。で、飛び込んで、飛んでいる最中の記憶がない。さらに、まわりの景色も見えなかった。川にザブーンって入ってからの記憶しか。けっこうな時間飛んでいたという時間の感覚だけはあった。なんか、不思議な感じだ。時間だけしかなくなった世界。で、2回目。もう一回飛んでいるのに、飛び降りるギリギリの岩の先へくると怖い。でも、カウントダウンなしでとんだ。自分のタイミングで飛びたいと思って。この時は、一回目よりも滞空時間が長かった感じがした。同じく2回飛んだ友達も2回目のほうが長かったといっていた。いやー、飛んだよ。飛んだ。めったにない経験だ。それから、イタリアンのランチを食べた。そして、岐阜へ。あっという間な詰まった旅だった。非常にさまざまなものが詰まっていた。とても、いい合宿?旅?だった。

BGM:帰る場所 キロロ

August 14, 2005

流れ星

流れ星、川へジャンプ、 郡上踊り。

郡上で印上に残ったこと。

あの、流れ星は死ぬまで忘れない。そのぐらい。星が爆発し、そのまま落ちていった。目に焼きつく流れ星だった。

高い岩のうえから川へダイブ。けっこう怖かった。でも、なんか今まで経験したことのないような脳の状態になっていた。

August 11, 2005

空の青さに恋をして

空の青さに恋をして
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旅をして出会う空


何で、ボリビアなの?何で南米なの?そんなにもお金をかけてなぜ行くか全く分からないといわれる。ので、自分が南米その中でもボリビア・エクアドル・ペルー・(チリ)を選んだ理由を書きたいと思う。

2年ぐらい前に一枚の写真に出会った。衝撃をうけた。これはどこだ?いったいどうなっているんだ。そこがウユニだった。ウユニに行かずに死ねないと思った。そんな世界が僕の目の前にあるということが想像できなかった。だから、行ってみたかった。

August 07, 2005

そらがあおいから

そらがあおいから
うみがあおいから

そこに大地があるから

これなんだろうな。

インドで偶然3,4回会った、足の悪いインド人との写真があった。この人はすごいいい人だった。言葉は通じなかったが。お互い理解していた。

これなんだろうな。

August 06, 2005

水分を取る練習

水分を取る練習をしている。
最近暑いからむちゃくちゃ水分を取る。だから、練習じゃないと思うかもしれない。

しかし、これは練習だ。普段からたくさん水分を取ることは重要で心がけているのだが、そのレベルでは足りないところへ行くから。

高山ではたくさん水分をとることが高山病対策になるらしい。ダイアモックスという薬、これは緑内障の薬らしいが、高山病の薬としても認められているらしい。日本では医者に処方してもらわないともらえなくって、高山へ行くといっても処方はしてもらえないらしい。この薬も利尿作用を高める薬なのだ。すなわち、よく水を飲んでよく小便をすることが高山病対策の基本であると。そのために水分をいつもより多く取る練習をしています。5000メートルでは一日5リットル、4000メートルでは一日4リットルが目安みたいです。

また、旅行先マニアになってきた。それに付随する情報も集めまくって面白い。キチキチのスケジュールを立てるのは嫌いかつ、自分のようなたびスタイルでは意味が無いが、現地のことを調べて知るのは実に面白い。

気温も面白い。あたりまえだけどエクアドルは赤道直下ということもあって暖かい。しかし、ペルー、ボリビアへと下ると寒くなる。ということで、エクアドルからペルーへ入国するあたりで服を現地調達かな。あと、ウユニでは多少雨が降っている模様。これはうれしい。うっすらとウユニ塩湖に水がたまる上体が最高だからだ。天空を飛ぶ気持ち。

それにしても、インターネットのおかげで旅の情報がすごく集めやすかった。ネットがない時代に旅をした人はほとんど情報は無かったんだろうな。だって、現地の気候だってアメリカのヤフーウェザーへ行けばどんな国のどんな都市の気候だって分かるし。それに、今までに行った事ある人の旅行記とかもすごく参考になるし。現地の代理店ともアポが取れるし。まあ、言語の大切さも痛感します。

だから旅をして

自分の常識をぶっこわしたい
だから旅をして

August 03, 2005

雨なのに晴れた朝

雨なのに晴れた朝

雨という天気予報だったのに晴れた朝。
そんな日は何かうれしい。

福井の兄ちゃん

福井に行ってきた。
ただ、福井に住んでいる友達に会うために。
友達といっても、一回しか会ったことがない。
それに、30分ぐらいしか話したことがないそんな人。

その時とはインドからネパールへ行くジープが一緒だった。彼は一番前の席、僕は一番後ろ。話すことはなかった。しかし、車が休憩で止まった店で、その彼は風景とどうかするようにブロックに座っていた。僕はなんかその姿が気になった。そして、声をかけた。その時何を話したかはもう記憶にない。たぶん、一言二言だったと思う。彼の座っていた席は、一番前の列なんだけど、そこに、4人座っていた。すごく狭いのに文句一言も漏らしていなかった。

そして、国境越えの時彼だけはみんなより一足先に済ませ、先で待っていた。なんかすごい自然なのだ。自然という言葉のほうが仰々しいくらいに。風が流れるような感じなのだ。それから、同じドミトリーになった。彼は何も言わず汚れたベッドを選んだ。僕は彼のことが気になっていたので、彼の前のベッドにした。何か話したかったのだ。たしか7人部屋ぐらいだっただろうか。シャワーはひとつで先にみんな入っていった。僕は風呂はあとでいいやと思い、彼に話しかけた。旅の話をしたんだと思う。そのほかにも出身県の話とか。たぶん、そんな込み入った話ではなかった。そうしていると、風呂に入る時になった。僕がいったら水が出なくなった。タンクの水が切れたのだ。海外の安宿ではよくある話。で、シャワーを浴びれなかった。彼も浴びれなかったが、別にいいやと心のそこから気にしていない感じだった。ドミトリーなので、電気を消してすぐなないといけなかった。その前に、彼に連絡先を聞いた。正直、切り出すのに躊躇した。連絡先を聞こうかどうか相当悩んだ。旅は一期一会であって、連絡先を交換するような人ではないと僕も感じていたから。僕はそんな考え方の人だから魅力的に写った。でも、聞くと決めてたずねると彼はPHSの番号とアドレスをを書いた。そして、高校のときから使っていて変わってないといっていた。彼も手帳を出してきて僕の連絡先を書いた。次の日も朝からバスで出発だったしみんなすぐ寝た。

あさ、宿で朝飯を食べた。そしてみんなで写真を撮ってもらった。彼はビルガンジへ僕はポカラへと向かった。

それから日本に帰国しても連絡を取らなかった。僕からも無効からも。でも、なんか気になっていた。その生き方が自然すぎるのだ。でも半年ぐらいたって突然メールが来た。彼は北海道の極寒の地で一人で旅をしている時だった。メールがうれしかった。なんか、僕から連絡先を聞いたから、こっちが一方的に気になっていただけかと思っていたら、向こうからメールをくれたし、この人ともっと話したら面白そうと直感的に思っていたからだ。それから、たまに旅に出る時などにメールをやり取りした。そして、福井に遊びにきたらとメールが来たので、すぐに行こうと思った。僕はもう、どんな用事が他にあろうと福井に行くと心で決めていた。すると、夏休みの時間があるときになったら連絡するとメールが着てから、2ヵ月後ぐらい、本当にメールが来た。なんか、これなんだろうな。その信頼感というか、ささいなことを覚えているというか。

そして、福井に行くことになったのだ。回りに言うとわざわざ福井までそのためだけに会いに行く理由が分からないとか、旅先でそこまで話したわけでも、仲良くなったわけでもないのに、なぜ?と首を傾げるし、お互いがどんな人間かも分かっていないのに、という人もいた。けど、僕はなにか確信に似たものがあった。この人は自分と話があうな。話だけじゃなくって生きるベースが共有できるなと。行く前、部屋にクーラーがないけど余裕でしょ?ってきた。俺はクーラーなんかとは縁がないので余裕だ。暑い時は汗をかけばいいのだ。

そして、福井へ行った。18きっぷで。金沢まで金沢21世紀美術館に行って菓子折りを買って、夕方17:30に福井駅から2,3駅先の駅で待ち合わせた。定刻通りに来た。彼の家にお邪魔した。彼の部屋でお茶を飲みながら話した。世界地図、モンサンミッシェルのでっかいパズル、マチュピチュのポスター、数限りないCDと世界遺産のDVDすべてそろってる、サッカーボールも。うけたのが、インドでずっとはいていたぼろぼろのジーパンを洗わずに、壁に飾ってあった。なんかいいよなーその感じ。
夏にいくたびの話(彼はイランとアルメニアに行くらしい。それもあった日の前日に決めたらしい)とか、ちょうど一年間にあった出来事の話とかいろいろ話して、スーパー銭湯へ行った。露天風呂の岩場に座りながらいろいろ話した。ガラパゴスの星のこととか。将来のこととか。たぶん、風呂に1時間以上いたとおもう。一人旅をする人は間(ま)を分かっている。常に一緒にいるわけではない。自分の行きたいところには行く、常に一緒にいるわけではない。でも、一緒のところに行く時は一緒に。なんか一人旅をする人のその距離のとり方が好きだ。

僕が蚊取り線香をたいたことも彼は覚えていたり、彼はインドをなめていたといっていたって話をしたり。それから、また車でスタミナ太郎で食った。がんがん食う予定だったが、肉が意外と食えない。年なのかと話していた。ティラミスがうまいといって彼は5個ぐらい食っていた。好きだといったらミスチルのシングル、アルバム、DVDすべて集めるし、世界遺産の雑誌もすべてそろえるし。飲み会に一回も行ったことないらしいし。なんか、性格の片鱗が見えるのだが、ここで書いたことだけから想像したら実際の人物と全く違うだろう。なんか、僕が今言葉で表すことはできない。それぐらいの人間なのだ。

で、部屋に戻って寝る準備をした。ミスチルのDVDを見て盛り上がったり、お勧めのCDを聞いてみたり。夜は意外と早く寝た。しかし、3時ごろに起きてまた少し語った。

あさ、9時ごろだっただろうか。起きて朝食をいただいて、出発した。永平寺と東尋坊へ。雨という天気予報だった。案の定ぱらぱら降ってきた。さらに、永平寺につく頃には激しい雨だった。こんな雨一年に一回歩かないかというほどの。でも、駐車場で傘を貸してもらって永平寺へ。曹洞宗の総本山らしい。300人が修行しているという。一回修行してみたいって話していたけど、中途半端にはできないよなーって話してた。それから、大学の近くにある蕎麦屋に。長島さんも着たことのある店。住宅街に一軒だけ店がある。そんな店なのに並んでた。おろしそばを食った。うまかったなー。店を出ると雨はやんでいた。東尋坊は雨だったらいけなかったので、晴れてよかった。時がたつにつれ晴天になってきた。うれしい限り。そして、東尋坊へ。想像していた以上だった。絶壁だ、柵も何もない。自然なんだから当たり前だといわれた。そうか。でも、日本だと安全とかいって柵を作りそうかと直感で思ったんだろうな。ギリギリのところへ行くのは怖かった。腰が引けてた。しかし、そいつは普通にギリギリのところまで行く。ぜんぜん怖くないと。本当に怖くなさそう。すっすって歩いていく。それから、家まで戻った。外国で撮ったの写真を見せてもらったり、ラオスのビザを見せてもらったり。それからカツどんをいただいた。そして、駅まで送ってもらって分かれた。駅から歩いても2,3分なのだが 笑 ちなみにこの武生という町、福井で二番目の都市らしい。そんでもってどっかと合併して名前が変わるとか。非常にいい旅だった。

こんなことを話した。

タイがどうしても苦手なのも似ている。日本人の貧しいたびといえばって感じでみんな行くのがいや。
五大陸性制覇したいとか、全権制覇したいってのも同じ。
行きたいところも大体似ている。
スペイン、ポルトガルに行ったのも同じ。
写真を見て直感でいいと思って旅に出るスタイルも同じ
ミスチル好き。夜にライブのDVDを見た。そして、彼のお勧めの曲を聴いたら、いいチョイスだった。曲の趣味まで合う。
今まで旅先で一人としか連絡先を交換していないらしい。それが俺らしい。なんかうれしかった。
そんな福井の兄ちゃんは福井で医学部に通う4年生。
ビザがかっこいい。ビザがいらない国でも安いならとりたい。
スペインとポルトガルの国境で反復横とびを50回したとか。
JTBの店長とも仲良くなってる。

あと2年大学いって、2年研修医、そして病院で2,3年働いたら若い時期に海外で医療活動をしたいらしい。
たぶん、30歳になった頃、見知らぬ国の見知らぬ村で診察している彼に会いに行くんだろうな。
そこが、どんな場所であろうと、どんなに忙しかろうと。
そんな気がする。

すべての友達にありがとうって心のそこから伝えたい気分。

July 27, 2005

乗り物

飛行機にしろ、スペースシャトルにしろ、船にしろ、スポーツカーにしろなんにしろっわっくっわくする。

小さいころ乗り物図鑑とか見ていた時もワクワクしていた。

僕は、一個一個の乗り物に関して機種の名前とか詳しくないが、実際に乗ったり、見たりするのは大好きだ。本当に心躍る。わぁーーって感じ。

July 26, 2005

小さなノートに詰まった時間

小さなノート。
普通の大学ノートの1/4ぐらいのサイズだろうか。

一人旅をする人はだいたいカバンに挟んで持っている。
ボールペンと一緒に。

言葉が通じない時に、絵を描いたりしてコミュニケーションをとる。
であった人との連絡先を交換したり。

普通は、大学ノートはノートだけで完結してしまう。
でも、小さなノートは限りなく続く時間という可能性を持っている。

July 20, 2005

行ってきます

いってきます。行ってきます。

この言葉って、実はすごい言葉だよな。

いろいろな意味がふかされていて、また覚悟を決めたような、そんな重みを持った言葉であるきがする。


行ってきます。

バカなおっさんになりたくて

旅する前の地図は、

    ただの紙きれである

戸井十月 『旅人に訊け』

July 12, 2005

旅人が答える100問

1 お名前、性別、生年月日、血液型をどーぞ。
teratown 男 1983年 A型
2 あなたのお仕事はなんですか?
学生
3 出身地と現在住んでいる場所を教えて。
岐阜、東京
4 もし海外で暮らしたことがあるなら、それはどこ?どのくらいの期間?
なし
5 年に何回くらい海外旅行をしていますか?
1,2回
6 暑い国と寒い国、どちらが得意?
暑い国
7 自分に、海外でも通用するもう1つの名前をつけるとしたら何にする?
KEN
8 外国人に自分のどんな部分をアピールしたい?
特になし
9 今まで行ったことのある国と回数を教えて。
ギリシャ2回、トルコ、シンガポール2回、スペイン、ポルトガル、モロッコ、インド、ネパール、韓国
10 どんな旅のスタイルが得意?
行く地域にひとつだけ強烈に行きたい場所とか、理由があってそのために行く。あとは、まわりを適当に思うがままに行く感じ。宿とかは安いのをがんばって見つけて、現地で告ぎ生きたい場所を探す。基本的に広大な自然が好き。海、空、塩湖、山などなど
11 旅に出ると私は○○になります。○○をうめよ。(文字数無制限)
しっかりもの。荷物の整理とか日記とかもまめにつける。
12 今後行ってみたい国はどこ?
ボリビア、エクアドル、ペルー、中国、砂漠、中東、キリマンジャロ、南極とか北極とか
13 初めての海外旅行はいつ、どこだった?
ギリシャ、高校1年
14 初めて海外に降り立ったときの感想を一言。
空気が違った。
15 あなたがむしょーに旅立ちたくなるときってどんなとき?
前回の海外旅行から時間がたった時。海外の自然の写真とかをみて強烈に魅了された時。日本での生活では自分にまとわりついたものが多くて、いろいろ細かすぎてめんどくささ苦なった時。あとは、自分の人生において一人になる必要があるとき。
16 愛用のガイドブックは?
歩き方。ロンプラ
17 よくお世話になる旅行会社は?
とくになし。安いところ。
18 お気に入りの航空会社は?
特になし。どんな飛行機でも好き。機内食も大好き。あと、飛行機から見る日の出、夕日、星が大好きで何時間でも見ていられる。見ていたい。
19 旅にどんな機種のカメラを持って行く?
オリンパスのCAMEDIAかな。
20 今までに行った国の中で、あなたのベストはどこ?
どこも良かった。小学校のころ本を読まなかった俺が偶然ガウディの夢って本を読んで、ガウディに惚れて、自分ひとりでバルセロナのグエル公園に着いたときは感慨深かったからスペインかな。
21 今までに行った国の中で、もう2度と行くことはないだろう、と思う国があれば教えて。
なし
22 死ぬまでに絶対行かなくては、と思う国を1つ教えて。
ボリビア、ウユニ塩湖
23 飛行機の中での過ごし方を教えて。
外を見る、飯を食う、寝る、旅する国の下調べ。映画はあんまり見ない。
24 飛行機でこれができたら嬉しいのにな〜っていう、非現実的なことって何?
コックピットから星空を見る
25 飛行機の中で、こんな人の隣には座りたくない、というのはどんな人?
すっごいでぶ。自分の席まで侵入するから。
26 旅行中、なにをいちばん恐れてる?
拉致とか強盗?
27 どーしても馴染めない外国の習慣って何?
特になし。3日目から心は現地人
28 海外の友達に日本からお土産を持っていくとしたら、何を持参する?
友達というか安くて、初めて会った外国人に上げられる折り紙。鶴を折ってプレゼント。
29 旅先で、これは買ってよかった!と自慢したくなるようなものはある?それは何?
トルコ、じゅうたん。基本的にお土産は買わない。
30 なんでこんなもの買ってきちゃったんだろう?という1品を紹介して。
モロッコで買ったシャツ。
31 本当は人に言いたくないんだけど・・・という旅の裏ワザがあれば教えて。
特になし
32 海外旅行は大好きなんだけど、これがちょっとイヤなんだよねーってことがあればどーぞ。
なし
33 旅にはどんなカバンで行きますか?
バックパック、最近小さいのを買えばよかったと後悔
34 旅の計画を立てるとき、旅行中、パソコンをどのように活用させている?
チケット購入と、移動手段の調査。
35 旅先で出会ったことがきっかけで、いまだに仲良くしている人は何人くらいいる?
3人ぐらいかな。基本的に旅人は一瞬の身分なので、あとを引かない。それが旅人。
36 ホテルを選ぶときの基準、注意点は?
安いか。安全か。
37 今まで泊まった宿の中で、最も思い出深い宿は?また、その理由も。
いろいろありすぎる。
38 旅行中、何を着て寝てる?
普通の服。
39 旅にはどのような薬を持参する?
風邪薬、胃腸系、など普通の。
40 日本から食べ物を1品持って行くとしたら何?
二郎ラーメン?
41 旅に1冊の本(雑誌orマンガ)を持っていくとしたら何?
特にないし、毎回違う。まあ白紙のノートかな
42 1回の旅の予算はどのくらい?
毎回違う。
43 旅に必ず持っていきたい物ベスト3をあげよ。(必需品以外で)
デジカメ、小さいノート、心のゆとり
44 こんな人とだけは一緒に旅をしたくない、というのはどんな人?
潔癖症
45 旅仲間と旅先でケンカしたことがある?あると答えた人→それはどうして?
ない
46 自分が憧れる、夢の“新婚旅行”を思う存分語ってちょーだい。
バックパックで秘境に行くとか。それとか世界一周かな。ツアーはつまらんな。
47 人にぜひおすすめしたい、というオプショナルな旅があれば教えて。
場所に寄るでしょう。なんともいえません。
48 “世界うるるん滞在記”に出演するとしたら、どこでどんなことにチャンレンジしたい?
アメリカ大統領の付き人かNASAの職員か。そういったもの以外やろうと思えば自分でもできそう。
49 今までで見た中で一番美しい風景は、どこのどんな風景?
難しい。ジブラルタル海峡の夕日か、モロッコのカスバから見た海か。ヒマラヤ山脈か。
50 旅行中に食べた、忘れられない食べ物と言えば?
スペインの生ハムとかワインとか。スペイン最強。トルコの屋台も。インド料理もチベット料理もだな。
51 旅行中泣いたことがある?“ある”と答えた人→それはなぜ?
まあ、泣いたというか泣きそうになったことや、涙が出たことはあるな。ネパールのがけ崩れとか、グエル公園でうるっときたぐらいか。
52 旅行中、怪我や病気をしたことがあれば、その状況を教えて。
インドでちょっとだけ腹を壊したぐらいか。
53 旅行中、怖い思いをしたことある?あれば紹介して。
ネパールのがけ崩れ上り。
54 旅でこんなドジしちゃった、ってことがあれば教えて。
そんなにないかも
55 海外でしちゃった悪いことがあれば、こっそり教えて。
とくにないな。
56 旅で出会った人の中で、印象的だった人物の話を1つ聞かせて。
インドのブッダガヤであった、国会議員とその周りにいたおっちゃん。
57 外国人に、日本ってどんなところ?と尋ねられたら、どうやって説明する?
一回こい。いろんなもんが混ざった国で面白いぞ。
58 外国人に、日本のこんなところを見習って欲しい!って思うのはどんな部分?
全くない。その国はその国でいいじゃん。
59 日本人としてはずかしいよ〜っていう日本特有のあんなこと、こんなことを語って♪
ない。
60 旅先で手に入るもので、なにかコレクションしているものがあれば教えて。
なし
61 あぁ〜日本人でよかったなぁ、と思うのはどんなとき?
日本食と言葉が通じるところか。
62 ズバリ、自分に足りないものって何?
足りない物だらけだろう。
63 海外にいるときに、日本の何を恋しく思う?
別にないなー
64 もし海外に長期滞在をすることになって、真っ先に心配するのはどんなこと?
金?
65 海外で大活躍するとしたら、どこでどんな風に活躍したい?
アメリカのNYとかシリコンバレーでおもろい企業を経営したいね。
66 外国人に食事をふるまうとしたら、何を作る?
おにぎりだな。
67 外国人に日本の歌を1曲披露するとしたら、何を歌う?
ふるさと
68 外国人に、何か日本語を教えてと言われて、まず教える言葉はなに?
こんにちは
69 自慢できる日本のもの(こと)ベスト3をあげよ。
日本人、日本の森、日本の最先端技術
70 過去に世界で起こった事件の中で、何が一番ショックだった?
特にない
71 旅先で有名人に出会ったことある?あると答えた人→それはどこで誰に?
ない
72 自転車の旅かヒッチハイクの旅、するならどっち?
自転車してみたい
73 永住するとしたらどこの国がいい?
日本
74 外国の人と恋愛に発展したことある?あると答えた人→どこの国の人?
ない
75 外国人のこんな部分が好き♪どこの国の人のどんな部分?
べつに
76 旅先でのアバンチュールってどう思う?
べつに
77 日本人以外の誰かと結婚(再婚)しなければいけないとしたら、どこの国の人がいい?
スペイン人。バルセロナはなんか気に入ったから。あそこなら住んでもいいから。それにきれいな人も多かった。まあ、イスタンブールもいいかも。
78 別の国で生まれ変わるとしたら、どこの国の住人になりたい?
英語圏だな。語学が苦手だから、勉強量が減って楽。
79 イタリア料理、フランス料理、インド料理、中華料理、タイ料理……一生食べ続けなければいけないなら、何料理にする?
中華かな
80 旅の道連れに一匹だけ動物を連れて行くとしたら、何を連れて行く?
あり。基本は何も連れて行きたくない。だから、アリを連れて行きすぐ逃がす。
81 沈没事故、墜落事故、どちらかに遭遇するとしたらどっちを選ぶ?
墜落だろうな。
82 究極の選択です。1都市1泊ずつの超ハードな世界一周旅行をするのと、2泊3日しかないけど、自分の好きな国に行けるのとではどちらを選ぶ?
1都市1泊ずつの超ハードな世界一周旅行にきまってるじゃん
83 “ここが変だよ外国人”というお題で、好きなことを述べてください。
別に
84 1ヶ月あげます。金額は気にせず、自分なりの旅コースを作成してみなさい。
今なら、エクアドル、ペルー、ボリビアだろうな。ウユニメインで。
85 あなたが外国人だとして、初めて日本に来たら、まず何に驚くでしょう?
空港遠すぎ
86 旅先でお世話になった外国人が自分の町へ遊びにきたら、どうやってもてなす?
日本でやりたいことを手伝ってあげる。
87 自分の好きな有名人と旅行できるとしたら、誰とどんな旅をしてみたい?
ビルゲイツと世界一リッチな旅行。笑
88 旅先で一文無しに!どうやってお金を作ります?
バイトだろう。大使館かも。漢字を書道で書いて売るとか。
89 どこかの国の伝統文化を習うとしたら、何を習いたい?
日本の武術
90 ある風景をスケッチしなければいけないとしたら、どこの国の何を描く?
ブッダガヤの菩提樹。
91 もし海外で殺されることになるなら、どうやって殺されたい?
維持でも殺されたくない。
92 もし、日本の位置を変えられるとしたら、どこへ移動させたい?
火星の近く。火星人と対面
93 あと30分で飛行機が墜落!1通だけ手紙を書くとしたら、誰にどういう内容の手紙を書く?
親だろう。すいませんと。でも、自分の意思で来た旅行だから後悔はないと。
94 海外の映画をリメイクするとして、もしあなたが演じるなら、何の映画の誰の役をやりたい?
映画はよく分からない
95 拉致されるのと暴行されるの、どっちがマシ?
拉致されてすぐ開放されたい。
96 自分の骨を散骨してもらうとしたら、どこがいい?
岐阜の墓
97 もう二度と旅へ行けないのと、どこかへ行ったきり一生帰って来れないのとでは、どちらを選ぶ?
二度と旅へ行けない。旅じゃなくて移動だとか言い張ってどっかへ行こうとする。
98 あなたが90歳になって、最後にとっておきの旅をするとしたら、どこへ行く?
どこだろうね。まだわからんね。岐阜をじっくり見てみようかね。それかオーロラをみてばったりとか。まだ分からんよ。
99 ズバリ!あなたにとって旅とはなんですか?
生きることそのものじゃないかな。
100 最後になにか一言どうぞ。
今後もいろいろな旅をしてみたいな。
http://yukai.jp/~maiky/100.htm

July 11, 2005

場で涙

何回も見ているはずなのに、ウユニの写真を見ていたら一筋涙が出た。

何でかわからない。

スペインのグエル公園からサグラダファミリアを見た時も涙が出た。あれは、小学校のころの夢の地に一人できた感慨深さだろう。

本物のウユニ、見たらどんな気持ちになるんだろう。

雨季か乾季でどっちに行くか悩んだが、雨季も乾季も行けばいいのだ。

これだけ、僕をとりこにした写真、場所、ものはいまだかつてないのではないか。

Kiroroの生きてこそが耳を覆っていた。

July 06, 2005

携帯のメールが長い傾向

携帯が苦手、PCも苦手な友達がいます。PCにメールを送ってもまず見ないので、携帯に送ります。彼らから返信があるのは、早くて2日後ぐらい。遅いと一週間後ぐらいに忘れたころにやってくる。

しかし、その携帯メールはとても長いのです。

そんな人たちは、絶対向こうから連絡してこない。僕も自分から連絡することが全くといっていいほどないのですが、世の中に2,3人だけたまに(年に2,3度)連絡する人がいる。彼らは純粋にすごい面白い人たちで、話すと楽しいのである。

そんな一人に会いに7月末福井に行くことにした。楽しみで仕方ない。あの兄ちゃんに会っていろいろ話そう。

June 29, 2005

夏の夜、屋根の上に寝ながら月を見る

夏の夜、屋根の上に寝ながら月を見る、こんなことしてみたくなった。

「屋上で月を眺めていた」というミスチルの新曲 And I love youの歌詞を聞いて思った。

なんか、昔の日本のイメージってまさに夏の夜に、屋根にのぼって寝転がりながらぼーっと月や星を見る。暑い日中のことを忘れるくらいの清清しさなんだろうな。

今はそんな低い建物もなくなったし、屋根がないマンションも多いし、危ないからって上れないとかそんなんが多いもんなー。

空を飛んだ日

前回のエントリーでgoogle mapsを絶賛しましたが、google earthのほうが面白いかもなー。

こちらはソフトをダウンロードして、地図情報はストリーミングするタイプ。基本的にはmapsと同じなんだけど、丸い地球な感じと動かすと慣性の法則な感じで動くのがすき。

なんか、ストリーミングの仕方というか、その辺もユーザーの視点に立っているなーと思った。その視点があり、かつそれができる技術力があるのがgoogleなんですかねー。

それにしても面白いよなー。こういうことができるのがグーグルなのかな。まあ、これは買収した会社の技術だったりするわけですが。いいところに目をつけているには違いない。

mapsで羽が生えて、earthで空を飛んだ感じです。

June 20, 2005

グレコ・トレド

テレビをつけたらNHKの5分世界遺産番組でスペインのトレドをやっていた。ここは2年生の夏に行った。2003年の9月ぐらいだ。

スペインをぐるっと一周して、マドリッドへ戻る一個前の都市だ。ポルトガルのリスボンから夜行バスでマドリッドへ戻り、朝一番のバスでトレドへ行った。トレドについてからは、宿を探した。ここのユースホステルみたいなところは昔のお城を改装したところで、とまってみたいと思ったがフルだった。それからこの町では安くてよい宿が見つからず、何時間も町をほっつき歩いた。けっこう疲れた記憶がある。それでも、安くてけっこうきれいな宿を見つけた。そして、この町をまた歩いた。なんか落ち着きのある町で、ゆっくりできた。公園でのんきに本を読んだりもした。

400年立っても町の姿は変わってないらしい。ああ、タホ川に囲まれた小さな町。かつての首都とは思えないほどこじんまりしている。この町ははっきりとした行動の記憶ではなく、なんか思い出があるんだよな。

P9160290

June 19, 2005

砂浜に無数にあった鳥の足跡

無人島から帰って思い出す光景がある。

それは砂浜に無数にあった鳥の足跡だ。

無人島には黒くて大きな海鳥っぽいのが無数にいた。時には木にとまり、時には空を優雅に飛び、時には海にもぐり魚を取り、時には砂浜に並んでたっていた。

そして、砂浜に鳥の足跡が無数にあった。まるで砂の模様のように。
3本の指は何か恐竜の足跡の化石を思い起こさせた。

何か恐怖感のようなものを覚えた。

June 09, 2005

そこに蜘蛛の巣はなかった

そこに蜘蛛の巣はなかった

ただそう思いました。これは無人島の感想です。

人がいない、無人ということは社会という文脈からは完全に切り離されているからです。なんの決まりも制約も常識も何もないんです。蜘蛛の巣のような網の目のような社会的制約はなにもない。たぶん一人で行ったらさらにそう思ったんだと思います。

こう書くと制約が悪く聞こえますが、一概にそうは思いません。蜘蛛の巣のような細かな制約があるからこそ、人間は生きていけるのです。制約と制約のハザマにそれぞれの存在の場を見出し生きていく。それだからこそ人間は生きてゆける。そんなんが現代社会だと思うからです。そんな恩恵を受けて生きている自分ですから。

僕はただあの青が見たいだけなんだ

僕はただあの青が見たいだけなんだ

特に深い考えとかあるわけじゃない。みんな勘違いしているが、本当に僕は何も考えていない。

僕はただあの青が見たいだけなんだから。

June 06, 2005

ギリシャじゃねーよ、シギリヤだよ 笑

一回しかあったことない、それも長時間話したわけでもない。そんな人がいる。そいつは一本筋が通っている。かっこいい。

普通だったら、俺からは連絡を取らない。が、無人島に行ったと連絡してみた。予想通り食いついてきた。で、彼は今年の夏にシギリヤへ行く予定とメールが来た。

かってにギリシャだと思って、2回行ったことある。と返信したのだが、私の早合点だった。シギリヤとはスリランカの都市の名前らしい。。。夏休みにギリシャに行くほどリッチじゃねーよと突っ込まれた。ごもっとも。

こんな風にミスをしないようにしないといけないな。でも、ミスをするから新しいことが生まれるのと、人間はミスをしてしまう生き物なので、それを踏まえたうえで調整して認識をしようとするから誤認識するんだけど。といいわけ。

June 05, 2005

夢を見すぎた無人島

瀬戸内海の島へ行ってきました。そこの島は無人。

無人島という響きが呼び起こす感情は、なんとも表現しがたい未知へのワクワク感と不安。人間は群れて生活する傾向があります。群れるというか、人は一人で生活できないといいますが、それよりも人は集団で生活しやすいから群れるのだと思います。それがコミュニティであり、国であり。民族であり、言語である。人と人がいることによって、生まれる会話、またそこから生まれるアイディア。そしてアイディアが実行される。そんなことが繰り返されよりすみやすい町になってくる。

だから、無人になった場所に長期間住む人は少ない。人が住んでいないということは、生活をするのに必要な前提条件がすべてないということなんであって、、それを実感しました。

島へは東京から神戸までバスを使い、そこから電車に乗って、さらにバスに乗って船乗り場へ。まあ、船乗り場といっても、そんなたいそうなとこじゃなくて漁船が集まっているところ。こんな小さな船に乗るのは中学2年以来?小さな漁船にはいい思い出がなかった。この中二のときに思いっきり酔っ払った。だが、今回はまったくそんなことなかった。自分もいろいろな経験をして強くなったなあと、あのスペインのグエル公園で感じたときと同じ感情がふつふつと込みあがってきた。まあ、その漁船は風を切り水を切り走った。心地よかった。日差しを浴びながら、僕たちだけを乗せた漁船が走る。そして、人生何度目かの瀬戸大橋。一回目は四国へ行くときに渡り、二回目は大阪から九州でフェリーへ行くときに下をくぐり、今回は漁船でくぐる。なんか壮観であった。さらに、この渡船のおっちゃんもいい味だった。しゃべり方といい、焼けた肌といい。何日もおるんやってなぁー。って笑顔で。きいつけーや。と。なんか、こういう何気ない会話が非常にうれしく感じる。

まもなく、島に。これが島だ。という感じ。やっとついたよ。このときは晴れていたし、多くの人が想像するような無人島だった。船から一歩下りると、とうとうきたなという感じ。どんな生活が待っているんだろう。

それから、荷物を置き島を見て回ることにした。島全体を確認することと、寝る場所の確保が主な目的だ。砂浜はふかふかしており歩きにくかった。人が歩いていないので、砂が詰まっていないのだ。海岸からの距離、砂のきれいさ、周りにあるもの、風が直接当たらないかなどを踏まえ寝場所決めが行われた。そして、そこに簡易テントみたいな住居を作る。まあ、これも結構時間はかかったのだが、できて実際に寝てみると坂だった。でこぼこだった。たいして、でこぼこにも見えないのに、実際に横になるとでこぼこだ。そこで、砂を足らないところに増したり、坂で砂がありすぎるところからは砂を出した。スコップなんてないから手と流木で。これに時間がかかった。まあ、これだけやってもでこぼこで、寝づらく、おきると体の節々が痛く、間接・筋肉痛になった。衣食住というが、その住がある程度めどがついたので、次は食だ。魚を取る網を持参した。お魚キラー(スプリングアナゴかご)というもの。これを仕掛ける準備だ。正直つりの経験は皆無に近い。つりには何度か行ったが一回もつったことがない。。。まあ、それでもやりゃなきゃならない。紐とかごを結ぶ。そもそもどういう状態でかごを設置すれば魚が取れるかもわからない。考えるのみである。さらに、紐とかごをどれくらいの強さで結ぶかもわからない。波によって紐がほどけてしまうのかもわからない。紐をどれぐらいの木にくくりつければいいのかも。。。まあ、その辺は適当に。木に結びつけた。はじめはちょっと不安でかごに2箇所結んだ。そして、海にかごを設置。そろそろ暗くなり始め、人間は寝静まる時間だ。
しかし、それから、満潮干潮が気になる気になる。かごを設置しているときに潮が満ちてきたように感じた。迫ってくる。

夜寝転がりながら星を見ていると、波の音が島の森に反射してすごく近くに感じる。いったい満潮の時にはどこまで迫ってくるのか?自分たちの住処まで海水で覆われるのではないか?と本気で心配に。そこで、住処の周りを掘り出す。溝を作って、波の衝撃を抑え、溝の後ろに山を作ろうという作戦。真っ暗なんだけど、ひたすら流木で掘った。掘った。砂の濡れ具合と、物が打ち上げられているラインを確認してたぶん大丈夫だと自分たちを納得させた。

そのあと、寝ながら星を眺めた。一番星を見つけた。二番星も、三番星も、四番星も。星はいきいきと輝いていた。きれいな星を見るのも久しぶりだ。一番初めに星がこんなにもたくさんあるんだと、心のそこから衝撃を食らったのは、小学生のころフェリーで大阪から九州へ行くときだ。あの時、瀬戸大橋をくぐったのだ。星の思い出は以前のエントリー。そんなこんなで夜は過ぎた。

異様に夢を見た。体の節々が痛かった。波の音が迫ってくるように聞こえ何度もおきた。簡易テントの中はなぜか水滴でいっぱい。雨かと思ったがちがった。理由はわからず。まあ、横になればすぐ眠れたが、すぐおきてしまった。

次の日。朝は早く訪れた。

人が住んでいないということは、生活をするのに必要な前提条件がすべてないということなんだな、と実感しました。

強い雨と風、岩で足を怪我、ほとんど物を食べられない日々、海に浮かんでいるセロファンみたいな海藻?を食べ、一回だけアナゴが取れ喜び、満潮にビビリひたすら溝を堀り、夜は8時に暗くなり一番星を見つけた日々でした。

本州に戻り食事をしたときのうまさとありがたさ。

May 30, 2005

メールが不通になります

一週間ほど瀬戸内海の島へ行ってきます。
そのため、メールもブログも使えなくなります。

モブログはするかもしれません。

ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

May 16, 2005

空が逆さに見えた

家から歩いて2,30分のところに荒川がある。今日は天気が非常によかったので、ふと思いついて荒川の土手を歩いてみた。平日ということもあり人がいなくて心地よかった。で、野球ボールが落ちていたので、ネットに向かって投げていた。あんまり同じ事を続けることが苦手な性格なので、左手でも投げてみた。すると、予想通り投げにくい。右利きだからだ。しかし、なんで左の場合だと投げにくいのか。右の場合と手を変えただけなんだから、右と同じことを左で行えばイイだけである。しかし、人間の脳はそれに対応できていない。

両利きのメリットとデメリット<右利きのメリットデメリット なのであろうか。だから、人間は生まれもって右利きが多い。でも、左利きも相当いるしなー。よく分からない。でも、利き手というものはナンなのだろう。体の各部位に対して脳が働く場所は、生まれてから決まるらしい。利き手というのは脳の問題であると思う。ということは、利き手は生まれてから決まるのか?そもそも利き手と利き手じゃないのの違いってナンなんだ?

過去の関連エントリー

それと思ったのが、野球ボール一つあれば特に何も考えていなくても新しい遊び方をするもんだなーと思った。人間の脳は物を与えられるとそれを使っている無意識のうちに特性をつかみ、自ら勝手なルールを作って遊ぶものなんだなと思った。ものがあるということは人間の創造性のきっかけになるのだと改めて感じた。もしボールがなかったら生まれなかったものが、ボールがあったからこそ生まれるものがある。これは当たり前なんだけど、すごいことだよなー。

あと、芝生に寝転がって逆さに見たら、空というか地面もなんだけど楕円に見えた。何でだろう。普通に見るよりも明らかに丸かった。

May 14, 2005

旅と散歩と移動の違い

今日、散歩した。
ケイタイを家に置いて。
ケイタイなる物とは、高校一年生の頃からだから7年目の付き合いになる。
たぶん、眼鏡の次に長い付き合いであると思う。

たまに、家に忘れて出かけることはあった。
でも、ほぼ毎日一緒にいた。

初めて長期間離れたのはトルコへ行ったときであったであろうか。
あの時、少し違和感があった。物足りなさといったほうがよいのかもしれない。
ポケットにあるものがない。そんな感じだ。
この頃はケイタイへの依存度が高かったのだろう。
だからそんな気持ちになったんだと思う。

しかし、今日あえてケイタイを家に置いて散歩した。
雲取山の筋肉痛が続き、歩く姿がぎこちない。
だから、3時間ぐらいの散歩になった。
だいたいケイタイなんてものは家に置いて出たすぐの時だけ何か物足りなさを感じるもの。
今日は、その家を出てすぐも物足りなさを感じなかった。
ケイタイへの依存度が少なくなったからであろう。

ケイタイを持っていないということは時間も失う。
時計をもっていないからだ。
だからなんだという話だ。

ケイタイも時計もない生活。
食べられることがどれだけ素晴らしいことか、
安心して生活できるということがどれだけありがたいことかを感じたい。

で、散歩をしていて思ったこと。
旅と散歩と移動は何が違うのか。
旅と旅行の違いはなんか前に書いたことがあると思う。

たぶん、世界一周している人は旅をしていると第三者は思うはずである。しかし、その人の目的地がパリだとする。その人は日本を出発して陸路でパリまで行く。普通この人は旅をしている。しかし、目的地のパリにしか興味がなく、パリへ行く陸路の過程にも興味がないとする。するとこの人にとっては、パリまでの道のりは単なる移動なんだろう。

移動というのは、最終的な目的地以外に興味がなく、その目的地へ行く過程を移動というんじゃないのだろうか。だから、ツアーで旅行に行くときの交通手段を使った行為は移動であるのかもしれない。一方で、個人で旅をする人これは交通機関に乗っているときも旅なのであろう。

散歩、これと旅を区別するのは難しい。「世界一周の散歩」であっても問題ないと思う。散歩は日帰りとか、気軽に出かけるものであると思うのだが、世界一周するのにすごい少ない荷物で出かける人もいる。

僕も18きっぷがあれば、日本中どこへでも散歩気分でいける。

まあ、何が言いたいわけでもない。
なんとなく、旅ってことが頭から離れないだけである。

Lie Fu
「Life is like a boat」
という歌が非常にいいです。

旅はまだ続いてく 穏やかな日も
つきはまた新しい周期で 舟を照らし出す

中略

運命の船を漕ぎ 波は次から次へと私たちを襲うけど
それも素敵な旅ね どれも素敵な旅ね

まあ、人生という名の旅路を歩んでいるということだ。
まあ、このブログのタイトル通りであるわけだ。

May 12, 2005

いざ雲取山

三頭山、富士山、高尾山、に続く山。

昨年のちょうど今頃、本格的な登山靴を買い三頭山へ行った。このとき候補に挙がっていたのが雲取山。この雲取山は東京で一番高い山で、2017メートル。

昨年行った三頭山の新緑がとてもきれいだったので、今年も行くことに。そのターゲットが雲取山ということです。登山靴も買ったかいがあります。

ルートは奥多摩駅→鴨沢→堂所→ブナ坂→頂上→ブナ坂→堂所→鴨沢→奥多摩駅てな感じ。
朝の4時半ぐらいに起きた。そして、テレビとネットで天気予報チェック。2,3日前までは晴れる予定だったのに、今朝見ると雲行きが少し怪しい。しかし、たいしたことなさそうなので、行くことに。雨合羽とウィンドブレーカー、通称シャカパン、Tシャツのかえ、などを搭載し出発。5時48分の電車でいざ奥多摩駅。昨日パンとスポーツドリンク2リットルを買い、今朝おにぎりを2つ買った。

奥多摩駅についてから、バスで40分ぐらい揺られ鴨沢バス停へ。ここは標高500メートルぐらい。ここから上ります。9時30分に上り始めた。少しおくにはいると、新緑がすごくきれいだった。あの黄緑はこの時期しか見れない、さらに都心では見れないものだ。生き生きとした、一本一本の木が楽しそうに育っている感じがする。そんで、定期的に水分補給&休憩。スポーツドリンクが一番よい。体温調節も重要で、服を脱いだりきたりした。何気に、急な坂があったり、緩やかな坂が長く続いたりして、疲れることもあった。ってか、正直言って長い。高い。
途中雨が降り出してポンチョを着たり、昼食。それでも、上る。一泊する準備はしていないので、頂上について帰る時間を計算して、上る。そういえば、この山で人にほとんどあっていない。マイナーかつ平日、雨降りそうってことで人が少ないのだろう。

で、頂上に着くちょっと前から、ペースを速める。そしてずんずん歩いた。そうしたら、着いちゃったという感じで着いた。頂上だ。頂上から富士山も見えるらしいが、さすがに霧というか雨。5メートル先が見えないこともあったので、見えるはずがない。まあ、頂上は気持ちがよくて、写真を撮ったり叫んでみたり、山小屋を覗いたりして、下山。当初、行きとは別ルートで温泉には行って帰ろうとしていたが、時間が間に合わないということになり、粋と同じ道で下山。今までの傾向的に下山は早い。今回も早かった。帰りは雨がずーっと降りポンチョとウィンドブレーカーが役に立った。さらにチョコレートも重要なアイテムだ。滑らないように気をつけながら降りていった。そんでもって、帰り道でこんなに長い道を登ってきたのかと自分でも不思議なくらいだった。そうとうな距離だ。夕方の5時30分か6時ぐらいに地上に着いた。8時間近く山を歩き続けたことになる。タフだなー。

まあ、面白かった。地上に降りて服を着替えてすっきりしてバスを待った。バスに乗りそして電車で家に。今回の登山もよかったなー。なんといっても空気がきれい。新緑がきれい。これに尽きます。また、体を動かして気持ちがいい。自然と一体化できる感じ。

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May 08, 2005

青空を投げ飛ばしてやりたい

ということで、青空と青い海を投げ飛ばしてやりたいぐらいです。

地面ごと持ち上げて、青空を投げ飛ばしてやりたい。

May 07, 2005

地図帳と歴史年表

地図帳と歴史年表は中学のときみんな持っていたはずです。

地理の副教材が地図帳。
歴史の副教材が年表。

地理の授業が始まる前に、机の上に地理の教科書、地図帳、ノートが出ていたはずです。
歴史の授業が始まる前に、机の上に歴史の教科書、年表、ノートが出ていたはずです。

歴史と地理、おんなじ社会科で習います。両方好きな人もいれば、地理だけの人、歴史だけの人、両方嫌いな人がいるんだと思います。

僕は、授業が始まる前に見ていた、地図帳が好きでした。特に、どこの国を見ようと思うわけでもなく、勉強しようという意識もなく、地図帳を眺めるのが好きでした。

年表はイマイチでした。歴史を好きという人は友達にたくさんいて、マニアックな人がたくさんいます。でも、僕はイマイチでした。テストは無難にこなす程度でした。

歴史は社会の動きがどのようになったか、人と人との関係、事件と事件の関係などを知っていくうちにつながっていって面白いのかもしれません。確かに面白そうで、現代と照らし合わせるともっと面白そう。

地理は自分の知らない世界を知ることが出来ます。もちろん歴史も知らないことを知れます。その間の大きな違いは、地理は自分の目で確かめることが出来るということです。(歴史も遺跡を見れるかも知れないが、過去のものなんです)未知の世界を知り、そして空想できる。ワクワクする。現在実際に存在している。空想したものを自分の目で確かめることが出来ると思うとワクワクしてきます。

地図帳を見ていると夢が膨らみます。

青すぎて青々しい

どうも、エクアドルの空と海は青すぎて青すぎて青々しすぎて目が青くなりそうです。
正直、おいらは真っ青になりました。

友達がくれた写真。

IMG_1453

一回目見たときは、すっげーと思ったけど、エクアドルに行くと確信しなかったが、2回目見たら確信した。その違いは何だろう。脳の中でどのようなことが起こったのだろう。

May 05, 2005

どうでもいいが、格安航空会社

アメリカの格安航空会社といえばジェットブルー
ヨーロッパのの格安航空会社といえばイージージェット
プライスラインなんかも安いかも。

最近はインドでも格安航空会社が発達しているらしい。その航空会社はキングフィッシャー航空。
キングフィッシャーといえばあのビール会社だ。インドでビールを飲んだ人ならみんな知っているはずである。キングフィッシャーだ。ストロングビールなんてのもあって、アルコール度数8%かなんか。キングフィッシャーはミネラルウォーターも販売していたはず。そんなキングフィッシャーが航空業界進出だ。ちょっと前にはじめ、今は国内2位とかなんとか。

http://www.flykingfisher.in/

キングフィッシャービール

原色ってなんかきな臭いんだけど

原色ってなんか、きな臭い。胡散臭い。装った感じというか、無理やり作り出した感じがする。自然じゃない感じがするんです。原色は毒々しいんだなぁ。原色は偽物な感じがする。

これだけ書いたら、原色に対するおいらのイメージがなんとなく分かってもらえたかな。まあ、原色は人工的すぎるイメージがあるということです。

普段生活していても、原色は人工的に作られたもので良く見かける気がする。だから、知らないうちに、自分の中にそういうイメージが出来上がってるわけです。

たぶん、普段の生活で原色ではないもの、すなわち何色もの色が混ざり合ったような色に自然っぽさ、天然っぽさ、人間によってる作られていない感じをえるのは、町でみる自然に作られたと推測できるものが原色ではないからなのです。それはなぜかといえば、自然界のものは純粋な一色だけではなく、不純物が混ざっていたりして、原色ではなくなるからだと思うのです。人間が故意に不純物を排除して作り出さなければ原色は生まれない。このように思うのです。

しかしだしかし、エクアドルのガラパゴスへ行った友達からもらった写真をさっき見ていたのです。ガラパゴスといえば、世界中でも人間の手が入っていない数少ない地域だと思うのです。人間が入るときは靴の中敷の間に生態系を壊す虫がいないかまでチェックされると聞いたことがあります。それに、人間は勝手に入れず特定のツアーでしかいけないみたいです。そんなところで撮影された写真です。そこに映っていた鳥の色が鮮やかすぎた。天然とは思えないほどの水色をした鳥の足が映っていたのです。

ほとんどの人が見たことあると思うが、天然の鳥の鮮やかさといったら原色そのものなんです。オスの鳥は鮮やかだよ、そんなの当たり前と言われるかもしれない。繁殖期のアピールで鮮やかになるという理由だろう。しかし、それは羽とかの色が鮮やかになるだけだ。足が、足だけが水色なのである。しかし、私は本質的にそんなことが言いたいわけではない。

原色に対する人工的なイメージも結局は人の手によって作られた社会で作られた私の脳の中のことだけで、本当は原色≠人工的ってことだ。自然のきわみは原色を生み出すのだろう。

しかし、こんなことを言いたかったわけではないんだなぁ。なんだろう、まさに一枚の写真を見たときに湧き上がってきた感情は言葉では表現できない。そうやって逃げるようなことは嫌いだが、この私しか感じることが出来ない感情なのだ。世界じゅうのだれもかんじることのできない。たぶん、あれなんだろう。写真を見たときに感じたのは、自分の固定観念というか、常識が崩れた、何も知らなかったと抽象的な力強さをもって心に響いてきた感じ。テレビでは原色の動物を見ても今まで何も感じなかったのに、今回はなぜか不思議な感情、どうしようもない不安に駆られたのだ。以前のエントリーでも書いた「友達が取った写真は身近に感じる」も関係しているのかなー。

その、おいらを悩ませた一枚の写真(ここをクリックすると見れます)

「抽象的な力強さ」だよな。たぶん。「抽象的な力強さ」
抽象的って、うまく伝わらないと全くもって弱いものなんだけど、なんかの影響を受けるか、抽象的は抽象的でも何か違うものを持っている、または抽象的なものを見る人の視点が少し変われば、具体例なんてたいしたことないってぐらいの力強さを持つ。

April 23, 2005

友達が取った写真は身近に感じる

友達が取った写真だと、身近に感じる。

友達が南米に行ってきた。先日南米の話をいろいろ聞いて面白そうだなと思ったのです。そして、写真をCDRでもらった。エクアドルとペルーの写真が200枚ぐらいだろうか。その写真を見ていた。ガラパゴスやマチュピチュ、ナスカなどの写真がたくさんあった。その写真はとてつもなく美しかった。特に空がきれいだった。あの空の青はめったに見ることが出来ない青色だと思う。嘘のない青とでも言えばいいのか、なんかこれ以上の青はないというほどの美しさ。濃い青もあれば淡い青もあるのだが、澄み切っている。空気がきれいなところはあんなにも空の青が美しくなるのだろうか。

で、そんな写真をいろいろ見ていた。食事の写真も写っていた。はっきり言ってうまそうだった。日本人の口に合うといっていた理由がわかる。街の写真も写っていたし、なんか南米という国が少し分かった気がした。その中でも、マチュピチュの写真を見たときにふと不思議な親近感を感じた。

マチュピチュの写真や映像はテレビや雑誌、インターネットなどでよく見る。あれだけ有名なので、もう見慣れたといってもいいほどであるだろう。しかしだ、友達が取ったマチュピチュの写真を見たときに、いつも見るマチュピチュの写真とは明らかに違う感情を持った。何か、マチュピチュが自分に近く感じた。手に取れる感情とでも言おうか。友達が取った写真はなぜ身近に感じるのか。

つい先日その写真を撮った彼と直接会っていた。だから、そんな身近な友達、実際に自分のそばにいた人がペルーまで行ったというのが身近に感じている理由だろう。その友達がペルーと日本を行き来した。そして、実際に行った人が自分のそばにいる。友達という物体は実際にペルーと日本を行き来して俺のそばにもいる。というのでリアリティが沸いたのだろう。それと、その友達からマチュピチュの話を聞いていたので、話と写真がシンクロしたからかもしれない。さらに、その友達がどんな気持ちでマチュピチュに行き、何を感じたかをだいたい推測できる。写真を取った気持ちが分かるから身近に感じたのだろうか。

まあ、人間の感情というものは不思議なものだ。

April 21, 2005

アランブラ

あ、今NHKの世界遺産の番組でアランブラ宮殿をやっている。

アランブラ、アルハンブラ宮殿といえば、スペインの南にあるグラナダだ。まさに、あの町だ。
あの、スペインで最も安い宿に泊まったグラナダだ。

夜中まで知り合った日本人とアランブラ宮殿を見ながら語ったグラナダだ。
バルサやマドリッドとは違って夜店がすぐに閉まってしまったグラナダだ。
グラナダビールがうまかった。

夕食は、デパートで買い物をしてみんなで食べたグラナダだ。
このとき生ハムにはまってしまったグラナダだ。
みんなで夜中まで飲みながら話していたグラナダだ。

あ、そうだ。
あそこの町を離れるときは笑った。

パスポートがないって一人の奴が騒いで、バスに乗り遅れそうになった。
が、そもそも、乗るバスなんて確定しているわけじゃないので困らない。
そこで、みんなばらばらに散っていった。
一人はグラナダに残り、後にモロッコへ行ったらしい。
一人はマドリッドに行き、
一人はマラガへ行き、
俺はあるへシラスへ行った。

そんな町だ。
この町で食べた最後のものは、トルティーヤだった。
一番最初に食べたのはバーガーっぽいやつ。
なんか、おばちゃんが変な花を売りつけてきた町だ。

熱かったなー。

でも、一番思い出に残っているのは、夜ライトアップされたアランブラ宮殿だ。
きれいだった。美しかった。光によって浮かび上がっていた。
そんな、アランブラを見ながらみんなで話していた。

あ、いい町だった。グラナダ。

April 09, 2005

一年に一度の  1/22

1/42

っていうミスチルのアルバムがあった。ライブのアルバムだ。
42回のツアーの1回分をアルバムにしたものだった。

1/22

22年分の1年間。
ああ、去年から一年たった。早いのか遅いのかそれは分からない。
昨年は22年間の1年間をアルバムにしたものだった。

相変わらず思う。去年もいろいろなことがありすぎた。
昨年の今頃、今回のような長ったらしい文章を書いているときにはまったく、想像しなかったこと。そんなことがいくつも起こった。やはり、今年も、そして来年も想像もつかないことが起こるのだろう。想像がつかないことが起こるというよりは、去年このような文章を書いているときは自分で想像もしなかったことを、自分の意思で決定して行っている。すなわち、今まで知らなかったさまざまな情報や経験を偶発的に行ってきた事によって、さらに私の思考回路が変化し、想像もつかなかった意思決定を当たり前のように行ってきた。なんとも、不思議な話だ。やはり、「経験から生まれる志」とはまさにこのことだ。まあ、来年の今頃はまた、今では想像もつかないことをしているのだろう。想像もつかないような意思決定をしているのだろう。それが、楽しいのだ。大体人生がどうなるか分かるとつまらなく感じる性格で、まったくどうなるか分からないから楽しめる。1年後の将来が大体予想できる世の中はいやだ。だから、独占的な職業とかが嫌いだ。だって、将来どうなるか決まっている。決まらない人もいるが、人間はだいたい、資格をもつと守りに入って、それにすがっていきていこうとする。あえて、リスクをとらなくても普通の生活が出来るからだ。こんなことを言っている私も、来年はどんなことを言っているか分からないし、年齢を重ねるうちに、このような考え方で生活していくのはつらくなるかもしれない。しかし、そんなこと今の私のしったこっちゃない。で、答えのないことをまた考えるわけだが、私は何をベースに生きているのか。ベースにいきている表現が正しいかどうかはしらないが、他の表現方法を知らない。で、何がいい対価というと、ベースとなるものそれが考えであれば宗教である場合もある。熱心なイスラム教徒とかはそうなんだろう。自分の最もベースとなる重要な価値基準が宗教の考えとなる。私もインドに行ってから自分は文化的な意味を含めた文化的仏教徒であるといっている。ただ、仏教というものを私は自分勝手にとらえていて、何か唯一絶対の規範がないものが仏教だと思っている。その人その人が持っている考え、それを大枠で認めるものが仏教だと思っている。だから、仏教というものが私の中で絶対的なベースとならない。


私は瞬発的な脳の力は多少ある。何か言われたり、何かあったらそれに対してある程度的確に考え、答えを導き出せる。しかし、私はその答えを意識的に脳にストックし、考えを発展させるという能力が欠けていると私は思っている。

感覚、すなわち何か感じるときのほうが考えているときよりも脳が働いているという研究成果を聞いたことがある。たぶん、そんな感じがあると思う。

私は完全なプラス思考だと思う。自分のいいように解釈する。自分が好きだし、自分を信じている。確か、中学のときの国語の授業で私が先生に当てられて、漢字を黒板に書いた。私はあっていると思っていた。しかし、周りの友達がみんな違うといった。先生に、あってる?間違っている?今なら書き直してもいいよと言われた。そのとき私は、「己を信ずること」だ。と先生に言った。しかし、周りの意見に流され漢字を書き換えた。そうしたら、実は書き直したほうが間違っていたのだ。そうしたら、先生に己を信ずることって言ったじゃない。見たいなことを言われた。その時は、よくありそうな授業の一こまだが、今もその状況は鮮明に覚えている。黒板のどの位置に書いたかも覚えている。それ以来私は己を信ずることをいきる基本とし始めた。なんでもない授業だったのだ、そのときに絶対この経験を忘れないとか、そのときに己を信ずることを座右の銘のようにしようとも思わなかった。しかし、その場面を今でも覚えている。人間の記憶や感じ方というものはなんと不思議なのであろうか。

まあ、小学生のときから物の見方がひねくれていたようだ。それも小学1年生のときから。君は批判的なものの見方をするといわれたらしい。そんなときから、批判的な見方をする奴って憎たらしい。教師から見たら、ウザイ奴だ。たぶん、自分で認識しているよりもウザイ奴なんだろう。まあ、それはいいとして、私が何かを見るときの視点や何かを面白いとか心躍る、ワクワクすることといえば、「今しか出来ないこと、新しいこと、今後さらに変化・発展していき大きなインパクトをあたえそうなもの、常識とは違った考えだけど、論理的に証明されているもの、みんなはやりたいけど出来ないような馬鹿なこと、無邪気なこと」、こんなことを面白いと感じるんじゃないかな。じゃあ、なんでこれらを面白いと感じるのだろう。

で、それはいいとして21歳という一年間はどんなことがあったのか、なぜそのような行動にいたったのか、を今一度振り返ってみたいと思う。自分が行った意思決定を、その時の脳を自らの脳で再現してみたい。実はブログにいろいろ書いているために、その時の心境というものは分かる。まあ、皆さんが読んで感じた印象、イメージとはまったく違う、もっとリアルなものが私だけにはよみがえってくる。そうなのだ。大学の校舎が変わった。それは、いいとして私は人生における選択に関して非常に重要な教訓を得た。それは、私が選択においてミスをしたから分かった教訓だ。昨日、芸大の授業で「布施さんが養老孟司先生の一言を引用されていた。「人生の分岐点で、先が見える選択肢と、どうなるか判らない選択肢の二つがあったら、不確実な方を選びなさい」と。まさにこれに近いことを昨年の春に実感したのだ。なんだかんだ理由をつけて、楽な選択肢を取る。その時はイイと思っていた。最善の選択だと思っていた。最善というか選択肢があるという時点で人間は選ぶということができ、豊かなのである。選択が迫られたときに、どの選択肢をとっても良い悪いはないと思う。なぜなら、たらればというものは世の中にないからだ。だから、選択したらその選択肢を選んだということしか実際に起こらない。だから、どんな選択をしようとそれはそれで正しいのだ。でも、その選択をする際の基準がある。私はまず、冷静になって選択する必要があると考える。というのは選択肢が実際に選択できるようになる前に、選択肢となりうるものを全て並べ、いくつかの観点から選択肢となりうるものを評価するのである。それで、様々な観点から、指標を元にするとどれを選択すべきかをあらかじめ決めておく。そのあと、実際に選択できるものが出揃ったらまた、同じことをする。観点ごとに選択肢を評価するのである。それで、どれを選択するかを決める。その後に、自分のことを知っている人にたずねてみる。選択肢に関することと自分の過程を知っている人と、選択肢が出てきた過程はまったく知らないが私のことをよく知っている人に尋ねて、どの選択肢が私にあっているかを聞く。今まであげてきたものはただ参考にするだけだ。そして、次、選択肢の中で一番つらい物を選ぶ。困難なものを選ぶ。一番やさしいものを何だかんだと理由をつけて選択すると、後から絶対に後悔する。で、一番困難なものを選んだ。選ぶというか、どれが一番困難かを認識したのだ。この部分が養老先生の不確実なほうを選べというものに似ていると思う。それで最後に、これで選択肢を選ぶ。直感だ。これだと思ったものを選ぶのだ。ただそれだけ。そうすれば、納得いく決断が出来るはずだ。これが、春に学んだこと。

なんか、いろいろあった。春は山にも登った。山というものがこんなにも美しいものかと知った。大学ではレポートが多かったが何とかみんなの助けもあって乗り切った。いろいろな人に出会った。そして、いろいろなことを話した、今まで考えなかったこともいろいろ考えた。いい写真にもたくさんであった。面白い話もたくさん聞いた。なんか、自分というものは寝たら死んでいて、朝起きると新しい自分になっているかのようにも感じた。そんな話をしみったれた居酒屋に行き、某氏と良く語り合った。たぶん、多くの学生が話していることを僕は話したことがないと思う。多くの人がどんなことを話しているのか知らない。たぶん、私の周りの人は私と話すときは政治や経済の話や人間の意識の問題と普通の人と話さないことを話していたのだと思う。まあ、そんなこんなで夏が来た。この夏は人間というものが何たるかを考えた。それは、夏休みに入る直前の出来事も含め、永遠はないことを知った。し、時は流れ、しかし時は止まることを知った。もちろんインドに行き、人々を見て人間について考えたし、ネパールのがけ崩れでは本当に死にそうになり自ら生きるということも考えた。思い出したがインドという地。1年生の頃から友達が行ったという理由で気になっていた。気になっていたというか大学生の間に絶対行くと決めていた。行かなきゃ分からない。

で、ナンなんだ。何が言いたいのかまったく分からない。多分、それでもイイから今脳にあることをただただ出しておく。書き残しておくことが重要なのだと思う。

まあ、私の生きるベースというものが一番問題で、あと何年いきるか分からないがそれを出来るだけ明確にしたい。明確に一生ならないものなのかもしれないし、常に変化し続けるものなのかもしれない。しかし、多分年を重ねるごとに人間は体の衰えなどを脳が自然に感じ何かにすがりたくなる、しっかりとした、動かないもの、それがいきるベースだと思うのだが、それを欲しくなるのだと思う。今の私がそれを欲しいかといえば分からない。

多分、来年という年、もっと言えば、今の私は、私の人生を右にも左にも後ろにも、前にも、上にも、下にも、斜めにも、違う次元の世界にも導ける。しかし、それで人生が固定されるとは思わない。この私の人生はミガルであることをモットーとしているので、固定はない。しかし、人生が大きな局面に来ているのも確かだ。

絶対に、予想通り行かないのだが、人生設計をしてみるのもいいかもしれない。10年後何をしている、何をしているのではなく、何をしていたいか、20年後、30年後・・・も同様に、もっと短いスパンで、5年後3年後、1年後も何をしたいのか。そしてそれをするためには今何をするべきなのか。多分、究極の目的があって、それがないと難しいのかもしれない。だんだん逆算をするだろうから。

で、私は禅問答のような答えのない話が好きだ。まあ、結果的に答えが出るのも好きだ。そして、日本の教育を変えたいとも思う、さらに、雄大な自然の田舎で暮らしたいし、世界中の雄大な自然の場所に行きたいし、僧侶や料理人やゲージツかというものになるんじゃないかなとも思う。じゃあ、それらが夢なのか?それらを達成するためにいきるのか?何をするのか?たぶん、有名になりたいとか、みんなにすごいと言われたいとか、すごいお金が欲しいとかはない。

結局は何をしても満足しない性格で、新たなものを求める。多分そんな性格、自分の能力の可能性を無限であると思っている性格。だから、頑張ったことは?ときかれてもないという。あえて言えば、ネパールのがけ崩れぐらいだ。なんで頑張ってないかというと、力を入れたことはある。しかし、頑張ったと自分で認めると、それが限界のように感じる。私はガンバリズムがどうのこうので、自分らしい生き方をといいたいわけではない。頑張ったと自分で認めると、それ以上頑張れないのかということになると思う。私の考える頑張ったは一つだけ。過労死だ。死ぬまで頑張ってこそ、頑張ったといえると思う。そう簡単に、やすやすと頑張ったということは出来ない。


今年22のテーマを一つ決めよう。
「日々続けること」
「継続して体系的に学ぶ、行動する。」
「休むことはさび付くことだ」byエジソン

さくら

さくらってきれいだな。

きれいっていうよりも。

心がやさしさでつつまれる。

なんか、そんな感じ。

見渡す限りさくらが咲いているところにいれたらな。
もちろん、そこに人がいなければいいんだけど。

ゆっくりさくらを見ながらねっころがりたい。

さくらさく

April 04, 2005

あの青い空を飛ぶ日まで

それは、小学生のころからのあこがれ。
家族でよくテレビで見ていた。
なんか、大学生がばっかみたいに、魂込めて、マジになってやっていた。
でも、ものすごく楽しそうだった。

そう、人間が生まれてからずっとあこがれ続けている、飛ぶということ。

鳥人間コンテストだ。

去年、インドへ行った。そのとき、ドミトリーで会った彼は東北大学工学部、鳥人間のサークルに入り、パイロットとして2度出場し上位に入っていた。

彼は、大学院に入学が決まり、入学式に出ないで休学届けを出して、初めての海外旅行で、世界一周に飛び出した男だった。

そんな彼と、あの、暑苦しく、寝づらいインドで朝まで語り明かした。今でも、あの状況を思い出すと心が躍る。

東北は試験飛行の場所を借りることもままならない。もちろんスポンサーもつかない。メンバーで積み立てたかねで部品を買い、みんなで朝から晩までつくり、みんなの思いとともにそらへ飛び立つ。

そんな、鳥人間コンテスト、今年の締め切りが3月10日だった。もう今年でることはない。

空が好きです。

パリダカ、鳥人間、ロボコン、男の夢。

彼の世界一周は無事に終わり、今春はれて大学院入学となったのだろうか。

旅人は群れない。

旅人はひと時の身分なんだから。

それは、彼自身しか知らないのだ。

March 23, 2005

旅先三日目

先日、かいた角田光代さんの記事

旅先三日目という作品が究極に良かった。のですが、メモり切れなかった。それで、日曜日からネットにつなぐたびに探していた。すると、見つかりました。さすがネット。

角田さんのオーラと私というテーマの作品です。結局自分にはオーラがないのが当たり前だと思った層です。


以下引用。

旅先三日目

旅に出る。見知らぬ町に着く。
幾度も迷いながら歩き回り、
だいたい三日目に、自分が、まるごと
その町に溶け込んでしまったような
錯覚を抱く。
体が急に軽くなる。
仕事も名前も年齢も
私は、なんにも、持ち得ない
持っていたとしてもここでは
まったくの無用だと気づく
それはちっともさみしいことではなくて、
むしろすがすがしい気分である。

旅から帰ってくると、つい、
何かもっているような気になってしまう。
仕事、家、友、約束、銀行口座、名前、年齢。
実際私たちはそうしたものを背負って
日々よろよろと暮らしていて、
ひとつでも失うとなんとはなしに不安になる。
けれど実際のところ、本当には、
私はなんにも持っていないんじゃないか。
持っている気になっているものはすべては、
思いこみとか、一時的に預かっている
何かなんじゃないか。
そのことを忘れそうになると、
私はいつもあわてて旅に出る。
旅先三日目のあの
空っぽな気分を思い出すために。

角田光代

March 20, 2005

角田光代さん-情熱大陸-

角田光代さん。
直木賞をとった人らしい。
彼女が、今週の情熱大陸。
見る前は、正直つまらないんだろうと勝手に想像していた。

番組を見てパンチ食らった。マジで食らった。
彼女の作品はよんだことがないから、私が好きかどうかは分からない。

だが、番組で話していたことや旅先3日目という、自分とオーラについて書いたエッセイはたまらなく良かった。本当に、マジで、いいよ。旅先3日目とかほんとにいいは。彼女のエッセイでも読んでみよう。


一人で旅に出たり、旅じゃなくても、ふらっと出て行く人。
ツアーとか群れて行くこともあるけど、メインはひとり。
そんな人。なんか好きだ。だいたい、あてはまるな。

「書き続けるために、書かない生活を守る。」って重要ですね。
自分でコントロールできる人はすごいなぁ。

旅では一期一会、二度と会わないから気持ちよく別かれたりする。日常生活でも旅のような印象を持っている。だったら、日々も気持ちよく通り過ぎたほうがいい。

彼女が通っているボクシングジムの輪島さんが「同じことを繰り返す事をやる人間と嫌う人間では、大きな差が出てくる」といっていた。確かにそう思います。肝に銘じておきます。

旅先三日目
大体三日目に、その町に溶け込んでしまった印象をもつ。体が軽くなる。仕事も名前も何も持っていない。無用だと気づく。それは寂しいことではなく、すがすがしいこと。
旅から帰ってくると何か持っているような気がする。名前や、年齢、地位、そうしたものを背負っていて、一つでも失うと不安になる。けれども、それらは自分で思っているだけで、実は何も持っていないんじゃないか。そのことを忘れそうになると旅に出ようとする。

こんなような内容だった。でも、もっと良かった。数段と良かった。どっかのブログに全文ないかなー。

毎日一人、旅人になる。

March 11, 2005

南米というワクワク感

友達が、南米から帰ってきたというメールと写真を送ってくれた。

たまらんで、本当にたまらん。何気ない短いメールなのに伝わってくる。もともと、僕が南米に対してワクワク感を持っているから、そう読み取るのであろうけれど。

いやー、すげー。南米行きたい。

治安も悪くなく、飯もうまく、物価もそこそこ安く、いいらしい。送られてきた写真の青がいいです。空と海の青。そして白い雲。たまらんです。

もう一度行きたいと書いてあった。いや、いい。たまらんです。

やっぱり、一人で貧乏旅行しないと分からない地域と言うものはあるのだ。
まさに、そのひとつが南米であろう。

March 09, 2005

たけし先生の番組

たけしの地球極限SP人類20万年!奇跡の旅

TBS放送でCBC制作の「たけしの地球極限SP人類20万年!奇跡の旅 」をやっていた。

たけし先生はこういう特別番組によくでる。世界の4箇所の極限の地としてやっていた。アフリカ・ナミビア、フィリピン・スールー海、ボリビア・ポトシ、グリーンランドらしい。

愛知万博がらみの特番らしい。

なんと、ボリビアのウユニをやっていた。この前世界不思議発見でもやっていた。今回もマジで興奮。いいね、ボリビアのウユニ。行きたい。

そんでもって、東京農業大学の小泉武夫先生。この人もかなりいい感じの先生です。相当のツワモノ。むかし、情熱大陸で見てからファンでした。

そんでもって、行きたいと思っていけていない、国立科学博物館からたけし大先生が放送していた。

ウユニはダラス、マイアミ、ボリビアラパス経由でつく。日本から40時間かかる。標高なんと3700m ウユニ塩湖。サボテン最高。マジ、いい。知らない星に迷い込んだ気分。

石田ゆり子先生が、ボリビアの最終日の日記でこんなことを書いている。写真もいいので、リンク富んでみてください。以下引用

セスナ。
セスナは怖い。
あの、まるで葉っぱに乗ってるような感じが怖い。
紙ひこうきに乗ってるような感じも怖い。
昔は怖くなかった。10代、20代のころは。
最近になっていろいろ怖くなった。
情けないけれど。

さて。今日は、くだんのセスナに乗ってウユニ塩湖へ。
ボリビアには海が無い。
しかし数万年前、そこは海だったということを証明するもの。それが
塩の結晶がえんえんと・・四国ほどの大きさもある(信じられない!)ウユニ塩湖。
まぶしい。
白い。白すぎる。そこは・・・・・・・・
すごい・・すごすぎる・・・ここはどこ?
まるで「星の王子さま」だ・・。そんな感じなのだ・・
地の果て。そんな感じでもある。

帰りのセスナは揺れた。酔った。参った。
セスナにはもう乗りたくない。
怖くて酸欠のことも忘れた。

しかし。この旅は。なにか、修行のような旅でもあった。
貴重な体験だらけだったけど正直辛かった。
だけど
わかったことはたくさんあった。
人間の強さ。そしてちっぽけさ。
大自然の偉大さ。
酸素のありがたさ・・


一生忘れられない旅だった。

みんなありがとう。いろいろ弱くてごめんなさい・・・。

日本に帰ったら私は、最初に何を思うのだろう。
今は何も考えられない。

引用終了

なんか、いいね。まさに南米、ボリビア、ウユニな感じ。


うみつばめを2年間放置したものを生で皮をむしって食べていた。さすがに、あれはきついな。生臭いとか言っていた。でも、食う機会なんてめったにないから食うかもなぁ。

小泉先生とたけし先生いわく食べると言うことから全てが生まれた。宗教も数学も道具も。

人は生きることが究極の目的

生きがいは?
アフリカ:牛を育てること
グリーンランド:猟をすること
フィリピン:漁をすること
ボリビア:ジャガイモを育てること

生きがいは全て、食うものをえる手段。

まあ、どこまで正確に訳しているかはしらないし、テレビの相当ひん曲げられた報道を考慮に入れたとしても、やはり人間生き抜くということが根底にあるのだろう。人間は動物と違って、発達した生き物で、食べることだけじゃないという。しかしだしかし、食べることの重要性を忘れるなといいたいね。実は今後の世界は食べることが相当重要になってくるんじゃないかな。それは、人口問題と食糧不足を含めてね。

未来社会を考え、語り、作る会みたいなのを作って、世界の現状を把握し、今後どうなっていくかを定期的に話したいね。毎回、切り口を決めてやっていく感じ。人口だったり、政治だったり、科学技術、情報技術(コンテンツ、インフラ)とか、量子論とか、宗教とか、食料とか、気候とか、宇宙とか、エネルギーとか小型薄型とか、ネットワークとか、光とか組織とかね。

March 02, 2005

唐招提寺展に

唐招提寺展に行って来たわけだが。

人が多すぎた。月曜日は休館日なのだが、人がたくさん来るからオープンにしたらしい。それなのに、すごい人。どこで情報聞きつけてきたんだ?

あと、1年ちょっと前に唐招提寺にいったことがある。もちろん鑑真さんを見れると思っていったわけだが普段は見れないらしく、しょぼーんとして帰った記憶がある。まあ、それくらい鑑真さんを見たかったわけである。何でか知らないが、中学か小学校の資料集にのっていた鑑真さんの顔がなんともいえぬ、もう、声が出そうで、口でぐぅと言葉が止まる感じ。だったから、気になっていたわけです。

興福寺の阿修羅さんはきれいだなと思って見に行ったわけです。まあ、その時の説明の文章にインドインドと書いてあったので、インドへ行きたいなという気持ちが確信に変わった気がします。

話がそれたが、人が多すぎた。むさかった。まあ、私もその環境を作り出している一人なのであるが。みんな、何の変哲もないかわらを列に並んで見ていた。もっと正確に言えば、入り口からすべての陳列物を見ていた。説明文もすべて読みながら。まあ、それもいいんですよ。専門家の人ばかりかもしれないし。でも、普通の人って説明よんでも分からないでしょ。(まあ、知りたいという欲求がすごい人かもしれないしね。)別に、全部をくまなく均等に見る必要はないと思うのです。自分の見たいものを見たいようにみればいいと思うのです。それが、すべて均等に見るだったら、問題ないのですが、なんか、何も考えず、周りに流されるように見ている気がする。すべて満遍なく、見ないと損をした感じなのかな?なんでも、満遍なくそつなくやるという精神なのか?これも、教育の弊害ですか?それとも、日本人の性質ですか?もっと、美術館や博物館を好き勝手に見てもいいんじゃないかなと思いました。


P1010016
Originally uploaded by teratown.
唐招提寺

February 28, 2005

やっぱロケットの発射をこの目で見たい

先日も書いたのだが、ロケットの発射を見たい。

H2Aロケット@種子島

なんか、すげーだろうなと思った。純粋に。いやー、見ないとだめだ。見たい。あの音と振動を体で感じたい。自分が作ったわけではないけど、心の中がぐうぉーーってなりそう。

今年中に見に行きたいな。時間が出来たら、いこう。

なんか、想像するだけでワクワクする。すっげーんだろうなぁ。候補は種子島か、アメリカかロシアだな。ロシアは広大な自然の中に簡素な発射台だけあって、近寄れなさそうだし、イマイチ盛り上がれそうにないので、可能性は低い。となると種子島かアメリカ。種子島は回数が少なそう。アメリカはいろいろな場所がありそうだけど、アメリカに行かないといけないからな。まあ、アメリカはチケット安いしいいかなー。


以前、私の好きなビートたけし、北野武(飛行機大嫌い)がテレビ朝日か大阪の系列局の50周年番組かなんかでスペイン(サグラダファミリア)とかフランス?遺伝子関係の研究所やアフリカの大地の裂け目を訪問した番組で、ケネディー宇宙センターかどっかでスペースシャトルの発射を見ている映像が頭によぎった。

ロケットの発射は以下のサイトで予定が見れる。
http://www.jaxa.jp/missions/in_progress/index_j.html

以下引用
ロケットの打ち上げ当日は、種子島宇宙センター全域と、射点を中心として半径3キロ以内は立ち入り禁止となりますが、センターの外で3km以上離れた場所であれば自由に見ることができます。下記のロケット見学場は特によく見えるところで、カウントダウンの拡大音声も聞こえます。
 ロケット打ち上げの日時は、JAXAウェブサイトまたは、サイト内の打ち上げ予定でご確認ください。
 ロケット見学場の詳しい場所は、展望所マップをご覧ください。

・宇宙ヶ丘公園
・前ノ峯グランド

February 24, 2005

秋田・静岡・岡山・愛媛・宮崎

空っぽなところで、ころころ転がってみたいと思った。

って、もう少し一般的な日本語で言うと、人がいない広大な自然へいきたいと思った。

で、話は一気に飛ぶ。面白そうなところないかなと考えていた。それも具体的な県の名前を。あの県いいなとか。

で、ふと思う。これはまったく根拠のないことだ。でも、大都市と地方ブランドを確立した県を除いた、根拠なき上品なイメージ県がある。ぜんぜん知らないのに上品なイメージがある県。

根拠がないので、自分の県が上品なイメージでないからといって怒らいでください。上品なイメージが下だからといって、ただ、僕の中で比較すると、というだけの話ですので。

まずは、東北からここは「秋田」。(宮城は大都市なので除く)
青森<秋田だろう。秋田美人というイメージからか?良く分からない。なにがどうだからという理由は特にないので、今後理由は書かない。 岩手、福島も秋田にはかなわない。

関東は放置。

中部は「岐阜」と言いたいところだが「静岡」であろう。

関西は大都市が多く、ここも放置

中国は「岡山」かな。しかし、岡山はちょいと都市が大きいかな。鳥取と島根を比較すると、島根が上品だ。

四国は「愛媛」かな。ここの県も難しい、高知もけっこうランク高い。香川と徳島は下位を争う。

九州は「宮崎」かな。大分も熊本も鹿児島も佐賀も及ばない。

こんな感じだ、大都市っぽいところと地方でブランド力がありすぎる都市は抜いてある。北海道とか沖縄とかね。

February 05, 2005

なんとなく大学から家まで歩いてみた

タイトルどおり、なんとなく大学から家まで歩いてみた。
遠かった、以上終わりでも、良いのだが、自分のためにメモメモ。

・定期が明日で切れる。→使っておこう。
・土曜日で快晴。→どっかいこう
・時間があった。→どっかいこう。

二郎納めをしたかった。
大学で新聞を読みたかった。

上のような条件から、大学へ行くことにした。それで、二郎へ。
最近また、味が戻ってよくなった気がする。ぜひ、皆さんも行ってみてください。まあ、40ぐらいの夫婦が来ていたのですが、奥さんがラーメンに対してちょいとご立腹みたいだったんですけど、二郎を知った上で来いよボケと言ってやリたかったです。

まあ、それから大学の図書館で日経を2週間分ぐらい読んだ。小学生から読んでいて読み慣れているので、読み飛ばしをしまくり。今月から私の履歴書がドラッカーみたいだ。長生きだな。まだ、講義をしているらしい。あと、そこまでやるか 新エリート主義っていう夕刊の連載特集みたいなのが面白かった。

大学で、中等部の入試がやっていたのだが、子供が入試の間親がキャンパス内で待っていた。だから、おばちゃんおじちゃんばかり。はっきり言って、いかがなものかと。子供もかわいそうだし、親も子離れできていない。過保護すぎる。こんなんじゃ、日本人は本当の意味で強くならない。

心も頭も体も強くなければ、意味がない。かわいい子には旅をさせよといったものだ。

で、家に帰るか上野博物館へ行くか、古本屋へ行こうと思って駅へ。でも、なんとなく、家まで歩いてみようと思う。もちろん地図も何もないわけだ。北へ行けば着くだろうと思って歩き始めました。

とりあえず、田町駅前から歩き始める。いつも見ている、NEC本社。さあて、何時間歩けば家に着くのだろう。はたして、つけるのかと思いながら歩く。天気も良いし気持ちがいい。
02:34 PM

線路沿いを歩こうと思った。が、線路から離れたり、また線路に近づいたりの繰り返し。
地図とかないので、そうなります。第一京浜らしい。
02:42 PM

大門駅は浜松町とニヤリーイコールです。
田町の隣駅。
02:51 PM

ロープひとつでガラス掃除。
水が下に落ちてきた。今日はガラス掃除をいくつものビルで見た。
こういう仕事は土曜日に多いんだなー。そりゃそうだけど、初めて実感した。
02:53 PM

新橋(若い人が汐留というところ)の新しいいるです。
松下、電通、共同通信などなど
03:02 PM

ポルシェのお店。汐留シオサイトにあった。
03:07 PM

下水管ですか?大量に道路においてあった。
気になったパシャリ
03:08 PM


歌舞伎座らしい。聞いたことはあったが、はじめてみた。
東銀座駅からすぐなので、一度着てみるのも面白そう。
03:17 PM


フェデックスとキンコーズがあわさった店。
日本橋だったかな。うーん、いかにもな会社がコラボしてますね。
03:45 PM

日本橋にあった、五街道の起点かなんか。へーー。
歩かないと見つからないものだな。
03:47 PM

おお、神田まで来た。
けっこう、遠かった
03:59 PM

上野。いつもくる上野。
土曜日はにぎやかでした。
あと、秋葉原もすごい人だった。
04:23 PM

はい、千円でぇいいよ〜。千円。
the AMEYOKO。
04:28 PM

国立博物館で唐招提寺展がやっています。
早く行こう。でも、すごい人だろうな〜
04:39 PM

千駄木です。昔は(旧)駒込坂下町といったらしい。
家まですぐそこ。
だが、ブックオフとスパーに寄り道。
で、家に帰り着きました。
05:19 PM

January 24, 2005

旅の話が出てくるということは

旅に行く人がいる。
一人で旅に行く人がいる。
目的もなく行く人がいる。

そんな人もいつか帰ってくる。
旅人は一瞬の身分である。

日常の会話、日記に旅の話が出てくると言うことは、現状に物足りなさを感じていたり、切羽詰って現実逃避したいときなんでしょう。

そう思います。
純粋に、旅は楽しいです。

January 17, 2005

ペールとエクアドル

ああ、友達からメールが来た。

今月末からペルーとエクアドルに行くんだって。いいなー。

ガラパゴス上陸の予定らしい。

やっぱ、いい線ついてくるね。僕と嗜好が似ているのだろうか。

まあ、気をつけて行ってきてもらいたい。僕が行くときは情報を聞くのでよろしくね。

楽しそうだなー。

January 12, 2005

モンゴルたまらんだろう!

パリダカ、いやー、毎年これに関して書いている気がする。

何度見てもいいねー。かっこいい。あの、無謀さがたまらない。本当に死ぬ気で勝負しているのにあこがれます。

前、パリダカに金をためて出た人にお話を聞いたんだけど、本当に楽しそうだった。本当に大変そうだった。砂埃、テント生活、などなど。でも、楽しいんだろうな。あの無謀な馬鹿さが男のロマンなんだろう。

優勝を重ねてきた日本勢も今年は苦労しているようである。一度、パリダカに出てみたいな。相当な体力と気力が要りそうだし、金も必要だろう。

で、パリダカの写真を探していたら、モンゴルの写真が偶然ヒット

http://www.sser.org/wallpaper/wallpaper_index.htm

このサイト、いいね。最高。モンゴルの写真最高。

前々からモンゴルは注目していた(過去のエントリー参考)わけですが、今回改めてモンゴルのすばらしさを知った。

ああ、やっぱモンゴルで寝転がりたい。
ただ、それだけでいいや。ボリビアも捨てがたいが、モンゴルは近いので何とかなりそうである。

こんなレースもあるそうだ。北京からウランバートル

December 31, 2004

足の向くまま、気の向くまま、六波羅蜜寺

そうだ、京都へ行ってきた。

塩原温泉に行き一泊して、東京へ戻りモノポリーをして、家へ。そして荷物をまとめて岐阜へ。しかし、18切符も指定席も持っていない。小田原攻めでもいいかと思っていたが、指定席が取れたのだ。やはりキャンセルが出た。そして、ムーンライト91号に乗るために品川へ。品川の緑の窓口で18切符を買えばいいと思っていた。東京駅の緑の窓口が23時30分までやっているので、品川もその時間までやっていると思ったら、違った。23時10分ぐらいに東京駅へ東海道線で戻る。そして18きっぷを買い、また品川へ戻るという時間ぎりぎりな行動。そして、ムーンライトで岐阜へ。朝5時過ぎの岐阜は寒かった。指すような寒さというやつだろう。

そして、家に戻ってしばし休み、電車でどこかへいこうと思う。駅について一番早く出発する電車に乗ってどこへ行くか決めることにした。相変わらずな行動である。駅に着くと、大垣行きが一番早く来たのでそれに乗った。大垣で降りると、米原行きが一番最初に出発だった。ああ、京都だ。京都へ行こう。ということでターゲットは京都に。

そんなこんなで京都に着く。ああ、もう15時だ。どうしよっかな。ということで、インフォへ行く。そしていろいろ物色。あんまり行きたいところが見つからなかった。が、安っぽくパソコンで作った一枚の張り紙に目が留まった。(デザインがかっこいいことも重要だが、デザインが悪くてもひきつけるものはひきつけるのだな。何か伝わってくるのだ。それは何がそうさせるのかはわからないが)六波羅蜜寺という寺で「空也踊躍念仏」がやっている。12月13日から30日までらしい。そう、今日は30日だし見に行ってみようと思う。バスで15分か20分。ついた。

空也踊躍念仏 - くうやゆやくねんぶつ
天暦5年(951)、疫病救済のため空也上人が始めた踊り念仏で「かくれ念仏」ともいわれ、夕方薄暗くなった頃から行なわれる。 一年間、私たちが人として世に生かされている中で知らず知らずに犯した罪業の消滅と、新しい年がよき年であることを祈る念仏である。

空也踊躍念仏は一年の罪を消滅と新年が良い年であるように祈るというなんともぴったりな念仏だ。さらに、宝物館では小学校の教科書に載っていた「空也上人立像」「平清盛坐像」があった。これらも良かったのだが、その横にあった、運慶・湛慶坐像の表情も良かった。

念仏は過去に弾圧を受けて格子扉を二重にして外から見えないようにして、さらに南無阿弥陀仏もわからないように言い換えて、さらに念仏はいつとまっても良いように作りかえられたらしい。そして、ずーっと続いてきたみたいだ。宗教ってどんなものでも排除されるのかなと思ってみた。時間がたつにつれて受け入れられていく。念仏を見て、お焼香をして厄払いのお守りをいただいて帰る。

すぐ帰っても良かったが近くに清水寺があったので行ってみる。てくてく歩いて清水へ。おお、小学校6年生の修学旅行以来だから、10年ぶりぐらい。駐車場を見た瞬間に思い出した。この駐車場だ!と。記憶が復活した。この駐車場を見なければ決して復活しなかった過去の記憶。駐車場を見て10年前のことを少し思い出して、おみやげ物やを通り抜ける。すると、この土産物屋が新しい。ナウでヤングでポップなかんじですよ。レンタルサーバー、ペーパーボーイな感じですよ。いや、本当に店が最近の若者がすきそうなつくりになっていた。実際着ていた人も若い人が多かった。へー、そうなんだ。と納得して、清水寺へ。清水の舞台だ。飛び降りよう。と思ったがネタになって死ぬだけだ(笑)

10年ぶりのとこを訪れるのもいいものだ。記憶がよみがえる。清水の駐車場を見なかったら、小学生のときに見た駐車場の記憶は決してよみがえらなかったと思う。自分の脳の中には小学校のときに見た清水の駐車場のデータが何かしらあるわけだが、自分の意思ではそれを引き出せない。しかし、清水の駐車場を見ることによってその記憶は復活する。なんで自分の中にあるのに自分の意思で復活させれないのか不思議だ。画像は画像として記憶していて、引っ張り出してくるから、実際の清水の駐車場を見ないと過去の記憶は引っ張り出されないのかな。ということは、もし、僕が何らかの理由で清水の駐車場をイメージしていたら、復活していたのかもな。

そう考えていると、寝ているとは何なのかがいきなり気になった。寝ているとは、自分の意識(意思)で多くのことをコントロールできないことなのかな。寝ているときとおきているときの脳の差は何なのだろう。どこの部分の機能がストップしているのか、逆にどこかの部分が機能しすぎて意識が吹っ飛ぶのか。寝ているとは何なのだろうか。起きながらにして寝た状態の脳を感じることはできないのだろうか?寝ているとはどんなことなんだろう。気になる。

ああ、清水から京都駅まで歩いて帰りました。


December 21, 2004

旅にでたら、そこには空っぽだった

ああ、もうすぐ冬休み。空っぽな旅に出ようかな
どッかに行ってこようと思う。
久しぶりに18切符でぶらっとしてこようと思う。

冬の東北なぞに行ってみるのもいい。白神山地とか、田沢湖とか。でも人が多そうなので、特に行き場所を決めずに行くのもいいかな。田んぼの田舎道をぶらぶら歩いてみたい。

18切符のフレーズでいいものをピックアップ。


「通過しない。立ち止まって記憶する。そんな旅です。」
2000年春
 
「『早く着くこと』よりも、大切にしたいことのある人に。」
2000年夏

「たまには道草ばっかりしてみる。」
2001年春

「なんでだろう、涙が出た。」
2001年冬

「自分の部屋で、人生なんて考えられるか?」
2002年夏

「この旅が いまの僕である」
2003年春

December 07, 2004

ふたご座流星群と星の思い出

2004年ふたござ流星群を眺めようキャンペーンをやっているらしい。13日の深夜に見れるらしいです。僕も見てみよう。理想的には光が多くないところへ行ってみたいな。

そういえば、今年はまともな星を見ていない。富士山で見たが、驚くような星の数ではなかった。多分、満月に近かったからかも。インド行きの飛行機からも見えなかったし。

そんなことを考えていると、星にまつわる思い出が頭を掠めました。

星といえば、小学校5年ぐらいにフェリーで九州に行った時が一番最初の星との出会いだ。それまでも、星を見たことはあった。そりゃそうだ。でも、この時、本当の星を少し知った気がする。

その時は九州へフェリーで大阪から行ったのです。大阪を夜の7時とかに出た気がする。そして、瀬戸内海をフェリーで進んでいったのです。夕食も食べ終わり、フェリーの甲板にでて空を見上げると、そこは星が一面に広がっていた。首をグルットまわしても遮るものはなにもない。ただ、星があるだけ。あの時の驚きは忘れられない。世の中にこんなにも星があるのだと知った。まさにそう実感したのだ。

小学校で配られた星座版。これ、皆さん覚えていますか?時間と場所、季節などをぐるぐる回しながら調整すると、その時見える星が表示されるものです。学校でもらってぐるぐる回しながら、家で夜空を見ながら試した。でも、そんなにも星なんてなかった。星なんて見えなかった。

そんな矢先に、瀬戸内海のど真ん中から、夜空を見上げると星しか見えない。世の中にはこんなにも星があるのだと。少年の日の強烈な思い出です。その時、親と一緒に旅行していたら、また感じ方が違ったかもしれないけど、子どもだけだったから余計何か深い思い出なのかもしれない。かわいい子には旅をさせよ。ってことかな。


あと、記憶に残っているのは「流星群」を家から見たことかな。たまに何十年に一度の流星群というニュースがある。まさに、その時見たものだ。いつだったかは忘れたが、ちょっと寒かった記憶がある。

夜、風呂から出て寝る前にベランダに出てみた記憶がある。流れ星を見た。まさに、この時が初めての流れ星だったと思う。流れ星自体は一瞬で流れ去ってしまったのだった。この時の記憶は流れ星というよりも、家族で見たなぁという記憶が残っています。寒い時期だったのに、今となっては暖かい記憶の一つ。


上のと似ているけど、自分の部屋からボーっと見た星空。僕の部屋は大きな窓がある。ベッドでねっころがるとちょうど空が見えるのだ。カーテンを開けて寝ていた僕はよく星空を見ていた。たまに、窓を開けて見ていたこともあった。なんか、将来のことを他人事のように、どうなるのだろうと考えた記憶がある。不安と共に夢を見ていた。時は流れているのだなぁとか感じていた。あの岐阜の空はなんか気持ちよかった。

そういえば、日吉のころはたまに夜空を見ていた。しかし、今の家は星を見るには適していない。これは、大きな問題だなぁと思う。次の家の時は空が見やすいかも大きなポイントだな。どうせ、仕事が忙しかったら夜しか家にいない。となると夜空を見るというのは安らぎの時間だから。


あと、忘れられないのは飛行機から見た星。飛行機から見た星空は綺麗だ。本当に星しかない。あれを見たときも驚いた。

普通に窓から見ても大して見れないが、機内の電気が消えてから、毛布とかクッションで機内の光をさえぎり、窓から空を見る。はたから見たら怪しい。毛布を頭からかぶって窓にしがみついて外を見ている。でも、これがすごく綺麗に星が見えるのです。たまらんのです。スペインへ行った時はこうして何時間も見ていた気がする。何も考えず、というか脳が止まった感じ、空の闇に脳が覆われて、ただただ見入っていた。

そして思うのが、コックピットから星を見たい。180度パノラマで星が見えるのを想像するだけでワクワクする。でも、9・11以降コックピットには入れない。じゃあ自家用ジェットをみんなで借りればコックピットには入れるのでは?と思うのです。みんなで割り勘して、コックピットから夜空を見る。多分綺麗だろうな。これって実際可能なのだろうか?そして可能ならいくらで出来るのだろう?


コレを書いていて思ったのが、僕の人生の転機になった場所を大学卒業する前に再度訪れようと思う。行けそうで思い出に残っているところを2,3ピックアップして。理想的には、季節とか、昔一緒に行った人だとかもできるだけリアルに再現したい。そして、昔の自分、今の自分、将来の自分を見てみたい。

BGM ハナミズキ 一青窈 これけっこういいです。

December 05, 2004

やっぱ、ウユニだろう

今年の7月にも書いたけど、ウユニですよ。ウユニ。

ボリビアのウユニ塩湖ってとこなんだけど、ここがすごすぎるんです。
もうたまらんのです。

他にも、ものすっごいところがあるだろうけど、とりあえずボリビアのウユニへ行きたいですな。

昨日世界不思議発見でやっていて、あらためて思いました。

ボリビアのついでに、マチュピチュもいけるしなー。

November 25, 2004

私は今ケニアにいます。

前のエントリーの続き。

僕の分身はケニアに行ったらしい。

お前、とうとう頭いかれたかと思われるので説明。


あなたの分身が、世界中を旅行して、旅行先からあなたにメッセージを送ってくる仮想旅行システムです。ユーザ登録を行うと、あなたの分身を旅行に出発させる事が出来ます。

分身は自分の意思で世界中を旅行します。そのため、旅に出しても、どこへ旅行するかは、分身が自分で決めます。ユーザーが決めることは出来ません。

分身は旅行先で体験した事や旅先で撮した写真をあなたにメールで送ります。

とまあ、こんな感じのものをやっていて、メールがくるのです。

アフリカのケニアのナイロビに到着しました。 

 アフリカ、ケニア、サバンナ....広大な大自然が私を呼んでい
ます!!が、まずは準備が肝心です。

 今日はこれから書いてもらった処方せんを使ってマラリアの予
防薬を買ってきます。とにかくケニアでは蚊に注意!!既に体に
は虫除けスプレーを塗布済みです。もちろん夜のために蚊取り線
香ももってきています。

 今日は薬を手に入れたらまっすぐ宿に行ってこれからの予定を
吟味したいと思います。

あ〜、蚊、蚊、蚊にくわれた〜。カヤもつって蚊取り線香も3つも たいたのに〜、どうしてどうして〜。予防薬だってすぐに効かない のに〜、どどどどどど〜ぢよ〜。

 ま、まてよ、この食われた後は血を吸われた跡が二つ、それも食
われたあとが列を作っている.........って事は、あんぎゃー、
南京虫じゃ〜!!!!!!!!!!!!!殺虫剤殺虫剤!!!
あ〜南京虫に食われた〜、か、かゆいよ〜。

 はぁ〜、しょうがないっすね。もう虫は無視して寝ます(^_^;)、でも、
かゆくて寝られないかも!。

ジャンボ!!健さん。ジャンボっていうのはスワヒリ語 での挨拶の言葉です。

 結局昨夜はかゆくてろくすっぽ眠れませんでした。まだ強烈にか
ゆいです(南京虫にさされると、1ケ月位かゆみが止まらないそうで
す...どーしよ〜(ToT))。

 何ともはや、アフリカの大地に強力な洗礼をうけたような気がしま
す、まあ正確にはアフリカの虫にですね(^_^;)。おっと、そうそう、昨
夜いろいろと情報を仕入れた結果、最初のサファリはサンブル国立
保護区に行く事にしました。ところで健さんはサファリの
意味をしってますか?サファリとはスワヒリ語で「旅」の意味だそうで
す。う〜ん勉強になるな〜この旅は(^○^)。

写真ナイロビ市内で見た野生動物です(鳥)。いくらケニアとは いえ、街中では鳥位しか野生動物はいません。でもこの鳥、スズ メによく似ているのが気にかかります。

 何で鳥の写真を撮っているかというと、サンブル行きのバスが出
発しないためです。もう出発の予定時間から1時間22分が経過し
ていますが、一向に動きだす気配がありません。う〜どーなってる
んでしょうか(T_T)。

 お、ようやく出発するようです。それじゃ、次のメールは明日出し
ます。


とまあ、こんな感じです。ケッコウリアルっぽい内容です。&スワヒリ語の勉強になったり、息抜きになったりします。

実はケニア旅行の宣伝だったりして。(笑)でも、この分身が旅行終わってケニアのツアー勧誘メールが来ても行く人少ないだろうな。それよりも、なんか、なんというか、イメージアップとかにこのメール手法は使えるんじゃないかな?短期的な売り上げではなくて、長期的なイメージアップや認知度アップに。

November 24, 2004

メールが届くのが楽しみ

といってもPCによって自動生成されるメールだ。
出会い系とかそういう類の迷惑メールと基本的に同じ手法で作られていると思う。

でも、そんなメールが速く来ないかと楽しみにしている自分がいる。

もちろん、スパムとかウイルスが付いているメール、出会い系などのウザイメールではありません。
どんな内容かというと、自分の分身が世界中を飛び回って旅行記をメールで送ってくるというサービスだ。その旅行記メール。数日前、僕の分身を出発させた。といっても、メアドを登録して「出発」ってところをクリックしただけ。

すると、


ごきげん最高で〜す。旅行先も決まりました。さ
っそく出発といきたいところですが、旅行前に英語で書かれた薬
の処方せんが必要なんですよ。今回の旅行先は国内では購入
できない薬が必要な所なんです。その薬がないと命の危険もあ
るかもしれないのでちょっと時間はかかるけど、きっちり用意して
から出発します。

 それじゃ、用意が出来たらまたメールします。

こんなメールが来た。面白そう。

で、また数日たったら

処方せんも書いてもらってきました。これで準備OK!!チケットの
手配も完了したし、あとは荷物のチェックを残すのみです。そうそう、あ
れもっていかなくては、ぐるぐる渦巻いた緑色の物体を!!。よし、準
備完了、それではいってきま〜っす。

 行き先ですか、それは行き先は着いたときに知らせます(^_^)。それま
で待っててね〜と言おうと思ったのですが、ばらしちゃいます。行き先
はアフリカ大陸!!


テンプレートがあって、それにあわせて送っているんだけど、面白いねこれ。それも、行く場所がアフリカですよ。それが僕をさらにワクワクさせる。

自動生成メールでもこんなにも僕にとっての価値が違う。不思議なもんだ。ものは使いようですな。そう、今は全く意味がないような技術でもちょっと頭をつかって使い方を変えてやればスゴイ良いサービスとかができるのかもね。

November 11, 2004

マチュピチュに行けなくなる!?

なんか、マチュピチュにいけなくなるという噂を聞きました。

遺跡を保護するとい言う観点から非観光地化するという話みたいです。いつごろ行けなくなるのかとか、そもそもこの情報自体信じていいものなのかはわかりませんけど。

November 01, 2004

イェイツとアイルランド

サリーガーデンズという曲を聴いた。かなり良くて繰り返し聞き続けている。繰り返し聞いても色あせない、心地よい曲です。

で、調べるとイェイツという人の詩らしい。この人はノーベル賞もとった人みたいで有名人っぽい。初めて知った。でも、とりあえずこの人の背景を知る前に、詩などを堪能したい。その後イェイツについて知ろうと思う。文脈を越えた美しさを味わうためにはこの順番がいい。

で、ついでにアイルランド民謡にイェイツの詩がのるとまた美しい。たまんないですよ。アイルランドでこの詩や曲を聴きながら旅したいと思い、調べると、いい国じゃないですか。

http://www.tourismireland.jp/index.htmlスライドショーなんかもうたまんないですよ。

http://www.tourismireland.jp/images/slideshow/27.jpg
http://www.tourismireland.jp/images/slideshow/02.jpg
http://www.tourismireland.jp/images/slideshow/06.jpg
http://www.tourismireland.jp/images/slideshow/13.jpg
http://www.tourismireland.jp/images/slideshow/14.jpg
http://www.tourismireland.jp/images/slideshow/15.jpg

中国、アメリカ・ボリビア・ペルー、フランス・アイルランドですかな。

October 06, 2004

旅とは何か

このエントリーも下書き状態です。

「旅」とは何か?

夏休み、日本、世界、を旅してきた学生が日本に帰ってきた。
(逆に旅立って、帰ってきてない奴もいるが。)
そして、直接話を聞いたり、メールやブログで旅の話を聞いたりした。
とても面白い話が聞けた。そんな話を聞くとまた旅に行きたくなる。
旅先で会った旅人と「旅」について話をすることも多い。

そして、いろいろ思うことがある。

旅といって、僕が思い出すこと。

・「旅」と「旅行」の違い
・旅人は一瞬の身分
・2ヶ月以上旅をすると日本での生活に戻れなくなる
・All travelling becomes dull in exact proportion to its rapidity.
 あらゆる旅はその速さに正比例してつまらなくなる。
 (John Ruskin)
・得体の知れないものに大金を払う変わったこと
・なぜ旅に出るのか

かわいい子には旅をさせよ。
旅の恥は掻き捨て
旅は道連れ世は情け

こんなことを思い出すだろうかなぁ。
とりあえず、列挙してみました。

いろいろ書きたいことがあるのだが、まず先にことわっておく。
旅をすること、旅をすることがすばらしいとも思わない。
旅に行きたいと思ったら行けばいいだけで、行ったと数を競うものではないのだから。
(相手に伝えるときは、特に時間がないときは、伝えにくいので数を伝えるという罠に陥ることがあるのだが)

一人で発展途上国などに行くと次のような能力が自然と身に付くだろう。
直感による意思決定、度胸・覚悟、固定観念がつぶされる、人を見抜く力が磨かれる、タイムマネジメント、自分のことはすべて自分で決める能力、最終的になんとかする。
野性的になんとか生き残る能力と一言で言えるかもしれない。

それは、おいといて、さっき列挙したことについて思ったことをつらつらと。

「旅」と「旅行」の違い。
よく分からない。旅は過程を楽しむものだと定義をしている人もいるだろう。ツアーのことを旅行と定義して、個人を旅とする人もいるだろう。旅は出来るだけ安くいくと定義する人も、旅も旅行も一緒とする人も。これといった定義はないように思う。

次の旅と旅行はそれぞれの感覚に任せる。
旅を好む人は旅行を嫌う傾向にあると思う。一人で旅している人で、ツアーが嫌いという人も多いようにかんじる。ツアーに参加している人の態度のでかさ、あつかましさ、郷に入っても郷に従わない態度、個人では絶対にいけない値段で高級ホテルに泊まる、こんなところからだろう。僕もツアーはあまり好きではない。でも、まあ使い方次第だろう。

旅人は一瞬の身分。これはトルコに行ったときに思ったこと。旅をしているときは、総理大臣であろうが、学生であろうが、サラリーマンであろうが、誰であろうが老若男女とわず旅人だ。旅人とは不思議な身分である。日本に帰ったら無職でぷー太郎でも旅をしていれば旅人で許される。それに旅人といえば、全く知らない人同士でも仲良くなれるし、外人の人も良くしてくれる。旅人は自分のしがらみ(外国にいたならば日本での地位、役職、すべての自分を制約する環境)から離れることが出来る。というよりも、周りの人がその細かい状況を知らないからきらくなのである。こんなおいしい身分だが、一生旅人でいることは出来ない。一生旅をしている人を除いては。

・2ヶ月以上旅をすると日本での生活に戻れなくなる
これは旅人という気楽な身分から来ているのかもしれない。スペインであった人が行っていた。彼は医学部の7年生だった。しみじみといっていたのが印象的だった。日本との生活とあまりにも違うからだろう。その違いも小さな違いではなく、人間の生き方、生きる意味とでもいおうか、その人生観から違うからそれが染み付くと、日本での生活にも大きな影響を与えるのだ。

・All travelling becomes dull in exact proportion to its rapidity.
旅は移動手段も楽しみの一つだ。アクシデントも多いのだが、どうやっていこうか考えたり、乗り過ごしたり、全く予想外の所についてしまったり。移動中に眺める景色もいいもんだ。思い入れのある場所にいけば感動することもある。予想していなかったときに、想像もしていないような美しいものを見たら感動する。しかし名所などといっても、見るのはすごい短い時間だ。ツアーなら30分もないだろう。個人で行っても、同じものを何時間も見ていることは少ない。となると旅のほとんどは移動である。やっぱり、移動をいかに楽しむかこれは大きな要素だろう。僕は食べることも好きなので、そこの土地のものをいろいろ食べるのも大好きだ。

・旅は何が起こるかわからない。そんなものに人は大金を使う。普通、人間が金を使うのは何か分かっているときだ。車を買うにしても、家を借りるにしても、電車に乗るにしても、価値が分かっているというか、どんな効用があるかはっきりしている。だから人は金を使う。しかし、旅は未知なる物に金を払う。それもかなりの大金を。なぜだろう。何が起こるかわからないということ、日常と違うことに何かしらの賭けををおこなっているのだろうか。すると、リターンが金じゃない賭け事のようだ。旅=賭けごとなのか。少なくともそのような要素もあるだろう。

何があるか分からないものに金を使う。そんな不思議なものが旅だ。じゃあ、人はなぜ旅をするのか。何かを求めているのか。何も求めていないのか。人それぞれ違うだろう。旅なんて、人にここへ行ったと威張るために行ってもしょうがない。どうしても見たいものがある。旅全体を通して、日本では体験できないことを知りたい。日本の騒がしさ、しがらみから離れたいのかもしれない。

旅とは不思議なものである。

1ヶ月ぐらいの旅から帰ってきた人は、何か不思議な感覚を持つみたいだ。虚無感というか、なにか力が入らないというか、日本の齷齪した生活が違うのではないかと。

August 12, 2004

パスポートの価値

今日午前中にインド大使館に行き、
ビザの申請をしてきた。
九段下にあるインド大使館へ。
5cm×5cmの写真とパスポート。
これが必要だ。
写真は、撮っていなかったので警察官に写真を撮るところを聞いて、
駅の証明写真機で撮影。
2枚500円でした。
それから、大使館へ。

申請書類を書いて、
順番の番号を取る。
なんと30人近く待ち。。。
106番でした。
そのときで80番全後が呼ばれていた。。

それで、時間があるので来ている人の観察。
・学生
・旅行会社の社員(代理申請)
・インド人っぽい人(インドの人っているのかな?別の証明書かも)
・なんか変わった匂いのする社会人

そんな感じでした。
で、自分の番が来て、書類と写真、パスポートを提出。
ちょっとたって、引換券をもらって帰る。


ふと思う。

パスポートってカナリ大切ですよね。

他にも免許証とか保険証など、身分証明するものがたくさんある。
これらの中で重要度ランクは知らないが、
僕の中ではカナリ大切なグループの証明書君たちです。

で、パスポートって一番手元から離れやすいですよね。
特に入国するときや、ビザをもらいに行くとき。

今日は、そのビザをもらうときにパスポートを手放した。
ケッコウ不安です。
あまり、人を信用しない性格だからか、
心配性だからなのかは分かりませんが。

そういえば、トルコからギリシャに電車で行ったときも、
電車に乗っていた警察っぽい人に渡した。
そして、あとから戻された。
これも怪しいよな。
でも、疑って渡さないわけにも行かないし。

モロッコに入国するときも怪しかった。
フェリーでいったんだけど、
フェリーのなかにある机の後ろの壁にパスポート、
って紙に書いてあるのが貼ってあるだけ。
さらに、その警察は私服。
そんで持って、まわりにモロッコじんっぽい人が群がっている。
怪しさ、たっぷり。
で、入国のはんこをもらったわけです。

そう思うと、証明賞の中でパスポートって怪しそうな人にもっとも手渡す
モノなんだな。

気をつけよっと。

それと思ったのが、パスポートを力ずくで盗む人がいるけど、
あれってへんだよな。
怪しい人でも、入国などでそれっぽい人ならば、
パスポートを渡す。
じゃあ、そうやってだませば簡単に盗めるのに。

まあ、人それぞれだし、
そう考えられない人もいるんだろう。

今度、ビザとパスポートを取ってこないと。

August 11, 2004

インド・ネパール

8/26〜9/17までインド・ネパールに行ってきます。
連絡はtakeshiあっとまーくteratown.comへお願いします。
できたら、ネットカフェから更新します。

インド・ネパールでやってきてほしいことがあったら、こちらから送ってください。
送ってくれた人だけに、実行しておもろい写真付きレポート提出します。

下のメールフォームからメール送れますんで、よろしゅう。

お名前

メールアドレス


メッセージ

August 05, 2004

富士山写真一覧

富士山の写真をアップ。

このURLから見てください。
http://teratown.com/fuji/list.html

写真の感想は、コメントにでも書いてください。


フォルダ指定して、勝手に写真のページ作ってくれるソフトがあったら、
アップしようと思い検索。
するとあった。
フリーソフトで「すなねぃる !!」ってソフトです。
なかなかいいです。

このソフトがあったら、これからも写真を撮ったらアップが便利だ。
今さらながら、今まで撮った写真のライブラリーを作ろうかと思ってしまう。

富士山-詳細版-

ということで、富士登山の詳細情報です。

2日の時点で、3,4日富士山は雨。という予報。
それで、3人でメッセで話し合う。
もちろん答えは、とりあえず行ってみる。
もし、雨が降ってきたらあきらめて帰るということになった。
そして、当日(3日)の16時少し前に、西日暮里の駅を出る。
時間がなかったので、とりあえず駅のホームの自販機で水、スポーツドリンク各500mlを購入。

16時20分新宿駅西口のバスターミナルで友達2人と待ち合わせ。
二人はもう来ていた。

この二人は、同じ大学でもっとも仲のよい、二人です。
で、予約して買ってくれていた、チケット2600円を払う。
さらに、昨日、酸素と懐中電灯を買ってきてくれていた。
本当に、ありがとうございます。
二つ(酸素、懐中電灯)で、1800円。
この2つが、今回の登山で最も重要なものになるとは、このとき知る由もなかった。
さらにいえば、ラバーで覆われた懐中電灯。
これが非常に良かった。
なぜかって、岩を登るときに、懐中電灯が岩にぶつかる。
ラバーだと傷が付かないし、落としても壊れない。

で、話は戻ってバスターミナルの横のサンクスでおにぎり3つと、ジュース、チョコレートを購入。それから富士急行バス(新宿〜富士山五合目線)(16:50発)に乗る。

おお、外国人比率多い。
途中、何人かを拾って、ほぼ満席。
lonely planet Japanにも富士登山についてのっていたからなのかも。

それで、19時ちょいすぎぐらいに、富士山5合目到着。

ケッコウ早いな。
ついたころには、真っ暗。
それで、腹も減ったし、おにぎり一つ食べる。
これから、上り始めるので、準備。
懐中電灯を出したり、服を準備したりトイレに行ったりと。
それから、いざ富士登山開始(19時30分)。

しかし、真っ暗。
どっちへ登ればよいのだ?
分からない。
ということで、売店の店員に聞く。
すると、教えてくれた。
おそらくこの道というのは分かったが、人が誰もその道へ行かない。
さらに、真っ暗で看板があるかどうかも定かでない。
警備の人がいたので聞く。
するとあっているらしい。
それで、歩きはじめる。
まずは、6合目を目指す。

すると、帰ってくる人に何人か会った。
やっぱりあっている。
でも、懐中電灯の明りだけで歩いており、どんなところを歩いているかも分からない。
すぐ隣は、崖だったりと、ふざけていると危ないかも。

歩いていると、立ち止まっている2人組みが。
分かれ道みたいだった。
そこに、看板があったので、我々も確認してさらに進む。
すぐに6合目だ。20時ちょい過ぎぐらいに6号目に到着。
予想していたよりも早く、さらに意外と楽だった。
そこで、帰りの登山道で、静岡と山梨に別れる道があると聞く。
表示も大きくないので気をつけるようにと、紙ももらった。

このころから、ほんの少し空気が薄いかなと感じるぐらい。
ほとんど、地上と同じ感覚です。
まだ、このころは歩くと暑かった。
シャツ一枚で問題ないくらい。

さらに登ると、5~6号目と違い岩場なども出てきた。
登山道もぐねぐね。
そんなとき、遠くを見ると、山の頂がほんのり白く幻想的だった。
きれいだな。
なんか柔らかい感じがしました。
さらに、町の明りも見えたり、雲が下に見えたり。

登っていると、月が昇ってくるのを発見。
遠くの山から月が顔を出し始めた。
どんどん、月が昇ってくる、その速度を感じた。
さらに、山という対象物があるので大きく感じる。
オレンジ色のつき。
すごかった。
日の出の前に月の出を見た。(20:45)
なんと、満月に近い。
きれいだった。
3人で、ボーっと見てました。

雨も降る感じはなく、月も見れた。
さらに、このころから、星が見え始める。

21時ぐらいに7合目到着。
非常に順調だ。
カップヌードルが500円で売っていた。500mlのジュースは350円。

ここらで、少し休む。
あまり疲れてはいなかったが、時間調整。
頂上で、長い時間過ごすのは辛い。
なんていったって寒さとかぜが違うから。
7合目あたりには山小屋が多かった。
少し登ると、また山小屋というかんじ。

休みを終え、また少し登る。
7合目のトモエ館で再度休憩。(21:20)
風が吹くので、風にあまり当たらない、壁際などの場所で。
このあたりだったと思うが、トイレに行く。
一回100円。

トモエ館ではジュースが400円になっていた。
どんどん高くなる。

酸素の濃度(薄さ)に慣れてきた。
呼吸の乱れも少なくなった。
こまめに水分を取っていたことも良かった点だろう。
特に、スポーツドリンクはおいしく感じた。
さらに、水やお茶よりも回復が早い感じがした。

山小屋の前は、急な岩や、ロッククライミングのような場所が多かった気がする。
軍手は絶対に必要だ。
さらに、足元を確認するために、懐中電灯も欠かせない。
前日に買ってもらった、懐中電灯大活躍。
というよりも、懐中電灯がなかったら確実に登山不可能です。
まあ、夜中に登るんだから当たり前なんですけど。
今回は月が満月に近く、明るかったので懐中電灯だけでも比較的良かったのかも知れない。
新月のときは懐中電灯だけでは足らないかも。
それくらい、明りがありません。

休んでいると、寒くなってきた。
さっきまでは、そんなにも感じなかったが、
夜もふけてきたし、高度も上がってきた証拠だ。
それで、重ね着をする。
雨という天気予報だったので、シャカパン(通称)防水のズボンや、
カッパ、ウィンドブレーカー、長袖のシャツ、
もちろん着替えのシャツ、靴下などを持ってきていた。

雨というっ天気予報がなかったら、
こんなにもってきていなかった。
頂上に近づくにつれ、この服をもって着てよかったと実感。
最終的には持ってきた服をすべて重ね着した。

休憩と時間調整を終え、再び登山開始。
眼下に見える雲が月の光を帯びて神秘的だ。
トリイ荘の前の岩場がきつかった。
急な坂であった。
トリイ荘でまた少し休憩

すぐ、歩き始める。
このあたりは本当に山荘が多い。
下から見ても、明りで山荘の多さが分かる。

東洋館。
この前あたりから、風が強くなってきた。
風が冷たい。
さらに、きつい岩が多くなってきた。
酸素が薄くなってきた。確実に感じる。
このあたりから、見える星の数が増えていく。
飛行機からみえる星、瀬戸内海のフェリーから見た星、富士山から見る星。
これは今までいた中で、本当にきれいな星たちだ。
今回は飛行機とは違い、360度というか、
上下左右、どこを向いても星。
高い高い富士山だから、さえぎるものが何もない。
当たり前のことなんだが、開放感というか、この世界は俺のもの感があった。

東洋館で休憩。
ここを12時に出てもご来光には1時間も早くつくらしい。
頂上の小屋が開くのは3時という情報も聞く。
まだ、22時ちょいすぎだ。
早すぎる。
しばし休息。
どんどん、風が強くなってきた。
常に吹いている。
服を重ね着する。
あったまろうと、ポタージュスープ400円を飲む。
量が少ない。もっと温かい方が良かったが、
体の中が暖まってきた。

食べ物を買えば、山小屋に入れると思ったら、違った。
1時間100円ぐらい払わないといけないらしい。
うをー。
それで、外で食べる。。。

飲んだ後、少し休んで、
また上り始める。
ちょくちょく休憩を取っている。
山登りには休憩と水分、酸素、防寒着これ重要。
実感しました。
登っていると、天国みたいな景色が見える。
天国なんていったことがない。
テレビや、絵でもイメージはあまり見たことはないと思うが、
私の脳の中にある天国のイメージに似ていた。
暗い空、満月に近い明るい月、降ってきそうな多くの星、
山の峰は青白くひかり、無駄な音が何もしない、
大きくゆったりとした雲、そんな感じです。

23時10分ぐらいに8合目に付いた。
24時ぐらいまで休んだ。
体が暖まってきた。
中に長袖のシャツを着たからだろう。
ここで、また休む。
山荘の壁にへばりついて休む。
風を感じないからだ。
ここで、持っている服を全部きる。
半そでシャツ、長袖シャツ、薄いジャンバー、ウィンドブレーカー、帽子、フード、軍手、チノパン、シャカパン、こんな感じ。
これだけ着ても、暑くはない。
寒いくらいだ。それだけ風が強い。

また、上り始める。
これ以降は山小屋が少なくなるらしい。
このあたりから、人が多くなる。
いわゆる、数珠繋ぎだ。
ツアーの人も多いみたい。
でも、我々は自分のペースで行くために、追い抜く。
その前は人がいないこともあったので、
ペースを保てた。

8.5合目に到着。
8.5合目が最後の山小屋だった。
下を見ると、懐中電灯の明りで、人がたくさん並んで登ってきているのが分かる。
それで、あまり休まず上り始める。

ここからが辛かった。
急激に酸素が薄くなった感じがした。
3200〜3400の間で酸素が激減した感じがした。
正直辛かった。
足の歩幅も短くなった。
このあたりから、少し歩いて休む感じになった。
心臓のペースがカナリ速い。
さらに、脳に酸素が回っていないのが分かった。
友達の話しかけにも、答えなくなる。
そのうち、限界に近くなる。
意識が朦朧としてくるレベルだ。
酸素を持ってきていたので、酸素をこまめに吸う。
少し歩いて休む。
休むときは寝てしまいそうだった。

この状況を見て、
友達が、バックパックを持ってくれた。
ありがたかった。
右手に懐中電灯、左手に酸素ボンベだ。
それで、上り続ける。
なんか惰性で登っているというか、
気力だけというか、
人間の動きにも完成の法則が適応されるのではないかと思うほど。

9合目の表示はなかった、
見あたらなかった。
が8.5からカナリ歩いた記憶がある。
なんとか一歩ずつ歩いていると、
上に建物と明りが見えた。
さらに、平らな場所があった。

とりあえず、あそこまで行こうと思った。
あそこは頂上に違いないと思い込ませ、
最後の力を振り絞った。
そして、たどり着くと、頂上だった。
うれしかった。

あれだけ、グロッキーだったが、意識が戻った。
頂上という文字を見て復活した。
といっても、まだかなりしんどいレベル。
登らなくていいので、酸素をあまり必要としないから、
少しだけ落ち着いたのかもしれない。

一人では絶対無理だった。
友達2人の支えがあって登ってこれた。
感謝、感謝ただそれだけです。
本当にありがとう。

けっこう早くついた。3時10分ぐらい。
人はあまりいない。
ご来光を見るために、ベンチがいくつかあった。
最前列に誰もいないベンチを発見。
はっきりいってベストポジション。
そこを陣取った。
これで、ご来光をベストポジションで見られる。
でも、まだ1時間30分ぐらいある。
ご来光まで、待たなければ。
でも、寒い。
風が強い。
まあ、日本一高い場所で、一日のうちで一番寒い時間帯。
さらに、屋外にいる。風をさえぎるものはない。
寒いのは当たり前だ。
場所をとられないように陣取ったのはイイが、動けない。
すると、すこし寝てしまった。
こんなところで寝ると危ないぞ。
と思うが、何度かうたた寝を。
日本一高い屋外の場所で寝た男でした。

で、4時ぐらいになると、だんだん空が明らんできた。
日の出の予感。

雲も太陽が出てくる場所にはなく、最高。
こんなきれいな日の出を見れるのは、
富士登山をした人多くいれど、めったにいないはずだ。
さらに、雨も降らない、満月に近い月の出が見られる。
運が良すぎます。
多分、日本人の中でもっとも付いているやつらです。
うれしい限り。
幸せでした。

どんどん、明るくなってくる。
金華山、伊勢神宮でも日の出を見たな。飛行機からも見たな。
明るくなってから時間がケッコウかかるのは知っていた。
でも、今回は日の出だけではなく、雲に移る太陽がきれいだった。
P8040221.JPG

明るくなってきた。
日の出だぁ。
太陽が昇ってきた。
おお、ご来光。
美しい。
すごい、
うぉーーー。
たまらん。
こうかくと、安っぽいが、もっとずしーんとじわっとくる重みがあった。
なにやら、何事もないように、しかし、徐々にじわりじわりと、
ここちよい感動が生まれた。

4時40分ごろから日の出。
太陽ですよ。
さっきみた、月の出とは全く違う。
日の出。
P8040257.JPG

実は、河口湖がすぐ下に見えた。
これまたきれい。
さらに、雲がきれい。
空の青がきれい。
樹海の緑がきれい。
本当にすごい。
富士山。
着てよかった。
頂上は格別です。


思う存分、日の出を見た。
手とか鼻が痛い。
寒すぎるのだ。
それで、うどんを食べた。
頂上でうどん800円。
高い、でもうまい。温まる。

食べ終わると、すぐ下山。
登ってきた方と反対側から降りる。
それが下山ルート。

降り始めると、白くふんわりとしたくもが見える。
幻想的な雰囲気。
なにか、繭にでも包まれたかのような雰囲気がした。
P8040266.JPG

5時20分ぐらいに下山開始。
降りるのは、楽。
カナリのスピードで降りる。
しかし、砂埃が、、、
すごすぎる。
のどと、目がやられる。
さらに、暑くなる。
登るときと全く逆。
時間も昼に近くなり、標高も低くなるため。
で、どんどん、服を脱いでいった。
行きの8合目ぐらいで買っポカリが役立った。
冷たくてうまかった。

青い屋根の小屋がある分かれ道でも迷わなかった。
須走口、山梨方面へと行く。
7時15分ぐらいに6合目を通過。
2時間でここまで来た。
早すぎる。
一気に降りた。
朝はすがすがしい。
雲も山も空気もきれい。
雨も降らなくて良かった。
6合目から5合目までが意外と長くてびっくり。

行きは暗かったし、元気だった。
人間の感覚とはそんなものなのだ。
途中、馬を見た。
馬で、食料などを運んでいるみたいだ。
8時、長かった富士登山も終わり。
疲れた。つかれきった。
まあ、徹夜で登ったんだから当たり前。

問題が。。。
富士山5合目発のバスは11時が始発。
3時間待ちです。

ハンバーガーを買い食べた。
それと、服を脱いで片付けた。
5合目はだいぶ温かかった。
3人とも広場の床みたいなところで寝てしまった。
相当疲れていた。
当たり前だ。

それから、バスに乗り新宿へ。
1時40分ぐらいについた。
もちろん、バスの中でも寝た。
新宿の吉野家に3人で行き、解散。
楽しかった。

富士山最高!

August 04, 2004

死ぬ感じ=意識があるのに意識が薄れる

死ぬ感じ=意識があるのに意識が薄れる

これだと思います。
正直、富士山で死ぬと思いました。
8.5合目から頂上まで記憶がありません。
なんか、酸素が足らず、心臓が早く打ち、
意識が薄れていく。
自分のがいると、脳は認識(脳を使わない感じで、思うもの、感じるもの、湧き出てくるもの)しているんだけど、
その状況下で意識という別物、
何というか、脳をしっかりと使って思考をする意識は遠のいていく。

脳に酸素が明らかに回っていなかった。
ああ、死ぬかもと。
そう思った。
あの真っ暗で寒い、富士山の岩場で寝てしまいそうだった。
寝ていたらまず、死んでいた。
友達が声を掛けてくれてありがたかった。
恐るべし、高山病。

でも、そんな意識がなくても、
少しづつ、酸素を吸い歩いていた。
自分は何も考えていなかった。
酸素が少なく、脳にまで酸素が回っていなかった。
でも、歩いていた。
一歩ずつ登っていった。
人間の行動にも慣性の法則が適応されるのかと思った。
そんな富士登山でした。

July 05, 2004

ウユニだウユニ

久しぶりに、情熱大陸・世界遺産をみて興奮気味です。
さらに、ボリビアのウユニの写真を見て興奮気味。
さらにさらに、ボリビアに住んでいる人をグリーで見つけウェブへ行きBBSに書
き込みをしたら、来年の9月までボリビアにいるらしい。行くしかない。

ウユニってイイですね、見たいな事を書いたら、こんなコメントをいただく、
「結構ハードなので、若いバックパッカー向けでしょう。でもほんっっっとスバ
ラシイです。ただし、時期は気をつけた方がいいかもしれません。乾季から雨期
への変わり目がお薦めかも。是非4泊5日かけて、湖巡りもして下さい。」
マジで行きたいです。

ボリビアのウユニっていうマニアックなところに行くしかないとカナリテンショ
ン高いです。ちなみにウユニはアメリカ経由でチリのサンチアゴまで行き、国内
線でアンティファガスタまでいく。そこからバスでまずカラマまで行き、乗り換えて
サンペドロデアタカマへ。ここからウユニ塩湖経由のボリビア行きのツアーでもっ
てつくらしいです。

ネパールのポカラの写真を見てテンション上がる。マジでヒマラヤきれいです。
カトマンズからポカラまではちっちゃい飛行機で以降かな。もちろん行きか帰りのどっちかだけ。
空から見るヒマラヤはたまんないらしい。

そんでもって、僕が今まで出一番感動した海。
モロッコのタンジェから見える海なんですけど、
それを探していたら、あるある。
http://www.dearmorocco.com/TOWN/tanger/HAFA.htm
このページですよ。
モロッコに住んでいる日本人の方も代絶賛。
たまらん。

さらに書くと、このページイイです。
最高です。
レポートがイイ。

チリ、ボリビア、ペルーここは来年の8月9月で行くしかないですね。
決めました。ああ、モンゴルも行きたいなぁ。
さらに、オーロラですか、イースター島とニューカレドニアですか。
これもいけたら行きたいですね。

でもって、マイルがあまってるから東南アジアに行かないといけない。
来年のGWはサイエンスフェアでフェニックスとシリコンバレーに行くと約束したし、
この9月からハワイに留学する友達と、フランスに留学する友達がいるので両方行くと宣言したし、
卒業旅行として、中国から入って、陸路でチベットまでいって、パキスタンで友達と合流、それでトルコまで一緒に行って、また分かれてヨーロッパを旅すると約束したし。

チベットとイランがすごくいい。
カラコルムハイウェイとかたまらん
http:tabisora.comもたまらん。

でもって、日本も18切符で制覇する予定なんです。
もう、カナリ行っているので達成しないわけには行かない。

となるとですね、家にいたら達成できない。
でも、これ金かかるわー。
よし、今から節約します。
金をマジでためます。
決めました。

なんで、こんな忙しい時期に、こんなことを考えてしまうのだ。
俺ってダメだ。
とかいいながら、全くダメと思っていない俺。

June 15, 2004

悩む

とはいっても、夏にドコに行くかで。

1.インド−ネパール(いつも行きたいと言っている)
2.砂漠の真ん中でムーンライズを見る(場所はどこでもOK)
3.ペルー−ボリビア(次回の世界遺産でボリビアが、ケーナも買ったし)
4.シリコンバレー(大学生のうちに行かねばならない)
5.カンボジア(今年の春に行き損ねた。実はビザのための写真まで取ってあった)
6.メキシコ(去年の夏スペインとメキシコで悩んだ)
7.中国(今、激動の中国を見たい)
8.海のきれいな島(リゾート地以外)
9・モンゴル(草原で一人で空を見上げたい)

なんか、アドバイスください。
ココ行ったけど、良かったとか、
他にもこんなところがあるんじゃないかとか?
ここへは行ってもしょうがないとか。

ヨロシク。

June 10, 2004

高尾山

今日は高尾山に行ってきました。
昨日の23時ぐらいに行くことを決め、
今日の朝5時おきで高尾山へ。

新宿から京王線で揺られること50分
たった370円で高尾山口です。

安くて近くて、非常にいいです。
空気もきれいだし、平日で人は少ないし。

登山靴を今年の春に買い、
三頭山に続いての山です。

この前、山に登ってから
山が好きになりました。
空気はきれいで、
水もきれい、
鳥のさえずりと、
鮮やかな緑、
青い空。

コレたまりません。
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で、高尾山は6号路で登りました。
599mと低い山なのですぐに頂上。
三頭山よりも楽です。

途中は、川のせせらぎをききながらゆっくり登りました。
ホントに疲れたときの山登りはいいです。
これ、やらなかったら人生の損かもしれません。

山には若い人いないんですよね。
平日だからかもしれないけど、
まじでだまされたと思って登ってみてください。
(山のことを何も知らない人間が言うことではないかもしれませんけどね。)

で、木を見ながら、
空を見ながら、
川の流れを見ながら
登っていきました。

ふと、友達との会話で川の源流を見てみたいということになった。
うん、見たい。
行くしかない。
ってことで、今度は川の源流を攻めたいと思います。

で、頂上。10時についてしまいました。
早すぎる。。。
ってことで、隣の山に登ろうと歩き出したが、
座ってたおばちゃんと話し始めてしまう。
ケッコウ話したな、
その人は山登りを独りでいつもしているらしく、
山のことをイロイロ教えてくれた。
やっぱ、山登りでも、一人旅でも、
こうやって、先達さんに聞くことによってノウハウを身につけるんだなと実感。

で、下山しはじめる。
が、12時ぐらいだったので、昼食。
やっぱ、山にはおにぎり。

でも、コンビにおにぎり。
コレがいつも寂しい。
でも、山の上からの眺めを見ながらのおにぎりは
うまい!!!

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で、今度こそ、山を降りました。
降りるのはすぐで、13時ぐらいには下につきました。

その後電車で新宿に。
この、新宿でまた面白いことがあったのです。
かなり、一人で心躍ってました。
大好きな言葉ですよ。
ってか、僕の生きるポリシー
ココロオドル日々を送ること!!!

それについては、また今度。

June 09, 2004

オリンピック

もうそろそろ、オリンピックですかぁ。
もうあれから、4年たったんですね。
早いな。

で、ギリシャでオリンピックが行われる分けですが、
テレビでも報道されているように、
競技施設はできるのか?

オリンピック村とかスタジアムとか開会式の会場とか・・・
果たして完成するのか。

2000年と2003年にギリシャに行ったわけですが、
2回とも工事をしていました。
イメージなんですけど、なんか、工事は進んでいなかった感じ。

2000年の時に完成する予定と言われていたものが、
2003年のときに完成していなかったり。

地下鉄も工事が遅れ続けていたり、
道路を掘り返し続けていたり。

ギリシャの国民性がそんなに急がないんですかねぇ。
何とかなるよって感じ伝わってきます。
特にギリシアの島の人はほのぼの。

個人的にそんなギリシア人が好きですけどね。
暖かい国、のひとはせっかちじゃないみたいなことが言われるけど、
どうなんですかね?
シエスタとかいってマジで昼間寝ますから、
店もほとんどすべてしまってしまうし。

またギリシャでもいこかな。
飯もかなーりうまいしね。
オリンピックでフィーバーしているギリシャは疲れそうなんで、あまり行く気になりませんけど、、、

May 19, 2004

自分の名前の地名

かなり、どうでもいいかもしれないんですけど
自分の名前と同じ地名はなぜか気になるもの。

ライブドアの堀江さんの有名なブログ「社長日記」にも書かれていた。

これを呼んで思い出した。

自分も大学1年のころに自分の苗字と同じ駅に行ったなと。
広島の市電の小さな駅でした。
周りは特に何もない、市電の何の変哲もない駅。
でも、自分の名前と一緒というだけできになる。

なぜ気になるのだろう。
苗字には由来があり、そこの土地にあわせた苗字をつけたという歴史があると聞いたことがある。
ならば苗字と地名が同じということは、自分の祖先が住んでいた土地の雰囲気と似ていたかもしれない。
だから、その先祖が見たような景色を見たいとか、今は変わっているかもしれないけど、同じような土地を踏みしめたいとおもうのかな。

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May 06, 2004

初めての山登り〜三頭山〜

今日は山登りに行ってきました。
初めての山登りです。うーん、前から山は行きたかったけどチャンスがなかった。
今回は1500mの山です。結構高い。

で、昨日の夜にイロイロ調べました。この前のエントリーでもそのことについては触れてます。やっつけすぎました。。。ああ、大学の友達と3人でいきました。

で、暗くなったら危険なので、朝早くから行こうという話しになって、朝4時に起きることに。。。
なのにその日の1時までおきてました。。。登山のクセに睡眠不足。

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で、5時15分西日暮里発の電車で武蔵五日市駅へ。
7時ぐらいに到着。7時43分発のばすでそこから揺られること40分ぐらい。
数馬バス停につきました。なんとバスの中にはおばちゃんばかり。。。
数馬から都民の森という、登山口まで別のバスがGWの昨日まではあったんだけど、今日はない。。。
歩くことに。。。他に歩いている人は全くいない。
そもそも、この山に登る人がいない。バスに乗っていたおばちゃんは別の山に登るらしく途中のバス停で降りていった。数馬バス停に8:45について登山口の都民の森まで歩きます。9:56に登山口に到着!

やっと登山です。ここで休憩。水分補給。コレ重要、飲まないとばてる。今回は1リットル持っていきました。そして、あん団子も食べる。それから、登山カードを書いて、登山開始!
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登り始めたら、雨!?初めての登山、登山口で引き返すことに?と思ったら霧がかなりすごくて、木の葉にしずくがついて滴り落ちていた。すさまじい霧。先が全く見えない。でも雨じゃないのでつきすすむ。

それから、ちょくちょく休みながら10:32鞘口峠に到着。今日は「新緑」ってかんじで気持ちがいい。
かなりきれいな緑色。癒されます。かなり空気もうまいし、新緑はきれいだし(葉が生き生きとしていた)、人はいないし、鳥のさえずりが聞こえるし。なんか宮崎駿のもののけ姫かなんかの山奥みたい、妖精が出てきそうなところです。現実の社会からは想像不可能なところでした。

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で11:24に1400m地点まで到着。ここで昼食です。おにぎりを2つかってあったので食べる。なんか登山って言ったら△おにぎり△なイメージ。これがコンビニのじゃなくて手作りならなお良いのですが。。。でここでも休んでから、また出発。11:56には1500m地点。もうほぼ頂上です。森林浴、マイナスイオン、新緑(この緑は本当にみずみずしい、生き生きとしている、コレを見ないと損です)こんな言葉が似合います。一緒に行った2人は大学で他の友達とは比べ物にならないくらい中のいい友達。二人が言うには、俺の顔色が良くなった、と。岐阜に帰ったからなのか、ココに来たからなのかどっちかだといってました。そうなのかも。やっぱ、人間休養がいりますね。で、12:05には東峰という頂上に到着!!登頂だー。深呼吸をしてから、下山。そこで、おりていったわけですが、トイレに行きたくなる。しかしあるはずもない。選択肢は一つ。誰もいない、誰も見ていない。そうです。あれです。山の中でかなり開放感を感じました(露出狂ではありません(笑)。
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実は登山用の地図を持っていかなかったんです。あほだ、とほほ。
で、道がわからなかったので適当におりました。案の定、道を間違い予定のところとは違うところに出る。鶴峠というところにでました。わからないので、道路を通った車を止めてたずねる「奥多摩駅(目的地)ってどっちですか?」すると教えてくれたので歩き出す。かなり歩いた、ひたすら歩いた。登山靴なんで、山を登るときはかなり役に立ったと実感したけど、道路を歩くには重たすぎる。。。
で、疲れたので、はだしで歩き出すという暴挙に。これが気持ちがいい。開放感がありました!でも、工事しているところがあり、しかたなく靴を履く。でもはだしで歩いて足が軽くなったのか登山靴を履いてもそこまでえらくない(岐阜弁)。で、歩く歩く。歩く。でもつかない。バスがなんていったって、14時の次が18時、話になりません。歩いている途中にもいろいろな人に道を聞いて本数が多いバス停を目指す。が、限界。というよりも、人に聞いたらここから、奥多摩駅までは車で1時間と聞きあきらめました。

さあ、どうする。バスを待つか?!いや、ヒッチハイクしかない。
ということでヒッチハイク開始。すると、2,3台目ですんなり成功。これはラッキー。
ドライブしているオッちゃんがのせてくれました。ありがとうございました。本当に助かりました。

そして、16:26に奥多摩駅着。16:45発の電車で家に帰りました。電車の中はもちろん爆睡でしたとさ、ちゃんちゃん。

ここまで読んでくれた人はいるのかな(笑)、まあいいや。

感想:岐阜の山にも登ってみたいと思いました。ってか登りましょう!!みなさんどうですか?かなり心がきれいになりますよ。

持ち物、必需品
軍手、着替えのシャツ、着替えの靴下、軽い靴(登山靴以外に)、地図、方位磁石、甘いもの(チョコレート)、塩っ辛いもの、水、お茶(1リットル以上)、ウィンドブレーカー、デジカメ、こんなもんかなー
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May 04, 2004

岐阜

岐阜に帰省していましたが、誰にも会いませんでした。
誰にも会わないことははじめから決めていました。
いろいろな事情があってなので、今回はお許しを。。。

で、今回岐阜に帰ってかなり考えさせられました。
「岐阜」というものを考えた。

どこにでもありそうな町、でも「岐阜」は岐阜でしかないんですよね。

October 23, 2003

第3の場としてのバル

秋学期からとっている授業で、ちょっと面白いものがある。

その授業に元ゼミ生の人が来た。
といっても彼は文学部を出て5年間働いて、大学院へ行って今無職の人。

彼は大学院のとき数人で無目的スペースを2ヶ月作ったらしい。
京島と言うところで、空きになった店舗を借りてただ住む。
別に、カフェをやるわけでも、会議室にするわけでもない。

で、彼が言うにはそこは無目的スペースだと。
普通人は学校(会社)=公と自宅=私のスペースしかない。
そこに「共」という第3のスペースがあってもよいという。
誰もが気軽に来て、出て行く。
泊まる人もいれば、ちょっとしゃべるだけの人。鍋を貸してくれる人。
いろいろな人(老人から小学生まで)が気軽に集まる。
何も考えずにフラット気兼ねなく立ち寄れるスペース。

確かに今まで日本にはなかった。
面白いなと思った。
最近、いわゆる「カフェ」(notスタバ)と言うものができてもこれとはまた違う。

で、ふと思った。
スペインには似たようなものがあった。
それが「バル」

私はあそこの空間に行ったとき違和感を覚えた。
なぜなら日本に住んでいてスペインの習慣になれていなかったからだ。
というのも、バルは朝は焼きたてのパンやコーヒーが、昼にはランチが夜には酒とつまみが出される。
さらに、公衆便所的な役割や両替の場、ゲームをする場、サッカーを見る場、などとして利用されている。
驚いたのは、大人が夜来て水を一杯飲んでサッカーを見て、周りの人としゃべって帰るのが普通に行われる。
もちろん、一杯酒を飲んでサッカーを見て帰る人はざら。

特に理由もなく、ふらっと来て、かえるみたいな、感じ。
このような空間は日本にはない。
そして、なんとも面白い空間だ。

今日来た人の言う無目的スペースがスペインで言うバルみたいなものなのかと思った。
第3のスペースを提供していると言う点で。

しかし、ちょっと違う。
なぜなら、無目的スペースでは客が物を持ってきて食べたり、売ったり、客が飲み物を出すこともあるという。さらに基本的には金の行き来がないらしい。

大学院の人が作ったスペースを継続的に維持するのは難しい。
すると「バル」見たいな物になるのか?

October 14, 2003

行きたいところ

行きたいところは常にいくつかある。
まあ、誰でもそうだと思う。

昨日、その候補の中でも特に行きたいところができた。
そこは、今ままで行ったところとは一味違ったところだ。
でも、私を知っている人に言わせれば、私が行きたそうなところだ、と言うだろう。

まあ、そこに次行くかどうか知らないけどね、そんとき次第だから。

あっ、そういえば4万マイルだった。それも使わないと損だなー。

October 10, 2003

あのですね、最近思い出すわけです。
スペインのことを。
何でかというと、いろいろやることがあって正に現実の世界という感じ。
それとは対極にあるのはスペインでの生活。
一人で、携帯も持たず、時間も忘れ、すべての制約から解き放たれている。

両極の生活だから、その生活を欲するのです。
特に、「食」について思い出す。
バルセロナのラ・フォンダで食べたパエリア、チキンサラダ、イカの墨ソテー、ミートボール、そしてサングリア(赤ワインにりんご、オレンジ、桃などのフルーツを切って入れる、ブランデー、グラニュー糖もほんの少し入ってるのかな?)。一緒に食べた二人はすごい人生送ってたなー、世界一周中の同い年の女の子、31歳でバックパックが生活の荷物全部というイギリスを拠点にしている女の人。闘牛を見ながら飲んだワイン、その後のビールとイカのフライ、驚異的にやわらかかった。(現代のアフォな日本のリポーターはやわらかい=うまいの用に使うから許せない。私はその意で使っていない。)刺すように暑い太陽が降り注いでいたグラナダのアルハンブラ宮殿の壁をよじ登ったあとに飲んだアルハンブラと言う地ビール、これはうまかった。苦味が抑えられていたな。その夜はスーパーで買ったお惣菜。白身のソテー、マシュマロに練り物がつめてあるやつ、牛肉のトマト煮、白身と気ピーマンのカルパッチョ、生ハム、バケット(パン)、赤ワイン。これは安くてうまかった。かなり豪華な料理です。これも3人でシェアしたからできたこと。医学部7年生っていってたなー。3週間以上旅をすると現実の世界に戻れなくなるとしきりにいっていた。それをなんか思い出した。思い出した。その後、もう一人と知り合って、バルに行ったなー、1時くらいから行ったのかなー、朝4時まで四人でいろいろ楽しく旅の話をしながらビールを飲んだ。うまかった。そのうちの一人は親父がJALのパイロットって言ってたな、逗子すんでる専修の4年とか言ってた。あっそういえば、グラナダでアラブ街に行きケバブを食った。トルコのケバブとは違ったな。でも、うまかった。何を入れるってall? YES, ALL.いつもそう、飯屋とかでトッピング全部入れるって言われると常に全部入れてしまいます。夜はパエリヤ(今回は黄色かった、前回は茶色かった、スペインでは両方ともメジャーらしい)ジャガイモのサラダはオレンジとかオリーブが入っていたな。ここのビールもうまかった。そういえば、飯のときは毎回、オリーブとチーズ、パンが出てきます。オリーブもがりがり食ってました。あの酸味がいいよね。チーズもあの癖のあるチーズがいい。日本では出会えないチーズ。あのチーズをまた食いたいな。(余談、トルコで初めの日の止まった宿の朝飯<この宿しか朝飯は無かった、ほかはボロ宿すぎたからだ>)のチーズとパンに塗るチーズは最高にうまかった。)夜、アルハンブラを見たな、ライトアbプが半端無くきれいだった、そこで意味のわからない話になった、タイムスリップはできるかとか、武士道の精神についてとか、でも1時をすぎてガクガクブルブルしてきたので帰ったなー。
次の日の昼飯は、トルティーヤ、あれは大してうまくないだろうと思っていたのにうまかった。サンドにしてあったねー。ここでチョリソも食ったな。そういやー、この日モロッコに渡った、変なパンみたいなものを食ったなー、なんかパンの間に挟まれているのがいろいろなものをすりつぶしてある感じで、よくわからないものだった。ヨーロッパの味ではなかった。それと、次の日の昼に怪しい食い物屋に入ったなー。スペインに戻ってから、宿の前で朝市場があってそこで量り売りのりんごを買ってかじりながら、バス停を探したなー。日本のりんごとは違ってモサモサだった。でも、旅人はりんごをかじってる、そんなイメージないですか?これは、アルへシラスを旅立つ朝までの話です。セビーリャのショッピングセンターへは何度も行ったなー。それで、パンとかジュース買ったなー。 ポルトガルのリスボンではリゾットみたいなのを食べた。ポルトガルの庶民料理らしい。あと、鰯の丸揚げとか、イカリング白身フライ、にんじんをすりおろして油につけたようなサラダ。それに、エッグタルトとか言うものの元になったパステイス・デ・ナタという菓子を食べた。シナモンを降りかけてもらって食べた。かなりシナモン利いてたなー。卵の味がしてうまかった。そーいやーマックにも行ったなー、世界のマック調査隊としては基本だけどね。あと、たこのリゾットをポルトガルを去る夜に食べた、あーサーモンも食べたは。一緒に食べた人に分けてもらった。ポルトガルのビールもうまかった 。トレドでは、金がなくなってひもじかったなー、でっかいパンを買ってそれを食ってた。どうしてもひもじくなって、最初の日の朝からピンチのためにと保存しておいたビスケットを食べたら、この世のものとも思えないくらいうまく感じた。それだけ、まともなもの食ってなかったんだな。で、マドリッドでは、最後に究極にうまかった生ハム(ハモンセラーノ)を食べないといけないと思い最後にパンと一緒に食べたなー。マジこれは旨い。塩味と油の感じがたまらん。夜はバルに行った。一緒に言った人がスペインに留学してたことがあるらしくて、バルで注文してくれた。メニューをほとんど解説してくれた。ビールとワイン。ワインって言っても夏のワインとオレンジ(レモン?)とか言う飲み物らしい。その人が頼んでいたので私もお願いした。スペイン語だとかっこいい言葉なんだけど日本語にすると「夏のワインとオレンジ(ティント・デ・ベラーノ)」ちょっとかっこ悪い。でも、すごい旨かった、ワインに少しレモンファンタみたいなのを入れて、オレンジとかレモンが入ってたかな?バルは酒を一杯頼むと小皿につまみ(タパス)が来る。それが旨い旨い。チーズを揚げたもの、大豆とか野菜をワインビネガーとオリーブオイルで合えたものぱパプリカととトマトのオリーブオイル和え、ムール貝などを食べた。スペイン人ぽくヨーロッパのサッカーNO1を決める試合で盛り上がりながら飲んだなー。バルには地域の人が集まって酒を飲んでサッカーをテレビで見て盛り上がる。イイ文化だなー。バルは朝パンとかコーヒーを売り、昼はランチ、夜は酒とつまみとサッカー、公衆便所代わりにもなるし、タバコも売っている、ゲームもあって、両替もしてくれる、温かみのあるコンビにって感じかな。酒がかなり安いし。この日の夜飯はおごってもらった。これ重要、リスボンの最後の夜のチーズ、最強に旨かった、外はハードチーズっぽい、けどサイズが小さくて中は結構やわらかい。これが旨かった、適度な癖があった(ヨーロッパ基準で)あと、しろカビチーズみたいなのも旨かったなー、リスボンで食べたチーズがこのたびで一番旨かったかも知れない。それだけです。以上、印象に残った食でした。