この文章を読んでも、いつも以上に私の言いたいことは分からないでしょう。
なぜなら、私が分かっていないから。
しかし、私は言葉にできないしはっきりしないが、私の頭には思考の外側にそのことがある。
なんとなく自分で分かる。イメージできる。
で、言いたいことは
たとえば、私が24時間後ぐらいにはにベネズエラに行こうとしたら飛行機を乗り継ぎいくことができる。
しかし、実際は私は行かないだろう。ベネズエラにはいないだろう。なぜだろう?
私が意識の中でそう思っていないから。
そう、意思決定しなかったから。
それから、いくための手段を確保していないから。
そりゃそうだ。
しかし、そんなことが言いたいわけではない。
ましてや、機会費用について言いたいわけでもない。
今日は朝まで起きていた(正確には日付変わって昨日)
で、眠い目をこすり大学へ。
二コマの授業で興味深いことを聞いた。
Ghost Marriage
この言葉を聴いたことがありますか?
その授業の教授はアフリカとかの文化の研究をしている人で、アフリカには結構訪れるらしい。
それも、何ヶ月か部族と一緒に生活しているらしい。
この先生からは面白い内容が聞けると思った、が話が下手である。
持っているものは面白いがうまく伝えれていない。
まあ、そんなのどうでもいい。
今日の話題はGhost Marriageです。
この先生がアフリカのどっかの部族には、死体と結婚することがよくあるという。
みなさん、想像できますか?
私はこれを聞いてかなり衝撃を受けた。
まったく自分の脳にない考えというか、死体と結婚ということなんか考えたこともなかったので驚いた。
これは、進行宗教団体が死体を保存しておくのとは違う、共通するものがあるかもしれないが。
なぜ、そのようなGhost Marriageをするのだろう。
これはいろいろ考える材料を与えてくれそうだ。
blogのカレンダーを見れば分かるけど、水曜日は毎週、なにかしら書いている。
偶然か?私の生活パターン的に水曜日は何かを書きたくなるのか?
水曜日はblogを書きたくなる日。
「水曜日はblogの日」としよう
実は、月曜日と火曜日は一回も書いてない。
こう、一ヶ月見てみると意外と法則性があって面白い。
細胞が常に死に生まれると言う。
数年で私の細胞はすべて代わるらしい。
しかし私は私のまま。
さらに、成長している、
情報(知識や知恵)は細胞が変わってもあり続ける。
形のないものなのだ。
トップ画像の解説です。
どれがどこの写真か分からないと言われたので、解説です。
右に国名(国内の場合地名)・左に写真の説明です。
・上段(左から)
トルコ・ブルーモスク、トルコ・ケバブ、スペイン・闘牛、ジブラルタル海峡・夕日、京都・銀閣寺、青森・ねぶた祭り
・下段(左から)
トルコ・パムッカレエクスプレス、ギリシャ・パルテノン神殿、スペイン・市場、ポルトガル・ロカ岬、横浜・QRIO、広島・宮島
・中段
スペイン・サグラダファミリア
・中心のサグラダファミリアの上下にちょっと見える写真
上、スイス・アルプス山脈
下、モロッコ・カスバ
ごっつあんです。
ちゃんこ鍋をやった。
今まではキムチ鍋しかやり続けてこなかった。
まあ、楽だし・旨いしね。
でも、今回は趣向を変えてちゃんこ鍋。
なぜちゃんこかって?決まってるジャン。
って、決まってません。
写真を見て旨そうだったからです。
ちゃんこ鍋レシピ(自分の覚書です。気にしないでください)
とりモモ肉ミンチ 250グラム 250円
鶏ムネ肉 550グラム 200円
たら 二切れ 210円
白菜 半分 70円
ねぎ 3本 150円
くずきり 200グラム 100円
油揚げ 5枚 75円
ちゃんこ鍋の素 200円
大根 1本 100円
えのき 100グラム 88円
白菜は半分の4分の3、大根は1本の3分の2を使用。
つくねはミンチに190グラムぐらい鶏ムネ肉を細かく切り刻んで入れて混ぜ、ねぎ、塩コショウ、しょうゆなどを入れた。
米は3号たいた。
ビール2本。
鍋のスープが足りなくなったので、酒、しょうゆ、みりんなどを足した。
最後に、雑炊を作った
3人でやって、一人500円、安い。
私の感覚がおかしくなった。
こういうと、皆さん「どうした?」と思うかもしれない。
(もともと、おかしいぞと言う人がいるかもしれないけど)
というのも(以下の話は私がよく言っていることです)、ここのページを見に来ている人の多くもそうだが、生活するコミュニティが限られている。
限られていると言うのは、いわゆる「みんな頭のイイ集団」の中にいると思う。
中学まではその地域に住んでいる人が誰でも来ている。
だから、さまざまな人がいる。
しかし、高校は入試がありテストの成績で区別される。
その学校には一定の地域で一定のテストのスコアを取った人しかいない。
大学は地域による区別はないがテストによっている。
高校以降はテストによる制約がある。
もう、そんな組織に属して4年半。
汚れとか、しみとかと一緒で徐々にわれわれの感覚もその組織用に染み付いてくる。
さらに、大学に来ていろいろな組織や、人に出会った。
しかし、この出会いも自らが乗り込んだもなどは偏っている。
自分が一番まともに思えるような組織や人にしか出会っていない。
(まともを、何とするかは重要な問題だが。)
で、最近、いわゆる、一般的といわれる組織に行った。
一般的というのは、テストなどによる制約がなく、あらゆる人がいるところ。
そんなところでは、私がおかしく見えるらしい。
どうおかしいかは、彼らには説明しえもらえなかったが・・・
一般的な考えにもたまには振れて、その考えも理解できるようにしよう。
私は社会の中で生きているのだから。
今日ちょっと気がつきました。
今日も、数人の面白い奴と知り合ったんですけど。
そのときに気がつきました。
ぱっと見て、一瞬見て自分と会わない、こいつ嫌いだなと思った奴のほうが実はじっくり話すときが合う。
ぱっと見て、気が合うと思った奴のほうが実はあわない。
これは、ぱっと見て気が合いそうな奴は八方美人なやつ。
だから実は気が合わないことが多い。
今日そう思いました。
単刀直入に言うと、あなたはなぜこのページを見ている?
私のページや日記をなぜ見る?
あなたにとってここを見るのは時間の無駄ではないか?
あなたにとってそれはどんな意味があるのか?
なぜ見るのか?
何かしらのメリットがあるのか?
どんなときに見ようと思うのか?
どのくらいのペースで見るのか?
何かしていてこのページをふと思うときはあるのか?
このページを見てどんな思い、考えを膨らませるのか?
どうして、多くの人はそう思ったりしたことを書き残したり、伝えようとしないのか。
そもそも、見ているあなたは私にあったことがあり、直接話したことがあるのか?
よく分からん。
もし、このページにBBSもblogもなくてメールアドレスも書かれていない。
そんなページを私が作っていたとする。
普通に考えれば、それでもくるはずだ。
だって、BBS等に何も書き残したりしないから。
でも、BBSやメールアドレスがなかったらこない可能性もあると思う。
その理由はこうだとはいえないし、分からないがなんとなくそう感じる。
ただの人の心を除き見る喜びから見てるだけとかね!?
(ホームにしてあるとかいったら逝ってよし
秋学期からとっている授業で、ちょっと面白いものがある。
その授業に元ゼミ生の人が来た。
といっても彼は文学部を出て5年間働いて、大学院へ行って今無職の人。
彼は大学院のとき数人で無目的スペースを2ヶ月作ったらしい。
京島と言うところで、空きになった店舗を借りてただ住む。
別に、カフェをやるわけでも、会議室にするわけでもない。
で、彼が言うにはそこは無目的スペースだと。
普通人は学校(会社)=公と自宅=私のスペースしかない。
そこに「共」という第3のスペースがあってもよいという。
誰もが気軽に来て、出て行く。
泊まる人もいれば、ちょっとしゃべるだけの人。鍋を貸してくれる人。
いろいろな人(老人から小学生まで)が気軽に集まる。
何も考えずにフラット気兼ねなく立ち寄れるスペース。
確かに今まで日本にはなかった。
面白いなと思った。
最近、いわゆる「カフェ」(notスタバ)と言うものができてもこれとはまた違う。
で、ふと思った。
スペインには似たようなものがあった。
それが「バル」
私はあそこの空間に行ったとき違和感を覚えた。
なぜなら日本に住んでいてスペインの習慣になれていなかったからだ。
というのも、バルは朝は焼きたてのパンやコーヒーが、昼にはランチが夜には酒とつまみが出される。
さらに、公衆便所的な役割や両替の場、ゲームをする場、サッカーを見る場、などとして利用されている。
驚いたのは、大人が夜来て水を一杯飲んでサッカーを見て、周りの人としゃべって帰るのが普通に行われる。
もちろん、一杯酒を飲んでサッカーを見て帰る人はざら。
特に理由もなく、ふらっと来て、かえるみたいな、感じ。
このような空間は日本にはない。
そして、なんとも面白い空間だ。
今日来た人の言う無目的スペースがスペインで言うバルみたいなものなのかと思った。
第3のスペースを提供していると言う点で。
しかし、ちょっと違う。
なぜなら、無目的スペースでは客が物を持ってきて食べたり、売ったり、客が飲み物を出すこともあるという。さらに基本的には金の行き来がないらしい。
大学院の人が作ったスペースを継続的に維持するのは難しい。
すると「バル」見たいな物になるのか?
私は人間らしい。
いわゆる人って香具師。
なんでかって、寒くなるこの時期になるとなぜかあったかい紅茶やコーヒーをなんとなく作ってる。
そして飲んでる。あったかい物を飲んだ瞬間に人間と感じるのではなく、作っているときにふと思う。
今年も作ってる。寒いと自然と意識の外で作っている。
性格には人間と感じるのではなく、人間として動物としての感覚が備わっているんだと。
私と言う生き物は生きていたのだ。
雨かYO。
まじテンション下がる。
本気で。
新しいことがよく起こる。
というか、起こしていると言う表現が正しいか。
自分は自分のCEOなので。
うまくやっていこうと思います。
それにしても、人間って考え方違うな。
まあ、十人十色、当たり前だけど。
私はいろいろな考え方と言うか、いろいろな本能の人(求める欲求の違い)がいることを認めているけど、自分と違う考え方(本能)をおかしいとかいって、自分にうそをついているとか勝手に言ってくる人がいる。
それは、おかしいよ。
君たちと私は別な固体なのだから。
あと、人が何してたとか事細かに聞く奴は逝ってよし。
まじ、私はあんたらに私の行動のすべてを教える必要はない。
私が何をしようと私の勝手。
聞いてくる奴は、自分に自信がなくて、心配なのであるとおもう。
それとか、友達といることがすばらしいことみたいに言ってくる奴。
あいつ週末完全に暇らしいよって、別に良いじゃん、そいつの人生だから、お前がとやかく言うことじゃない。友達といてそれだけで安心感を求める奴は逝ってよし。
自分ひとりでいる時間(自分のための時間)がどれほど大切で、その時間がいかに自分を成長させるか、その時間を楽しむことで本当の意味で自分の人生を楽しむことになる。
私はそう思います。
私は神からの声が聞こえますから。
ゆえに、それに突き動かされるのです。
望もうと望まざるとも。
私は両極を走り続けるだろう。
かなり忙しい仕事に就き、それを楽しみ、がむしゃらに働く。
何回か職は変わるだろう。
そうすごして、ふと気がつく。聞こえる。
料理人か宗教家、ゲージツカ、みたいな
そんな、区別どうでもいいんです。
別にこれらに能力あるなしは知りません。
金なんか儲からなくても、社会一般で言う成功がなくてもかまいません。
それをやっていることに満足するのです。
がむしゃらに働いてたころが、無駄だったとは思わないだろう。
それぞれの楽しみがある。
トラブルが起こる。どうしようもないこともなことも起こる。
そんなの起こってもいいんです。
最終的に達成したい唯一のことさえうまく行けば。
それを、持っている人は強い。
ほかのことがどうなろうと、一つのことの成功に命をかける。
トラブルこそが人を強くする。
原因が自分にあったら挫折でも苦労でもない。
日本人で本当にすごい人がいる。
世界で活躍している人、日本で活躍している人。
有名じゃなくても、輝いて楽しんでいる人。
日本って神業を持ったやつが多いな。
そう神業。
立ちはだかる試練は栄養でしかない
あのですね、「視覚と聴覚について」と「抽象性の中の美しさ」について。
今日はソングオブライフという曲のさまざまなバージョンをゲット。
この曲は昔から大好きでした。
でね、ある方法で今日ゲット。
それを聞いて思ったのは、視覚と聴覚(五感すべて)を使って感じるのと、聴覚だけで感じるのは違うと。まあ、当たり前。
同じ曲(バージョンも)でも、テレビで映像ついで見るのとは、こみ上げてくるものが違う。
映像と音が合わさりあうことによって掛け算になってます。
かなり感じるものが違う。
で、本当にきれいな場所とかそれこそ世界遺産のところに言って、頭の中をあの曲が流れると最高。
頭の中で流れていてもかなり耳から入ってくるレベルと同じ。
多分理由は、音は耳から入り脳で信号に変換されて人間が聞いている(理解している?)から、その鼓膜の振動がなくなっただけで、脳の感じ方は一緒?勝手な私の推理です。
で、その場所では風が吹いたり(触覚)、街のにおい(嗅覚)なども感じ取る。
人間の神経をより多く使ったほうがより心地よい。
第6感というものがあるとしたら、それを使ったほうがさらに心地よいのか?
第六感を解明してください。
あとね、私は抽象的なものがすき。
それは、絵も音楽も。
そこには何かほんわかして、未知な部分がある。
音楽でも宗教音楽といわれるものとかが結構好き。
絵に関しても、マドリッドで気づいた。抽象画が好きだと。
マドリッドって世界のトップクラスの美術館がごろごろ転がってる。
で、それをずーーーと見てりゃ自分がなんとなくこんなんが好きかなと言うものに気がつく。
で、それが抽象画。
抽象的なものには何か美しさを感じるね。
抽象的なものには速さ(speed)というか焦っている感じがない。
それもまたいい。
抽象的なものを見ると写実的なものと違い、現実の世界をそのままあらわしていないから、現実逃避ができるから?
そんなにも私は現実の世界に疲れているのか?
なぜかはいまいち分からないけど、抽象的なものには美しさを感じます。
まあ、私の今までの人間形成において抽象的なものを好むようになったのはどのような経験からなのかとも考えたり、遺伝とも思ってみたり。
今日、日吉で連合三田会があった。
朝出かけるときに、ああ今年もやってると思った。
なぜなら、半端ないレベルで人が来るからだ。
これは本当。すごい人。入試、入学式レベル。
しかし、無視して出かける。
日吉に戻ってきても、まだやっていたので行ってみる。
出店が出てたり、コンサートしてたり、スポーツしてたり。
慶應グッズも売ってたし、抽選会もやってた。
抽選会では車があたったり、ビジネスクラスの航空券とかかなりすごかった。
協賛企業の数もかなりあったし。
KO関係者がいろんなところにいるんですね。
当たり前だけど。実感。
もちろん酒を芝生の上で飲んでもいましたよ。
塾員がのはなしです。
ある、KO生の日記ページにW大と学力もスポーツも変わらないが卒業生とのつながりはKOがあきらかに上だと書いてあった。
(スポーツはWが上だと個人的に思いましたが・・・)
まあ、社中とかいって慶應はつながりが強いらしいですからねー。
これが、いいこともあれば悪い方向に作用して組織がまずくなることもあるでしょう。
でも、今日来ていた人を見るとKOのこと好きなんだなーと思いました。
あと、家に帰って知ったのは鳥山 雄司が日吉に来て演奏したこと。
鳥山 雄司って知ってますよね?
世界遺産のソングオブライフの人。
あの、最強の名曲ですよ。
あの名曲を作ったのは塾員だった。
これ驚愕の事実。
聞きに行きたかった。
あー、聞きたかった。
継続する難しさ、
blogの3分の2が2ヵ月以上も全く更新されていないらしい。
今までのFTPを利用してアップしていたときと結局同じなのかなー。
めんどくさいといえば、めんどくさいから。
確かに楽になったし、面白い機能もついているけど…
まあ、大学に入ってから私もHPが頻繁に更新されているけど、以前は続かなかった。
今も続いていないか?
旅日記も最近は写真がアップされていないし。
敦賀に行ったときのも追加してないし。
何人かに言われたけどトルコやスペインの日記を更新しろと。
というよりも書けといわれる。
実は書いた日記はあるんだけどね。
読みたい人はコメントに書き込んでください。
それによってはアップされるかも。
そもそも、個人サイトというのは続けるか否かはそいつしだい。
そいつの思いつきといったら言い過ぎかもしれないが、そんなレベルの気持ちで作られたり、なくなったり。
新しく作るのは意外と面白いけど、続けるのはめんどくさい。
自分の記憶を記すものになってますね。
なぜHPを作るかを昔も書いた気がするなー。
誰が見ているかがもっとはっきりわかれば、内容も考えることができるけど。
少数以外はほとんど見えない人に書いているわけで、、、
このページを見ている人はそのことを私にアピールしてください。
まあ、書き込むのがいやならメールをくれてもいいですし。
名前を書かずに、私が誰か分かるヒントを書いてくれてもいいですしね。
昨日と今日、めったに体験しないブルジョワ体験をしてきました。
そこで、まあいろいろ思いました。
むちゃくちゃ快適。
不便なことはない。
こんな世界もあるのかと思いました。
六本木ヒルズの森美術館にも行きました。
六本木ヒルズにあるグランドハイアット東京に行きました。
部屋はかなり広い、風呂はでかい。
設備は新しく、かなりこった家具やインテリア。
風呂の水量はいくらでも出せる、アンド風呂がハーブの匂い。
ミスとシャワーもあったし。
トイレの水は音がむちゃくちゃ静かに流れる。
洗面所にも液晶テレビが。
クローゼットは開けると電気がつく・・・
ベッドもすごく寝やすい。
フロントでアンバサダーという声が、私は、えっ大使?と思い振り向くと、前の駐米大使、柳井元駐米大使を発見、さらに外国の大使らしき人も。
ターンダウンとか言うことをしてくれたり、朝、アールグレイが届いたり。
まあ、一泊一人4万6000円の部屋だから。
これでも、このホテルで最も安い部屋らしい。
確かに、快適で満足。楽。
でも、私は金やステータスのようなものにあまり興味がないというか、金や地位に興味がないというか。
あまり、そういったことに重きを置かないんだなと思います。
それで、欲求が心の底から満たされるわけではない。
それよりも、ボロ宿の狭い部屋でちょっとビクビクしながら寝れない夜のほうが好きかも。
安心して、楽なのも必要だがスリルがあって、なにが起こるかわからない。それがそそる。
別に金があってもこういうところには泊まらないだろう。
それに、ブランドの名前を前面に出した物をを持ってアピールすることもないだろう。
私は、そういったことにまったく興味がないみたいだ。
あらためて、実感した。
これに尽きます。
何でも、楽しんじゃいます。
やぱーり、私は自分勝手かもしれません。
しかし、楽しいことにしか人間力を発揮しません。
アフォなことをすることが大好きだ。
その、奥にある心理は何だろう。
アフォなことをするとなぜか面白い。
別に人に見られていなくても、自分だけでありえないアフォなことをして喜ぶ。
一般にこういう人間を変態というのか?
まあ、いい。
行きたいところは常にいくつかある。
まあ、誰でもそうだと思う。
昨日、その候補の中でも特に行きたいところができた。
そこは、今ままで行ったところとは一味違ったところだ。
でも、私を知っている人に言わせれば、私が行きたそうなところだ、と言うだろう。
まあ、そこに次行くかどうか知らないけどね、そんとき次第だから。
あっ、そういえば4万マイルだった。それも使わないと損だなー。
心のそこから。bottom of my heart.
どんなことでも、心の底からが重要だよな。
心の底から、何の疑いも無く、何の邪魔も無く、なんの邪念も無く、感動できたり、尊敬できたり、旨いと思えたり、美しいと思えたり、信じてそれにすべてをかけたり、かっこいいと思えたり、楽しめたり、つらい事にぶち当たったり、大きな困難に遭遇したり。
そうすれば、何か感じるものがある。最高のものに出会える気がする。たとえそれが勘違いでも、間違っていても信じたなら中途半端ではいけない、限界まで、極限までやってみないと。
振り子の理論だ。マイナスにマックスまで振れるやつは、プラスにもマックスまで振れる可能性がある。
今日、情熱大陸を見て再認識した。
キーフレーズの持つ意味の大きさ。
「冒険する胃袋」、「情熱は発酵し伝染する」「60を過ぎ人生の発酵時間が終わりここから熟成に入るのだ」
・・・などなど
今回は東京農業大学の発酵学者、小泉武夫。
世界中の珍しいものを食べまくっている人だ。それを「食の冒険家」と表す。
この前に、冒険家の植村直美さんに大学生のときにあこがれたと言う前置きがあった。
旨い表現だ。
こういう、最も伝えたいことをわかりやすく・的確に表現できるといいな。
生理描写をしろと、言葉では表せないは逃げだ。
だめだったら、私が昔作ったみたいに自分で言葉を作ればいい。
夏休み前までは用事でよく品川に行った。
そのときは新しくでっかい箱だけ存在していた。
しかし久方ぶりに品川に行くと、箱に電源が入ったみたいだった。
理由は簡単だ。
シソカソセソ。
品川駅ができたからだ。
六本木ヒルズより御高く留まった感じがなくていいかも。
まあ、完全なビジネス街ですがね。
イラストレーターをはじめた。なんか、よーくわからんなとか思ってたけど、そのすごさをこの目で見てちょっとやりたくなった。そして図書館へ行きイラレ≠(あられ)の本を借りてきた。やっぱり本を使うと手っ取り場合。ネットで探してもいいけどね。実際に目で見るのや、やるのと頭で考えるのでは一味もふた味も脳への刺激が違うなと思いました。まだまだ、何も使えていないに等しいですが…
あのですね、最近思い出すわけです。
スペインのことを。
何でかというと、いろいろやることがあって正に現実の世界という感じ。
それとは対極にあるのはスペインでの生活。
一人で、携帯も持たず、時間も忘れ、すべての制約から解き放たれている。
両極の生活だから、その生活を欲するのです。
特に、「食」について思い出す。
バルセロナのラ・フォンダで食べたパエリア、チキンサラダ、イカの墨ソテー、ミートボール、そしてサングリア(赤ワインにりんご、オレンジ、桃などのフルーツを切って入れる、ブランデー、グラニュー糖もほんの少し入ってるのかな?)。一緒に食べた二人はすごい人生送ってたなー、世界一周中の同い年の女の子、31歳でバックパックが生活の荷物全部というイギリスを拠点にしている女の人。闘牛を見ながら飲んだワイン、その後のビールとイカのフライ、驚異的にやわらかかった。(現代のアフォな日本のリポーターはやわらかい=うまいの用に使うから許せない。私はその意で使っていない。)刺すように暑い太陽が降り注いでいたグラナダのアルハンブラ宮殿の壁をよじ登ったあとに飲んだアルハンブラと言う地ビール、これはうまかった。苦味が抑えられていたな。その夜はスーパーで買ったお惣菜。白身のソテー、マシュマロに練り物がつめてあるやつ、牛肉のトマト煮、白身と気ピーマンのカルパッチョ、生ハム、バケット(パン)、赤ワイン。これは安くてうまかった。かなり豪華な料理です。これも3人でシェアしたからできたこと。医学部7年生っていってたなー。3週間以上旅をすると現実の世界に戻れなくなるとしきりにいっていた。それをなんか思い出した。思い出した。その後、もう一人と知り合って、バルに行ったなー、1時くらいから行ったのかなー、朝4時まで四人でいろいろ楽しく旅の話をしながらビールを飲んだ。うまかった。そのうちの一人は親父がJALのパイロットって言ってたな、逗子すんでる専修の4年とか言ってた。あっそういえば、グラナダでアラブ街に行きケバブを食った。トルコのケバブとは違ったな。でも、うまかった。何を入れるってall? YES, ALL.いつもそう、飯屋とかでトッピング全部入れるって言われると常に全部入れてしまいます。夜はパエリヤ(今回は黄色かった、前回は茶色かった、スペインでは両方ともメジャーらしい)ジャガイモのサラダはオレンジとかオリーブが入っていたな。ここのビールもうまかった。そういえば、飯のときは毎回、オリーブとチーズ、パンが出てきます。オリーブもがりがり食ってました。あの酸味がいいよね。チーズもあの癖のあるチーズがいい。日本では出会えないチーズ。あのチーズをまた食いたいな。(余談、トルコで初めの日の止まった宿の朝飯<この宿しか朝飯は無かった、ほかはボロ宿すぎたからだ>)のチーズとパンに塗るチーズは最高にうまかった。)夜、アルハンブラを見たな、ライトアbプが半端無くきれいだった、そこで意味のわからない話になった、タイムスリップはできるかとか、武士道の精神についてとか、でも1時をすぎてガクガクブルブルしてきたので帰ったなー。
次の日の昼飯は、トルティーヤ、あれは大してうまくないだろうと思っていたのにうまかった。サンドにしてあったねー。ここでチョリソも食ったな。そういやー、この日モロッコに渡った、変なパンみたいなものを食ったなー、なんかパンの間に挟まれているのがいろいろなものをすりつぶしてある感じで、よくわからないものだった。ヨーロッパの味ではなかった。それと、次の日の昼に怪しい食い物屋に入ったなー。スペインに戻ってから、宿の前で朝市場があってそこで量り売りのりんごを買ってかじりながら、バス停を探したなー。日本のりんごとは違ってモサモサだった。でも、旅人はりんごをかじってる、そんなイメージないですか?これは、アルへシラスを旅立つ朝までの話です。セビーリャのショッピングセンターへは何度も行ったなー。それで、パンとかジュース買ったなー。 ポルトガルのリスボンではリゾットみたいなのを食べた。ポルトガルの庶民料理らしい。あと、鰯の丸揚げとか、イカリング白身フライ、にんじんをすりおろして油につけたようなサラダ。それに、エッグタルトとか言うものの元になったパステイス・デ・ナタという菓子を食べた。シナモンを降りかけてもらって食べた。かなりシナモン利いてたなー。卵の味がしてうまかった。そーいやーマックにも行ったなー、世界のマック調査隊としては基本だけどね。あと、たこのリゾットをポルトガルを去る夜に食べた、あーサーモンも食べたは。一緒に食べた人に分けてもらった。ポルトガルのビールもうまかった 。トレドでは、金がなくなってひもじかったなー、でっかいパンを買ってそれを食ってた。どうしてもひもじくなって、最初の日の朝からピンチのためにと保存しておいたビスケットを食べたら、この世のものとも思えないくらいうまく感じた。それだけ、まともなもの食ってなかったんだな。で、マドリッドでは、最後に究極にうまかった生ハム(ハモンセラーノ)を食べないといけないと思い最後にパンと一緒に食べたなー。マジこれは旨い。塩味と油の感じがたまらん。夜はバルに行った。一緒に言った人がスペインに留学してたことがあるらしくて、バルで注文してくれた。メニューをほとんど解説してくれた。ビールとワイン。ワインって言っても夏のワインとオレンジ(レモン?)とか言う飲み物らしい。その人が頼んでいたので私もお願いした。スペイン語だとかっこいい言葉なんだけど日本語にすると「夏のワインとオレンジ(ティント・デ・ベラーノ)」ちょっとかっこ悪い。でも、すごい旨かった、ワインに少しレモンファンタみたいなのを入れて、オレンジとかレモンが入ってたかな?バルは酒を一杯頼むと小皿につまみ(タパス)が来る。それが旨い旨い。チーズを揚げたもの、大豆とか野菜をワインビネガーとオリーブオイルで合えたものぱパプリカととトマトのオリーブオイル和え、ムール貝などを食べた。スペイン人ぽくヨーロッパのサッカーNO1を決める試合で盛り上がりながら飲んだなー。バルには地域の人が集まって酒を飲んでサッカーをテレビで見て盛り上がる。イイ文化だなー。バルは朝パンとかコーヒーを売り、昼はランチ、夜は酒とつまみとサッカー、公衆便所代わりにもなるし、タバコも売っている、ゲームもあって、両替もしてくれる、温かみのあるコンビにって感じかな。酒がかなり安いし。この日の夜飯はおごってもらった。これ重要、リスボンの最後の夜のチーズ、最強に旨かった、外はハードチーズっぽい、けどサイズが小さくて中は結構やわらかい。これが旨かった、適度な癖があった(ヨーロッパ基準で)あと、しろカビチーズみたいなのも旨かったなー、リスボンで食べたチーズがこのたびで一番旨かったかも知れない。それだけです。以上、印象に残った食でした。
11月9日選挙ですね。
行くしかないです。
初めての選挙ですから絶対に行きます。
でも、鬱な事に不在者投票になるかも…
最近めっきり寒くなった、衣替えだ。
今週末はほかにもやることはいろいろあるけど、衣替えもしないと。
この前、鍋やった、うまかった。以上。
でも、去年も何回かやっています=味に慣れた=初めての感動が無い=今までにやってない鍋をやるしかない
最近、いろいろ思いつきます。
しかし忙しくて手を出せない。
期限があるものには手を出していますが。
まあ、メモを取っておくわけです。
チャンスをつくり、チャンスを活かす。
感化されちゃいたいです。以上。夜露死苦。アフォ。
先日、私の家で夜中の1時から朝の6,7時ぐらいまでミーティング(肉)しました。
やる時間が間違っていますが、眠たくならずまともに行われました。
で、昨日かな、私がログを作ったらネット上にさらされました。
ある意味、「アリ」な方法だったと思います。
まあ、私個人的な見解ですが、肉(事前にプロジェクトへの連絡なし)で2人で話したことですからMLにこんな感じで考えてます程度なら流してもいいけど、それよりも確定的な表現では流せないですからね。
しかし、あのページにさらせば委員の方が見る可能性があると。
ウイルスが大量に送りつけられた。
なんと9通も送られてきた。
私のアドレスがどこかでさらされたのか?
誰かにしてやられた?
まあ、自動削除されたからいいや。
最近生活リズムが・・・
まあ、仕方ない。
学ばねば、実践せねば,楽しまねば
デザイン変更
それといろいろなソートわけをして、使いやすくなったはずです。
徹夜してしまいました。この年になると徹夜はつらいと思ったけどむちゃくちゃ覚醒って感じでした。
それから大学にもいきました。
あと、いろいろやることが多すぎです。一つ一つ処理していきましょう。
まあ、そういうことです。こういうのも好きだし、ぼーとっ旅するのも好きです。
最近、まったく知らない他人の日記ページを見る。
書いている人は私のことをまったく知らないはずだ。
それらの日記はまともだ。まともというのはカタイというわけではない。
内容の本質が興味深い。
知らない新しいニュースやその人の考え、時代の流れが見えてくる。
それに、それらの日記は私に力をくれる。
そんな日記から力をもらっている私も、いつかそんな日記が書ける人間=中身のある人間になりたい。
なんか、今日はいろいろ読んだりしてて世の中かなりのスピードで変化していると再認識しました。
下の記事は結構面白いことが書いてありました。
基本的な考え「抜群に優秀な連中を集めて創造的な環境を用意する」
・アイデアはとにかくいたるところからかき集め、
・ユーザ視点を重視し、
・アイデアを集めて議論し優先順位付けし、
・小さい組織ユニットで迅速に動く。
・その際に重要なのはコミュニケーションだが、
・そのためにはツールを駆使する。
・テスト、実験を繰り返す。
雇用するタイプ
・Young risk taker
・一流の実績を既に挙げているスター研究者
http://blog.cnetnetworks.jp/umeda/archives/000331.html より引用
TrackBack機能をうまく使えるようになるといいんだろうなと思います。もっとこれがうまく使えるようになりたいな。
このページにblogを追加しました。
コメントをがんがん書いてください。
よろしく。
で、Diaryは気が向いたときに英語で書きます。
blogは日本語で書きます。
BBSは適当に使ってください。
そんな感じの方針です。