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September 26, 2004

旅の跡、その8

ポカラ→カトマンズ

ポカラでは日の出を見ようと早朝から山に登った。
この時期は雨季で昼間は雲で山はきれいに見えない。
早朝だったのでヒマラヤ山脈はきれいに見えた。
おお、これだこれ。こういうのをネパールに求めていた。と思った。
しかし日の出は見れず。

建築物とかも見るのは好きだが、純粋に山とか海とか空とか、
そういう自然のだだっ広いものを見るのが一番好きだと気づきました。
同じような色で同じような景色が永遠と続くようなもの、
しかし微妙に違うそんな壮大な自然を見るのが好きです。
そんな場所に行きたいですな。
壮大な風景と大雑把に言うのでしょうか。

ポカラの町をレンタルサイクルで走ったのは気持ちよかった。
湖も近くにあり、ボートに乗ったり、本を読んだり。
宿の子どもと遊んだり。

カトマンズへはバスで。これがすごかった。
旅での一番の思い出。
それはがけ崩れ。
山、道路、川とそんなところをバスで走っていた。
道路が山と川にはさまれ本当に狭い。
するとがけ崩れ。ランドスライドって奴です。
朝8時半ごろ通りかかったのですが、そのがけ崩れ、山崩れは、朝6時に起きたらしい。
ポカラとカトマンズを結ぶ道は一本しかないらしく、
50台ぐらいバスがたまっていた。

1,2時間バスを降りて本を読んだりボーっとしたりしていた。
今日はここで野宿かなと。食べ物はどうしよっかなと。
でも、左足の悪いインド人の人とスノウリで仲良くなっていた。
彼とはポカラの湖でもあった。
それで、偶然何度も会っていたのでなんとなく親しくなっていた。
そこで、彼は食べ物ならたくさん買ってきたから、
腹減ったらあげるよといってくれた。うれしかったね。
本当に。泣きそうになるくらい、うれしかった。彼はいい男です。
彼とはカトマンズでもあった。
僕が宿から出て話していたら、前を一台のタクシーが。
するとそのタクシーがバックしてきた。
なんと窓から、足の悪い彼が顔を出した。
おお、ここでまた合えるとは。うれしかった。

そのエピソードはおいといて、がけ崩れの話。
で、がけ崩れの除去作業は何日経てば終わるのだろう、
と思いボーとしていた。
すると、なにやら、僕らのバスの人が荷物を持って歩き出す。
何々?とおもってたずねると、
がけ崩れの反対側に同じバス会社のバスがあるから、
がけ崩れした山を登るという。そうかと、初めは軽く思っていた。

僕はスリッパでもOKかと、そして、何時間かときいた。
1時間ぐらいでエクセサイズみたいなもんだ。といわれた。
それで、軽い気持ちで山を登り始めたのだ。
そもそも、山崩れした山、登るルートが初めからあるわけでも、
足場がしっかりしているわけでもない。
先頭の人が、草とか木を切り、なぎ倒し、道を作りながら登っていくのだ。
そんなんだ。どっかの探検隊か?
それにスリッパに背中にはバックパック。前には肩掛けかばん。
登り初めからありえないと思った。
当たり前なんだが、そのことに登る前に気がつかなかった僕がアホだった。
地面は山崩れしただけあり、すごくぬかるんでいる。
それにロッククライミングのように急である。
どこに足をおき、何をつかむか。そればかり考えていた。
むちゃくちゃ集中していた。今までの人生で一番集中していた。

つかむところを間違えれば、足を置くところを数ミリ間違えれば滑って落ちて死ぬ。
ためしに足を掛けた石が不安定だったらしく、下にコロコロと落ちていった。
それを見てぞっとした。自分もこうなるのかと。
草の根元をつかみ、本当に抜けないか確かめ登った。
両手両足を常に使っていた。体は地面というか山と平行のような姿。
よじ登っている感じ。途中、滝みたいなところも越えた。

2,30分ぐらい経つと、スリッパと足の間に土が入りすごく滑り出した。
そもそもスリッパだけでもすべるので怖い。
でも、そのスリッパを脱ぐ場所もないくらい休憩する場所がない。
でも、このままスリッパを履いていては転げ落ちると思い、スリッパを脱ぐ。
裸足だ。怪我が怖かったが、滑って死ぬ方が怖かった。後ろを見た。
むちゃくちゃ急だ。どうやって登ってこれたのかも分からないくらい。

もう無理だと思った。泣きそうになった。帰りたいと思った。
でも、こんな急なところ戻る方が危険だ。誰も助けてくれない。
金を積んでも、何をしても誰も助けてくれない。
自分自身で何とかするしかない。
選択肢はタダ一つ。
前へ一歩でも進んでいくだけ。
でも、足が震えだした。とめようと思っても震えがとまらない。
落ち着けと自分に言いきかす。心臓の鼓動もむちゃくちゃはやい。
過呼吸になるんじゃないかってくらい。
あせも半端ないくらいでている。
プールに入ったのかってくらい服が濡れている。
それでも、ゆっくりとゆっくりと進んだ。
とげが生えている草や木でも気にしていられない。
藁をもつかむ思い。まさにそんな感じでつかんだ。
それに草の根の強さを感じた。草がなかったら死んでいた。

本当に難所の連続だった。
とあるところでは、高さ的に絶対登れないというところがあった。
だが上には2人のネパール人。彼らは両手を貸せという。
両手をネパール人に託して引っ張りあげてもらうのだ。
そもそも両手を離すだけでも、
バックパックがあるのでバランスを崩しそうになるのに。
どうしよう。二人に命を託そうか迷った。
自分で登れるなら上りたい。そして、周りを見回した。
しかし絶対自分だけでは無理だった。
決心した。信じます。お願いします。上に引き上げてください。
そんな気持ちで、手を差し出し、引き上げてもらった。
怖かった。でも、力を借りて何とか這い上がることが出来た。

外人なんかほとんどいなく、ネパール人ばかり。
荷物も少ない。彼らは先に行ってしまう。
俺は頑張ってもゆっくりしかいけない。
怖いし、急いで足のポジションの取り方をミスったら死ぬと思ったから慎重だったからだ。
でもネパール人はドンドン先に。自分の前から人が消えた。
マジなきそう。どこのルートを通っていけばいいのか分からない。
遭難みたいな感じです。それも道もない山で。
心のそこから前の人にwait waitと叫んだ。とりあえずまってほしかった。
ただただ叫んだ。前のおっさんはいい人だったらしく、しぶしぶという感じだったが、
ぎりぎり見えるところでまってくれた。うれしかった。

長い長い登り。いつになったらのぼりが終わるのかも分からない。
それがまた不安を大きくする。
何時間登っているのかも分からないくらいの感覚だった。
そう思っていると、くだりに入り始めた。ほっと。くだりは登りよりは楽だった。
しかし、人間のミスは困難の跡の楽なポイントで起きる。
ここで気を緩めたら滑って死ぬ。と言い聞かせ慎重に降りた。
すると、山崩れの真横だ。これ危ないぞ。
またここが崩れてもおかしくない。怖い怖い。

すると、最悪なことに変な虫に手を刺される。血もすわれている。
言っとくが蚊のようなものではない。血を吸われ痛かった。
すぐ、虫を払ったが痛みが少しあった。
痛みは続いたが、降りるしかないので、山を降りた。
道路が目に入った。ここまでこれば、落ちても死なないと思った。
地面がうれしかった。地面を見てほっとした。
ここまでほっとしたことはない。うれしかった。死ななかったのだ。
途中で、死ぬかも知れないと本気で思った。
でも、そう思ったら負けと思い、自らを鼓舞した。
でも、今は地面を見てそんなことも忘れるくらい、ほっと落ち着いた。
さらに地面に足が着いたときには、うれしくてうれしくて叫んだ。たまらなかった。

そして虫刺されだが、降りて水洗いをして、刺さっていた針を手から抜いた。
持っていた消毒液で消毒してオロナインをぬった。
少し痛んだが、痛みはしばらくするとひき、何事もなかった。

地面に着いたわけだが、その道路には300台ちかいバスがあった。
汚れまくった、裸足の足と、手、そして顔を洗った。
僕の乗ってきたバス会社のバスは一番遠く似合ったのでひたすら歩いた。
水が売っているところがあり、水を飲んだ。うまかった。うまかった。
タダひたすらうまいと思った。水がこんなにうまいと思ったのは初めてだ。
水で人は生き返る。そして立ちションをしてバスに乗り込んだ。

2時間30ぐらいの山登り、マックスに集中し続けた。
そのセイでバスに乗ると頭が痛くて痛くて、ガンガンきた。
生まれて初めてこんなにも長時間集中したからなのだろう。

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