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May 01, 2006

マタギ・大滝国吉

熊を追っかけなかったら、一丁前の男として認められない。
マタギとは人生そのもの。

命あるものに正面から向かい合いたい。
たとえそれが熊であっても。

自然はやっぱり強いものが勝つ世界、
共存するなんてきれいごと、
共存する中でも強いものは強い、
強いものが生きていく
とったものは粗末にせずに食ってやる、
それが供養だ。

スローライフとかロハスといったものにあるような、生ぬるいものはない。
自らの生死と向き合う生き方。

自然と生きるということは、そうなんだと思う。
ロハスとかに反抗心があったのはそれなんだ、と情熱大陸を見て思った。
同じようなことは考えていたが、何かしっくりこなかったが、この人が言ったことによって、なにか自分の中にストンと落ちた。
結局のところ、この社会と言う大きな枠に入っていて、自然っぽさとか、ゆったりとした時間を求めるのは分かるのだが。
究極の天然は怖いということを昔書いたが、それに通じるものがあるんだろう。

多少、自然を感じたことある人間として、そう思っていたんだと思う。

またぎになった理由は
父が熊と戦う姿が、脳から離れなかったからだ。

父親は自分の道をしっかりと歩むと息子にそれがうつるんだと思った。
背中で道を示すしかない。言葉では語らない。


猟だけでは食べていけないから、運送会社で働く。


物質的なものじゃない、熊を追ってしとめる行為そのものが大切何さ、

熊を殺す代わりに、
自分らの欲っつうモノを殺さないといけないと思う。

人間にはコレだけは欠かせない、コレだけは大切だってものがあるはず。
それが俺にはたまたま猟だった。

熊を殺すってことは、自分を半分殺すってこと。
でも、そうして行かないと生きていけないってのが俺たちなんだ

情熱大陸。

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