日本→キト・エクアドル
まずは、成田からアメリカン航空でダラスフォートワース国際空港へ。それからトランジット、マイアミへ。マイアミでまた乗り換えて、エクアドルのキトへ。成田からダラスへはほとんど日本人だった。マイアミへは数人日本人がいた。キトへの飛行機に日本人は僕だけだった。やっと南米に来たんだなと実感した。
キトに着いたのは夜20時ぐらいだった。外はすでに真っ暗。さあ、どうしようかと考えとりあえず、空港のインフォメーションへ足を向けた。すると、日本人らしき旅人が。向こうから声をかけられた。彼は、一年半の世界一周を追え、コロンビアからエクアドルに飛行機で来て、明日エクアドルから日本へ帰るという。旅を終えるものと、旅を始めるものが偶然空港でであった。泊まるところも偶然すぐ近くということで、流しのタクシーをひろい町へ向かった。日曜日の夜のキトは危ない気がした。到着当日だから慣れていないために余計こう感じるのかもしれなかった。タクシーの中では彼がタクシーの運ちゃんとスペイン語でいろいろと話していた。さっそく南米といえばスペイン語、その洗礼を受けた。夕食を共に食べ、南米の宿情報や治安について伺い、二人でそれぞれの宿へと帰った。
朝起きて旧市街へと宿を移した。あいかわらず、よくわからず電車に揺られよく分からないところで降りた。いつものことなのだが。ついて3日は現地に慣れない。脳が旅モードになっていないからだろうか。降りてから街中にたくさん立っている警察や店のおばちゃんに聞きながらいく。地図が違うのか、教えてくれた人が違うのか。目的地に着くまで分からない。旧市街へ行く時、長い坂道があった。すると、すぐに息が切れた。この時、初めて気がついた。高度2800メートルから3100メートルの町だったのだ。
直感的地理感とでもいおうか、日本にしろ外国にしろ適当に歩いていると感覚的な土地勘がついてくる。そんなあいまいな感覚が活かされ旧市街のサンフランシスコ広場に。宿へチェックインした。それから知り合った方のツアー会社に。この方が無茶苦茶いい方で、家に呼んでくれて昼食をご馳走になった。すっごく豪邸。高級ホテルのような家。昼ごはんはエクアドルの一般的家庭料理をご馳走してくれた。両親がバナナ農園経営者らしく、お土産にバナナをくれた。そして、車で個人旅行者では行くのが不便なところに連れて行ってくれた。それもただで。ガラパゴスへのツアーも手配してもらえた。なんとも親切な方なのかと思いっぱなしだった。いつも、外国へ行くと僕は出会う人に恵まれていると実感する。キャラと顔のせいなんだってことが今回のたびで分かったのだが。
で、結局キトには4泊した。最終日には赤道に。本物の赤道と偽者の赤道があるという情報が流れていた。政府が作ったような立派な塔がある、ガイドブックにも載っている赤道は偽者だともっぱら言われていた。その横、150メートルぐらい離れたところにある、昔から先住民が住んでいたちっぽけな表示しかない赤道が本物だという。なんとも笑える話。そこへ行くには、バスを3回乗り換えた。珍しく英語が少し話せる背筋の伸びたいい年だがかっこいい警官がいた。その人が親切に赤道への行き方を教えてくれた。なんか、このおっちゃんは気に入った。何でかわからないが、すごくこっちまで気持ち良くさせる警官の人だった。おっちゃんも俺のことを気に入ってくれたようで、笑顔で硬い握手をして分かれた。
そして、俺は赤道へ向かった。トータルで2時間ちょっとかかっただろうか。それぐらいで赤道に着いた。まず、偽者といわれている赤道に。オレンジ色の赤道といわれる線をまたいで写真。それから、本物といわれる赤道を探す。が見つからない。どこだ?仕方なくいつもの感で、歩いて細いただの土の道を行くとそれっぽい怪しいものが。これが本物赤道と呼ばれるものかと思った。うわさ通り、生卵を立てる実験や、水が流れる時の渦巻きの向きの実験、赤道の上だとなぜか不思議な現象が起こる実験を見た。マジックか本当か。定かではないが、赤道だと不思議な現象が起こるのは事実だろうと思った。
南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど
南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など
南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど