久しぶりと言うわけではないが、芸大に行った。
・中心を逃すな、はずすな。
・なんか違うんじゃないかと言う感覚
・せこいことはしない
・外に行くのではなく内を見つめろ
最後は、去年お前に言いたいことがあるといわれて、茂木さんに言われたこと。
自分では、うすうす気づきながらも避けていたことだっただけに、ドキッとした。
上の3つは今日、気になったこと。荒川修作さんは僕が着いたときにちょうど帰るときでお話できなかったが、もともとの芸大に集まる仲間と話せた。チベットに行ったことから、みんなの最近の話、さらにはもっと深い話。いつものように、僕の世の中の知らなさにも気づくのだが、それもストンとくる、この様な感じになる場はここしかない。この場がすべてではなく、この感覚になれる場はここだけだということ。
思うのは、こんな場にヒョコット顔を出せるのが幸せだなと。
ついでに、お世話になっているというと、なんか違うが、本当にうれしい限りである。時間がなくてもこれだけは行きたいと思うし、行ってしまう。
こんないろいろな分野の人と普通に話せるのもレアかもしれないのだが、そんなことよりも、そこで語られることが、僕にはしっくり来るし、刺激的だし、腑に落ちる。どんな分野にいようと、根本は同じなのかなと感じる一瞬である。
それと、石川直樹はどうよ。といわれた時に、まともに答えられなかった。確かに直接話を聞いたことはないし、よく分かっていないのも事実。でも、答えられなかった自分もやはり未熟だと思う。GWに直接話を聴くので、その時に何か感じたり、思ったり、考えたりする材料が自然にそろう気がする。今はその時が楽しみだ。
それにしても、気持ちというか、情熱は伝わるし、強いパワーを持っている。自分がコレだと思ったら、それに全身全霊を注ぐ、自らそれを伝えようとすれば通じるもの。そう感じた。偶然、そんなものに出会うこともある、でも、そのためには、自ら知ろうとしたり、真剣に考えて、真っ向勝負しなければ何かを感じて、全身全霊は賭けれない。ただ、ビビッて逃げているだけではいけない。つまらない後付の言い訳はいらないのだ。
情熱大陸
THE WORLD HERITAGE FROM THE SKY
ユングフラウが神がかっている。
キト 、エクアドルもなつかしい。
ナレーション一切なしで、30分。
すさまじい、空からの景色は美しすぎる。
スケールがでっかすぎる。
特に、初めの5分ぐらいがステキすぎて、マジで一人で興奮。
たまんねー。
ザンビア、ジンバブエ、ヴィクトリアの滝
タンザニア、セレンゲティ国立公園
キリマンジャロ、タンザニア
ウルル・カタ・ジュタ国立公園。エアーズロック
テ・ワヒポウナム ニュージーランド
グレートバリアリーフ、オーストラリア
グランドキャニオン、アメリカ
イエローストーン アメリカ
カナディアンロッキー カナダ
カナイマ国立公園、ベネズエラ
イグアス、ブラジル、アルゼンチン
ロス、グラシアレス、アルゼンチン
サガルマータ国立公園、 ネパール
カムチャッカカザン郡 ロシア
知床、日本
ナスカ、ペルー
ストーンヘンジ、イギリス
アテネ、アクロポリス、ギリシア
トロイ、トルコ
ペルセポリス、イラン
パルミラ遺跡、シリア
テぃオティワカン メキシコ
ボロブドゥール、インドネシア、
アンコールワット、カンボジア
コルディレラの棚田、フィリピン
サーミ人地域、スェーデン
マラムレシュの木造協会、ルーマニア
パリセーヌ川、フランス
自由の女神、アメリカ
ブラジリア、ブラジル
ヴェネチア、イタリア
トンブクトゥ、マリ
カトマンズ、ネパール
イスタンブール、トルコ
タージマハル、インド
ロワール渓谷、フランス
ライン渓谷、ドイツ
モンサンミシェル、フランス
やっぱ自然が好き。
それと雪山が美しかった。
空撮がすき。
宇宙にも行きたい人間だし。
マジで最高。
ソニーのCMに矢野さんがでてた。
あの、モーターパラグライダー撮影家のね。
気づいたら、また正座をしてみていた。
ナスカ展に行きたかったり、
軽く山登りしたかったり、
運動始めたかったり、
ロッククライミングをやってみたかったり、
スカイダイビングをやってみたかったり、
家にプラネタリウムほしかったり、
楽器を始めたかったり、
天体望遠鏡ほしかったり、
一眼レフデジカメかって、写真撮りたかったり、
水族館に行きたかったり、
海に潜りに行きたかったり、
軽く旅行に行きたかったり、
いきなり、それもかなりNYに行きたくなった。
入浴ではなく、本当のニューヨークに行きたくなった。
そんな感じだったりします。
誰かもし、どれでもいいのでやりたいことあったら連絡ください。
いっしょにやりましょー。
夏が好きだ。
あの暑さが、うっとおしいながらも奥底では心地よい。
ちなみに、夏に咲くひまわりも好きだったりします。
いっかい、一面ひまわり畑(地平線の先まで360度ひまわりがベスト)で遊んでみたい。
でも、春も好き。
花粉症という最大の敵がいるから、その点ではかなりマイナスだが、やはり、この一年で一番爽やかな季節はたまらない。ついでに、新緑が美しすぎる。
春、爽やか
夏、情熱
秋、郷愁
冬、厳しさ
適当に思いついて、書いたが季節のイメージってこんな感じかな。
美しすぎる新緑は、去年と一昨年の写真で、
昨日は誕生日でした。
PCや携帯でメッセージをくださった方、電話を下さった方、本当にありがとうございました。
あまり、誕生日とかを祝ってもらった経験はなくて、特にそんなことがなくても何も感じていなかったけど、祝ってもらえると、かなりうれしいもんですね。
SNS始まってからだよな。そうじゃなきゃ、周りに誕生日が知られることはないし。
特に4月生まれは。
で、ネットをはじめて10年ぐらいなんですけど、たぶん10年ぐらいからこのサービスはある。
メルマガとか、何かにメアドと誕生日を登録すると、ぽつっとくる。
ハッピーバースデイメール。
機械の自動生成メール。
10年前にはじめてきた時は、えっておもった。
ほんの少し、おお、そっか、ありがてーもんだ。
と、おもったが、二回目から読むことすらない。
その文字の後ろに人がいるかどうか。ってことなんだよな。
そう感じられるかどうか。
別に、きれいな文章かどうかじゃなくっても。
友達が考えたってことに価値があるんだよな。
全く同じ文章でも、機械の生成したものと友達が書いたものでは感じ方違うってことだし。
と思うと、チューリングテストとかって、そのものだよな。
究極的に人間が見極められるのかって話にもなるし。
まあ、機械的な人間、というか反応をする、人ってのは面白みがないから、まあ、ある程度の論理性と、ある程度の飛躍のハザマがいいってやつか。
未来科学館にまた行きたくなった。国立科学博物館も。
ついでにナスカ展も。新緑の山にも登りたくなった。
メモしておわり。
最近、CDを聴く。
理由はいくつか。
PCだとよく音飛びして聞き心地が悪い。
DVDの再生のみのプレイヤーをもらったら、cdも再生できた。
で、聴くCDはマイラバ。
10年弱ぐらい前に聞いたと思う。
さらに、 hello againは一番最初に買ったCDな気がする。
しっかりきくことはないが、流しておくには良い音楽だ。
それに、懐かしい。
なんか、ぐるっと一周した感じだ。
自分の意識の中で。
いろいろなわけ方があるが、
あのコロから今までがとても大きなくくりで一つだったと思う。
時は今しかないのだが、それが過去であり未来である。
今は永遠であるということに通じる気がする。
さー、やるぞ。
根性と頭。
実は10階に住んでます。
東京の夜景が見えたり、日の出が見えたりします。
それはなかなか良かったり。
しかし、ライブドアワイアレス電波弱い。
登録する時はさくさく行ったのに。
それ以降、調子悪い。
窓ガラス際でPCもってやってます。
はやく、回線ひこう。
どこが一番いいのかなー、
いやはや、ライブドア最強。
ネットすぐ出来ないかなと思ったが、ライブドアワイヤレスを思い出す。
すると、引っかかった。
で、早速登録。525円かな月に。
安いし、対して不便もないので、しばらくコレで行こうかと。
ネットライフ復活です。
久しぶりだなー
東京にいるが家なき子。
家がないというのは不便なものだ。
想像していたよりも。
何人かの友達に、家に来ていいよと言われたが、少し気が引けるのと、家なき子生活@東京生活はどうなるかってのもきになりやってみた。
なにかと不便だ。住所というものの偉大さ、自分が自由に扱える安全空間の大切さ、個人ではなく組織というものの信用性の大きさ、その他いろいろと感じることがあった。それに、滞在していた場所は始めて訪れる場所で、なかなか興味深すぎる地域だった。
そして、何かと強引に押し込んで生活している。自分がコントロール可能な日程と、自分じゃどうしようもない日程をうまくねじ込む。不可能と思われることでも頭を少しひねり、粘り強くいくと光が指すことは多いと改めて感じた。こういうときに、ビッグなニュースが飛び込んでくる。僕は自分が本当に心のそこから、この人だと思う友達とかにはぼくが出来る最大限のことをしたいと思う性格のようだ。先日も言われた、あんたは自分でも好き嫌いが歩けど、相手からもそうだと。確かにと思う。
まあ、どうにかねじ込みは成功しそうだ。現実というのは起こったことをさす。そうである以上、終わるまで現実としての成功はないわけで、実行するということがすべてだ。ということで、終わるまで気が抜けない。
大嫌いな事務作業が多くあるが、こういったものは一気にガシガシと片付けて、楽しい日々を迎えようと思う。
そういえば、鹿児島に行ってきた。むちゃくちゃ気に入った。長期滞在するなら鹿児島、イスタンブール、バルセロナというぐらいに。砂風呂も入ったし、ソーメン流しという名物も。桜島にも上陸。さらに、食事もおいしかったし、今までの人生でいちばんうまいと思った焼酎を飲んだ。聞けば、ほとんど手に入らないものとか。
そんな感じで、ネット難民だからブログ更新少ないわけです。ブログの代わりにノートにでも日記を書くかといえばそうでもない。やっぱり、キーボード世代なのかなとも思った。
テレビのない生活。
あまりテレビは見ないが、ないと寂しいものである。
寝る時に、つけていた。
電気を消しても少し明るいので、行灯代わりになった。
音がしたほうが眠りやすかった。
寝つきは早いほうだが、静かで暗いところは真っ暗な風呂と同じで考え事をするにはちょうど良く、考え事をし始めるととまらない。
何もない部屋は、声が響く。ボイストレーニングでもしているかのようだ。
昨日と今日はポカポカしている。そんな日々だ。
そういえば、握手をしたら昨日手がでかいといわれた。
初めて言われたと思う。たぶん、指が太いからな気がする。
自分では気がつかないことは面白い。
昨日も楽しかった。6時間話していたのに、3時間ぐらいの感覚だった。
バラバラのことをやっている友達との話は面白い。
日本が嫌で海外へ旅する人もいるみたいだが、
俺は日本の生活が好きだ。大好きだ。
この国で生まれて、この国で育って、この国が染み付いている。
でも、他のものも見たい興味がある。
すなわち、どっちも好き。
関連性のないことをつらつら書いてみた。
ということで、行ってきます。
部屋の片付けもめどがついた。ここに住み始めた日々のことを思い出す。
この町に引っ越してきた時は、全く知らない町だった。東京でありながら、全く行くことのないエリアだった。だから、近くに友達もいない町だった。住み始めて2年。いつの間にか友達が近くにいるようになっていた。不思議な話だ。
この近くの大学に通っている友達、もともと住んでいて後から知り合った友達、後から引っ越してきた友達。いつの間にかそんな友達に囲まれた町になっていた。住めば都とはこのことかな。
住むということは蓄積することなんだと、この片づけを通して思った。知らぬ間に部屋にたまっていくもの。いろな日々や思い出。そして、友達。
住むということも、生きていくことも、旅することも、ある一つの時間軸に沿って移動していくことなんだということに変わりないのだが。
そして、大学生と言う時間も一つの時間軸として過ぎ去り終わりを迎えたのだ。また、新たな軸を歩み始めよう。その前に、一休みになるか知らないが、旅に出かけるとしよう。
どんな旅の時間軸が待っているのだろうか。ワクワクする。
では、コレが旅の前最後のエントリーになるかもしれません。
学生証とかカードが2枚続けて割れた。正確にはひびが入った。
カードはもちろん財布に入れているのだが、その財布には鍵がついている。
だから、鍵がカードにぶつかり続けていたのだ。プラスチックのカードは四年間鍵がぶつかり続けると割れるということが分かりました。
上下を逆にしてカードを片付けるとか、日々そうした工夫をしていれば割れなかったのだろう。
2006年みたいです。
あけまして
おめでとう
ございます
あまけして
おでめうと
ざいますご
2006年と言うよりも、2000年から6年といったほうが、もうそんなに時がたったのかと実感できるような気がする。それが、言葉のマジックと人間の感覚なんだろう。
簡単に言えば、去年はありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
ってことです。
でも、こういう言葉って心こもってないよな。ありきたりで定式化して、ただの記号のように感じてしまう。まあ、けっこう本気で去年のことは感謝していて、今年もいろいろ助けてくださいと思ってます。
「今年の汚れ、今年のうちに」このフレーズを読めば、脳の中であのリズムがついてくると思う。毎年、年末になると、花王のCMでおなじみのフレーズだ。なかなかうまいこと言うよなーって、思ってた。
今年の汚れは、今年のうちにきれいにしておくのが良い。まさに、その通り。
ということで、毎年大掃除だけはしている。これは自分の気分の問題だ。キレイなものを見ると気分が良くなる。そうなのだ。ってことで、今日は時間もあったし、天気も良かったので大掃除。
朝から、ずっと掃除をしていた。ちょくちょく掃除するのは苦手だが、一気に掃除するのは好きだ。やるときに一気にやるってのは掃除に限ったことではなく、どんなことに対しても同じだ。やるなら一気にやる。やらないならぜんぜんやらない。そんな性格。ということで、キッチン、風呂、トイレ、洗面台、部屋、布団を干す、洗濯と一気にやった。とりあえず、今年の汚れは、今年のうちに片付けられた。
さあ、今年もあと1週間だ。
いい年だったなぁ。来年もいい年になるんだろう。
こんなにも鮮明におぼえている夢も珍しい。
衝撃的なインパクトが強すぎる夢は残っているのだろう。
夢の中。
小学校か中学校で授業を受けていた。授業を受けていたというのはおかしい。なぜなら教師がいなかったから。自主学習の時間とでも言うのだろう。そういった時は、みんな教室を歩き回り、しゃべっているのが常だが、静かに席についていた。その教室は一階で、校庭に面していた。
すると、一台の車が校庭に止まる。確か黒の車。中には男が二人。黒いスーツ。脇に銃を構えていた。奴らは教室の前のドアをガラッと開けた。奴が大きな声で何かを叫んだ。???はっきりと聞き取れないと思った瞬間、銃声がなった。クラスの一人が撃たれた。
なぜか分からないが、その時、俺は教室の端にある柱の奥に隠れる。ひっそりと身を潜める。奴らが、教室をぐるっと見回して、帰るときに見つかった。銃口を柱に寄りかからせ、引き金に手をそえる。教室に子供がたくさんいるはずなのに、一瞬にして俺の視界には入らなくなった。その間はすごく長かった。俺は息を殺していたが、怖かった。心臓の高鳴りが押さえられない。耳元で途轍もない爆発音がした。死ぬモノだと思っていたが、生きていた。後頭部を銃弾がかすっただけだった。奴は引き金を引いてすぐ教室を出たので、俺の生死は知らないと思う。
そして夢から現実に戻ってきた。
夢といえば、中学校の校庭にスペースシャトルが降り立って俺が乗り込んで宇宙に行く夢や、山の近くに止めた車が盗まれる夢、何も装備せずに空を飛べる夢。歯を食いしばると空を飛ぶスピードが速くなるのも不思議。そんな夢も記憶に残っているし、何度も見た記憶がある。
そういえば、タイとカンボジアで夢を見た。夜中に虫刺されがひどくて目が覚める。すると普段は
夜、谷中墓地を歩いていると目の前を一筋の流れ星が流れていった。
今までは流れ星を見ようとしてみていた。
それが、ただ歩いているときに目に入ってきた。
歩きながら見た流れ星。
流れ星が僕の日常に入ってきた感じを覚えて、うれしかった。
いつも思うことがある。流れ星は幻想のようだと。
流れ星を見たあと見たかどうかあやしいのだ。
爆発するのが見え、目に焼きつくようなよっぽど明るい流れ星は別だが、普通の流れ星は見た後見たかどうかが怪しい。そんな気になってしまうことが多い。今は現実だったのか、おれは本当に流れ星を見たのだろうか。
でも、そんな気持ちにさせてくれるのが流れ星の粋なところなんだろう。
地球一のって、日本テレビでよく言っている。なんか、サッカーの世界大会?トヨタカップというのの番宣なんだけど、それで芸能人とかスポーツ選手が「地球一の」って言っている。
それはいいのだが、そのイントネーションが気になる。「ち」にイントネーションを置く人がほとんど。これには違和感を感じる。でも、一人、「い」にイントネーションを置く人もいる。個人的にこっちはしっくりくる。
なんと、それは朝青龍だけ。朝青龍だけ僕の中でしっくりするイントネーション。
これは、東京弁や岐阜弁という次元ではなく、俺の発音だけが少しおかしいのか?俺は他の言語の人が日本語を後から習った人と同じ発音。俺の言語(日本語)の学び方(習得過程)は、別の母国語がある人と同じなのだろうか?それとも、岐阜弁と東京弁の違いなんだろうかな。でも、聴くたびに違和感を感じるんだよな。
東京弁以外の皆さん、あの発音に違和感感じませんか?
昨日の夜、星がきれいに見えた。こんな東京でも意外と見えた。
冬だからなんだろうかなと思った。星が見たいなと思った。
身近で見れるって事で思い出したのが、国立科学博物館。第2,4土曜日の夜に夜間天体観望ってのをやっているのを思い出し、行ってみようと思ったら、今本館改修中につきやっていないらしい。しょぼーん。
それで、思い出したのは美星という町がある。そこは星がきれいだったはず。さらに、名前もいいじゃないですか。そこには美星天文台ってのもある。さらに、この町は美星町光害防止条例ってのがあるほど。星を見るのに邪魔な光を放つなと。
植村直己冒険館にいった時にでも行こうと思う。最後になるかもしれないから18きっぷで行こうかな。それと、護摩行を高尾山でやってこようと思う。
タイとカンボジアに行き、植村さんの北極圏1万2千キロを読み、自分の歩いた軌跡もしっかりと残したくなった。そこで、今さら詳細なことを書く。
本当に疲れているときはメモが少なく、日記も短い。さらに文章は支離滅裂。でも、それが歩いている時に書いた文章なら、それはそれだ。と言うことで記録として残しておきます。
はじめは歩きながらの基本は時系列のメモ。その下が日記。
10月27日
夕方から芸大へ。そして、夜は上野公園のみ。茂木さんに都美術館前の飲みは一生忘れるなよ。といわれたり、友達にまた苦行をするのといわれたり、内藤礼さんに、南米で声をひたすらかけられたと話していたら、悪いことはしなさそうな顔だからといわれた。そんな風に一日が終わっていった。
10月28日
6:30起床
7:00出発 家を出てからカメラを忘れたことに気がつく。そして戻る。準備の重要性を実感。
千駄木の99shopでノート、電池、パン2個、スニッカーズ2個、スポーツドリンク2本、サブレを購入。
8:00上野公園
9:00日本橋
10:20慶応三田キャンパス 休憩
10:40出発
11:20五反田セブンイレブン パック茶購入
12:37コジマ電気 池上店 休憩
13:15神奈川県川崎市に入る
14:25マクドナルド 鶴見店 マックチキン2個 マックシェイク
16:00東急反町駅通過
横浜国大の近くで迷う。横浜新道(16号のところ)はバイパスで歩けなくなったため。近くで道を聞くもはっきり分からず。小田原方面、横須賀方面両方一号線になっている。
17:45 ガスト保土ヶ谷常盤台店 オムライス ドリンクバー
ガストのデリバリーの人に丁寧に道を教えてもらう。和田町交差点(16号)を左に。すると保土ヶ谷駅。さらにサティを見ながらまっすぐ橋を上って降りたら一号線に戻る。
20:50ガスト出発
22:10西横浜駅到着 終了
相鉄線で横浜駅へ 横浜スカイタワーのスカイスパで就寝。
10月28日日記
いやー、疲れるというか足の親指の間接が一番痛い。&足がだるい。今日は3リットル以上の水分を取った。だから汗も小便も半端ない。歩きながらMP3プレイヤーで音楽とIT CONVERSATIONを聞きづけながら、昨日のことなんかを振り返っていた。とはいいつつ、脳の中は無の状態がほとんどだったと思う。歩いていると俺をじろじろ見る人と、若い人は笑った。確かに何者か分からないはず。怪しすぎるから。道を何人かに聞いた。横国の近くで迷った時、公園でおじいさんに聞いたら怪しまれた。アホかみたいな感じで。でも、大学名を聞かれ大学名を言ったら結構普通になった。寝る場所探しと、いつそこに居つくかのタイミングが難しい。大通りも住宅街も。屋根があってpublic spaceがベスト。あと、時速五キロでは歩けない。せいぜい4キロ。もっと疲れたら3キロになるのかな。意外と長い道のりだ。夜、スカイスパでホモのおやじにチンチンを突っつかれる。20分休むと足がラク。musicあると足の痛さも半減。 けっこうつらい。足の甲がとても痛む。休んで楽になるけど、また歩きが字メタと気に足の痛みが何十倍にもなってかえってくる。歩き始めると惰性と言うか慣性の法則のように前に進むものだ。
10月29日
5:00起床 入浴
5:40スカイスパ出発
6:00西横浜駅 出発
6:20松屋で豚飯
8:35一号線から外れる 歩道がないため 小雨が降り始める
9:00休憩
9:44休憩
10:10一号線から外れる 30号線を右へ右へ 茅ヶ崎で一号線と合流する?藤沢橋右へ(境川) 一号 467号へ
99shopクリームパン、アイス、おにぎり2個
11:25休憩 SOTETSU ROSEN羽鳥店
11:50出発 44号
11:30休憩 JAさがみ小和田支店
13:20休憩 郵便局茅ヶ崎
13:35出発
14:00日本橋から60キロ 小雨振り出し休む
雨止むっが、寝る 定休日の会社のトラックの荷台で
16:20歩き再スタート
17:05雨が降り出す 横浜商銀@平塚で待つ 歩く 平塚駅など寝る場所探し
19:20吉野家 牛鉄鍋定食
20:00秀英予備校の2階で寝る 人が来ないか気になり何度も起きる
10月29日 日記
たまに声を掛けてくれたり、親切に道を教えてくれると非常にうれしい。時速4キロ弱ぐらいで歩いている。予定のように早く歩けない、荷物も重いし(70リットルのバックパック)足も疲れ痛いのだから。でも、決めたらやるしかない、一歩20センチぐらい。一歩は400キロの何分の一かは知らない。だが、その一歩を進めないと絶対に着くことはない。何で歩いているのかも分からないし、歩き終わると1,2日目は放心状態だった。 西横浜で松屋に入り携帯のメールを見ると2,3人からメールが。うれしい。それもうれしい人ばかり。足の甲が痛かった。今日はもう歩くのをやめようと思った。雨が降り、家に帰ろうかとも考えた。でも歩いた。20センチの一歩を。予想よりも遅い。雨が降ったり、夜になると家に戻ろうと思った。茅ヶ崎なら明日の朝 来れると。しかし、一度家に戻ったら、もう再び歩くことはないだろう。精神的なものだ。緊張の糸が切れるから。茅ヶ崎で寝場所を探して昼寝した。そこで夜も寝ようと思ったが、また歩いた。平塚につくころまた雨。銀行の植木に隠れて寝ようとするけど、周囲を通る人の視線が気になる。駅まで行く途中で探した。秀英予備校の2階で寝ることにした。初めての完全野宿は緊張した。よなかもちょくちょく目を覚ました。
10月30日
5:50起床
6:15出発
10:00サンクス 小田原国府店 休憩
12:00小田原宿 休憩
畑宿を超えてふれあいの森で野宿できるとの情報
13:50旧街道 箱根を登り始める
元箱根で一号と合流するとの情報
15:50 畑宿 箱根の山の中の休憩所で寝る
日記
朝起きて歩く。人の声が気になった。野宿と言うものはそういうものなんだろう。地面が少しぬれていた。夜中もしとしと雨が降ったのだろうか。まずは小田原を目指す。ひたすら歩くだけだった。音楽を聴いて。日本橋から何キロと言う表示を見て、数字が増えることや、バスの行き先が次の町と変わっていくのがうれしかった。休憩して再び歩き始めると、足が痛む。だから足をぐるぐるまわしたりするだけで長時間の休みは取らず、自分のペースで歩いた。小田原宿でそこから先の道を聞いた。そして、箱根の山。歩道もなく、危ない。けっこうな坂道。足に負担がかかる。&山の中は寒い。畑宿の休憩所で寝ることにした。 パン2個 お茶2個 チョコ
10月31日
5:50起床 寒いのでホット缶コーヒーを飲む
6:30出発 畑宿 箱根旧街道 登りは夜露で石がすべる
7:55元箱根
セブンイレブンでスパゲッティ、パック茶、スティックパン
9:00静岡県にはいる
10:15山中城跡
13:20松屋 三島店 豚丼 サラダ
真っ暗で草ぼうぼうの道、何かに襲われたら終わりだ。怖くて自然と早歩きになった。
18:30 139号 富士市市街へ ローソンなどを彷徨う
20::00ダイハツ吉原店 ガレージ前で寝る
日記
箱根の山の中は寒かった。近くに川が流れていたので特に。朝缶コーヒーのホットをついつい買った。それから歩いた。石に雨か梅雨がついていて、さらにコケが生えているのですべる。さらに、石がゴテゴテで足が疲れる。車が通らないのでそのリスクはない。目立つ服や蛍光テープがあるといい。旧街道ののぼりはかなり辛かった。動労へ出たり旧道を歩いたり。芦ノ湖へ出て、セブンで飯。下り坂も足に負担がありつらい。静岡に入ると、暖かくなり畑ばかりになったのには驚いた。三島までずっと下りで疲れた。それから沼津。富士へ。行く時工場の兄ちゃんに聞いたら、一号は九州まで行くと馬鹿にされ、名古屋まで行くと言ったら、驚いていた。「歩く必要はあるのか?」富士まで行くから乗せるよと言われたが断った。そこにいたおっさんが、溶接をしながら、根性あるねぇと言った。今生よりも、一歩を踏み出すかだけで、あとは惰性。一号の下を歩いた。暗くなり危なく怖かった。ローソンで地図を見た。今日は歩いた。
11月1日
5:30起床
ローソンで地図チェック 焼きそば
6:15出発
一号がバイパスになっているので歩けない。旧道?139号?がどこか分からずいろいろな人にきいたがみんなテキトー。99shopは神奈川でなくなった。139号 マック右 新幹線のガード超えて陸橋の次の大きい通り。との情報
俺には無数の地図がある。 町行く人が道を教えてくれる。
由比駅手前の過度を右 国一の脇の自転車道で清水までとの情報
10:30由比交流館
旧道 交差して右へとの情報
カロリーメイト ジュース2本 パン そば
高速とバイパスの間の道を歩く。危ない。しかし、高速をくぐり防波堤を歩いた時は気持ちよかった。すぐ行き止まりだったけど。
今年の6月ぐらいに通った道を歩いた。角を見た瞬間に記憶がよみがえった
17:30静岡駅
17:50ネットカフェ
18:50ネットカフェを出る
19:10100円ショップ 反射テープと足のサポーター購入
19:40松屋 豚飯
21:10漫画喫茶で朝まで
日記
朝起きてダイハツを出て前のコンビニに。するとダイハツに車に乗った人がちょうど着た。ローソンで地図を見て、ふと上を見上げると真正面に富士山が見えた。夜見えなかったものが、朝になって見えた。朝日が富士を赤く染め、美しかった。富士山が一番きれいなコンビニ、一号線バイパスにある。聞く人によって歩けるという人と歩けない人。自分が軸(判断の基準)を持っていれば、問題ないのかも。でも、1時間30分彷徨ってバイパス1号の横を歩くことにした。セブンで1万おろした。かなり良い天気。大きな橋からは新幹線、富士山、海が全部見えた。一号からはずれ旧道を歩くと由比に着いた。東海道。由比交流館の近くでおばちゃん3人も清水まで歩くといっていた。ここでmapのコピーをもらった。そして由比から自転車専用道路とかいうのに。足が筋肉痛で会談が辛くて仕方ない。高速のようなバイパスの信号を渡り、高速をくづってすぐ横の防波堤によじ登った。海もきれいで最高だったが、たぶん入ってはいけないとこ。それから排気ガスの汚い道を歩いて、そば450円を食べた。トラックの運ちゃんはみんな親切に道を教えてくれる。それから旧道の1号に入った。地図があると情報がありすぎて不安になることもある。清水駅に着き、さらに静岡を目指す。かなり長い。足が関節がいかれる。静岡駅近くで、今年の6月ぐらいにジーネットの合宿できた時に通って曲がった角に気づく。場の記憶がよみがえった。夕暮れの時、一人、寂しい音楽を聴きながら疲れきった体で歩いている。ジーネットの時は対照的だった。すこし切なくなった。駅に着くとネットをする。飯を食べ、サポーターを膝と足首の分買う。そして駅で床に座りマッサージと日記。声をかけてきたおっさんに歩いてはキツイ。体を大切にしろといわれた。怪しいおっさんだった。次に声をかけてきた頭のいかれてるおばちゃんも。
11月2日
5:05起床
6:15出発 ファミマで焼きそばとお茶
8:20宇津の谷 道の駅 フライドポテト
トラックの兄ちゃんとおっちゃんとトーク
信号1,2個超えたら一号の表示アリ。旧道で藤枝へとの情報
9:20旧国一に。208号?
9:30岡部宿 だんご2本をたべる
11:45サイゼリヤ
14:00休憩
14:10出発
14:20 381号(旧国1)掛川へ
15:00大井川
15:23 473号で掛川へ
15:27再び381号へ
16:50ユースホステル子夜中@金谷
おばちゃんが辛そうだからと割引してもらう。
島田→金谷→掛川はまた山登る 歩道なく危険
生きることは宝だ
日々生きれば宝は増える
日記
朝起きて漫画喫茶を出た。朝の静岡はとても寒く人もいない。よくある地方都市。焼きそばを食べ歩く。サポーターをつけての初日だ。歩いていくとバイパスっぽい国道に。でも歩けた。道の駅でトラックの兄ちゃんとおっさんと話す。気をつけろよと笑顔で言われた。800メートル以上もあるトンネルはとてもうるさく、排気ガスが最悪だった。団子を食べ、島田へ。茶畑もある。サイゼリヤのランチはけっこう豪華だった。それから大井川橋も長かったなー。1キロ以上。島田から掛川へいけると思ったらまた山がある。381号(旧1号)これが歩道がなく危なく、16時過ぎ、暗くなるリミット。金谷の観光案内所で聞くとユースがあると。ついでにみかんも3つもらう。もらった地図の縮尺がいい加減。ちょっと不安。坂ツライ。トラック怖い。暗くなる。でも、ユースが見つかり、3500円。一人だ。風呂は気持ちよかったな。
日本のユースに始めて泊まった。マイナーな場所&53次もあってかチャリで旅して「自分探し」なるものをしている人が多く「生きる力」という答えにいたっている。infoノートより。へー、そうなんだ。と思った。俺は何で歩いているのかな?「歩かなければダメと言われるといつも困るんだよなぁ」
風呂に久しぶりに入った。それまでは自分の足なのに、自分の意思で動かせず、手でズボンを引っ張って動かすぐらいだった。しかし、風呂に入りマッサージすると100%の足の状態になった。驚き。100%は言い過ぎたかも。
11月3日
5:15起床
6:15出発
6:50 415号
8:00サンクス おにぎり お茶 パン
精神と肉体は相互依存、これを実感。初日は精神、肉体とも○
5日目 肉体×→精神× 入浴後 肉体○→精神○
9:40 1号線バイパスの横歩道あり
9:50 休憩 自転車で名古屋から東京へ行く親父に合う
13:00すき家 豚丼とサラダ 客の人たちと店の人とトーク
板屋町交差点 駅は左へとの情報
257号線 豊橋行き 左に降りる との情報
新1号 高架橋で左に行くと一号線で豊橋との情報
14:50 261号 天竜川橋 歩道ない 長いし トラックマジ危ない
15:15 312号
16:45 浜松セブン 地図
17:10 浜松駅
17:20-50駅でネット
18:25マック&おにぎり2個 お茶
19:00バーデンバーデン 健康ランド 店の人が200円割引してくれる。
21:00就寝
日記
足が足の甲とかがパンパンにはっている。そういえば参勤交代も一日42キロ歩いたらしい。朝起きた。夜中も数度起きたと思う。毛布三枚あったけど、やはり山の中は寒い。ユースを出て道路の脇を安全のために車に気がついてもらえるように、ピンクのタオルをいつものように降って歩いた。今日は天気が良くない。雨が降ったり止んだり。雨、寝る場所、精神、体、道に迷う、これだけが問題。朝通ったトンネルは歩道がなく怖かったな。ただ歩いた。歩いていると、やることがなく眠たくなる。さらに、もうやめたくなる。何も考えず無で歩いたほうがラクだ。バイパスはホントめんどくさい。道を進んで良いかの判断が難しい。表示も人もいないときや、人の言ったことを信じるかどうかで。先を見に行って違っていて戻るのも足が痛いし。根性でもなんでもなくただ歩いているだけ。何の意味があるか分からないが歩ききろう。みんなのメッセージはマジで元気になる。人間ってホント損なもんだ、途中で自転車で東京に行く親父に会った。なんか変な人だったな。すき家でも店員にがんばれといわれ、トラックのおやじ、サラリーマンの人も優しく道を教えてくれた。トラックに乗るかと誘ってくれたし。そういえば天竜川大橋も歩道がなく危険だったな。歩くのを何階やめようと思ったことか。本当に。400キロの道のりと20センチの一歩。何万歩か知らないけど、一歩の積み重ねだな。まず一歩踏み出せば、何とか進むし、みんなも応援してくれる。時は「今」しかない。今やるか続けるかの連続。過去は関係ない。未来も。「今」だけ生きていれば何とでもできそう。
11月4日
5:40起床
6:00出発
6:30セブン 浜松東若林店 おにぎり2こ パン
8:00 サンクス お茶
9:00 休憩 弁天神社
12:10愛知、豊橋に入る
12:30 サークルK 弁当お茶
12:50 サークルK豊橋一理山店
19歳の福岡からリヤカーを引いて一ヵ月半旅している人に会う。キーボードで演奏しながら東京を目指しているらしい。
14:00ローソン 豊橋二川店 アイス
17:30 豊川を過ぎてストップ
18:00 サークルK おにぎり 焼きそば お茶
19:00漫画喫茶
日記
意外とぐっすり寝れた。リクライニングの椅子で少し腰が痛かったけど。それにしても怪しいどんな仕事か分からない客が多かったな。それから、ひたすら歩いた。今日は豊橋まで。けっこう遠いとの予想から急いだのだ。風呂に入ったが足の甲とか裏はイタイ。むくんでいる感じ。たぶん冷やしたほうがいいのかな。新幹線、電車、高速道路、俺が一直線になった時はスピードと言うものの違いを感じたが、一瞬その時は同じ場所にいるのだ。愛知に入ったときはうれしかった。気持ち次第で体も足取りも軽くなった。汐見坂をキツカッタ。コンビニで福岡から着た19歳の少年と会った。音楽で東京に乗り込む気なんだろう。気合はいってる。途中あと二日で名古屋までいけると無謀なことを思い豊橋を超え豊川方面へ。しかし、暗くなるのにコンビにすらない。野宿する場所もなさそうだった。でも、サークルKがあってホットした。残すは1日かな。天気予報がまた変わっていた。
11月5日
5:40起床
6:00出発
サークルK 弁当 パン お茶
9:00岡崎
11:25吉野家 鳥炭火焼丼
19:00名古屋 終了
この日は全く休まず、かなりのスピードでひたすら歩き続けた。
最後、警備のおっちゃんにコーヒーをおごってもらって無理してもいいことはない、それだけ出来れば怖いものはないといわれ、心に染み渡った。
われわれは本当に現代社会という枠に支えられて生きてゆけている。そういう仕組みになっている。それに逆らうのはありえないほどの力を必要とする。そういったものに流されるのも少しはありなんだろうね。
自分で自分をほめてあげたいといった有森さんの気持ちが少し分かった気がした。
現地人ってたまに言われることがある。現地ってどこだよって感じがするけど、なんとなく通じる部分はある。
キャラなのか、見た目なのか何なのか知らないが、。
まあ、何があろうと生き抜く力はあると思う。
話は変わるが、「諦めるのっ!」って言われると、いや、諦めないって言ってしまう自分がいることに昨日気がつきました。俺の操り方って簡単だな。
1年に2回ぐらいしか会わない、もっと言ってしまえば、今までで3,4回しかあったことないのに、なんか話しやすい友達と昨日会って話していた。気が合うとは、まさにこういう友達のことなんだろう。
彼は夏にチュニジアに行っていた。で、彼曰く、チュニジアはいまいちだったらしい。でも、砂漠は良かったみたい。諸事情により使える金が3万になってしまい、極貧生活だったようだ。笑
彼はインドで会った奴。彼もまたあのインドの不思議に魅了された一人。そしてネパールの事件を共に経験した仲。彼にしろ福井の兄ちゃんにしろインドマジックという奴の仕業で仲良くなったのかねぇ。
そんなインドもどう変わっていくのだろう。また、時がたったらインドに行ってみたい。
話は変わって、
ラパスでやさしくしていただいたチャリダーさんが「すべてを受け入れる」「やさしさ」というテーマで旅をしていた。その方がメンドゥーサで襲撃にあって、身包みはがされたらしい。そして、今回の旅を終え日本で生活するようだ。どんな気持ちであるか分からない。でも、ラパスで話していたことを思い出し、同じ時間を共有したものとして、身にせまるものがある。長期間海外を旅して、世界中を見れば見るほど日本が好きになる、日本のなにげない文化を知りたくなる。といっていました。そして、盆栽をやったり、母親から郷土料理を習いたいと言っていた。きっと、日本でも自分が輝く生き方をされるんじゃないかな。
最後に彼はこう書いています。「旅人の数だけ違う旅があり、そのどれもが素晴らしいものである」
総武線と中央線の区別がいまだにつかず、どう重なってどこで別れるのか分からない。
まあ、それはいいとして、中央線とか総武線で新宿から西へ行く時に見える、新宿のビル群が遠ざかっていく感じ。あれに何か寂しい感じを持つ。
何か寂しい感じがする。
あの、ビルの遠ざかっていく感じがそうなんだ。
それは自分のその時の気持ちとか季節とかに関係なく、いつもそう思う。
今日から冬
外に出たら、冬だって空気が言ってる感じがした。
一気に寒くなったな。
冬だなぁ。日本には四季があるんだな。
インドでインド人の家族と話していた時に、春と秋を説明しても通じなかった。インドにはそんなものがないから、想像すら出来ないんだろう。そんなことを思い出した。
実に良かった。
基本的に、生きているだけで良いことしかないと思ってしまう人間であるのだが。
まあ、スペースシャトルが無事に帰還して実に良かった。本当に良かった。宇宙飛行士が無事に帰還できて本当に良かった。今回、無事に帰還できていなかったら、スペースシャトル計画はなくなっていたかもしれない。そうすれば、宇宙への夢は遠のくことになってしまう。
また、夢を乗せて宇宙へ行くことができることがうれしくてたまらない。
こう書いていると俺は宇宙好きなんだなー。小学生の頃からそうなんだけど。なんでだろう、なんかワクワクするんだよなー。宇宙。
岐阜にいたころからカーテンを空けて寝ていた。夏も冬もだ。冬は親に寒いからカーテンを閉めて寝ろといわれたこともあったが、基本的には一年中あけて寝ていた。夜寝る時は星が見えるし、月が見えるし、朝は太陽と青い空が。
太陽の光で起きると気持ちが良いのだ。それに、起きた時に暗い部屋よりも明るいほうが何か落ち着く。さらに、その日の天気も分かるし。
だから夏は早起きだ。太陽の光で自然におきる。本当に朝太陽の光で起きるのはすがすがしい。
さらに、目を空けたときに青い空と白い雲がパッと目にはいる瞬間の突き抜ける喜びと爽快感。
あれは、カーテンを開けていないと味わえない。
台風一過というやつか。
昨日の太陽の暑さ、空気、空の青、はスカーンとしていて、気持ちよかった。一年に何度味わえるだろうかというほどの爽快感。昨日は、ただそれだけで気分が良くなった。あんなにもいい天気なのに、部屋でクーラーをつける理由が分からない。すがすがしい汗をかくのは心地よい。
ちょうど一年前に原美術館で「飛ぶ夢を見た」という写真を見た。あれは、茂木さんの日記でこの写真を見て衝撃を受けた。
そして、知ったのが写真展が終わる2日前だったが、テストの合間を縫って品川のソニーの森の奥にある住宅街の小さな美術館へ行ったのだった。
あの写真は大きなパネルで2階の部屋においてあった。
蚊だ。蚊。ふざけるな。
家よりも外のほうが涼しいから、公園で座って本を読もうとしたんですよ。ちょっとたつと、なにやら足が、手が、ああ、蚊だ。蚊に刺された。何だ、あの蚊って奴は。
大嫌いだ。さされたところを掻くとさらに皮膚がやられるし。絶えるしかない。ムヒなんぞもいいのだが、油っぽいし。絶えるだけしかないのである。
でも、蚊を嫌いになったのはインドに行ってからだと思う。ネパールのカトマンズからパトナというインドの町にバスで向かった時の国境のことである。そこは蚊地獄だった。まさに、発狂しそうで、気が狂いそうなくらいの蚊であった。それはネパール(ビルガンジ)との国境でインドのラクソウルという小さな町だ。その時の状況はここに書かれている。
あの、街の埃っぽさと、蒸し暑さと、暗さと、人がうじゃうじゃした感じ。夜光バス出発のために、バスの中で待っていると、ビニールのシートと汗をかいた足がべたつく。そこに、大量の蚊。マラリアになるかもという恐怖心も少しあり、蚊がいやでいやで。
思い立ったが吉日って言葉は天才的な言葉だと思うわけです。
僕は、今しかできないことを重要視したりもするわけなんですが、基本は「思い立ったが吉日」です。
実際にそうだろうなと思うこともあるのですが、この強引なまでの自己正当化っぽさも好きであります。
ということで、思い立ったが吉日。単純な言葉のミスは情けない。しっかり覚えます。人の言葉遣いをいう前に、自分をなおします。
思い立ったら吉日って言葉は天才的な言葉だと思うわけです。
僕は、今しかできないことを重要視したりもするわけなんですが、基本は「思い立ったら吉日」です。
実際にそうだろうなと思うこともあるのですが、この強引なまでの自己正当化っぽさも好きであります。
お台場のアクトシティだっけ、そんなところにあるソニーのExploraScienceってところ。
インターフェース形が多かった。触ると微弱な電機でってのが多かったなー。
でも、衝撃を受けるほどのものはなかった。
インターフェース難しいよなー。一気に、脳でイメージしたことで動かすってことになりそうだな。なんとなく。
小学校とか中学校とかは夏休みなんだ。
あのコロの生活には区切りがあったな。明確に夏休みとその他の日には白と黒ぐらいの差があった。
大学生は、グラデーションな感じだ。
社会人もまた白と黒の世界だろう。
あの夏休みが訪れる時の独特の感情はなかなかいいものだったな。
汗だきる夏らしさって
汗だきるってどういう意味っていわれても分からない。たぶん、日本語にはない。私の作った言葉。
夏だよ。日本の夏だよ。
蒸し暑い、体がベトベトするなつ。それが汗だきる夏です。
私は昔から自分で言葉を作る傾向にある。
のめのめしい。とかね。この言葉はすごくいい言葉だと思う。的確に状態を表しているとおもうんだな。
だから、最近若者の言葉が乱れているとか、若者が新しい言葉を作っているとかどうのこうのニュースで言っているが特に気にならない。ただ、通じなかったり、相手に失礼なのは問題があると思う。
文法的に間違っていても、すごく豊かな表現とかある。別にこれは女子高生とかが作った言葉じゃなくても。詩人とかって文法的に用法的におかしな使い方をしていることも多いと思う。それは文字の制限が理由なのだが。でも、そこで使われている言葉を見て豊かな感じを得る。
まあ、そうさ、言葉なんて感覚でしか理解していないのさー。外国の言葉が分かるようになる瞬間ってのは、相手の文化とか表現の背景にあるその国の人の思考回路がだいたいつかめた時だと思うんだなー。言葉の文法的な辞書的な意味が分かる時じゃないと思うんだなー。言葉なんてそんなもんだと思う。そんな共通の感覚を持っているってことが重要なんだと思うんですよ。
多くの人に伝える時は、正確に使う必要があるかもしれないけどね。
何が言いたいのか分からないが、夏だということが言いたい。私はなtうが好きだということが言いたい。夏でも冬でも夏がすきといい続けているといいたい。日本の夏が好きだ。夏になるとこう心が躍る。
ただそれだけ。
夏だぜ、暑いぜ、カマキリリュウジ。 小学校の教科書の詩の一部
ひらめきが世界を変える
学校の試験はひらめきとは関係ない。学校の試験とは関係ないところにひらめきがある。
ひらめきには脱抑制が重要。
経験をつめばつむほど経験アーカイブが増えるから、ひらめきが増える。
Aha!体験
よくわからないけれど、答えを知るとそれ以外に見えなくなる。0.1秒のひらめきで見え方が変わる。
答えが決まっている問題を答えるより、ひらめく時のほうが脳に良い
なにかが分かった瞬間に神経細胞が一気に活動する。
・アハセンテンス(キーワードを出すと、意味が分かる文)
布が破れると、ワラの山が重要になる。(パラシュート)
鍵が壊れると、
キーワードを知ると、ああ、そうかという驚きがある。
時間制限とか正解がどうだとか忘れて、いくら時間がかかってもいいから、他の人が考えなかったことを思いつく。コンピューターはひらめかない。
アハ体験がどれだけもてるかで人生の幸せさが決まる。
なんだろうと考える時間は贅沢な時間
茂木さん
何かを表現する。それは明示的にではなく、
感ではなく認識。
自分をメディアにして表現する、また他に託して表現すれば自分がいなくても伝えられる。他に託すってのは、絵とかCDとか文章とか。
何かを表現する。自らあふれ出るものを。
なんでいまさらオリンピックがこんなに祭りになっているんだ?ロンドン、モスクワ、ニューヨーク、マドリッド、パリ???おいおい世界中のトップ都市ばかりじゃないか。何かあったのか?何でだ?
今さら、それになんか各国力を入れすぎでしょ、シラクさんにしろ、ブレアさんにしろサミットあるでしょ。それにベッカムさん、モハメドアリさんにしろ。それに、スピルバーグかなんか知らんがそんなような有名な映画監督がアピールのムービー作ったり。パリはリュックベッソンとかいう人がムービー作ったみたい。ヒラリークリントンもシンガポール来てるし。松井も紹介ビデオに出てるし。なぜかマドリッドのビデオにはバルセロナのサグラダファミリアとか映ってるし。
毎回こんなに各国チカラ入れていますか?もし毎回チカラ入れているとしたら、今回だけマスコミが祭りしすぎ?マスコミ報道量も変わらないなら偶然俺が見すぎただけ?
なんか裏であるのですかね?
本命のフランスは負け、ロンドンになったそうで。
あ、パリに住んでいる某先生、街中の反応はどうでした?