April 2006 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 |
要は、「やるかやらないか」これだけなんだ。
メモをとることが重要、タスクのプライオリティをつけるのが重要とかよく言う。
それとか、メモのテクニックとか。
たしかに、これらは「やる」ための、よりやりやすくするための方法だ。
まあ、仕事では効率よくやるために重要なんだけど。
しかし、やってもやらなくてもいいこと。
そんな時はどうか。
プライオリティをつけたからってやるわけでもない。
それが人間だ。
たぶん、そこで「やるかやらないか」は周りの環境要因とかもあるが、人間の何らかの「感」なんだろう。
一方で、社会生活を送ってきている。
ワクワクしなくても絶対やらなきゃいけないことはやってきたから、社会で生きてこれた。
それに、どうしてもやりたいことはこんなこと考えずにやってしまうものだ。
だったら、特に意識しなくてもいいのではって考えもありだと思う。
禁断の科学というタイトルでNHK教育でシリーズでやっていたみたい。
何気につけた教育テレビでやっていた。しかし、最終回。残念。
今日は遺伝子について。
よくある話なんだけど、デザイナーベイビーの話で二つ思った。
デザイナーベビーってのは、生まれてくる前に遺伝子的に障害を持ってないかチェックする。そして、障害がない子を選択するってこと。アメリカでは合法。
ひとつは、生命を選択するのは神に反するといっていた夫婦が、実際に子供を選択したこと。
神に反すると拒絶反応を示していた。そして実際に第一子が障害を持って生まれた。二人目は生まないと決めていたが、この技術を使うことは神に反することじゃないと考えを変えて、子供を選んだ。これは、よくある人間の心理変化だと思う。別に悪いことだとも思わないが、人間って形があると選択する(命を絶つという意味で)ってことは出来ないけど、形が人間の形じゃないと抵抗少ないんだよなぁ。たぶん、それはこの形の人間が生きているという社会で生きて、それが脳に刷り込まれて慣れているからなんだろうけど。そう思うと、「形あるもの」ってスゲーことなんだよな。実在することの意味ってのかなぁ。たぶん、究極に大切とされる人間でもそうなんだから、他のものにもいえるのだろう。形のあることの意味の大きさ。
二つ目は、遺伝子操作して子供ができるんじゃん。ある意味、偶然生まれてきたけど、作ろうと思ったら同じ遺伝子で作れるんだ。じゃあさ、別に俺ってたいしたことないじゃん。というか、遺伝子が一緒でも別人なんだけど、それは分かるが、作ろうと思えば、俺と同じ遺伝子を作れるわけだ。自分のことを特別と思うこともしょうがないよな。Aさんも偶然そうなったんだし、Bさんもしかり。それでって話だ。まあ、人間形成には先天的と後天的なものがあるからなんともいえないんだけど。まあ、言いたいことがまとまってない。まあ、人を蔑んで見たり、調子こかないでおこうって自分への戒めの理由としての材料でした。
視点論点を見ていて驚いた。
アメリカのSEC(米国証券取引委員会)はフェイクサイトを6つぐらい造っている。
そして、そのフェイクサイトをクリックするとSECにつながりそんな甘い話はないと警告するらしい。
こんな投資教育があるらしい。
話していたおっちゃんは、実践的な投資教育といって評価していた。
驚き、日本の組織では出ない発想だろうな。
コメントスパムが数分の間に、何千きたためにサーバーに負荷がかかってロリポップ先生からメールが。
パーミッション設定を変えられたので、コメントが出来なくなってます。
こういったときのサーバー側の対応はパーミッション変えるんだとはじめて知った。
とりあえず、3日以内に対処しなとアカウント停止らしいので、コメント消したりIP禁止したりします。コレをしても、何も解決しないんだけどね。そろそろバージョンアップしますか。
でも、その前にバックアップとっとかないとな。エントリーが大量すぎてローカルに落としたらフリーズしたので、どっかのサーバ借りてぶち込もうかな。でも、かったるいなー。
PHSまた壊れるし、コメントあらされるし、ADSL解約しようとしたら、POINTがDTIに買収されたか譲渡かしらんが変わったのでごちゃごちゃして解約めんどくさい。
電気、ガスなども一気に停止の予約したんだけど、事務手続きってこうめんどくさいのだろう。
一発で引越しの事務作業が終わるようなサービスないんですかね。代行サービスでも。
国民総背番号制になっても、このあたりは解決しないしなー。
ウェブですべて出来るようになっても、引っ越す時はらくでいいんだけど、次の引越し先ではネットワークにつながらないしな。となると、公衆無線ランが使えるってのがポイントだな。それさえ使えれば、すべてウェブで出来るはず。インフラ会社の方、ウェブですべて済むシステム作ってください。
PHSメールまた不通になりました。
この前修理したのに。
めんどくさい。willcomの機種、特に京ぽんはよく落ちるといううわさを聞くが、まさにその通り。
アラートが携帯と言うよりも、PCチック。
メモリ不足とか。
システムがなんとかこうとか。
もともと、携帯もそういった仕組みなのだが、今までの携帯ではそういったアラート表示はなかったから、PCっぽいと感じるのだろう。
ついでにバックライトもつかない。
また、修理に出しに行かないといけない。
めんどくさい。
新・世界の七不思議の最終候補21が発表された。
日本からは清水寺。「えっ」って感じなんですけど。
清水寺が創られた経緯に何か不思議でもありますかね。
イマイチ候補に挙がった理由が分からない。
あと電話投票のみみたいです。世界中から電話投票できるみたい。
日本からは安藤忠雄さんが審査員かなんかで参加しているみたい。
こんなんがあるんだなぁと思ったので、ただ単にメモ
新・世界の七不思議の最終候補21
(1)アテネのアクロポリス(ギリシャ)
(2)グラナダのアルハンブラ宮殿(スペイン)
(3)アンコール(カンボジア)
(4)ユカタン半島のチチェンイツァ(メキシコ)
(5)リオデジャネイロのキリスト像(ブラジル)
(6)ローマのコロッセオ(イタリア)
(7)イースター島のモアイ像(チリ)
(8)パリのエッフェル塔(フランス)
(9)万里の長城(中国)
(10)イスタンブールのアヤソフィア聖堂(トルコ)
(11)京都の清水寺(日本)
(12)モスクワのクレムリン宮殿(ロシア)
(13)マチュピチュ(ペルー)
(14)ヒュッセンのノイシュバンシュタイン城(ドイツ)
(15)ぺトラ(ヨルダン)
(16)ギザのピラミッド(エジプト)
(17)ニューヨークの自由の女神像(米国)
(18)ストーンヘンジ(英国)
(19)シドニーのオペラハウス(オーストラリア)
(20)アグラのタージマハル(インド)
(21)トンブクトゥ(マリ)
世界の七不思議は以下の7つらしい。しかし、一般に言われている7つとフィロンって人の7つは一つ違っているみたい。
wikipediaより
ギザの大ピラミッド
バビロンの空中庭園
ロードス島の巨像
オリンピアのゼウス像
エフェソスのアルテミス神殿
ハリカルナッソスのマウソロス霊廟
アレクサンドリアの大灯台(フィロンが選んだ七不思議には入っていない)
バビロンの城壁(一般的に言われている七不思議には入っていないが、フィロンが選んだ七不思議には入っている)
スカイザバスハウスへいき、芸大の美術館に行った。
世界遺産からのSOS
−アジア危機遺産からのメッセージ−写真・映像展
東京芸大の美術館でやっていたのでいった。
平日に美術館にいくと、豊かな気持ちになる。人も少なくてゆっくり見れるからだ。
アフガンのバーミヤン、イランのバム、カンボジアのアンコールワット、フィリピンのコルディリエーラの棚、ネパールのカトマンズなどが紹介されていた。その他にも映像で世界遺産が流れていた。
一番はアフガンのバーミヤン。あれは圧巻だった。
芸大美術館で伊藤隆道展もやっていたのでいく。入った瞬間、異次元に来た感じ。
http://www.mov-art.co.jp/takamichi/
原美術館と日本未来科学館に行きたいなと思う今日この頃。
今日、1限のテストを終えて二郎に。卒業したらあまり来ないだろうということで、通った。
月曜日から木曜日まで四日連続。
駆け込み需要と言うものが発生することを身をもって体感した。
三田二郎よ当分さようなら。
で、二郎で思う。二郎では1時間ぐらい並ぶのだがその間、いつも本を読んでいる。この時間はスゴイ有意義である。読書の時間だ。それに、いろいろな人を見てきたし、おやっさんの行動や発言、そして弟子との関係など、あれだけ通っただけあっていろいろ気づかせてもらった。
で、今日ふと思う。
二郎の客は、「ご馳走様」と言う。礼儀正しい客だ。
普通お店で、ごちそうさまと聞かないことが多い。
しかし、聴くときも意外とある。
しかし、ごちそうさまは言うけどいただきますは言わない。
これはめったに聞かない。お店でいただきますといっているところはほとんど見たことがない。
何でだ?
終りよければ全てよし、だから?
立つ鳥跡を濁さず?だからか?
しかし、コレは何も言っていない。日本人の文化と言うか感情にこういった精神が染み付いているからなのか?
それとも「いただきます」「ごちそうさま」の言葉の成り立ちに違いがあって、そこに理由があるのか?
前と後の印象の変化か?それは、食べる前は店から何ももらっていないが、食べた後は店からもらった。だから感謝の意を表すのか?
そもそも、ごちそうさまは店主(おっさん)にいっている。こんな旨いものを食べさしてもらってありがとうと自然に出てくるのかもしれない。食べる前は満足いくかどうかの判断がつけられないが、食べた後は満足して、その気持ちを伝えたいと。
そもそも、家で「いただきます」「ごちそうさま」は抽象的なものにたいして拝んでいる。食べられることやその環境に感謝しているのだろう。
いただきます、ごちそうさま、でこんなことを考えるとは。相変わらずだなw
テラと聴くと、見るとつい気になる。目が行く。
「テラカード」とは聴きなれない言葉。決して俺の写真ブロマイドではない。そんなもの売り出したら売れすぎて売れすぎて困ってしまう。アイドルもビックリだ。冗談はさておき、このテラカードとは「便りとともに種と培養土が付いてくるメッセージカード」らしい。
名前が気になったのでメモしました。
このブログの名前、自分へのメモブログって変えたほうがいいんじゃないかとも思う事もある。
Yahoo!辞書 新語探検より
テラカード (2006年1月23日)
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便りとともに種と培養土が付いてくるメッセージカード。メッセージを届けるだけでなく、植物を育てる楽しさも送ることができるカードとして人気を集めている。イタリアの建築家アレサンドロ・コロンボとパオラ・ガルブジロが考案したもので、インターネットの通信販売で手に入る。カードの表面のシールをはがすと、ネットに包まれ圧縮された培養土と種が入っている。種をいったん取り出して、培養土が3センチメートルぐらいの高さになるまで何回か水をやり、土が十分に湿ってから種を3〜5ミリメートルの深さに埋める。湿った状態を保つよう、欠かさず水をやると1〜2週間で芽が出る。芽が出たら植木鉢や庭に植え替えて、植物の成長を待てばよい。種はキュウリ、レンズ豆、トマト、朝顔、デイジー、ヒマワリの6種類。価格は735円。
昨日NHKのプロフェッショナルを見た。杉野英実さんという世界的な賞を取ったパティシエの方であたった。
で、気になった言葉があったので、メモった=ブログでエントリーしたはずなのに出来ていなかった。。
ショック。あの時、聞いて感じたことを走り書きしたもので、その時のもののほうが率直な気持ちを反映した文章だろうから、消えたのはショックである。しかし、メモとして残しておきたいので再度書く。
「それであなたは何が出来るの?」って言葉が気になったのだ。彼がどんな状況で言われたか忘れた、奥さんに言われたのか、フランスで修行中に師匠から言われたのか。覚えていない。さらに一字一句一緒かと言うのも怪しい。しかし、こんな内容のフレーズであったことは確かだ。あまりに、この言葉が心に刺さってきたので前後の記憶が飛んだ。
この言葉自体は、たまに聴く言葉かもしれない。でも、なかなか鋭いというか、キツイ言葉だと思う。
「それであなたは何が出来るの?」
たいして何も出来ないのに、すぐ調子をこいてしまう性格だ。
自分が生きていくうえで、ターニングポイントになる時に自分に問いかけたい言葉である。
それであなたは何が出来るの?
京浜東北線に乗った。すると、何か違う。
車内中吊り広告があるところにモニタがあった。おお、なんだ?って思ったら、日本テレコムとJRが共同でやっているみたい。これがデジタルモニタと呼ばれるもの。
まあ、たいしたことはないのだが、 88.1ヘルツにあわせるとFMラジオで音声(ニュースなど)が聞こえたり、 無線LANでデータ受信できる。
電車に乗っているときに、FMラジオつきのmp3プレイヤーを持っていたので、 88.1ヘルツにあわせると音声が聞こえてきた。基本的に電車では車掌のアナウンスしか公式なものとしては聞こえてこない。山手線にモニタが着いていて、そこではクイズが流れたり、ひとこと英語が流れたり、CMが流れるが音はない。まあ、パブリックなスペースでいろいろな人がいるから当たり前なのだが。で、今日はモニタの映像と音(FMで)が連動する。これは、今までの人生ではなかったことなので、新鮮味があった。
日テレニュースも流れてた。日テレとこの2社ってつながりあるのかな?それとも、京浜東北沿線に本社があるのが日テレだから、ここを無視して他の局を使えないとか?
http://www.japan-telecom.co.jp/release/2005/jul/0705/index.html
このCMいい映像使ってるなーとついつい眺めていた。
そして、CMが終わるとき、また驚かされた。酒のCMなのだ。やっぱり、酒のCMが良い。
なんでだろうね。基本的に、酒はまったりしたいときに飲む。まったりする、癒しと言うと「自然」なのだろうか、だから雄大な自然の映像を使う。さらに、酒といったらキレイでうまい水が重要。ってことで、水がある自然のCMになるんだろうな。
で、俺はそんな映像が好きと言うことですな。
まあ、競合他社が、しっとりとした大人なCMをして高級路線でブランディング化してきたので真似してるだけかもしれませんが。
iichikoにはじまり二階堂(以下のエントリーリンク)もすばらしいCMだった。
以前のアルコールと言うか酒のCMのエントリー
iichiko desgin二階堂-お酒のCMが洗練されているわけ-
next eleven というものがGoldman sachs から昨年末発表された。BRICsに続くもの。あと1,2年したらネクスト11とか言ってるのかな?
次の成長市場Next eleven(11ヶ国):ベトナム、韓国、トルコ、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、インドネシア、イラン、ナイジェリア、エジプト、メキシコ。
この中で、ブリクス諸国を抜く(同じぐらい重要になる)可能性がある国としてメキシコを上げている。キター。メキシコだ。って感じですねー。もしかしたら韓国って書いてありました。
以前のエントリーでBRICsのsは南アフリカかなって書いたエントリー「s」この時、「s」で始まる国って、韓国か南アフリカかスロベニアかスウェーデンかスーダンかソマリアかサウジアラビアかシンガポールかスリランカかスペインかスイスかって考えて、まあ南アフリカか韓国かなって思った。でも、韓国はもうその域を超えているかなってのと、日本人がそういうと近隣諸国ですぐ思いつく国だから安っぽい気もして南アフリカにしたのでした。
実際に韓国のパワーはスゴイ。日本にいるより世界に出ると感じる。LG、サムスンなど世界の隅々までいきわたっている。実際の製品もだし広告も半端ないレベルだ。日本は車にしろ電化製品にしろ伝統があり高機能な商品を提供する会社がたくさんあるので、ドメスティックの製品ばかりで、外国の製品は少ない。だから、輸入も少なく、外国の企業の躍進を肌で気づくのが遅くなる気がする。
国の特長によって、外国でしか感じれないことの一つですな。
www.gs.com/hkchina/insight/ research/pdf/BRICs_3_12-1-05.pdf
まだ読んだことないけど、この本も一緒に読むと良さそうな気がする。
いつものように自分へのメモ。
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*国王とエントリーがかぶってた。以前もappleのCMでかぶったことあったな。
町を歩いていたら、リズミカルな音が聞こえてきた。
でも、音楽とかやってそうじゃない場所。
下町と言うのか、中小企業がある町だから。
心地よい音だなーと思って、音の先を見た。
すると、かなづちを使って、何かをたたいて作っていた。
何か微調整をしている感じだった。
ああ、職人の技って音楽のようにリズミカルなのかも知れないと思った。
そういえば、職人恐るべしです。
職人魂ってすごいと思う。
先日、和紙職人と話した時に感じた。
学生証とかカードが2枚続けて割れた。正確にはひびが入った。
カードはもちろん財布に入れているのだが、その財布には鍵がついている。
だから、鍵がカードにぶつかり続けていたのだ。プラスチックのカードは四年間鍵がぶつかり続けると割れるということが分かりました。
上下を逆にしてカードを片付けるとか、日々そうした工夫をしていれば割れなかったのだろう。
PHSがついにお亡くなりになられました。
電話はつながる時もあるみたいです。
電話帳とメールは完全にアウトです。
気が向いたら新しいPHSに変えてくる予定です。
連絡は携帯かPCメールまでお願いします。
PCのメールアドレスはこのブログの左上の写真の下にあります。
あ、もし良かったらアドレスと電話番号を携帯かPCメールに送ってください。
そういえば、ねじると電源が着く故障した携帯を持っていたこともあったな。
広川泰士さんの「惑星の音 〜SOUNDS FROM THE PLANET 〜」ってのが抜群にいい。
TIMESCAPESも抜群。特に惑星の音が好きかな。
2005年12月20日(火)〜2006年2月5日(日)
10:00〜20:00(最終日は17:00閉場) 会期中無休・入場無料
http://www.meridien-grandpacific.com/facilities/gallery.html
惑星(ホシ)の音―広川泰士写真集 | |
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短期でみるとちょっと暴走気味と思う人(考えや行動)でも、中長期でのバランス感覚(補正能力)を持っている人は魅力的に映るし、面白い。エッジがきいている人という感じ。しかし、その人の人間全体を見ればバランスが取れているようにも見える。
短期でのバランス感覚を持っている人は、なんか突き抜けてない。なんか中途半端っぽくなってしまう。何かやろうとするとリスクを考えてしまって出来なかったり。なんでもかんでも丸くおさめようとする。面白みにかける気がする。
これは考え方とか行動とか全般にいえるんじゃないかな。短期では両極端に触れても、その触れたことに少し時間がたってから気がつく。
中長期間たってから気づく人、気づく仕組みってなんだろうか。これを兼ね備えればいいのだ。
そんな人はどんな人だろうか?まず何かに全身全霊を掛けれるというか没頭できる人と言うか無我夢中になれる人というか、自分がこれだと思ったことのためにすべてを賭けれる人。そうであって、他者とのコミュニケーション、ガチンコで話す機会がある人だろうな。で、その時には冷静になってというか、自分の主張だけが正しいと思わずに、謙虚になって相手の立場に立って考えられる人。こういう人だろうな。
率直に物事を言ってくれる仲間がいること。
自分が、何かを始める前に思ったことをメモしておいて、あとから見直せる。そんなことをしておくといいんじゃないかな。
大学の友達となんか卒業旅行の話になった。彼はブラジルに行くかもといっていた。Bricsのうち、インド、中国に彼はいっているので次はブラジルを見てくるみたいだ。面白そう。ブラジルの行きたいところレンソイスとかエマス国立公園とか。
で、俺は中国にやっぱ行きたい。今の中国を見ときたい。それで、北京インで上海アウトで行こうと思う。でも、まだ詳細を決めていないのでそろそろ決めよう。チベットはもちろん行く予定。チベットがメインだけど。
それはいいのだが、卒業旅行ってなんだという話になった。
1・友達と何人かで行く。
2・学生最後の海外旅行
3・メジャーな場所かつリッチっぽい国
じゃあ、俺が上海はどうかと言ったら、3番はクリアーしているという結論に。北京はギリギリセーフ。まあ、すなわち、我々は卒業旅行とはいえないようだ。でも、卒業旅行って響きもいいよなーって思ったけど。卒業旅行は旅自体を楽しむというよりは友達との思い出作りってことなんだろうな。
そういえば、ab-roadのページが更新されてたりした。旅に出る前は大量にウェブサイトを見まくるわけだ。チケットを探したり、行く場所を探すために。もちろん、徹底的に最安値を狙う。だから、相当チケットサイトは知っている。結果的に最安値よりも、オープンジョーとかで少し高くてもコストパフォーマンスが良いものを選ぶのだけど。
旅の途中の楽しさとは違ったワクワク感が、調べるという行為にはある。
みなさん、それぞれの旅から帰ったら話とか写真とか見せてください。
やっぱり人と話したり、人が話しているのを聞いたり、コミュニケーションっていいものだ。たった一言をきっかけに自分の中でいろいろなことを駆けめぐらすことが出来る。
今日、茂木さんといとうせいこうさんの話を聞いてきた。いつものように面白い。
体をメディアとするってことを思い出したことや徒労なことがあるからこそ短期記憶でも長期記憶でもない感情記憶が生まれるとか、クリエイション(新たな芸術など)の爆発&それ以降は下り続ける、下級社会(月並みだけど最近これ気になってる)、究極のアナログは身体とか、すべてはone of themとか新たにきっかけになった考えや俺の思ってることって内容も。そういえばapple storeで一曲無料のiTMsのカードをもらった。
で、ネットはスケールフリーだけどテレビは(上下の)システムって話の後に、ネットとかSNSとかはいろいろなグループ(一塊)が並列にたくさんある。自分の手が伸びる範囲までは理解可能だが、全体を分かる人はいないってこと。だからこそ自己増殖のように増えるんだけど。で、さらに続く、SNSとかブログとかのコメントはある種の貨幣であると。地域通貨というか。give & takeというか。貨幣のはじまりに似ているという話がしっくりきた。
人気になるブログってなんだろうとごたごた考えたが、細かいテクニカルなことどうでもいいように感じてきた。どうでも良くはないのだが、そんなことよりも以下の二点だな。
・地味にでも続けること。
・本気のエントリーをする(自分が本当に書きたいと思ったことしか書かない。感情がこもってるかどうかってことだな。)
地味にブログを書いて2年以上。書く習慣がついたな。
どこなのこむってサービスを知った。旅の無料地図ってやつ。
旅のルートをけっこう細かく分かる。旅先からも更新しやすいし、よく分からない土地の名前を書いてブログを書くよりも地図だから視覚的に分かりやすいだろうな。
今どこにいるか一発だ。更新すればね。
このサービスにもう少し何かを加えると面白くなりそう。
更新がもっと気軽に行えると最高だな。更新したくなってしまう仕組みとかしかけでもいいんだけど。
有楽町で降りてアップルストアに行く途中、交通会館一階の本屋のガラスに目がいった。この写真はなんだと思った。雑誌がガラス張りの壁にディスプレイしてあった。その表紙はニュートラルのものだった。
おおっと思い、店内へ。時間がなかったのでぱらぱらとしか見れなかったがすばらしい。かなり写真がすばらしい。氷河の写真、ウユニの雨季の写真、アフガンの写真、チベットの写真、ナミブ砂漠などなど。
水の音のCDつき。
ウェブが新しいデザインになっていた。
NEUTRAL 水こそすべて 下巻 ―水と地球―
第5号(水と人間篇)に続き、待望の下巻が登場。
今号は“水と地球”との関係を焦点にして、世界中を旅しました。
ノルウェーの氷河に見た本当の水の色、
今なお津波の爪痕を残すスリランカの現在。
マリ、ニジェール川の悠々なる流れ、
アフガニスタンの厳しい自然の中にある美しき湖……。
地球には水があります。この特集を読めば、
このありふれた事柄が奇跡に感じるはずです。
「水こそすべて」―それ以上でも以下でもない。
地球と水が織り成す奇跡を感じてください。
ニュートラル(6) NEUTRAL | |
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昨日は御岳山(みたけさん)に登った。
今までは同じ友達としか山に登ったことがなかったが、初めて違う友達と登る。
連絡があって、御岳山に登ろうとメールが来てたので御嶽山(おんたけさん)だと思っていた。けっこう大変だよなって思っていた。で、調べたら御岳山(みたけさん)。低い山でスイスイでした。
登ったルートの地面が舗装されていたのが問題。でも、久しぶりの山で気持ちよかった。そういえば、12月14日に高尾山に登ってました。
ということで、山登ったっていうメモ。
星空指数なるものがあるらしい。初めて知った。まあ、天気予報をする段階で自然に分かるものだろうから、対して指数を出すのにコストはかかってなさそう。
他にもヤフー天気予報を見ていたらこんなのがあった。どれもコストをかけずに、出してそう。でも、こうやって出てるとなんか面白い。今までやっていたことにほんの少しの手間をかけるだけで新たな価値を生んで、それがお茶目だったり、笑えたり、実際に新たなものが生まれたことによって思いもつかないことを
発見したりする。こんなの好きだな。
指数情報
-通年-
洗濯 紫外線
傘 星空
-冬季-
風邪ひき 鍋物
肌荒れ
暇な時はたまにNHK教育で子供番組を見る。普段は見ることがないから、新鮮味があって面白い。UAって歌手が♪真っ赤だな 真っ赤だな〜 ・・・ もみじの葉っぱも真っ赤だな♪って歌ってた。
この番組は何回も見ていたのだが、今日気づいた。俺らのコロはもっといかにもマジメって感じの番組構成だったし、いかにもマジメって感じの歌い方、歌っている人も同じ。服装も髪型も。
テレビってものに対して何かオーソリティを感じる。今の俺はもう何も感じないが、小さい頃と言うのはテレビに出る人は遠く離れた存在と言うかスゴイってイメージがあったと思う。今は生まれた時からインターネットがある子供たちなので、そんなテレビを特別視しないかもしれないんだけど。でも規制とユーザーがコントロールできないという点においてなにか特別なものを感じるんじゃないかな。
そのテレビで奇抜な服装や髪型をしている、癖のある歌い方。それを小さい頃毎日見ていたら、俺らが持つ価値観とはまた別の価値観を持つだろう。なんか自分の中で勝手な規制をつくらないというか、これは常識に反しているとか、勝手に思ってしまうことがないんじゃないかな。で、自由な発想が出来るようになりそう。この世代が大人になったら、すごい面白い価値観で生きてそうだし、いろいろな面白い発想の商品も生まれてくるんだろうな。
それに、いかにもマジメって感じではないという点では昔と違うが、NHK教育の番組はテイストが違うのが多い。昔はいかにもマジメって番組しかなくて、その価値観にしか影響されていない。例えば今はピタゴラスイッチもまたテイストが違う。(対象年齢が違うからかもしれないが)。お母さんといっしょは昔から変わっていない。いろいろなテイストの番組がある。こういった異なったテイストで奇抜と言うか面白い自由な発想に基づいて作られた番組を見ていたら、子供それぞれツボにはまる番組が違うだろうから、本当に多様な価値観で無意識の思考段階で何にも縛られない人間が育つんじゃないかな。
NHK教育って影響力でかいよ。小さな子供に大きな影響を与える点で日本で一番影響力でかい放送局かもよ。大人になってからの価値観への影響はその日と自体を作り上げるし、人々の価値観が社会を作り上げるんだから。
当たり前なんだけど、VOXYのCM見ていて思った。
昔、トヨタは若者からの支持があまり強くなかった。最近はそんなイメージはあまりない。ついこないだもbBの新型車を面白く発表した。iPodとかの携帯ミュージックプレーヤーが巷で大ブーム、それに乗じてうまい宣伝をやった。まずはじめTOYOTAが携帯ミュージックプレーヤーを発売するというニュースだけ流す。ついでに詳細は何月何日と発表。ウェブもそれっぽい興味を持たせるサイトにしてあって。すると、みんなトヨタが携帯ミュージックプレーヤーを今更発売するのかよ。それに業種違うし、って話題に。
発表までみんな興味を持って社会でもブログとかニュースでも話題に。この時点でトヨタの勝ち。で、発表。なんとbBの新型車でその車にはスピーカーが9つかな。若者は音楽が好きで初めから音楽を聴くのに適した車になっている。それで、車自体を動く携帯ミュージックプレーヤーと表現したのだった。みんなやられたという形になる。世の中の話題をさらうにはうまいやり方だよな。
って、関係ない話が長くなった。VOXYのCM見ていて思った。当たり前のトヨタの戦略なんだけど、若い世代にbBを買ってもらって、その人たちに子供が出来てbBじゃ小さくなる。でも、若者っぽいデザインの車がいい。さらに年もとりちょっと重厚感も欲しいってことでVOXY。bBからVOXYに乗り換えて行くような想定でトヨタは車を作っているんじゃないかな。ライフスタイルの変化に合わせた商品の提供をし続けることによって、トヨタは若い世代を取り入れてそのお客さんを離さないように努力している感じがした。
CMの作りこみ方もそのあたり気にして作っている気がしたから書いてみた。
bBけっこう売れるんじゃないかな。
ニッシンのカップヌードルのCMがある。「NO BORDER」ってやつ。
世界から国境はなくならないと思うし、あんまりなくす必要もないと思うのですが。確かに、無理やり引かれた国境や問題が起こっているところはあると思います。しかし、国境がなくなたからといって解決する問題でもないと思う。人間は人それぞれ違うし、文化や習慣が違う。だから面白いし、その土地にあわせて生き抜いてこれた。異なるものがより近くなった時代だから衝突が起こるのは自然なことなのだと思う。人間はそれを乗り越えるために言葉を身につけ、それを通してたくさんの問題を乗り越えてきたという。でもさ、怒るでしょ、むかつくでしょ。それがまさに衝突の原因だと思う。じゃあ、怒ることやむかつかなければ良いのではと言うかもしれないが、怒るとか喜ぶとか人間の感情がなくなったら生きている楽しみの99%がなくなるということなんだよね。そんなこと書きながら、血を見るのが嫌いだったり、闘争心もあまりない人間なので、みんな仲良くしましょって思うんだけど。まあ、心のボーダーをなくそうといっているんだと思うのですけどね。まあ、それはどおでもいいです。
このCMで宇宙空間から地球を取った映像がゆっくりと流れ続けている。これが限りなく美しい。美しすぎて問題だと思う。地球って地表すぐ上で見ているものと、宇宙から見るのでは全く異なって見える。まあ、どんなものでも視点の距離を変えれば違って見えるんだけど。
おれが、50才とかになったころは安く宇宙に行けるようになっていそうだから、是非行こうと思う。
http://cupnoodle.jp/cm/view_cm15_hi60.html
オーボエってきれいな音色だなぁー。
さんまの夢かねえたろ、みたいな番組が毎年正月にやっている。これの番組宣伝を見たら名前は知らないがキレイな音色が聞こえた。なんか面白そうと思った。でもその時間家にいなかったので録画。大体この番組は、楽器を有名な人と演奏したいとか、巨大なものを食べたいとかの夢がかなえられる。その一つ。宮本文昭さんというオーボエ奏者と演奏したいという高校生の夢がかなえられた。そのストーリーはけっこう良かった。単純なストーリーだったんだけど、高校生を見ていて良い経験してるよなー。多くの若者がこういう経験をできると日本も変わるなと思った。死ぬまで忘れない経験・死ぬまで忘れない一瞬ってのはこれなんだろうと思った。なんか最近視点がおっさん化している気がする。
田舎(地方)に行ったら何か楽器をやりたいと思う。オーボエでもサックスでも、ピアノでもバイオリンでも。比較的簡単なもので、音色がキレイなものが個人的にはやりたい。高い音が澄み切っていて音が伸びる楽器や音色が好きです。
自分のことは好きだ。だからといって、完璧な人間ではないと思う。たくさんの問題をもった人間だと思う。その問題に気づき改善していく、これは「社会」で生きていくには絶対に必要なのではないか。
じゃあ、それはどうすれば見つけることができなおすことが出来るのか。
今年の夏に、ボリビアのウユニ塩湖に行った。そのウユニ塩湖は四国の半分ほどある真っ白な塩の大地。その塩湖には一軒だけ塩で作られた宿がある。この宿はひとつの家族が切り盛りしていた。父と母、そして子供が3人。その子供はまだ5,6才と小さくかわいらしかった。しかし、常識はなかった。客としていた僕に、塩をかけたり、つばをかけたり、水をかけてきたり、人の部屋にはいってモノをあさったり。子供のいたずらでは割り切れないレベルだった。俺は叱った。子供たちの今後の人生を思って。たぶん、多くの旅行者は一日だけのことだと思い、あまり叱ってないと思う。しかし、子供たちは親としかコミュニケーションをとっていない。同じ年代の友達と遊ぶこともない。だから、彼らは社会では当たり前となっていることが分からなかったのだ。この時、子供が育つ時、もっと言えば生きている限り、同年代の付き合い(コミュニケーション)、年代の違う人とのコミュニケーション、長い付き合いの人とのコミュニケーション、一回限りの人とのコミュニケーション、どれも欠かせないものだと感じた。
で、この子供たちは閉じられた世界で生活していたから、社会の常識や人とのコミュニケーション(話だけではなく、駆け引きや、常識、行動なども含む)を知らないんだなと思った。これは子供の人生にとって大きな影響(問題、悪影響)だと思う。犬か狼か忘れたが、そんなような動物に育てられた人間の赤ん坊のカマラ、アマラをも思い出す。
で、「社会」とは人と共に暮らすこと。人と暮らすにはコミュニケーションが必要となってくる。だから、自分の問題に気がつくにはコミュニケーションだと感じた。ウユニの子供の例からも。
先日、茂木さんが「生きることは話すこと」というようなことを言っていた。さすがうまいこと言うなとその時思った。他人は自分の鏡だし、他人へのアドバイスも自分へのアドバイスそのものなんだと思う。
バルみたいな場が子供の成長で大きな意味を持つ。とスペインで本気で思った。近所の人が子供からおっさんまで、朝も昼も夜も、気軽に立ち寄っている。そんなところには様々なコミュニケーションが生まれる。生の学びの場だ。
人間として、自分の問題に自ら気づいてそれを直していける、そんな人間を目指したい。そうするためには、いろいろな人といろいろなコミュニケーションをすることが大切なんだろうな。年を重ねてもかっこいいおっさんでいるために、そうしたい。
人のふり見て我が振りなおせという言葉がある。まさに、これなのかな。先人はすごいと思う。先人が気づいて、ことわざなどになったものを日々生きていきながら、肌で感じている日々です。
「一を見て十に気づくセンス」「そして、それを言語化して意識的に自分で理解する」
(「他の事象と関連して、それが何の意味を持つのかを考える」「それに基づいて行動できる」)
これがどれだけ出来るかで、能力というか、なんというか、発言にしろ、行動にしろ、頭が切れるかどうかにしろ、判断されるんじゃないかなぁ。
何がいいたいのかと言うと、一つのものを見たとしよう。新しいパソコンでも何でも。なんとなく何だけどパッと見ただけで、使い方が分かる。同じ一言を聞いてもその背景を感じ取れるかどうか、知らない道具を渡されて、どうやって使うか。何の道具か。どうやって試すか。試さずに放置しておくか。すぐに人に聞くか。いろいろな人がいると思う。
ここで、言いたいのは何人かの人がいて、ある同じものしか見ていない、同じものしか使っていない。しかし、そこから何を掴み取ったかという差が大きすぎるのではないか。一を見ていかにたくさんのことに気づくことが出来るか。これは、生きていて何をするにしても大切になってくる。まさに、こういう人がセンスがいいとか、能力が高いとか、言っていいのではないか。意識的に探そうとか思わなくても、一から十を気づくような習慣になっているのだと思う。
それは、どんな意味を持ってくるのか。
頭を意識的に働かさなくても、気づいている。
これは同時に脳の中で無意識のプログラムがいくつ動いているかによる。これは以前のブログのエントリーで書いた記憶が。月の見える話と、脳の常駐ソフト理論といって。
さらに、何か大きな変化が起こる前に、自然に次のことを行ったらどんなことが起こるかを考えてしまっている。それがたいそうなことなのだと。
じゃあ、どうすれば「一を見て十に気づくセンス」が身につくか。それは、様々なことを経験する、身をもって感じること。それをする前に、脳でシュミレーションしてあらかじめ考えておく、
相手の立場や作った人の立場、人間の無意識の行動を踏まえて、モノを捉える習慣。
そして、シュミレーションしたのと、実際に経験した時の違いや一致点を比べる。一目見たら、あまり価値のないことでも、好奇心をもってなんでも知ろうとしてしまうような性格も大きな意味を持ってくるのだろう。昔知ったり経験したことが思いもよらぬところでつながってくることが良くあるから。
高橋尚子が東京国際マラソンで勝った。その時のインタビューを多くの人が評価していた。高橋尚子は人として突き抜けたと。
前回の東京国際マラソンで負けてオリンピックを逃した。その、東京国際で2年後復活した。あえて、この大会を選んだ。この大会でしか意味がなかったのだろう。しかし、一回頂点に立った人が、どん底に落ちると、かっこうをつけて、他人の目を気にして真っ向勝負をして這い上がってきにくい。
しかし、彼女は真っ向勝負をした。スゴイ。これだけでもスゴイ勇気だ。さらに、彼女は勝った。
その経験は並みのものじゃない。だから、彼女は大きく変わったのだろう。