たまに見に行く、松下幸之助一日一話。
当たり前といってしまえば、それまでのことしか書いてないのかもしれません。
しかし、けっこう忘れているいいことが書かれています。
はっと、気づかせてくれます。
今日見に行ったら、「叱ってもらえる幸せ」について書かれていた。
この前の金曜日、最近誰にも叱られていないとか話していたので、なんとなく。
5月30日
五月
叱ってもらえる幸せ叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である。叱ってくれ手のないことは寂しいことである。どんな人でも、より多く叱ってもらうことにより、進歩向上が得られるのだ。
叱られて反感を持ち、不愉快な態度を示すことは、再び叱ってもらえる機会を失うとともに自己の進歩はもうそれで行き詰まりとなる。叱ってもらうことは自己向上の一大資料であることを感じて、これを受け入れてこそ、そこに効果が生まれるのである。
修業途中にある諸君は、叱ってもらうことの尊さを知り、叱られることに大いなる歓びを感じる境地に到達しなければならないと思うのである。
ついでに、僕の誕生日4月24日の松下幸之助一日一話にはこんなことが。
「心が通った商売」
けっこう、僕にとってありがたい言葉です。
心に留めておきます。
なんか、占いじゃないけど、その人の誕生日にはその人にあった言葉が書かれているかも。
4月24日 心が通った商売商売というものは、形の上だけで見れば、品物を売って代金をいただくということですが、それでは自動販売機と変わりません。そこにやはり買っていただいてありがたい、という感謝の気持、お客さまが大事、といった気持を持つことが、商売本来のあり方だと思います。
よく昔の商人は「お客さまの家の方には足を向けて寝ない」というほどの感謝の気持で客に接したと言います。そうすると、そういうものがおのずと客にも伝わり、同じ品物でもあの店で買おうということになって、両者の心が通い、社会全体が潤いのあるものになってきます。私は商売にも“物心一如”ということがきわめて大切だと思うのです。