February 2006 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28

August 10, 2004

吾人の任務

確か、2003年の4月だったと思う。
シスアドの試験を受けに金沢八景にある、
関東学院大学?に行った。

その後、ふらっと本屋に立ち寄った。
そこで目に入ったのが、「吾人の任務 MBAに学び、MBAを創る」。

グロービスという会社はMBAマネジメントブック
のシリーズで知っていた。
でも、その社長がどんな人でとか、
どのような理念でやっているかなど知らなかった。

しかし、ふと手にとって見たら、面白い。
一気に読めた。
立ち読みで半分ぐらい呼んだ記憶がある。
それくらい面白かった。
信念を感じた。
買うしかないと思い、即購入。
それで、帰りの電車で読みきった記憶がある。

家についてから、読み直した。
そうすると、さらに強いものを感じた。
それから、尊敬する人の一人となっていた。
ぜひあってお話したいと。

理由はよく分からないですけど、
堀義人という人にただならぬものを感じたと、
そういうわけです。

それで、チャンス到来。
堀さんの講演情報をつかむ。
聴きに行くチャンスゲット。
何があろうと行きます。
そう思いました。

講演のあとに絶対直接話すと決めました。
だって、こんな機会はめったにない。
うん、うん。楽しみだ。

それで、今日が来たわけです。
麹町にある、オフィスに少し緊張しながら向かう。
駅を出て歩くと、そこにはオフィスが。
きれいだ。
オフィスのつくりにもこだわっている堀さんのオフィスだけある。

で、受付を済ませ講演会場へ。
40人ぐらいだろうか。
僕は、真ん中少し後ろに座った。
基本は一列目だが、あいていなかった。

でも、その微妙な席に座ったことが良かった。
なんと、僕の横が開いていたので、
堀さんが座って、講演の資料を真剣な顔でチェックしていた。
隣で横顔を見れたのは良かった。
その集中力、はめったに見れない。
だって、懇親会で近くで話すのとは違う。
マジになっているときの顔、行動を真横で見られる。
これは価値がある。

で、講演が始まり、PCでログをとる。
とても話がうまい。
おもしろい。
吾人の任務とかぶっていたところもあるが、
実際ナまで話を聞くと、同じ内容でも感じるものが違う。
内容は一番下にあります。

一番感じたのは、信念。
彼はやはり信念を持っている。
MBAというものの重要性。
日本でのアジアでの世界での意味。
グロービスがなすべき役割。
そして、長期的なビジョン。
さらに、頭がいいと思う。
夢やビジョンがはっきりとしていて、冷静。
さらに、ノリというか、遊び心もしっかりアル。
本当にすごい。
そう感じました。

競合であっても、良かったらよいという。
これもすごい。

それから懇親会。
まず、堀さんのところに行きます。
でも、堀さんの本も読んだことないのに、
会社でしって来て名刺交換だけするようなおっさんで群がる。
ああ、、、
とりあえず、名刺交換だけはした。
でも、こんなために俺はきたのではない。
何も知らずに来た人とは、気持ちが違う。
比べ物にならないと、自分では思ってる。
群らがっている間は、他の参加者と話したり、
オフィスのつくりを見たり、参考でおいてあるケースを見る。

で、群れが減った。
はい、僕の時間です。
堀さんに近づき、話す。
とりあえず、聞きたかったことがあった。
それは、こんな感じ。
堀さんは15年も前にMBAを知り、HBSという世界一のスクールへ留学した。
その当時、日本ではMBAというものの認知はあまりなかったはず。
認知もなく、ブームでもないその当時、
MBAの意義を感じ、今後の社会での重要性を感じ、
MBAをとった。
だから、今の社会で役立っている。
今はMBAをみんなが知っている。
ブームだ。MBAをとると給料が上がるとか、
キャリアアップにつながるとか、そんな感じで捉えられている。
で、今さらMBAをとっても遅いのではないか?
昔の人は無名でもMBAを見つけ、
価値を見極めとった。
しかし、今はみんな知っている。
それで調査もそこまでせずに、強い思いいれもないのにMBAとる。
そこに、先見の名を感じない。
今はマイナーだが、今後の社会で必要になる能力を身につけられもの、
そんなものがあるのではないか?

こう思って、堀さんにそんな資格というか、
能力があるのではないか?とたずねたのです。

そうしたら、自分がMBAをやっているから、
それの意義を感じて、信じて、そこに信念があるから、答えは想像が付くのですが、
MBAは陳腐化しない、とる意義はある。
という答えでした。
詳しく言うと、
アメリカではずっと昔(100年ぐらい)からMBAがあリ、
大きな役割を果たしてきた。
経営というものを体系的に学ぶ方法はこれ以外にない。
ブームとかで過ぎ去るようなものではないと。
さらに、MBAも常に変わり続けている。
そんな感じの答えをいただいた。
さらに、MBAなら海外に行けと。
海外で生活したことがないなら、特に意義があると。

ふむふむと思いました。
そのほかにも、堀さんのビジョンをお聞きしたり、
私についていろいろ聞いてくださったり。
そんな感じです。
で、尊敬する人からメッセージとかをもらうのが好きな僕は、
吾人の任務を持参です。
一言メッセージを書いてくださいとお願いです。
快く書いてくださる。
講演の中でも最も強調していらっしゃった、
「可能性を信じる!!」と書いていただきました。
ありがたいです、この言葉もいつも胸に留めておく言葉になりました。
かなり、もともと僕が考えている思想と近いです。

うんうん、いい一日だった。
堀義人
松井道夫
孫正義
折口雅博
柳井正

このあたりの経営者には信念を感じます。
深く知らない人もいますが、何か感じます。

懇親会で、W大のM2の人にこんなことを言われた。
どうやってモチベーションを保つのですか?
なんかピンと来なかった。
確かに、テンションが下がるときもある。
でも、心のそこからやりたいことであれば、
短期間気持ちが下がったとしても、長期にやる気がなくなったりすることはない。
そう思っています。
それに、僕は単細胞なので、人の話とか、本を読むだけで、
高揚できる便利な人間です。

吾人の任務 MBAに学び、MBAを創る
堀 義人

発売日 2002/03/15
売り上げランキング 28,058

おすすめ平均
レゾンデートル?
堀ファン向けかな
自分の可能性を信じること

Amazonで詳しく見る4492041737

生ログです。


2004/08/10 グロービス経営セミナー@グロービス東京

☆住友商事からHBS
MBAやケースメソッドすら何か知らずに留学
入社4年目27歳留学。
目標を設定
・多くの人に会おう、世界のネットワークを作ろう
・経営学の体系を学ぼう
・世界中旅行しよう

ケースメソッドに驚く。
20〜30ページの戦略論をかかれたもの、組織図、財務状況が書かれている。
2時間掛けて読んで、分析。
質問・この経営環境をどのように分析しますか
  ・この会社のCEOやCFOだったら何をしますか?(アクションプラン計画)

グループでディスカッション。
否定的意見は価値がある。
1日2ケースぐらい
80分教授は話さない。質問をするだけ。
どんな意見でも良い。ユニークに考えるとよい。
同じ考えだと会社は失敗する。独自の経営スタイル。
一人当たり1分ぐらいの発言時間。

理論や教科書は予習で。フレームワークを使って分析しろ。

MITはレクチャー形式。HBSはケース。ケースをするとアイデアが生まれるようになる。
発言しないと放校処分。日本人の4人に1には放校だった。

2ヶ月ごとにテスト。下位20%にウォーニングレター。成績注意の手紙。
4時間の試験。持ち込み可能。ケースを一つ渡されて、読んで、分析して。
15ページぐらいの回答とする。

1週間13ケースをこなす。
会計側面、人事側面など情報システム、リーダーシップ、オペレーション。それぞれの側面から考える。

物が売れない。なぜか?
営業努力が足りない?物自体が悪い?営業部門のリーダーが悪い?投資額が少ない?
などなど。
間違った問題意識を持って対応すると、悪化していく。
優先順位づけをして、大きい問題小さい問題に分ける。

これを行うと、経営が頭の回るようになる。
CMや新聞記事を見て、会社を分析してしまう。
店でも回転率、客単価を創造してします。

堀さんのHBSの同期
ローソンのにいなみさん。隣の部屋だった。
HP樋口さん
2歳年下、楽天三木谷

論理的思考。
経営の複雑系の中で、自分なりの仮説を立てながら問題を構造化する。
地頭を鍛えていく。

定跡が分からず将棋を打てるか?
定跡は基本形に近い。
過去の蓄積によって生まれた知恵。
定跡を学ばないと、自分の体験だけを下にやらなければならない。

ある程度強くなると、定跡だけではだめになる。
自分のアイデアや考えが必要になる。
でも、基礎は定跡である。
経営も同じ。フレームワーク(定跡)を知っている必要がある。

ベンチャーを成功させるには経営学の基礎が必要。
MBA的なものを学ばないと、成功しない。
MBAを持っていなくても、本や人から学んでいる。
勉強家が成功している。
大きく成功するためには、戦略論を知っている必要がある。

コミュニケーション能力。
発言により、自分の考えを伝える。
そして、共感を得ないといけない。

論理的思考
定跡を学ぶ
伝える能力。(コミュニケーション能力。スピーチ、文章などで)
人間関係能力(リーダーシップ、ベクトルを一つにしながら)

ビジネスと経営は違う。
ビジネスは取引。
経営は一つのビジョンに突き進んでいく、システムを作っていく力。
経営のマーケティングはニーズを見極めプロダクトを作成、どう売るか。

HBSのケースでは、自分の考えをまとめ、勉強が面白かった。

日本に残っている、時間のない優秀な人の学校を作りたい。
HBSのチェアマンにアポを卒業1週間前に。
ケースを売ってくれないか。とたずねる。
4名の人を紹介してくれる。


多くの人に会い、夢を語らった。
日本社会の価値体系。官が一番、大企業→中小
アメリカ、ベンチャー→プロフェッショナル→大企業のサラリーマン→官
(リスクをとるほうが偉い)

どうしたら、会社は大きくなるのか?
ゼロから困難にぶつかりながら、創意工夫をして、常人をはるかに越えるエネルギーを使い、考えもしないほどのものを作り上げるダイナミズム。これに感動。

学生時代。ゲイツなどをレクチャーの講師として呼んで、受講する。
何が講師と根本的に違うのか?

人間の可能性は無限大。自分自身が可能性を閉じている。僕はこんなもんだと思ってしまうのがダメ。

壁にぶつかるのは当たり前。方法論と、意欲があれば乗り越えられる。
可能性をとことん信じる。ビジョン戦略を考える(シュミレーション)、自分の頭の仲で描けなくなったとき初めて可能性を否定する。
3年で出来ないなら6年ではと、タイムスケジュールを変える。

・ヨーロッパ6週間バックパック。


学んだ一番大きなこと。
スピリット。可能性をとことん信じること。

アジアNO1のMBAを作る。29歳のときに考えた。
あったのは、信念、可能性を信じる、HBSで学んだこと、元気な体があった。
渋谷の貸し教室から、10年前に始まった。
受講生満足を高めた。
受講生が不満を持ったら、無条件で返金。クオリティを高める。
アンケートで平均4(max5)以下の教師をクビ。

200億のファンド。99年のファンドとしては世界一。

企業内研修300社。時価総額合計は東証の30%。
出版物。などなど。

株式公開は考えていない。
非公開企業でアジアNO1の大学院。
授業では儲からない。ファンドなどで儲ける。
学びの場として快適をつらぬく。


MBAをとってきても商社ではあまり経営のフレームワークは役に立たなかった。
総合商社から総合事業会社にかわる。
プラントを売るのではなくて、買って運営をして、そこで金をもうけよう。
こうしたときにMBAが役に立った。

新規事業企画、買収など経営に関することでMBA役立つ。
MBAにより視点が広くなる。住商がいかにかつか?など。
小さい範囲では役立たないが、経営要素が増えると役立つ。

MBAは海外に行くのが一番よい。
経営学フレームワーク以外のメリットがよい。
違った価値体系の人との出会いが、視点を増やす。視野を広げる。


(グロービス)教育理念
・経営学を通してネットワークを作る場。(大学で会う人は利害関係がない。ポジティブに考える人。語らい、情報交換)
・経営のフレームワークを学ぶ場、考える力を養成。能力育成
・志を作る場である。自分の生き方に気がつく。自分の生き方を考える場。終身雇用の時代ではない。

留学中に考えたこと。
可能性を信じる。(吾人の任務)

ブランドをどのように対抗できるのか?(グローバルな視点で)
ヨーロッパNo1は無認可の学校だった。
2012年にはアジアのNo1になると決めている。
30年計画が当初からある。(残り18年)
30歳ではじめた。60歳のときにNo1。今は42歳

質疑応答

グロービスの卒業生が、実際に社会を変えてこそグロービスの価値がある。
リーダーシップ論では「代表的日本人」を使っている
特定の本を読んで、ディスカッションをリーダーシップの授業でやる。

志と能力を持った人間が多く生まれれば、日本は勝つ
知恵を社会に広めるのが仕事。(日本で経営にたいする理解が深まった)
自分がどれほどの志をもてるか。これ重要
リスクをとらなきゃ、リターンはない。(僕も実感してます)
嘘や、だましは良くない。それで失敗すると虐げられる。
真っ向勝負で、誠実に経営して失敗してもオープンにすれば、
そこまでひどく扱われない。
失敗しても死ぬわけじゃない。
「自分の生き方を決めて、能力をつけていく!能力を高めればどこでも生きていけるし、引く手あまた」


花火


岐阜の花火に行った。
えっと、日曜日だから8日かなぁ。
普通岐阜の花火は土曜日に行われるが、
雨で日曜日になった。

土曜日に行った人にとっては、
くそーって感じだったと思うけど、
日曜日の朝岐阜についた俺としては、
ありがたかった。

いやー、土手のところで見たんですけど、
すごいですよ。
音、地響き、花火、火薬のにおい、
すべてを感じた。
花火が自分に攻めてくる。
こんな感じ。
手で花火を取れそうな感じ。
花火の火薬が空に飛んでいくのが目で見える。
うーん。たまらん。

富士山にしろ、花火にしろ、
いやはやいいものを見ています。


花火のたまになって、空に飛んでみたいぐらいの気持ちです。
飛行機から見てもきれいだろうなぁ。
いやー、岐阜の花火は世界一です。


本質的満足

自分のしたことに対して本質的に満足できない。

自然や僕以外のものが作り上げたものを見て、感動する、
すごいと思う、心のそこから思うことがあります。
本質的満足がそこにあります。
これは、自分以外の人や自然が作り上げたからです。

でも、自分がしたことを心のそこから満足できない。
もっと、こうやればよかった。
なんで、もっと頑張らなかったんだ。
そう、後悔ではないんですが、
もっとこうすればよかったと常に思います。

でも、その時は、そう判断するしかなかった。
とも思います。そのときの判断はそれで正しかったと。

でも、満足は出来ない。
自分の能力を過大評価しすぎなのか、
上昇志向なのか知りません。
こうやっていうと、聞こえがいいです。

でも、何をしても満足できない、
死ぬまで満足できないかわいそうな人間。
こういうと、寂しい人間みたいです。

ものはいいようです。

でも、死ぬほど努力というか、
死ぬほど何かに打ち込まなければ満足出来ない。
もっと、言えば何かに打ち込み死ななければ、
満足できない。
過労死しなければ満足できない。
しかし、これには大きな問題がありまして、
死んでしまったら満足できないのです。
そのような感情を抱くことも、
そのように考えることも出来ないのです。
だから、永遠に満足できないのです。
悲しい問題です。

悲しい問題といいながら、
そんな性格の自分が好きなんですよね。
この性格を思う存分楽しんでいる。
確実にそういいきれます。

言葉の定義

個人によってかなり言葉の定義が違う。

多分これです。
よく言われるけど、この問題は未来永劫解決されることはなさそう。

たぶん、おれが先輩、後輩という世界に属していないというのは嘘。
特に多くの年上の人に育てられました。
確実にいえます。
ありがとうございます、と心のそこから言いたいです。
感謝感激雨あられって感じです。どんな感じかは知りませんが 笑
たぶんそのような環境は、相当恵まれていて、
すごいと思う人が大量発生しています。

でも、そのような人を先輩と思っていない。
失礼な奴ですいません。

前にも書いたんですが、こう言うことです。
(自分の昔のエントリーから引用)


僕は、年上の人にもため口を聞いてしまうときがある。
でも、そこには大きな理由がある。
境界線を越えた話をするため。
敬語というものは、二人の間に大きな溝を作る。
だから、その溝を取り去ってマジで話したいときはため口を使わざるをえない。
みなさん、すいません。
この場を借りて、僕の言葉使い「ため口」を謝ります。
本当に、すいません。
それと、僕の意図を理解してくれたらうれしいです。

この文章から、先輩後輩という関係についての僕の考えがあふれている、
と自分で勝手に思ってます。

自分がおぉ、すごい、面白い、と思った年上の人を先輩と定義していない。
先輩とは、たいしたこともないのに、えらそうなことを言ったり、
知ったかぶりをする、こんな人を先輩と定義しているような気がします。
(この意味で先輩を使わないこともあるので、あまり気にしないでください)
もちろん、後輩という言葉に関しても、同じようなことがいえます。

自分がおぉ、すごい、面白い、と思った年下の人を後輩と定義していない。
すなわち、同じ生物というか、年の差だけで分類できない、
仲間として捕らえています。

先輩・後輩という言葉は年齢差だけによって、
もっと言えば生まれた時期を人間が無理やり切り分け、
その差だけにより、人を分類したもの。
それが先輩・後輩である。
こう思ってます。
簡単に言えば、年の差ってのだけを強調したのが先輩・後輩で、
僕はその年の差だけによる分類が好きじゃない。
だから、先輩後輩という言葉も好きじゃない。
これだけのことです。
そんな感じでご理解ください。


年齢というものは人間の性格や、心理状態、
もちろん体力、体調にも大きな影響を与えるもので、
年齢なんて全く関係ない、なんていいません。

でも、年齢関係なく通じるものがある人はいます。
3歳とかでは通じるもの、何か同じものを感じるかどうか分かりませんが、
ある程度の年になり、
自分で物事を考え始めた、その段階からは通じるもの、
感じるものがあると思います。

その年代から、通じるもの感じるものあったら、
先輩も後輩もない。
そう、個人的に思っています。

たぶん、この僕の考えは中学の時には明確にありました。
小学校の頃は先輩後輩なんてなかった。
(スポーツ少年団っぽいものに入っていなかったからかも。)
でも、中学校に入ると部活というものがある。
小学校までは、横の繋がりの組織しかなかった。
でも中学校では、この部活というものを通して、
上下の関係が生まれる。
そこで、多くの人が中学校になると「先輩」という言葉を使うようになる。

先輩にかわいがられたいと、「せんぱ〜い」と年上の人にこびへつらう奴が生まれる。
こういう人間は世渡り上手かもしれない、
でも僕はそのような行動が絶対出来なかった。

さらに言えば、「先輩」という言葉を発することに相当な抵抗を感じた。
もっといえば、この言葉を発することが恥ずかしく、いやだった。
何か変な言葉だと思っていた。

このときから、先輩後輩という言葉があまり好きではないらしい。

こんなバックグラウンドが「先輩後輩」という言葉だけにあったんです。
自分で書いていて再認識した部分も多少あります。
こんな感じです。