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October 30, 2004

型にはまる

なんか、僕の心のそこの思想を分かっている人が少ない。

金というような、人が作り出した指標で、目に見える形で他人より優越感を味わうとか、社会(みんな)が作り出したが、みんなが望んでいないくだらない正しさに無理やりあわせる。こんなのどうでもいい。でも、そんなものによりすがって生きている人が多い。僕もまだそんな気持ちがある。

大学はそれらの精神を知ることだと思う。モラトリアムに関するエントリーでも書いたけど、無駄に実学に走ることはない。中学とか高校でもそういうことについて考えてもいいのだが、経験が少なすぎるし、影響を与えすぎて社会で生きていけない人間になりそう。しっかりした教育のもとで行えば問題ないかもしれないが。あと、思うのが、ある種の経験や学びを通した後でしか分からないものがあると思う。物理学を極めそれを踏まえた上で、出てきたものが複雑系ってのと、特に何も学ばず複雑系を学ぶのや考えるのでは意味が違う。物理学を通してからでしか考えれないこと、感じれないことがある。一方でいきなり複雑系をやった人にしか感じない疑問や質感もあると思う。どちらがいいとか、どちらが成功するかは分からない。多様性があった方が、いろいろなアプローチがあるんだから、いろんな人がいた方がいいと思う。これは、学問ではなく世の中のほとんどのことに言えると思う。

上のことを書いたんだが、いいたいことは違う。頭に浮かんでいた感覚と違うことしか表現できなかった。もっと、ナイーブなことをかきたかったんだが。言葉を知らなさ過ぎるのかな。それとももっと考えて時間をかければいいのかもしれない。とりあえず、今は時間がないから、無理。また、考えよう。

やっぱ、将来は坊さんか山奥でくらしたい。

という意味で、木曜日に会う芸大の人は分かっている。

かといって、芸術とか好きなことだけでは生きていけない。自分の本質を見つめて、見つけて、それを踏まえた上で社会に出て行きたい。哲学があれば、社会(みんな)が作り出したが、みんなが望んでいないくだらない正しさに無理やりあわせなくても幸せな人生が送れると思う。

それを踏まえて、社会という現実で生きていければと思っている。くだらない、無駄なもの、俗物に振り回されない生活がどれほど豊なものか。これは計り知れないものだ。