別に、長けりゃいいてことでもない。
たった一言でも、1,2行の言葉でも、いや、たった一言でも、1,2行の言葉だからこそなのかも知れないが。
まさに本質を言い当てていることや、美しいことがある。
それは、こういうことだからですかね↓。
Imagination is more important than knowledge.
Albert Einstein
といってもPCによって自動生成されるメールだ。
出会い系とかそういう類の迷惑メールと基本的に同じ手法で作られていると思う。
でも、そんなメールが速く来ないかと楽しみにしている自分がいる。
もちろん、スパムとかウイルスが付いているメール、出会い系などのウザイメールではありません。
どんな内容かというと、自分の分身が世界中を飛び回って旅行記をメールで送ってくるというサービスだ。その旅行記メール。数日前、僕の分身を出発させた。といっても、メアドを登録して「出発」ってところをクリックしただけ。
すると、
ごきげん最高で〜す。旅行先も決まりました。さ
っそく出発といきたいところですが、旅行前に英語で書かれた薬
の処方せんが必要なんですよ。今回の旅行先は国内では購入
できない薬が必要な所なんです。その薬がないと命の危険もあ
るかもしれないのでちょっと時間はかかるけど、きっちり用意して
から出発します。それじゃ、用意が出来たらまたメールします。
こんなメールが来た。面白そう。
で、また数日たったら
処方せんも書いてもらってきました。これで準備OK!!チケットの
手配も完了したし、あとは荷物のチェックを残すのみです。そうそう、あ
れもっていかなくては、ぐるぐる渦巻いた緑色の物体を!!。よし、準
備完了、それではいってきま〜っす。行き先ですか、それは行き先は着いたときに知らせます(^_^)。それま
で待っててね〜と言おうと思ったのですが、ばらしちゃいます。行き先
はアフリカ大陸!!
テンプレートがあって、それにあわせて送っているんだけど、面白いねこれ。それも、行く場所がアフリカですよ。それが僕をさらにワクワクさせる。
自動生成メールでもこんなにも僕にとっての価値が違う。不思議なもんだ。ものは使いようですな。そう、今は全く意味がないような技術でもちょっと頭をつかって使い方を変えてやればスゴイ良いサービスとかができるのかもね。
なんか、ギターを持って歌っている人がいた。
たいしてうまくもなく、誰も聞いていない。
しかし、ふと気になる。
「らー、ら、らーー、らい」とか歌っている。そんな歌きいたこともなければ、きれいなメロディーラインでもない。何が気になったかというと「ら」という音。
歌では、この「ら」がよく使われ、繰り返されることがある。大黒マキにしろミスチルにしろ。じゃあ何でだ?
発音しやすいのか?確かに、A Ka Sa Ta Na Ha Ma Ya Ra Wa は口の開け方が構造上楽でってのはあるというものがあると思う。
「ら」が他のことばでどのように使われているか、そしてその使われ方からくる「ら」の感覚からか?
「ら」という言葉がらららと繋がりが良いからか。ラ行はルンルンとか、リンリンとか、明るいイメージでつながるからか。
何かしら文化的、歴史的背景があるのか?
「ら」は声帯いためないから、歌の途中に入れるとのどを休められる?
「ら」
1 五十音図ラ行の第一音。歯茎弾き音の有声子音[r]と母音[a]とから成る音節。[ra]
2 平仮名「ら」は「良」の草体から。片仮名「ラ」は「良」の初二画から。
大辞泉
これをみると、「良」という感じからきており、良いイメージであることは確かだが、果たしていかなる理由があってらと歌うのか?
と、意味のない妄想を繰り広げるのでありました。
先日、電車の先頭に乗って気がつく。
おお、かっこいい。かっこいいというか、なんか「すげぇーーー」ってな感じ。たぶん、幼稚園児のころの新しいものを知ったり、見たりしたときの感覚。幼稚園児が動物園で叫んでる感覚です。
僕は、昔、おもしれーとか、ワクワクどきどきすることがない人間なのかと思っていたけど、普通の人よりそんなことが多いらしい。簡単に言うと、子どもらしいです。はい。成長していないだけですね。まあ、一生子どもでいると宣言しているから問題ナッシング。
で、話は戻って、モブログに僕はこんなことを書いた。
「電車の先頭から見る喜び。普段見ない視点か、電車というものを全体としてとらえる感覚、いったい何が心をワクワクさせるのか。」
それに思ったのは、目の前に迫ってくる電車が、そして京浜東北は新幹線も横切るから、わくわく。
新幹線、飛行機、これってなんかわくわくする。たぶん、小学生とかそういう小さい頃に、新幹線乗ったことある?とか飛行機乗ったことある?という会話からも想像されるように、電車や車とは違う乗り物なのだ。違うレベルの乗り物なのだ。そうやって、脳にうえつけられた部分もあるだろう。
もちろん、電車と同じようなもので新幹線はスピードが速い。この現在あるものの中では最高のスピードに喜びを感じるのかもしれない。飛行機も空をあんなに速いスピードですすむ、その感じに。
こんなこと書いていると、僕は昔書いたブログというものを思い出す。ああ、あれと微妙に関連しているなと。それを感じると俺が文章を書いたんだと感じ、俺って人間は常に変わっているんだけどベースでは
同じなんだと再認識する。
たぶん、読んでいる人には決して伝わらないこの感覚が僕にブログを書かせている。
http://www.teratown.com/moblog/archives/001151.html
2003/12/2 テレビうつり夜はNHKでスペインのトレドをやっていた。
こっちは、今年の9月に行った。普通はテレビで見るとよい部分しか映さないので、よく見えることが多い。
カメラワークによってほんのちょっとしかない、小さな範囲しかきれいでなくても、その美しさが永遠に続いているかのように写す。今朝のズームインはその典型だ。しかし、NHKのトレドはテレビを通したほうがしょぼかった。まあ、テレビで見たほうが価値が下がっていた
。あの町は、これだっと、いうものがない。まあ、あるといえばカテドラルとかいろいろあるんだけどね。あそこは、町全体として美。和みがある。落ち着く。そういう、雰囲気とか・人々の生活している時間の流れ、カメラでは吸い上げることができないものがある。その吸い上げることができないものによさを感じる。だからテレビではよさが半減する。